2009年3月1日日曜日

86 バウマ・シーケンス:本質から眺める多様性(2009.03.01)

 自然の営みでできた地層は、一見整然と同じものが積み重なっているようにみえます。でも、個々の地層をよくみていくと、二つとして同じものはありません。地層の中に見えた多様性は、実は単純な本質によって形成されていることがわかってきました。多様に見える自然も、本質から眺めると、違った景色にみえてくるかもしれません。

 現在、私は、堆積岩と堆積作用について、いろいろ文献を読んでいます。地層の形成過程と時間との関係を考察するという目的です。そのために、最近の堆積学について勉強しなおしています。堆積作用で注目しているのは、タービダイトと呼ばれるものです。
 ダービダイトとは、英語のturbiditeをそのままカタカナ書きしたものです。日本語では、混濁流とよばれています。私は、乱泥流と呼んでいたのですが、これは、古い呼び方で、今では使われなくなったようです。タービダイトは、混濁流だけでなく、混濁流によって形成された堆積岩の産状の名称にも使われています。
 かつて、深海は、陸や沿岸域が活動的であるのに対して、変化のない穏やかな場所だと考えられていました。しかし、深海底でも、激しい変化が起こることがわかってきたのです。その原因がタービダイトだったのです。
 発見のきっかけは、1929年11月18日に起きたグランド・バンクス地震でした。グランド・バンクス地震は、カナダの大西洋にあるニューファンドランド島の南の海底で起きたものです。その地震によって、海底にあった大西洋を横断する海底ケーブルが切断されたのです。原因を究明していくと、地震で発生した混濁流が丈夫な海底ケーブルを切断してしまったのです。
 1952年のハーゼンとアーウィンの研究によれば、地震が起きた急傾斜では、混濁流が発生し、そのスピードは時速99km(秒速28m)でした。海底での現象としては信じられない驚異的なスピードです。また、640kmも離れた緩やかな斜面では、混濁流が134時間17秒後に達しています。そこでの混濁流のスピードは、まだ時速21.6km(秒速6m)もあったと推定されています。640kmというと、東京-広島や東京-函館にまで達する距離になります。そこまで、混濁流がかなりの勢いをもったまま達しているのです。
 タービダイトとは、大量の土砂が深海底まで流れ込み、そこに土砂がそのまま移動して、たまるものです。時には、すでに深海にたまっていた堆積物を侵食することもあります。ダービダイトは、そのスピード、規模、到達範囲を考えると、深海底を改変する営力として、非常に大きなものといえます。
 タービダイトは、多くの土砂がたまっていて構造的に不安定になっている場所で発生します。不安定な場所の多くは沿岸域ですが、発生のきっかけは、例で示したような地震だけでなく、台風やハリケーンなどの暴風雨、土砂で飽和した河川流の流入、河川の土石流などです。
 海底でたまった地層も、長い時間の経過と大地の営みによって、地層となって、陸地に上がり大地の構成物になります。そのような地層を観察することで、ダービダイトの実体がわかってきました。
 地層のでき方の実験で、よく行われるものとして、ペットボトルに土砂と水を入れ、それを振ってよく混ぜ、静かにおいて置くと、粒の大きな礫が先に沈み、粒の小さい砂が次に、もっと細かい粘土がさらに上にたまっていきます。このような粒子の大きさに応じた並びを、級化層理(gradding、グレーディング)と呼んでいます。
 このペットボトルの地層ができ方と同じようなものが、タービダイトでも形成されます。ただし、タービダイトにはペットボトルと違って、流れがあります。その流れの作用によって、級化層理と上の泥岩の間に、複雑な堆積構造ができます。
 ダービダイトを詳しく調べて、最初にダービダイトの概念を整理したのは、バウマ(Arnold H. Bouma)です。1962年に発表した論文では、タービダイトの典型的な堆積構造を示しました。このような典型的なタービダイトは、バウマ・シーケンスと呼ばれています。バウマ・シーケンスは、下から、級化部、下部平行葉理部、斜交葉理部、上部平行葉理部、泥質部という順に並んでいます。
 最下部の級化部と最上部の泥質部は、ペットボトルと同じようなでき方です。両者の間にある下部平行葉理部、斜交葉理部、上部平行葉理部が、他の成因の地層とタービダイトとの違いともいえます。
