2025年4月1日火曜日

279 これからは在野の研究者として:大学での最後の挨拶

 2025年3月末日をもって大学を退職しました。最後に大学での歓送迎会があり、そこで挨拶をしました。教職員の前では最後になるので、研究者としての気持ちを話しました。その内容と謎解きをしましょう。


【以下は、話した内容と異なるとことがありますが、話したかった内容です】

 大学の学部から大学院を経て、地質学の研究者となりました。以降、テーマや手法の変更、領域の拡大などはありながらも、長きにわたり地質学に従事してきました。地質学をテーマにしたことに、後悔はありませんでした。そしてこれからも地質学には携わっていきたいと思っています。
 大学の学部から附置研究所まで地質学者として「研究一路の旅なれど」(1)
、博物館に赴任したことで、科学教育も業務となりました。教育と入ってもこれまで自分自身が経験したことがないものでした。なぜなら、市民への科学教育の対象は老若男女、興味も、知的レベルもバラバラの人たちを一堂にして教育を進めていくしかありませんでした。そんな博物館での教育には、方法を示して教科書も参考書もありませんでした。自分で開拓していくことにしました。従来の方法に囚われる必要がないため、「コペルニクス的展開」(2)で進めていくことにしました。答えは簡単でした。できるだけ根本的なこと、最新のこと、実物や自然に接しながら、自分自身が面白いと思える方法や、新しいと思える手法の導入して、小学生にわかるような内容で進めていけば、すべての人が楽しく学べることがわかってきました。ただし、準備は大変でしたが。
 博物館で働くまで、それまで地質学の研究だけを進めてきたのですが、博物館では新たに科学教育も加えていくことになりました。ただし、教育は、科学の"Antithese"や"Aufheben"(3)ではなく、共存すべき存在だと考えました。博物館の開設、そして運営開始に携わりながら、それなりの教育実践も実施してきました。
 博物館に11年在籍しました。自身にとって全く新しい分野でも、10年ほど継続的に実績を積み重ねれば、「ものになる」という実感をえました。自身の能力と体験から、新たな挑戦をはじめてものにするには10年かかること、そして体力、気力を考えれば、自身の残りの人生の時間を考えると、転職して新たなチャレンジをする最後の時期だと気づきました。そして、新たな展開をするために、転職することを決意しました。
 転職に当たり、場所は吟味しました。"Go to the North"(4)、そして家族の生活環境や自身の好みから、都市は避けて、自然の豊かなところを選んで応募しました。そのような条件を満たす転職先を選びながら、多数の大学に応募した結果、現在の職場に採用されました。
 理系の私はあえて、人文系社会系のこの大学に応募しました。所属学部は社会情報系でした。所属している教員は、社会系と情報系の専門家がいました。そこでは、科学教育の実践に、情報技術を導入して展開していきました。しかし、大学の事情で、4年間で教員養成の学科に配置転換となり、人文系の学部に属することになりました。
 そこでも歓迎会していただきました。その時の挨拶で、"I have a dream"(5)という言葉を使いましした。席に戻ると、その言葉の由来をすぐに話題にしてくださった方がいました。また、同じ時期に発行の学部の広報誌の巻頭エッセイを頼まれ「歩けど歩けどなお、わが調査終わらざり」(6)というタイトルで書きました。この時も、その言葉の原典がすぐに気づかれ、話題にされた方がいました。

-----Intermission-----
 私が意図的に使った有名な語句に、すぐに気づかれ、その原典が話題にできることに、すごく幸福感を感じました。アカデミアにきたと実感した瞬間でした。大学は最高学府で、最高のアカデミアで、教員の皆様は、ぜひ研究を深めて議論の場をつくってください。学生は、そんな教員の熱に感化されるはずです。そして、この大学は、今までの理系の人は少ないですが、広い分野の人材が多数いて、コミュティが小さいので、深く多様なコミュニケーションがとりやすいのが特徴です。ですから、ここでの話でも、多数のキーワードを埋め込みました。ぜひ気づきてください。謎解き楽しんでください。
-----閑話休題-----

 それまで、私は地質学という理系の領域でした。そして博物館で教育実践を実施してきました。人文系の学部にきて、私が目指そうとしてきたのは、理系と文系という対立でなく"The two cultures"(7)の融合でした。そして、そこに哲学も必要だと考え、科学、教育、哲学の"Trinity"三位一体(8)となるような研究者像を目指すことにしました。学問領域の区分ではなく、広く教養をもつことを目指しました。
 大学に在籍している期間、社会情勢は刻々と変化し、大学、学部、学科の置かれている現状の変動していきます。それは、「時間の矢」(9)として変化していきます。そうはいっても、歴史には、どこか繰り返される条件、状況もあり「時間の環」(9)と見えるところもありまします。我が大学は、80年に及ぶ長い歴史をもった大学だからこそ、過去に学ぶべき教訓ももあるはずです。
 ここ数年、これまで科学的手法、あるいは論理的と考えられる方法で、科学、教育、哲学に取り組んできました。ところが、専門としている地質学の領域においても、従来の科学的手法では達することができない時代、知り得ない領域があることも明らかです。そんな未知の領域(冥王代前期という時代)に取り組んでいこうと考えています。
 そこにはきっと「言語化できない知」=「悟り」(10)が必要な領域です。その解明には、東洋哲学の思想が重要な指針になりそうです。現在、南方熊楠を参考にして、密教も勉強中です。
 最後に、4月から、私は、大学という組織に所属からはずれます。今後は、在野の「野良」の研究者として研究を進めていこうと思っています。そんなときの心構えは、"Stay hungry. Stay foolish."(11)でいこうと思っています。

・Adaptation・
この話の中に、流れに違和感のある語句や
「」や””付きのキーワードが
散りばめられていました。
それは、Adaptation(翻案)でした。
あるいは本歌録り、引歌(ひきうた)、
最近では漫画などでは
二次創作は日本文化の伝統でもあります。
西洋でもパロディ、隠喩、オマージュなど
として扱われています。
ぜひ、その本歌を考えてください。

・適正規模・
今回のAdaptationの大半は
現在の大学の教員との会話で
実際のおこなったものです。
我が大学の規模で、
多様な分野の教員がいたので
深いコミュニケーションできました。
私が、この組織で属せたことで
非常に刺激的なものになりました。

