2005年4月1日金曜日

39 石ころの弁証法(2005年4月1日)

 前回と前々回で、石ころを素材とした還元論的考え方を展開してきました。今回は、石ころの弁証法について考えてみます。

 多様な石ころの中にも共通する何かがあります。もちろん、「石ころ」と呼べるような共通性は前提としてありますが、その中でも共通する何かがいろいろ見出せます。そんな共通性を探る考え方に、還元論と弁証法というものが役に立つと考えています。
 前回と前々回では、石ころを還元論的なアプローチで考えてきました。今回は少し違った弁証法というアプローチを考えていきましょう。
 石ころには、いろいろなものがあります。そのような石ころの多様性がなぜできたかを、再度考えていきましょう。
 多様性について考えるときに、2通りのアプローチがありえます。ひとつは、今ある多様なもの(石)から調べていく方法、もうひとつは、今あるもの(石)より前のものから多様性を調べる方法です。
 現在ある多様なものから調べるという方法は、石ころを分類し、その分類をもとして、なぜそのような分類ができているかを、考えていくことになります。この方法を突き詰めていくと、分類の基準を追及していくことなります。それは、いってみれば、分類から多様性の本質へとたどる還元論的な手法へと発展していきます。
 もうひとつの今あるものより前のものから調べる方法は、現在ある石は、何からできたか、をまず考えていきます。石の生成プロセスはどうだったのかや原料は何かということを考えていくことから、多様性を考えるわけです。
 まず、石の形成のプロセスを、いろいろな石すべてにおいて考えていきます。石は、火成岩、変成岩、堆積岩のいずれかに分けられます。これら3つをすべての石の基本的なものとして、その素性をただっていきます。前回やりましたが、すべての石は、やがては、火成岩にたどりつきます。
 さらに、火成岩のもとをたどっていくと、火成岩はマグマからできているということになり、マグマが、すべての石の前身であり、多様性を生む本質であることがわかります。
 マグマが固まった火成岩には多様な岩石があります。ということは、マグマができるときと、マグマが石として固まるまでの間、の2つのプロセスで多様性をつくる仕組みが働いているはずです。
 言い換えると、火成岩の多様性は、2つのプロセスで説明できるということです。マグマができるときに多様性も同時につくられるというプロセスと、マグマが石になる間に多様性を生むメカニズムが働いているというプロセス、の2つです。この2つのプロセスは、どちらか一方だけが働くのではなく、同時に働きます。ただ、条件によって、どちらかのプロセスの効果が大きい、小さいなど、いろいろな場合があります。それも多様性を生むことことにつながっています。
 この2つのプロセスは、マグマや岩石の起源を考える上で、地質学では重要な研究分野になっています。
 マグマが石になることを固結(こけつ)といいますが、その固結過程で起こる現象には、分別結晶作用、平衡結晶作用、混合作用、汚染作用などがあります。それぞれの作用については、解明されています。
 マグマができるときは溶融(ようゆう)といいますが、溶融作用としては、平衡溶融作用、分別溶融作用、ゾーンリファイニングなどがあります。それぞれの作用については、解明されています。また、マグマの起源となる石は、起源物質といいますが、起源物質の多様性についても調べられています。つまり、石ころの多様性を生むプロセスは、概要ですが、わかるようになってきました。
 さらに考えを進めていきましょう。マグマはどうしてできるかというと、マグマは地球の深部にある石が融けてきるます。石の多様性の知るために遡ると、マグマにたどり着きました。マグマの多様性を探るために遡ると、またまた石にもどってしまったのです。ここが重要な点だと考えています。
 単純化して、時間の順に考えていくと、マグマの原料となる石(固体)は、ある条件で融けます。融けてできたものが、マグマ(液体)という石(固体)とはまったく違う性質のものです。マグマが固まると石(火成岩)になります。マグマ(液体)から、まったく違った性質を持つ石(固体)ができました。このようなプロセスは、石の多様性を生むメカニズムの基本的なものとなります。
 マグマ(B)の原料の石(A:起源物質)と、マグマからできた石(A':火成岩)とは、石という共通性はありますが、まったく違った性質のものです。これをわかりやす、
A→B→A'
というプロセスで書くことができるでしょう。Aは固体、Bは液体を意味して、AとA'は別の固体ですから'をつけて区別しています。
 このような図式で示されるプロセスは、何も石とマグマの関係だではなく、よくある関係です。そのため、昔から多くの人たちが、このようなプロセスについて考えてきました。このようなプロセスは、「弁証法」とみなせます。
 弁証法とは、ギリシア時代からある考え方で、ソクラテスの問答の方法を発展させ、プラトンが確立したものです。カントを経て18世紀にヘーゲルによって完成され、今日に至っています。