 葉理とは、一つの地層(単層といいます)の中に形成されている構造です。細粒の砂やシルト(砂より細かく、粘土よりは粗い粒子)などが並んでいる目に見えるサイズの層構造のことをいいます。その葉理の特徴によって、タービダイトの内部がいくつかに細分されます。
 葉理が、地層の面(層理面といいます)と平行なとき平行葉理といい、葉理が地層の面と斜交している場合を斜交葉理といいます。葉理は、その地層を形成した流れの特徴を反映しています。ですから、葉理を調べることによって、タービダイトの形成時の流れの様子を知ることができます。
 典型的なバウマ・シーケンスのタービダイトでは、斜交葉理を挟んで上下に平行葉理が形成されてます。
 ところが、実際に野外で地層を調査していると、バウマ・シーケンスをもったタービダイトが非常にまれであることがわかります。なぜ、まれにしかないものに、典型的なシーケンスなど成立しえるのでしょうか。それは、タービダイトという流れの特徴を考えれば理解できます。
 ダービダイトは、土砂混じりの密度の大きな流体として、重力によって流れていきます。ダービダイトの到達範囲は広く、堆積場が非常に巨大になります。流れの主軸にあたるところでは、混濁流の本体が流れていきます。主軸であっても、流れるにしたがって、礫や砂などの大きな粒子から沈降していき、減っていきます。流れの主軸でも、タービダイトの発生場から離れると、級化層理をつくるような大きさの粒子はなくなっていきます。タービダイトから離れた遠方や、タービダイトの周辺域では、密度の小さい、細かい粒子だけの混濁流になってしまいます。
 一つのタービダイトでできた堆積物であっても、級化層理をもったもの、つまりバウマ・シーケンスをもった地層は、混濁流の主軸のある限られた範囲の堆積物だけとなります。それ以外の場所では、下部の級化部の欠けた地層が、広く堆積しているということになります。むしろそのような不完全なタービダイトの方が広く分します。
 タービダイトから形成された地層は、連続して積み重なっていても、それぞれの混濁流の流れる方向や規模は、毎回違ってくるはずです。ですから、同じ場所を掘って積み重なった地層を見たとしたら、完全なバウマ・シーケンスを持った地層はまれで、不完全なタービダイトの方が多くなっているでしょう。これが、自然界でバウマ・シーケンスが完全なものが見られない理由です。
 タービダイトは、堆積物がたくさん供給され、斜面が埋まって浅くなってしまうことなく、常に深みであるところた厚くたまります。そのような常に沈降する作用が働いているような場所であれば、タービダイトはよく発達します。たとえば、日本列島のような、海溝に沿うようにできている上昇の激しい地域の沿岸が、タービダイトが形成されやすい場所となります。日本列島の西南日本の太平洋側では、かつてのタービダイトでできた地層をたくさん観察することができます。
 ある崖でタービダイトの地層を見るということは、過去の海底の断面をみるということになります。たとえ同じ場所だったとしても、その断面は、タービダイトの主軸部だけをみてるとは限りません。あるときは主軸だったとしても、次には主軸から外れていることもあるでしょう。ですから、崖の地層は、どんなに似ているように見えても、二つとして同じものはないのです。
 バウマ・シーケンスは、多様性の本質の重要性を示す好例です。もし、バウマ・シーケンスという本質を知らないで、多様な様相を示す地層を見たとしましょう。すると、その地層の多様性に惑わされて、本質を見抜くことが困難になることでしょう。地質学者たちが、バウマ・シオケンスたどり着くまでに長い時間が必要でした。しかし、ある原理や成因に則った本質が理解できれば、一見多様に見える自然現象も、その本質の演繹によって解明できるのです。

・典型的実例・
私は、地層を詳しく見るようになったのは、ここ1、2年です。
また、バウマ・シーケンスの詳細について
知るようになったのも最近です。
思い返してみても、
典型的なバウマ・シーケンスを持つ地層を
野外でみた記憶がありませんでした。
今までの記録をひっくり返してみても、
見た記録もありませんでした。
つまり、バウマ・シーケンスの実物を
少なくとも意識してみたことがないのです。
そうなると、典型的なバウマ・シーケンスを見たいのが人情です。
どこにあるか、これからいろいろ探してみたいと考えています。

・早い春・
いよいよ3月です。
北海道は、2月になって雪は結構降りました
しかし、例年の比べれば明らかに少なく
暖かい日が多いです。
ですから、今年は冬はすごしやすく感じます。
そして多分、春の訪れも早くなりそうです。
北国の人間にとって早い春の訪れはうれしいものです。