【謎解き】
(1)「研究一路の旅なれど」
「真実一路の旅なれど」から引いている。山本有三「真実一路」を意識ましたが、大本は北原白秋の「巡礼」の一説「真実、鈴ふり、思い出す」より。

(2)「コペルニクス的展開」
カントの「純粋理性批判」第二版の序文に用いた言葉より。

(3)「教育は科学のAntitheseやAufhebenではなく」
AntitheseとAufhebenはヘーゲルの弁証法の用語で、この大学に赴任した時の学長が話した内容より。

(4)"Go to the North"
J・F・ケネディが1962年9月12日にヒューストンのライス大学での演説で
"We choose to go to the Moon"
「私たちは月へいくことを選びました」
と述べた。これまでソビエト連邦に先行を許していた宇宙開発で、逆転を目指して、アメリカは月に人類を目指すことを宣言した。この言葉は、理系人間には、次の"I have a dream"より強く記憶に残っている。

(5)"I have a dream"
1963年8月28日、Martin Luther King Jr.が、職と自由を求める行進に向かうとき、おこなった演説より。
I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: "We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal."
「私には夢があります。いつの日か、この国が立ち上がり、『すべての人間は平等に創られている、という真理を自明のものと考える。』というその信条の真の意味を実現することを。」

(6)「歩けど歩けどなお、わが調査終わらざり」
石川啄木の短歌集「一握の砂」の
「働けどはたらけど猶 わがくらし楽にならざり ぢつと手を見る」
より。

(7)"The two cultures”
Snow(1959)の「二つの文化と科学革命」の書名より。元学長は教養の必要性を説いていた。

(8)"Trinity"三位一体
キリスト教では、神は唯一神であるが、その姿は父(神)・子(キリスト)・聖霊の3つとなる。そこから、科学、教育、哲学の3つを自身で体現していくことが自身の理想の研究者となった。

(9)「時間の矢」「時間の環」
地質学者グールドがまとめた過去の地質学的時間の見方。

(10)「言語化できない知」=「悟り」
南方熊楠が土宜法竜との書翰の各所で述べたものを、私自身が自身で言葉にしたもの。

(11)"Stay hungry. Stay foolish."
Steve Jobsが、2005年のスタンフォード大学卒業式に招かれたしたスピーチでの最後の言葉。

2025年3月1日土曜日

278 類比と対比の昏迷

 似ている似ていないや、同じ違うなどは、当たり前に判断しています。そのため、あまり考えることなく判断しているのではないでしょうか。もしかすると、間違った使い方をしているかもしれません。


 私たちは、ついつい人と比べてしまいます。自分より優れている人がいるとがっくりしたり、劣っている点がある人を見て自尊心を増したりすることもあります。本来は、他人と自分とは、個性も能力も育った環境も異なっているので、同じ条件で比べていないことも多いでしょう。本来なら同じ条件で比べるのが前提となるはずです。
 そなんことはお構いなし比べてしまいます。人間の感覚(視覚や聴覚、味覚、嗅覚など)は、違いや似ているところを検出するのに優れています。その能力を活かそうとしているのか、それとも比べたいという本能があるため、能力が発達したのか、わかりませんが、私たちは比べてしまいます。
 いくつかのものの間で、似ているところを探す行為は、類比(類推、アナロジー、analogy)といい、違うところを見出すのは、対比(対照、コントラスト、contrast)といいます。
 類比は、帰納法の一種としてはじめます。例えば、石ころAとBがあるとしましょう。両者にいくつも似た特徴があれば、「同一」(A=B)という仮定ができます。次に、AとBで、「同一」という前提のもとで、もっと多数の特徴を比べていくと、演繹となります。AとBの特徴の集合間の比較となっています。
 集合間の比較において、「同一」の特徴が多くなってくと、「同一」が真の可能性が高くなります。両集合の共通部分が広くなっていきます。しかし、どんなに共通する特徴を多数の挙げても、「同一」ということになりません。もし、AとBの特徴に、重要な違いがひとつもで見つかったら「同一」の仮説は崩れます。
 これの類比は、多数の事例(個別命題)から、ある抽象(帰納)された概念(普遍命題)を定義していくことなるのですが、蓋然性は高まっていくのですが、必然性は生まれません。これは、自然界に帰納法を適用するとき起こる、論理的弱点である枚挙的帰納法になっているからです。
 もうひとつ別の例を出しましょう。いろいろな泥岩や砂岩を集めていき、それら共通する特徴から、堆積岩の特徴を探していくことにします。これは、泥岩や砂岩の多数の事例を含んだ集合間の類比から、それらを含んだより広い集合、上位概念となる堆積岩を、帰納的に定義していくことになります。
 泥岩や砂岩を集めて、それが堆積岩に含まれるかどうかを演繹的に検証していくこともできます。ただし、これはあまり意味がありません。なぜなら、泥岩も砂岩も、堆積岩の集合内にあるからです。一方逆の場合は真とはいえません。堆積岩の集合に含まれていても、泥岩や砂岩の集合には属さないもの、例えば礫岩など、が見つかることがあります。
 ここまでわかりやすい例を出しましたが、未知のもの、未定義のものでの類比では、集合から外れるものを意識的に比較の対象にしていく必要があります。なかなか思いつきにくいことですが。これは対偶による検証、あるいは背理法に属する考え方になります。
 対比では、相違点に着目していきます。2つのもので、違っている点を見つけていきますが、その前提として似ているところがあるもの間で比べていくことになります。似ているもの同士で、相違点を見つけていきます。対比にもいくつかの方法があります。
 堆積岩という類似性をもった分類群の中で、泥岩や砂岩、礫岩などの相違を調べていきます。この方法では、ひとつの集合内(堆積岩)の対比で、部分集合の区分していくことが可能となります。
 別の例も出しましょう。火成岩には、玄武岩、安山岩、流紋岩という区分がされています。これらの違いが、どのような成因に由来しているのかを、対比から探っていくことにも利用できます。ひとつの集合内で、部分集合ができる原因を追及していくことができます。
 ひとつの大きな集合内での細分化となります。便利ではあるのですが、詳しく対比していくと、多数の区分が可能になるはずなので、どこまで区分していくのか、あるいはどこで区分をやめるのかが難しくなります。一つの集合内、つまり普遍命題の中で、小さな普遍命題に区分していく方法となります。
 さらに対比には、もう一つの考え方があります。似ているが異なっているものを用いて、その違いが正当であることを示していきます。例えば、堆積岩を考えている時、礫岩と見かけの似た岩石として粒の粗い花崗岩と比べていきます。この対比では、両者は粒が粗いという類似点があるのですが、なぜ礫岩は堆積岩で、花崗岩は火成岩に区分されるのかを考えると、堆積岩と火成岩の成因の違いにたどり着きます。これは、堆積岩という集合の特徴を、異なった集合と対比していくことになります。
 少々複雑な内容になりましたが、集合のオイラー図やベン図を書いてみるとわかりやすくなるでしょう。
 当たり前に使っている似ている(類比)や、違っている(対比)について考えてきました。それぞれをよく見ていくと、いろいろな意味合いや使用法の違いがあることがわかります。もしかすると、間違った使い方をしていることもあるかもしれません。

