2026年8月1日土曜日

300 帰納法のカノン:科学と人間

 帰納法は、現在の科学的方法論として、当たり前に使われています。この方法は、誰がどのようにして思いついたのでしょうか。その方法は、現在の科学が使っているのと同じでしょうか。


 アリストテレス(Aristotelēs, 前384 - 前322)は、個別の事例から普遍的な結論を導くことを、エパゴーゲー(epagoge)と名付けました。これは帰納法の概念となりますが、アリストテレスは三段論法(演繹法)の「前提」を見つけるための補助手段としました。
 イギリスのベーコン(Francis Bacon, 1909 - 1992)は、「新機関(Novum Organum)」(1620)によって、観察による事実(経験)の収集の重視する帰納法を提案しました。観察をすれば、そこから自ずから規則性が見えてくると考えました。
 イギリスでは、経済学でベンサム(Jeremy Bentham, 1748-1832)の「最大多数の最大幸福」という「功利主義」の考えが生まれました。ミル(John Stuart Mill, 1806-1873)は、功利主義を継承しながらも、量より質を重視する「質的功利主義」を提唱しました。功利主義を洗練させただけでなく、自由主義(危害原則)や民主主義(女性の参政権や権利の平等)の基礎も築いていきいました。
 ミルの「論理学体系(A System of Logic)」(1842)において、帰納法を方法論として洗練させました。
 これまで、アリストテレス以来の伝統的な論理学は、三段論法を代表とする普遍的な前提から結論を導く「演繹法」が重視されていました。しかし、ミルは、演繹法には限界があると考えました。なぜなら、演繹法は、「記憶の整理」に過ぎず、既知の内容しか生まれず、新知見はえられないとしました。創造性や新規性は、個別のデータから法則を導き出すという「帰納法」から生まれるとしました。
 ミルは、現象の原因を特定するために論理的な方法を提案しました。ミルは、みずから「帰納法のカノン」と呼んでいます。カノン(Canon)とは、音楽用語にもあるのですが、もともとギリシャ語で「ものさし」や「基準」という意味があります。ミルは、この方法は、「踏み外してはならない厳格な規律」と考えました。
 自然界には「同じ原因は同じ結果を生む」という自然の斉一説があり、それを探るために、帰納法には、客観性があり、科学的厳密性をもっているとしました。帰納された法則性(仮説)を演繹する(仮説演繹法)ことで、検証することができます。そのため演繹法より帰納法が、有効だと考えました。
 ミルは、仮説を発見した後、その仮説を証明していくプロセスとして、カノン(規律)として、5つの方法が示しました。一致法(Method of Agreement)、差異法(Method of Difference)、併用法(Joint Method of Agreement and Difference)、剰余法(Method of Residues)、共変法(Method of Concomitant Variations)です。少し詳しく見ていきましょう。
 一致法とは、共通の要因を見つけることで、原因となる必要条件を探すことです。差異法とは、相違点を見つけることで、原因となった十分条件を探すことで、ミルはこの方法を「最も強力な方法」と考えました。併用法とは、一致法と差異法を併用することで、因果関係の信頼性を高めていきます。剰余法とは、既知の原因を除外して、残った現象の原因を調べていきます。一種の還元主義的な方法ともなります。最後の、共変法は、変化の相関を探していきます。因果関係の有無ではなく、因果の程度を調べていきます。
 こうしてみていくと、現在科学的方法論とされているものが、「帰納法のカノン」に要約されているように見えます。しかし、帰納法のカノンにも限界があるとの指摘もされています。
 例えば、現象に実は複数の原因があった場合、最初に適合した原因を単一のものと見誤ってしまう可能性があります。また、観察に基づいているので、観察されない隠れた要因は発見できず、不完全な結論になる可能性があります。相関関係が見えたら、それを因果関係と見なしてしまい、相関と因果を混同した誤認を起こすこともあります。
 このような限界は、現在の科学にも起こっている問題となります。多変量解析などの統計学や実験計画などを厳密に立てて、このような問題を起こらないように進められています。ただし、定量化、統計的扱いができない対象やテーマもあり、すべて解決されるわけでもありません。
 現在の科学的営みを遂行していく上で、科学的方法論は、なくてはならないものです。その方法は、帰納法と演繹法を長所を組み合わせた仮説演繹法になります。この方法は、両者の弱点もそのまま引き継いでいます。
 帰納法では「真偽」を完全には示せません。なぜなら、自然界には調べられたない領域や場所もあり、すべて網羅して真とは示せないからです。演繹法は、法則の正しさを検証で示したり、適用範囲を示すことはできますが、それ検証された範囲外までの正しさを示すものではなく、「すべて」を示したわけでありません。そして、その法則以外ものを新規に創造することはできません。ですから、仮説演繹法でえられた結果は、どんな法則、原理と呼ばれるものであったとしても、「仮説」にすぎません。仮説を否定するような反例がでてくれば、修正が必要になります。
 「帰納法のカノン」で生じる問題は、人間が犯しがちな過ちでもあります。科学者も人間ですから、ア・プリオリな特性として、犯してしまうのです。なかなか回避できないものです。つまり、すべての科学は、不完全な人間による、不完全なる方法による仮説の上に成り立っていることになります。