 「弁証法」の考え方とは、先哲によって一般化されています。その考え方とは、次のようなものです。
 Aをテーゼ(These、定立、即自、正)と呼びます。テーゼとは、自らの矛盾・対立がまだ自覚されていない、最初のものでありす。今回の場合は、マグマの起源となる石のことで、地質学では起源物質と呼ばれています。何事もなければ、たとえ地球深部とはいえ、石のままであり続けます。地球内部のマントルや地殻と呼ばれるところは、石でできていることは、地震波からわかっています。ですから、普通におかれている条件では、石で存在し続けます。
 Bは、アンチテーゼ(Antithese、反定立、対自、反)と呼ばれています。アンチテーゼとは、自己の矛盾があらわになり、その対立する関係の中で自己を深く理解するということを意味しています。その自己とは、テーゼとは違ったものになっています。今回の場合アンチテーゼは、マグマにあたります。Aの起源となるマントルや地殻の岩石が、条件の変化によって、岩石では存在できない状態になり、融けはじめます。そして、固体の石とはまったく違った性質を持つ液体のマグマとなります。ここでは、起源となった石の多様性が反映されることと、溶けるときに多様性を生む作用が働きくことによって、多様なマグマができることになります。
 A'はアウフヘーベン(Aufheben、止揚、即自かつ対自、合)と呼ばれています。アウフヘーベンとは、矛盾・対立を根本的に解消して、より高度の状態へと飛躍的に発展していくことです。マントルや地殻などの地球深部でも、物質は基本的には固体である条件です。ですから、マグマのような融けた状態は、特別な状態であるといえます。そのような特別な状態は、マグマが冷めることによって固体になり、解消されます。そして次なる安定状態へとたどり着くわけです。
 以上の弁証法的プロセスを経ることによって、起源となった石(起源物質)とマグマが固まった石(火成岩)とは、まったく違ったものとなっています。この違ったものが、多様性なのです。弁証法的プロセスの条件やたどり方によって、石の多様性が生まれるわけです。
 現在の地質学では、上でも紹介したように、弁証法的プロセスの個々の部分は解明されつつあります。現在の地質学の学問的興味は、この弁証法的プロセスが繰り返しおこることによって、経時的な質の変化が起こっているのではないかということに移っています。弁証法自体は変化しませんが、起源となる石が積分的あるいは時間的変化をしていくので、地球の石は時間とともに系統的変化がないかが、注目されています。
 たとえば、起源の石が溶けるときにマグマに入りやすい成分は、もとの石よりマグマの方にたくさん入っていきます。マグマは、地球内部から地表に向かいます。これが繰り返し起こると、マグマに入りやすい成分は、地球表層の地殻もしくは海洋、大気に移動していくはずです。このような移動は、時間の効果が働きます。時間が立てばたつほど、この効果は進行していくはずです。そして、やがては、マントルからはマグマに入りやすい成分が枯渇していくはずです。
 いくつかの時間変化を示す証拠があります。ある時代に固有の石、ある時代以降にだけ見つかる石、石に含まれるある鉱物の性質が時間によって変わっている、などというものが、証拠として見つかっています。
 このような時間変化が起こる一番の原因は、地球の熱です。地球ができたときに蓄えられた熱が、時間とともに徐々に地球外へと抜けていきます。その地球の熱を運ぶ役割を担っているのが、マントル対流とマグマの移動なのです。
 マントル対流とは、地球深部の温かい石が、浮力によって上がっていきます。マントル対流の上昇口には、海洋底の山脈である中央海嶺があります。そこでは、活発なマグマの活動があり、その活動でも熱が放出しされます。マントル対流によって地表付近に達した温かいマントルの石は、海洋底を移動しながら、海洋に熱を渡すことで冷めていきます。このような移動する岩石体をプレートと呼んでいます。プレートが十分に冷めると、今度は密度が大きくなって、マントルへと沈み込みます。これが、マントル対流の下降流となります。マントルが下降するときに、抜けです成分が海溝で放出され、温かいマントルに加わることでマグマができます。
 マントル対流でも見られましたが、地球深部で何らかの原因で、温度が上がったり、圧力が低下したり、成分が添加したりすると、マグマができます。できたマグマは周りの石より軽いので浮いていきます。やがてマグマは地表あるいは地表付近に達します。そこは、地球深部より温度が低いので、そこに熱を渡して冷めていきます。このようなプロセスが繰り返し起こると、熱が内部から外に向かって運ばれていくことになります。
 このように弁証法が繰り返しおこることによって、石の質的変化が起こってきたようです。石の弁証法自体は変わりません。変わるのは弁証法的変化を繰り返し受けた石、あるいはその総体である地球です。その変化は地球の進化とみなせます。地球の進化とは、時間と熱、弁証法がキーワードになりそうです。これらが、地質学では今後の重要な研究テーマとなりそうです。