・挨拶・
いよいよ3月になりました。
この時期には、大学の行事がいろいろあり
私にとっては退職のための手続きも続きます。
まずは、集中講義が週明けからはじまります。
その後、学位記授与式、送別会、
離任式など次々とあります。
まあ、永く勤めたので、
それぞれの場でお別れの挨拶をすることになります。

・ついつい比べてしまう・
小・中学校の時代は、同じ時期に、同じ地域で、
同じ年齢の児童生徒として机を並べているので、
かなり条件が揃ってきます。
試験の点数や通知表などの評価、
入試による入学した学校のランクなど、
比べる条件も客観性をもつものもあります。
しかし、それは一側面での評価の比較に過ぎません。
厳密に比べるには
難しい条件があるはずなのですが、
ついつい比較してしまいます。

2025年2月1日土曜日

277 デカルトの哲学の木

 デカルトの「哲学の木」という言葉があります。著書の本文ではなく、序に当たる書簡に書かれている比喩です。この比喩は、デカルト哲学の全体像を象徴しています。


 デカルトは、近世のはじまりと告げる偉大な哲学者とされています。著書の中でも、「方法序説」が最も有名ですが、正式の書名は「みずからの理性を正しく導き、もろもろの学問において真理を探究するための方法についての序説およびこの方法の試論(屈折光学・気象学・幾何学)」となっています。
 以前、この「方法序説」を興味深く読みしましたが、関連した文献を見ていくと、いろいろ興味深い哲学者であることがわかってきました。デカルトについて調べたことを紹介していきます。
 デカルトの「哲学原理」の中に「仏訳者への著者の書簡―序文にも役立ち得るー」に、次のような記述があります。
「哲学全体は一つの樹木のごときもので、その根は形而上学、幹は自然学、そしてこの幹から出ている枝は、他のあらゆる諸学なのですが、後者は結局三つの主要な学に帰着します、即ち医学、機械学および道徳、ただし私の言うのは、他の諸学の完全な認識を前提とする窮極の知恵であるとこの、最高かつ最完全な道徳のことです。」(岩波文庫、1964年 桂寿一訳)
ここでの喩えを、「デカルトの哲学の木」と呼んでいます。
 デカルトの時代は、現在の学問体系とは少し異なり、名称も違っています。もっとも根本にある学問を「形而上学」としています。形而上学とは、感覚や経験ではとらえられず、理性によってでしか認識できない普遍的な真理を探求する学問です。普遍的な真理としては世界の根源、人間の存在理由など、アリストテレスが「第一哲学」と呼んだものです。
 「形而上学」を基礎(根)にして、「自然学」が幹となるといいます。「自然学」の上に、医学、「機械学」、そして「道徳」が枝となるといいます。
 「形而上学」は共通した訳になっているのですが、「自然学」と「機械学」については、訳者によっては、異なった術語が使われています。
 「ワイド版 世界の大思想03」の中の「哲学の原理」の桝田啓三郎の訳では、「自然学」は「物理学」と訳されています。デカルトの意図としては、力学的世界観、つまり「基礎的な物理学」を意味しているようです。ただしその内容は、物理学と化学を含み、生物も一種の機械とみなしていることから、広く「自然科学」、あるいは「自然史学」と呼ぶのがいいのかもしれません。
 「機械学」は、桝田啓三郎の訳では「力学」とされていますが、内容として、応用科学となる「工学」や「科学技術」に相当しそうです。「道徳」とは、「他の諸学の完全な認識を前提とする窮極の知恵」といっていますので、現在では「教養」に当たるかもしれません。
 デカルトは、独自の方法論で一人でこの木の全てを作り上げていきます。方法論は、理性を正しく導くために、明証、分析、総合、枚挙の4つの規則を定めています。「明証」とは真であると証明された前提から進めていくこと、「分析」とは問題を小さな部分に分解し還元していくこと、「総合」とは要素からだんだんと複雑なものへと進めていくこと、「枚挙」とはすべてをもれなく取り上げていくこと、となります。この方法論は、要素還元主義を取り込んだ演繹法といえます。
 明証的な原理に達するまで、方法序説で有名となった「方法的懐疑」で論理を展開していきます。方法的懐疑では、あららゆる疑わしきものは取り除いていきました。そして、最後に残ったのが、第一原理として有名な「我思う、ゆえに我あり」(cogito ergo sum)に達しました。すべてを懐疑しても、「我」だけは残ると考えました。
 デカルトは、第一原理となる「我思う、ゆえに我あり」から、すべての議論をはじめ、4つの規則にもどついた要素還元主義的な演繹法で進めていきす。
 方法序説には、「序説」とされているように、「省察」や「哲学原理」などの議論が網羅的に要約されています。本来であれば、自然科学は、「世界論」として公表する予定であったのですが、ガリレオの宗教裁判があったことを知り、その出版を取りやめました。そして、屈折光学、気象学、幾何学だけを出版することに同意したと書いています。
 「序説」にあった「屈折光学」、「気象学」、「幾何学」の3つは、「世界論あるいは光論」という原稿が実在していました。しかし、ガリレオの影響で、生前は出版されることなく、死後に発行されました。
 デカルトは、たった一人で第一原理からはじめていきます。「省察」では、形而上学的なテーマが、1日ずつの省察(meditation)として考えられていきます。
 上で述べた「方法的懐疑」がまとめられ(第一省察)、「我思う、ゆえに我あり」に関する議論(第二省察)となっています。
 神の存在証明(第三省察)では、デカルトは、「神という名で私が意味するものは、ある無限な、独立な、全知かつ全能な、そして私自身をもーもし私のほかにも何ものかが存在するならー他のすべてのものをも創造した、実体である」としていることから、キリスト教的な神ではなく、自然をつくった存在というように意味になりそうです。
 次に、真と偽に関する判断(第四省察)、物体の本性と神の存在証明(第五省察)、物体の存在と心身の区別(第六省察)となっていきます。
 「哲学原理」は、4つに別れており、「人間的認識の原理について」、「物質事物の原理について」、「目に見える世界について」、「地球について」、となっています。自然哲学とから自然科学にまたがった内容になっていますが、自然科学に関する内容が少しもの足りなく思えます。
 それは、第四部の第一八八節に、
「私はもうこれ以上、哲学の原理のこの第四部に何も書き加えようとは思わない。ただ(始め私が考えていたように)なお二つの部を、すなわち、生物つまり動物と植物と〈の本性〉に関する第五部と、人体〈の本性〉に関する第六部と、この二つだけは私は書きたいと思っているのではあるが、・・・」
と書いているように、初期の構想としては、「動物と植物」と「人間の本性」も書く予定でだったようです。しかし、実験も時間の足りず、出版をこれ以上遅れさせないために、ここまででまとめたようです。
 人間の本性について、後に「情念論」として、死の直前に出版されました。他にも、生きている時は出版できていないものもいくつかありましたが、原稿が残されていたため、後に出版されました。
 こうして概観していくと、デカルトは、当初目指した自身の哲学体系「哲学の木」の全体を、生涯かけて完成していったことになります。素晴らしいことです。今後、デカルトの主要著書を読んでいこうとも思っています。