・涼しい7月・
8月になりました。
北海道は、7月は比較的涼しい日がつづきました。
夏に備えてエアコンを準備していたのですが、
結局7月中は使うことはありませんでした。
せいぜい、夕方、扇風機を使う程度ですみました。
夜は、窓を開けていると寒いので閉めて
肌がけをかけて寝ている日が多かったです。

・入院中・
月曜日から、入院して手術を受けます。
手術時間は短いのですが、
術後の様子を見るために、
1週間ほど入院することになります。
急ぐ手術でもないので
いつでも予定を組むことができました。
授業のない夏休み期間にすることにしました。
少し、のんびりしてこようと考えています。

2026年7月15日水曜日

299 仏教哲学 5:苦からはじまる

 仏教には宗教的側面だけでなく、哲学的側面があります。この哲学的側面に大いに刺激を受けました。非常に奥の深い思索が繰り広げられ、緻密な論理が構築されています。


 仏教(哲学)は、インドの釈迦(ゴータマ・シッダールタ)が、一人で創設したものです。体系化は後の弟子たちが進めていきましたが、紀元前6から5世紀ころに、このような深い思索体系や方法論にたどり着いたとは驚きです。以下では、仏教の思索を、西洋哲学に対比するために、仏教哲学と呼びましょう。
 西洋では、ユダヤ教を源流とするキリスト教が、主流の宗教となっています。キリスト教において、神の存在が出発点となります。神が存在し、与えられた啓示を真理として信仰していきます。一方、西洋では、古代ギリシアの時代から、理性を重んじる思索の潮流もありました。両者が相まって、神を理性で基礎づけるため、神の存在を論証しようともしてきました。啓示を前提として、神の存在を証明していく探求は、信仰と理性の境界のせめぎ合いとなり、解決されないまま残ってきました。
 近世になると、デカルトの合理主義による近代的な哲学が生まれてきました。デカルトは、疑わしきものをすべて排除して、最終的に残ったのが「我思う故に、我あり(cogito ergo sum)」となりました。cogito ergo sumを公理として、演繹的論理を重ねて、体系を構築していこうという姿勢です。デカルトには、「経験」は疑わしく、「理性」こそが信頼できるものと考えました。
 イギリスでは、ベーコンが観察、実験、感覚など「経験」を重視する哲学的立場をとりました。人とは、「白紙」の心をもち、感覚的な経験から帰納していくことで、知が形成されるとしました。
 近世になっても神に存在証明は大きな課題となっていました。17世紀のパスカルは、場合分けで合理性を追求して信仰が選ぶことが確率論的に正当だという論証を示しました。カントは神の存在を批判し、理論や理性による神の証明は不可能だと主張しました。ただし、道徳的実践の条件として神へ存在が要請されるとしました。
 西洋の思索では、いろいろな論争がありましたが、正しいもの、あるいは真実が存在していると考えて、そこに向かって進んでいることは一貫していした。帰納法と演繹法、それを組み合わせた仮説演繹法という科学的方法論を用いて進められました。ただし、結論をえやすくするため、還元主義という因果関係を単純化していく方法をとりました。この方法では、真理には誰もがたどり着けると考えました。神の存在証明も、その方法論を用いていました。
 仏教哲学は、「苦」を出発点とします。仏教哲学が苦からはじめるのは、すべての人が苦を経験していることから、確実に存在し、否定できない事実として認識できます。これは、デカルト的理性の公理とも、経験論的ともみなせます。苦は、普遍性を持ち、因果関係を持っているので、その関係を明らかにすることで、苦からの解放を目的とします。苦の解放は、すべての人に適用でき、最優先すべき目的となり、解決のための論理体系や過程も普遍的になります。
 仏教では、苦を階層化して区分しています。基本的な苦として、生まれること、老化、病気、死への恐怖という「四苦」があり、身近で表層的な苦(苦苦、くく)があり(第一層)、次に楽しみや幸せが失われという変容によって起こる苦しみ(壊苦、えく)として、愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとくく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)があり(第二層)、そしてもっとも深層にある根源的な苦(行苦、ぎょうく)があるのですが、自覚しにくいものになります(第三層)。
 これらの苦から脱却するための方法として、四聖諦(ししょうたい)というものがあります。苦を滅するための実践法(八正道)が「道諦(どうたい)」となります。「聖」とは、「聖者」や「超えた者」という意味で、「諦」とは日本語では「諦(あきら)め」ですが、本来の意味として「審(つまび)らかに見る、観察する」などの意味を持ちます。四聖諦とは、苦という事実を認める苦諦(くたい)、「執着(渇愛)」が苦の原因と知る集諦(じったい)、執着をなくせば苦は消滅する「滅諦(めったい)」となり、それこそが「悟り」となります。
 「苦」というだれもが経験して認識できる課題を出発点にして、「集」として苦の原因を特定し構造的に解体していき、「滅」という解決法を提示し、「道」という解決のための実践の手順を示し、実践すれば悟りに至れるという方法論を示しています。実践過程で、仏教哲学として新しい概念を生れてきます。「自己」を「縁起」の中で、「無常」や「無我」への境地へと向かい、苦からの「解脱」となり、「悟り」、涅槃に至ることになります。
 仏教哲学では、苦から悟りへという手順が示さ、それぞれの人がそれを実践をしていくことが重要になります。仏教哲学の他の宗教と異なる点は、論理的方法論であるだけでなく、実践によって課題解決まで至るところです。このような世界観や方法論は。西洋哲学、西洋宗教にはない特徴だといえます。
 仏教哲学の思考法は、地質学や自然科学の不可知領域へ、どのようにして適用できるのでしょうか。冥王代前期は「証拠の欠如」のため「検証不能」になりました。「証拠の欠如」や「検証不能」は、現時点での状態にすぎす、今後「証拠の存在」や「検証可能」へと変化が起こるかもしれません。さらには、自然科学の不可知領域は、科学の方法論自体の欠陥というより本質なものかもしれません。これについては、今後考察を深めていこうと考えています。