・エンゲルス・
 石ころは、ありふれたもののように見えます。しかし、石ころはひとつとして同じものがありません。これは、まるで人間のようにも見えます。上でたとえた石を人間にも当てはめてみると、少々変更は必要ですが、そのまま通じてしまいそうです。
 弁証法とその積分あるいは経時変化は、もしかすると多くのものに適用可能なものなのでしょう。私は、地質学でも弁証法的アプローチは、まだまだ適用の可能性があると考えています。
 ギリシア時代以降、多くの先達の賢者たちが、この方法の重要性を見ぬいて、すでにいろいろな試みがなされています。エンゲルスもその一人です。エンゲルスの「自然の弁証法」では、次のような記述があります。
「継続しつつある変化、すなわち、自身との抽象的な同一性の止揚、はたまたいわゆる無機界にも。地質学はそういう変化の歴史でもある。」(岩波文庫1967、下巻63p)
 「自然の弁証法」は手稿なので、荒削りな表現ですが、地質学の本質を突いた内容だと思います。石の個々の弁証法的プロセスは解明されてきましたが、「変化の歴史」が、今やっと地質学の課題になってきました。19世紀の終わりに記された課題にやっと地質学者は取り組めるようになったのです。先哲の偉大さが偲ばれます。

・天災・
 北海道はやっと春めいてきました。この冬は5年ぶりの大雪で、なかなか雪が消えませんが、主な道路の雪はなくなりました。まだ、花の季節には少し早ですが、雪解けがかなり進んできました。北海道に住むようになってから、春が待ち遠しくなりました。特に今年のように雪が多い季節だと、春がより一層待ち遠しくなります。
 昨年は台風と地震の天災にたくさん見舞われました。今年こそは穏やかな年がこないかと思っていたら、福岡での地震がありました。自然現象ですから、来るのはしようがありません。しかし、予知がもっと正確にできないのでしょうか。残念です。
 しかし、台風のように予想がかなりできても、被害が発生します。自然には人類はまだまだ翻弄されそうです。