・第二哲学を・
アリストテレスの第一哲学は形而上学でしたが
第二哲学は自然哲学となり、
今日でいうところの自然科学でした。
デカルトの自然観、あるいは自然科学の体系を
理解するためには、
「方法序説」、「哲学原理」、「世界論」が
重要になってきます。
暇をみて、これらを読んでいこうと思ます。

・私学の入試・
私立大学の入試の最中になっています。
地方会場の入試が担当となっており
出張することになります。
久しぶりの入試での出張となります。
冬の北海道ですから、
交通機関の遅延運休が心配です。
受験生も大変ですが、
主催者のその判断に迷うことがあります。
穏やかに実施できればいいのですが。

2025年1月1日水曜日

276 冥王代への新しい展開:熊楠の人文知

  明けましておめでとうございます。今年は、自身にとって区切りの年になります。このエッセイでは、今後の研究の方向性について考えています。自然科学的アプローチだけでなく、人文知からの思索を深めていくつもりです。


 昨年は、1年かけて退職のための準備をいろいろと進めてきました。まずは、研究の集大成を著書としてまとめることができました。研究を進めていくうちに、終わりはまだまだということを痛感しました。これからも研究を進めていき、成果を論文として投稿していこうと考えています。
 ただし、方向や方法論は大きく変更していくつもりです。より思索を深めていこうと考えています。思索と入っても、軸足は地質学に置いています。
 現在、もっとも興味をもっているのは、地球のはじまりの時代「冥王代」(もっとも古い地質時代)です。地質学は、過去に起こった事象を、現在に残された証拠(地層や岩石、化石など)から、その実体を探っていきます。証拠は古いほど変質、変形、変成、破壊などを受けて変容していることが多くなり、不完全な証拠になったり、喪失していきます。時代を遡るほど、証拠は少なくなり、冥王代には証拠すらありません。それでも、地質学者は冥王代を探っていきます。
 冥王代であっても、地質学以外の研究分野からのアプローチが可能です。例えば、地球の形成モデル(計算実験、シミュレーション)や、他の太陽系(系外惑星)との比較や(天文学)、太陽系の他の惑星の観測や比較(比較惑星学)、始原的隕石と呼ばれる材料(隕石学)などを手がかりにして、地球形成のシナリオを作っていくことができます。そんなシナリオから、冥王代の様子を、おぼろげながらも捉えていきます。
 冥王代のシナリオからいくつかの事変が推定され、そこから地質学的束縛条件が抽出されてきます。例えば、地球の材料が特定の隕石(Eコンドライト)であるとわかってきたました。その後、大きな天体の衝突(ジャイアント・インパクトと呼ばれています)によって月ができました。さらに、月には隕石が激しく衝突した時期(後期重爆撃期と呼ばれています)があり、それらの小天体は小惑星帯や木星軌道付近から来たことがわかってきました。
 このような事変から、いくつかの重要な地質学的束縛条件が出てきました。材料から、地球ができたときは、形成時の地球には大気も海洋も存在しない「裸でドライ」であったこと、できたての地球ではマントルは熱く対流も激しかったのですが、表面は分厚く硬いプレートが覆い、プレートの移動がない静穏な状態が想定されます。
 また、月が形成されるような衝突は地球にも大きな改変が起こったはずです。地球も月も、原始の地球の衝突天体の物質の、混合比率が異なった物質からできました。リセットされた地球として新たな歴史がはじまります。
 後期重爆撃期の激しく隕石の衝突で、無水時代のプレートが破壊されていきます。衝突天体は、太陽系の外側にあったものなので、揮発成分(水やガス)が含まれていました。その成分が地球の大気と海洋の起源となりました。厚いプレートが破壊され、大気と海洋ができると、現在のプレートテクトニクスがはじまります。ただし、大陸はまだできていません。なぜなら、大陸地殻は現在のプレートテクトニクスの沈み込み帯で形成されるからです。
 広い海洋の中に、海洋プレートが沈み込んで、海洋列島(海洋性島弧と呼ばれています)が、あちこちにできたはずです。当時マントルの対流のシミュレーションがから、現在より多くのプレートに分かれていたため、海洋性島弧が多数できていたと推定されます。海洋性島弧が、大陸形成のスタートだったはずです。
 このようは地質学的束縛条件が加わったシナリオができます。それを証明するための材料は、冥王代の地球からはほとんど見つかりません。証拠の欠如した時代の出来事を、科学的に探ることは困難です。証拠による検証という通常の科学的、地質学的手法(演繹法)が使えないためです。どうすればいいのでしょうか。
 証拠が手に入らない、科学的検証ができないと、諦めてしまうことはできません。なんとか、知恵を使ってアプローチできないでしょうか。地球形成を地質学以外の学問を応用しました。自然科学が行き詰まったのなら、人文知が役に立つのではないでしょうか。人文知には、実体のない概念を深く思索していくこともされています。証拠のない、知りえない時代への手がかりが、そんな中にあるのではないでしょうか。
 注目しているは、南方熊楠(みなかた くまくす)の思想です。熊楠の思想については、土宜法龍(とき ほうりゅう)との書翰のやり取りで展開されています。長い手紙を何度もやりとりしながら、熊楠も少しずつ思索を深めていきました。
 熊楠の思想については、このエッセイでも何度か取り上げたことがありましたが、熊楠の偉大なところは、複雑な人文知の探査方法や概念を、文章や図で示している点です。それも一流の仏教者である法龍に説明するという方法で進めています。その方法論は、わかりやすいところも、難しいところもあります。概要をわかったつもりですが、まだまだ理解は浅く感じています。再度、読み直し、調べていき、深い理解をえようと考えています。
 熊楠の重要な文献や書籍をある程度は集めているのですが、読み込むことができず、思索を深め、整理していくことができていません。いくつかの文献は読みましたが、まだまだです。新たに展開となる研究もいくつか出てきたので、それらも把握しなければなりません。
 4月以降は時間ができるので、新たに文献を渉猟しながら、読み込んでいこうと考えています。熊楠は、在野の博覧強記の賢人であったのですが、世渡りは必ずしもうまくなかったようでが、膨大な文章や書翰、日記などから、その思索や造詣の深さがわかります。そんな熊楠に接するのが春からの楽しみです。