・悟りから宗教へ・
仏教は、非常に人に身近なものを
中心テーマにしており
それをどのように解消していくのかの
方法を提示しています。
ただし、方法の提示であり、
だれもがそれを実践でき、
解消できるとは限りません。
そこで、実践によって克服できた先達の
指導を受け、教えを請うなどという
宗教的色合いが生まれてきます。

・今年の夏は・
本州や九州では、暑い日が続いているようですが、
北海道は、どんよりとした日が続いています。
なかなかスッキリとした夏空にはなりません。
毎日のように、いずれかの時間帯で
曇ったり、雨が降ったりで、
湿気も多い日が続いています。
気温は25℃を越える夏日となっていますが、
朝晩はひんやりとして
比較的快適に過ごせています。

2026年7月1日水曜日

298 時間の作品:一般と個別の博物誌

 ビュフォンは「博物誌」で、その正式な書名はあまり知られていませんが、そのタイトルにこそ、ビュフォンの意図がありました。著作では、意図を実践し、普及しようとしていました。「博物誌」はその結果だったのです。


 フランスの博物学者のビュフォン(Georges-Louis Leclerc, Comte de Buffon, 1707 - 1788)は、「博物誌」の著者として有名です。「博物誌」と呼ばれているのですが、正式な書名は、ラテン語で
 Histoire naturelle, générale et particulière
 (博物誌:一般と個別)
となっています。
 1749年から1767年にかけて、何名かの協力者とともに、最初の15巻が刊行されました。続く7巻は、1774年から1789年にかけて編纂されました。ビュフォンは、1788年に死去しているので、彼が直接関わったのは36巻になるのですが、没後にも続編が出版されました。すべて含めると全44巻になります。しかし、それでもまた完成ではありませんでした。ビュフォン自身は、全50巻を予定していたそうです。
 ところで、この書名にある、「一般と個別」とは何を意味しているのでしょうか。これは、博物誌をどのような視点で編纂していくかという方法論を直接表しているタイトルとなっています。
 「一般(générale)」とは、個別を超えた自然界全体の仕組みや歴史を意味しています。地球の理論や、生命の根源などを自然を貫く大きな物語(歴史)として、一般論を第1巻から第3巻で展開しています。
 「個別(particulière)」とは、世界中から集めた標本や情報を、個々の種を精査して、膨大な図版とともに具体的に記述しています。第4から15巻では四足獣(哺乳類)を、第16から24巻は鳥類を記述しています。これら21巻を使って、膨大なる個別の記述をしています。
 そして、補遺(7巻)でも、個別の記載の追記(補遺第3、4、6、7巻)をしていますが、再度、一般(générale)への回帰しています。補遺第1巻の「自然に関する諸事象」として、光、熱、空気などについての理論を、補遺第2巻の「地球の理論への補足」として初期の「地球の理論」をさらに深く考察しています。
 「博物誌」では、出版の順番な入り組んでいますが、多くの個別の記載(つまり証拠)をもとに、そこから「一般」を抽象して普遍的な法則を見出していくという方法論をもちいています。非常に科学的な態度だといえます。「博物誌」が目指すところは、地球と生命の歴史を、膨大な証拠から、普遍的な理論体系をつくろうという壮大なる構想でした。