・すべきことは順番に・
退職までにすべきことが、
公私ともどもいろいろあります。
先日To Do Listを整理したら、
締切付きのものが、
多数リストアップされてきました。
まずは、締切を優先して進めていきます。
仕事始めまでに、推敲中の論文と
戻ってきている初校を
仕上げていかなければなりません。
これから3ヶ月、すべきことが押し寄せてきます。
自分を見失わないようしていきたいですね。

・熊楠の暮らしたところへ・
時間ができたら、和歌山にでかけたいと考えています。
熊楠の暮らした田辺や那智を
ゆっくりと巡りたいと考えています。
南方熊楠顕彰館や那智へは
以前にも何度か訪れています。
しばらく訪ねていないうちに
博物館も更新されているようです。
白浜の南方熊楠記念館にはでかけたのですが
休館で入れませんでした。
縁の地をゆっくりと訪ねていきたいと思いますが
それはいつになるのでしょうか。

2024年12月1日日曜日

275 線引きの勇気:科学と非科学の境界

 科学的でないことと科学的なことは、論理的に考えれば見分けられるように思えます。しかし、その境界は必ずしも明らかではありません。仮説に反例が出た時、素直に認める姿勢、修正していく姿勢が問われます。


 朝のワイドショーや雑誌などでは、星占い、星座占いなどが今でも紹介されています。血液型による性格区分が会話のきっかけにされたり、星座なども話題にされることがあります。占いの指示に従った結果、うまくいったとか、危険を回避できた、などの経験をした人は、占いを信じてよかったと思うでしょう。
 多数の人間を数個の区分で分類すると、同じ属性をもったことになったり、同じような運命をたどったりするのは、あまりに大雑把過ぎます。もっと多様性があるはずです。そのような単純な区分にもとづく考え方は、多くの人が「あやしい」と思っているでしょう。しかし、そのような真偽を気にせずに、ついつい聞いてしまい、気にして、従う人もいるのでしょう。これらは、科学的に考えればあやしそうなことも、世の中には流布することがある例といえるでしょう。
 科学的ではないことは、非科学、似非科学、疑似科学などと呼ばれていますが、ここでは非科学としましょう。
 科学に携わってきて長くなりますが、科学は面白いから、続けれられているのだと思います。自然科学に従事していると、自然の中にみられる不思議を見出して、なぜだろうと興味を持ち、その不思議の理由を知りたい、謎を解き明かしたいと考えます。自身で解き明かした時の喜びは大きく、記憶にも残ります。苦労や労力、時間に比例して満足度も大きくなるようです。
 ところが、非科学であっても、それに従事している人は、興味を持ち、大きな労力をかけて為しているはずです。そこには科学者と同等、時にはより多くの満足感をえているかもしれません。結果の享受に関しては、科学であれ非科学であれ、同様に感じることになります。
 従事している人の気持ちでは、科学と非科学の判断できないようです。科学的な判断は、人の感性や主観ではできないことになります。科学と非科学とを見分けることは、どうすればいいのでしょうか。
 これは、線引き問題(境界設定問題、境界確定問題)と呼ばれ、なかなかむつかしい問題となっています。なぜ問題になっているのでしょうか。科学は証拠や論理によって積み上げれたものです。正しさは保証され、検証されているはずです。しかし、すべての科学の法則や規則には、論理的な問題があるのです。
 自然科学では帰納法によって法則や規則などが抽象されていきます。帰納された法則や規則は仮説ですので、演繹法によって検証されていきます。検証の結果から、仮説が間違っていることがわかれば、修正されたり破棄されたりします。この作業を繰り返してよりよい法則や規則としていきます。この方法が、仮説演繹法と呼ばれ、現在の自然科学の一般的なものとなります。
 仮説演繹法によって示された仮説は、検証される前の仮説よりは、よいものになっているはずです。カルナップは、意味のある命題(科学的な命題)とは、経験(演繹)によって確からしさが増す可能性がなければならないという、規準を示しました。自然科学の仮説演繹法はそれに則ってます。この仕組みが導入されているかどうかが、科学と非科学を区分されるでしょう。しかし、仮説演繹法をとっている非科学も多数あります。
 仮説は、検証された範囲で確かさは保障できますが、それ以外のところでは、正しいことが検証されていません。自然界のすべてで検証することは不可能です。ですから、どこかに仮説に合わないものがあるかもしれません。
 自然科学では、帰納法から抽象した仮説が、暗黙に「すべての・・・」という前提のもとに、語られていきます。このようなものを、論理学では「全称命題」と呼びます。全称命題は、母集団が限定されていれば、検証可能ですが、母集団が限定できない、できても調べることが不可能な自然界では、検証不能となります。帰納されたどんな科学的な法則や規則(仮説)も、全称命題となるため、検証の不能性となります。これが論理的問題です。
 反例がひとつでも出てくれば、その仮説は否定されることになります。つまり、科学的手法自体に、論理的に正しいことを示せないというジレンマ、論理矛盾を抱えているわけです。実際に反例や仮説の否定された事例が、科学では多く知られています。
 例えば、天動説から地動説へ、ニュートンの古典力科学から相対性理論へ、地向斜造山運動からプレートテクトニクスなど、大きな仮説(パラダイム)の転換が起こりました。また、生物学でも、無生物から発生(自然発生説)の否定、遺伝の発見、DNAという遺伝物質の発見などでも、それ以前の仮説が大きく変更を迫られました。
 しかし、どんなに新しく、どんなによいパラダイムであっても、科学的仮説である限り、全称命題で表現されるので、検証不能性が残ります。どうすれば、いいのでしょか。カール・ポパーは、科学的仮説には、間違っていることが証明される可能性がなければならないという「反証可能性」を提唱しました。科学的仮説では、反証できる個別命題も示せるものもあり、現在まだ検証できない条件や現状の条件では偽となっているにすぎません。この反証可能性により、非科学的仮説の何割かは引っかかるでしょう。ただし、科学的仮説も否定されてきました。
 反証が出ない限り、あるいは反証が出るまでは、仮説は有効です。科学的仮説は、いつまでたっても仮説のままでいることになります。反証可能性も、仮説を演繹的に検証するための方法となり、新規性、創造性をもっていません。仮説を否定するための方法にすぎず、生産性はありません。これは自然科学の仮説がもっている宿命的欠陥です。反証可能性を示した非科学もあるでしょう。そうなれば、反証されるまでは、その非科学も利用されていくことになり、科学と対等になります。そこに再度、線引き問題が現れてきます。
 線引き問題は解決不能の宿命です。しかし、ポパーの反証可能性は、仮説に対する、科学者としての姿勢を示したとみるべきでしょう。現在の科学的仮説は不完全なので、反証可能性を常に意識して科学に従事していること、時には仮説を反証する努力もすること、そして反証がでたときよりよい仮説を生み出す機会到来と考えること、次なる仮説に向けて努力していくこと。論理に生きる科学者として、そんな姿勢が必要です。しかし、そんな姿勢を貫く勇気、これまでの仮説を捨て去れる勇気が問われています。それこそが、線引き問題の解決方法かもしれません。

・師走・
もう師走に入りました。
11月中は校務でバタバタしていたため、
師走への年中行事も気持ちが向かいません。
例年だとおこなっている年賀状の準備として
宛先の整理や文面なども全く手つかずの状態です。
12月にも校務がいろいろ押し寄せてきます。
まあ、まだ時間はあります。
順番にこなしていきましょう。

・最終講義・
来年度は非常勤として少し講義を担当しますが、
今年度で大学教員が最後になります。
先日、最終講義について開催形式や
日時の問い合わせがありました。
講義期間外に実施してもらうことにしました。
できるだけ大学の行事と重ならないような
日程を選びました。
どんな講義内容にするのかを
これから考えていくことになりますが、
研究者として過ごしてきた
ライフヒストリーとして語ろうと考えました。
内容を作るのになんとなくワクワクしています。
次々とアイディアが湧いてきます。
このワクワク状態を
しばらく楽しんでいきたいと思っています。

2024年11月1日金曜日

274 守破離への時の淘汰

  道を極めることは重要です。目指した道での成果は、他者が評価していきます。他者から評価されたものは、人類の知的資産となるのでしょうか。時の淘汰に耐えたものだけが、真に人類の知的資産となるのではないでしょうか。


 千利休の教えを和歌にしてまとめた「利休道歌」というものがあります。そこに
  規矩作法守り尽くして 破るとも 離るるとても 本を忘るな
という歌があり、そこから「守破離」という言葉ができました。
 その意味は、師の教えや型、規則、その道の作法を「守る」ことから、修行がはじまります。修行を積んで型を身につけたら、その型を研究したり、他の作法と比較し、自身でいろいろ工夫しながら、既存の型を「破り」、よりよいものへと進んでいきます。やがて既存の型にとらわれることなく、「離れて」自在に自由にできるところまでいくのが、修行だとしています。ただし、「本」質を忘れてはならないといっています。
 2022年3月1日発行の「242 守破離はできたのか」にて、これまでの研究歴を振り返りなが、守破離を考えました。それを、今回再考しました。
 大学の学部にて地質学を志して基礎から学び、修士から博士課程で地質学の専門知識、各種の研究手法も学びました。修士課程から、毎年学会発表しはじめて、博士課程ではいく編かの論文を投稿することで、研究者としての経験を積んできました。特別研究員(期限付きですが、給料と研究費をもらう)に採用され、申請した自身のテーマで研究を進めました。そこから一人前の研究者として、歩んでいくことになりました。ここまでの期間は「守」でした。
 博物館の学芸員として期限なしの研究職に就きました。博物館では、もともと最先端の地質学を進めていくために採用されたのですが、予算上の都合で、最先端の研究はできなくなりました。しかし、地質学の研究を進める条件や環境は整っていました。加えて旧博物館の改変に伴って新しい博物館の開設のための要員でもあったので、教育委員会で開設準備に当たりながらも、博物館での業務にも就くことになりました。
 博物館では、市民への科学教育が本務としてありました。学芸員の中には、市民教育に長けた人もおられました。その技は、簡単に身につけられそうもありませんでした。しかし、業務として、市民への科学教育は押し寄せてきます。
 自分なりの方法論を見つけることに、チャレンジしていくことにしました。科学的成果をどのように伝えるかを、科学教育のテーマにして、共同でいくつかの新しい実践をおこなうプロジェクトを進めてきました。本務としてに市民への科学教育へ費やす時間が多くなるにつれ、プロジェクトが成果が出すにつれて、科学教育への興味も、地質学と同じ程度に大きくなってきました。
 科学への興味も、地質学の先端を求めるのではなく、自然に直に接し、自然を記載するという、非常にシンプルで基本的な自然史学的な手法になっていきました。この時期から、地質学への「破」へとなってきました。
 そして、大学に転職しました。博物館では、基礎的な地質学、自然にもっとも接する地質学、つまり自然史学ともいうべきものの成果を、市民にいかに伝えるかという科学教育(自然史教育)を進めてきました。大学では地質学と科学教育に加えて、地質哲学を進めようと考えました。3つの学問体系をバラバラではなく、有機的に体系的にまとめる要として地質哲学を捉えていました。それを、大学での大きなテーマとしました。
 ただし、地質哲学という学問体系はありません。学会もありません。ですから、新しい学問領域を開拓していくことになります。地質学固有の概念、あるいは地質学だけが扱える素材、例えば冥王代という特異性をもった時代などが、思索の素材となりました。これが地質学からの「離」となりました。
 地質哲学として、いくつかのテーマを定めて進めてきましたが、最初のうちは、なかなか方針も定まらず、模索が続きました。当然成果も出ませんでした。しかし、新しい地質学(自然史学)や、市民への新しい科学教育(自然史リテラシー)を進めていくのと並行して、本エッセイで地質学に関する思索を進めました。少しずつ地質哲学のテーマも出てきて、成果も挙がってきました。
 大学にきて10数年して、大学での残された時間が見えてきてから、これまでの成果を「地質学の学際化プロジェクト」としてまとめることにしました。最初は全貌もわかりませんでした、毎年出版することができ、今年には全9巻の著書としてまとめることができました。また、本エッセイは地質哲学の契機、萌芽となるアイディアを生み出せ、また思索の実践とも考え、「地質学の学際化プロジェクト地質哲学実践編」として4巻にまとめることもできました。
 今年度で退職しますが、「地質学の学際化プロジェクト」、あるいは地質哲学は、まだ終わりそうにありません。今後、総説になるような体系化するような思索を継続していこうと考えています。守破離の最後に地質学の「本」質を極めたいと考えました。
 さて、ここまで、地質学との関わりを守破離、そして本として見てきました。しかし、これまでの成果は、独善的なものです。他者からの評価もほとんどもらえないでしょう。すべての他者からの評価であっても、現時点でのものに過ぎません。どれほど評価が大きくても、10年後まで残るものは、どれほどあるでしょうか。100年後まで残るものは、ほんの一握りでしょう。さらに何百年の「時の淘汰」に耐えて残るものは・・・と考えると、現在高い評価であっても、すべて霞んでいきそうです。
 時の淘汰を耐えた成果も当然あります。プラトン、アリストテレス、デカルト、ガリレオ、ニュートン、ダーウィンなど、科学的には必ずしも正しいとは限らなくても、いまだにその重要性が認識され、その著作は読まれています。
 時の淘汰は、発表時点の評価を反映しているとは限りません。大陸移動を唱えたウェゲナーやメンデルの遺伝の研究は、当時の評価は低いものでしたが、後に再評価されました。
 私の評価がそうなるといいたいのではありません。それぞれの時代の科学者が、それぞれの成果を、学界あるいは知的資産の公開、保存システムに残すことこそが重要だと考えています。短期間の評価は、いろいろとあるでしょう。しかし、最終的な評価は、時間に委ねるしかありません。「時の淘汰」を耐えぬいたものが、真に人類の知的資産としての価値をもってくるのでしょう。
 どの成果が資産になるかは、今生きる人にはわかりません。ですから、小さくてもいいから、個々の成果を残し続けていくしかないのでしょう。

・地質哲学・
今年最後になる著書2冊の原稿は、
9月末に印刷屋さんに入稿しました。
校正も終わりましたので、
今月末には出来上がりそうです。
これで、著書については終わりとなります。
現在、投稿済みの報告が1篇あります。
最後の著書に関連した論文が2編が、
ほぼ出来上がっていて、推敲中です。
今年は一気に研究成果を出すことができました。
しかし、まだまだ地質哲学の思索は続いていきそうです。

・これまでの歩み・
これまで、多数の論文や著書を公表してきました。
それぞれでは至らない、不足している点、
課題、矛盾など色々見つかります。
昔の論文を読み返すことがあるのですが、
それを読んていると面白いのです。
内容の詳細は忘れていることもありますが、
問題提起、アプローチの方法、思索の方向性など、
納得できるものがあります。
論文を書いた当時の興味が
今の自分には理解でき、
未だに興味が持てているということなのでしょう。
これは、これまで歩んできた道が
間違っていなかったのではなかいと思っています。

2024年10月1日火曜日

273 アブダクティブ斉一説の論理

 前回は、帰納法と演繹法の特徴を見てきました。いずれも一長一短があり、完結したものではありませんでした。両者にはいろいろなバリエーションがあリます。少々長くなりますが、具体的な例から打開策を考えていきましょう。


 自然科学では、帰納法を用いて法則や規則性を見出していきます。次に、その法則や規則性を利用した演繹法として、未知の結果を予測したり、実験されていない条件での検証をしていきます。自然科学では、一方だけで研究が終わることはなく、両者を一連の方法として利用していきます。その方法が、仮説演繹法(hypothetico-deductive method)です。
 帰納法と演繹法には詳しく見ていくといくつかの多様性があります。それらを、例を示しながら見ていきましょう。
 帰納法にはいくつに区分されています。自然科学ではもっとも一般的な「枚挙的帰納法」と呼ばれるものがあります。例を出しながら見ていきましょう。
  玄武岩はマグマからできた火成岩である
  安山岩はマグマからできた火成岩である
  デイサイトはマグマからできた火成岩である
  流紋岩はマグマからできた火成岩である
・・・・
と繰り返していきます。そこから、
  【仮説】すべての岩石はマグマからできた火成岩である
という仮説をえます。
 わかりやすい例ですが、すべての岩石には「砂岩」も含まれてます。そこから
  砂岩はマグマからできた火成岩である
という個別的命題にすると、その【仮説】は偽となります。これは、枚挙的帰納法からえられた【仮説】(法則や規則性)への反例がでてきたことになります。そのとき、この【仮説】が否定されます。
 他に、アナロジー(類推)というものもあります。アナロジーは、似た個別的命題を多数集めて、仮説を立てていく方法です。
  砂岩は堆積岩である
  礫岩と砂岩は似ている
  【仮説】ゆえに、礫岩も堆積岩である
類似した例を多数列挙していくことで、堆積岩の多様性を把握しながら、【仮説】の適用範囲を把握していくことになります。
  花崗岩は砂岩に似ていない
  ゆえに、花崗岩は堆積岩ではない
というように、アナロジーからはずれるものも見つかってきます。適用範囲から外れるものと、コントラスト(対比)としていくことで、【仮説】の適用範囲を限定していくことになります。枚挙的帰納法よりはゆるい限定ですが、【仮説】の範囲を把握していくことになります。ただし、アナロジーを進めても、蓋然性を高めることしかできません。
 いずれの帰納法においても、法則や規則性の正しさを証明するためには、適用範囲全体(自然界のすべてや世界中)を網羅的に調べていかなければなりません。自然界のものをすべてに対象になれば、網羅することは不可能です。そのため、帰納法で見出した法則や規則性は、論理的に証明不能となります。
 すべての自然法則は、調べた範囲での確かさ、現状のみでの確かさしかありません。明日、反例が出てくれば、その法則は否定されます。
 次に、演繹法のいくつかのバリエーションを例を示しながら見ていきましょう。もっとも一般的な演繹法として、三段論法があります。三段論法とは、
  すべてのAはBである
  すべてのBはCである
  ゆえに、すべてのAはCである
となります。例を示せば、
 すべての火成岩はマグマが固化したものである
 すべてのマグマは既存の岩石が溶融したものである
 ゆえに、すべての火成岩は既存の岩石が溶融したものである
となります。古くから使われている考え方で、だれもが納得できる考え方でもあります。
 他の演繹法もあります。モーダス・トレンス(Modus tollens、間接証明や対偶による証明とも呼ばれます)とモーダス・ポネンス(modus ponens、前件肯定や分離規則とも呼ばれます)と呼ばれるものです。似た言葉ですが、論理構成上の違いがあります。
 モーダス・トレンスは、
  AならばBである
  これはBではない
  ゆえに、これはAではない
というものです。モーダス・ポネンスは、
  AならばBである
  これはAである
  ゆえに、Bである
となります。例を出して示しましょう。
 モーダス・トレンスでは、
  火成岩ならばマグマからできている。
  砂岩はマグマからできていない。
  ゆえに、砂岩は火成岩ではない。
となります。これは、対偶と呼ばれ、背理法に通じるものです。
 また、モーダス・ポネンスの例としては、
  火成岩ならばマグマからできている
  この石は火成岩である。
  ゆえに、この石はマグマからできている。
となります。これは、対象が限定されて活用されていますが、三段論法と同じ構造となります。
 いずれの演繹法も、仮説の検証は可能となりますが、新しいことを見出しているわけではありません。仮説の適用範囲の確認や検証に利用されています。
 帰納法で仮説を導き、その仮説から予測して検証作業を進め、仮説の真偽を確かめていきます。反例がでるまでは、検証作用が続くほど、仮説の「確かさ」は増していきます。ただし、検証作業が枚挙的になるため、蓋然性は高まりますが、論理的な真へは到達できません。
 帰納法も演繹法も不完全で、両者を組みわせて、自然科学は進められていきます。帰納法と演繹法を連結したものが、仮説演繹法となります。
 地質学で用いられている「斉一説」も仮説演繹法の論理構造を持っています。斉一説は、現在の事象(個別的命題)から帰納された一般則(普遍的命題)が生まれます。それを過去の事象(個別的命題)へと演繹していきます。
 しかし、現在の普遍的命題の過去への適用は、「時間の不可逆性」があるため、検証できません。これは、自然界における普遍的命題の抽象は、「現在」を前提としています。「過去」への演繹的適用は前提条件からは逸脱する使用法となっています。過去への斉一説の適用は、「逸脱したアナロジー」となります。
 現状では、斉一説は、使用されています。斉一説的な地質現象が起こっている時代であれば、適用可能でしょう。反例がでてくるまで蓋然性を高めていくしかありません。しかし、斉一説的地質現象ではない時代、例えば冥王代には適用できないはずです。適用は誤用となります。
 冥王代のような古い時代へ自然科学的方法論として、どのようなものを使えばいいのでしょうか。哲学者のパース(Charles Sanders Peirce 1839-1914)が再発見したアブダクション(abduction)が有効だと考えています。
 アブダクションとは、もともと帰納法に一種で、ある個別的事象に対して、なんらかの仮説を立ててみたら説明できたとします。その仮説を、とりあえず適用して、次のステップに進んでいくことです。
  事実Aがある
  Bという仮説を立てるとAが説明できる
  ゆえに、仮説Bは正しいと考えられる
例として、
  A 島弧の安山岩と大陸地殻の花崗岩とは化学組成が似ている
  B 島弧の安山岩マグマが大陸地殻をつくったとするとAが説明できる
  ゆえに、Bは正しいと考えられる。
 アブダクションの特徴は、必ずしも帰納法を前提としていない点です。作業仮説を生み出すきっかけとして、ひとつの事実Aがあればいいのです。ときには、Aすらなくても、思いつきであっても作業仮説が立てられれば、それに基づいて、仮説演繹法の作業に入っていけます。
 アブダクションは、仮説演繹法を進めて、反例が出てきた時でも、その反例も受け入れて、新たな作業仮説を作ために用いることもできます。作業仮説自体が非常にゆるい前提が立てられているため、修正が容易にできます。アブダクションによる作業仮説の構築は、多くの研究者が意識的あるいは無意識に実施しています。
 帰納法が使えない時は、アブダクションによる仮説を立てて、あとは仮説演繹法として使っていくことになります。地質学の斉一説は仮説演繹法なので、作業仮説として活用していくことはできるしょう。真理保存性はないのですが、反例がでてくるまでアブダクティブ斉一説で進めていけばいいはずです。ただし、適用限界を越えて使用していることを強く意識しておく必要があるでしょう。
 こんなことを考えていますが、この論理は正しいのでしょうか。

・大変だが面白い・
このアブダクティブ斉一説は
現在もっとも集中して考えている概念です。
論文でも、いくつか考えを示しています。
なかなか深い概念なので、
いろいろな地質学的な概念や
時代(冥王代)に関連していきます。
そのため、最新の地質学の進歩も
見ていく必要があり、大仕事になります。
大変ですが、面白い作業となっています。

・ストーブ・
9月中旬から一気に秋めいてきました。
自宅でもすでにストーブを
何度がたくようになりました。
今年の秋は、早く来ているようです。
暑さより寒さのほうが耐えられます。
それでも、秋や春の
程よく過ごしやすい時期のほうが
当然いいですね。
ですから、今が一番いい季節です。