 補遺の第5巻で「自然の諸時期(Les Époques de la Nature)」がビュフォンの死亡した1778年に出版されています。彼の思想が最も凝縮されているため、有名な巻となっています。この書に冒頭で、
「世界のアーカイブ(古文書保管庫)を捜索し、大地の内懐から古いモニュメント(記念物)を引き出し、その破片を集めなければならない。」
といっています。ここで、地層や化石などの破片は、過去を記録したArchives du monde(世界のアーカイブ)と見なし、それを集めで過去のモニュメントを構築していこうという意図を述べています。そして続けて、
「自然のさまざまな時代へと我々を遡らせてくれる物理的変化のあらゆる形跡を、一つの証拠体系へとまとめ上げる必要がある。これこそが、空間の広大さの中にいくつかの地点を定め、永遠なる時間の道筋の上に、ある程度の数のマイルストーンを置くための唯一の方法なのである。」
 「物理的変化のあらゆる形跡」たる「個別」が、長い時間の中で、証拠となります。それらが膨大な「個別」の中で、重要なマイルストーンを見つけて、体系化し「一般」化していきます。それこそが唯一の方法だとしています。
 ビュフォンはこの書で、地球の歴史を7つの時期(Époques)に分けました。旧約聖書を模しながらも、その中身は科学的に物理的な変化を記述しています。
 第一時期:太陽への彗星の衝突で地球や惑星が形成
 第二時期:物質が凝固し灼熱の地球の核を形成
 第三時期:冷却後、水が地表を覆い最初の海洋生物が誕生
 第四時期:水が引き、火山活動の活発化
 第五時期:熱帯性動物はかつては温かかった北方にいた(化石の証拠より)
 第六時期:大陸が分離し現在の配置へ
 第七時期:人間が登場し自然を支配・利用
「自然の諸時期」では、各時期の中で、太陽系や地球の起源や年齢(7万5000年と推定)など、宗教にとらわれることなく、科学的に仮説を進めています。
 そして有名な
 La Nature est elle-même un Ouvrage de temps.
 (自然それ自体が、時間の作品である。)
という言葉が記されていきます。これは、自然は、時間が作り上げたもので、神の創造物ではないと宣言しています。さらに、生物は環境の影響を受けて変化(変異)すると考えていました。これは、80年ほど後のダーウィンの進化論(1859)へと繋がる考えにもなります。
 地球創成のシナリオやその時期、また生物の変化(進化)など、教典の示しているものとは明らかに異なって見解をもっていました。つまり、科学を宗教的束縛から切り離そうと意図していました。
 ビュフォンの「博物誌」を用いて、個別から一般という科学的方法論を、実践して示しています。この方法論を用いることで、自然は長い時間が作り上げたという自然観も打ち立てました。その構想は、壮大で、膨大で、一生をかけても終わらず、死後も共著者たちの協力をえて出版されましたが、完結をみることはありませんでした。しかし、ビュッフォンの志は、著作に残っていました。

・科学的方法論・
現在の科学的方法論とは、
データをもとに規則性を帰納していきます。
この規則を作業仮説を演繹して、
他のデータで検証していきます。
これら帰納と演繹を組み合わせた方法は
仮説演繹法と呼びます。
現在、すべての科学は
この方法を用いて進められています。
帰納法には創造性、新規性があり、
演繹法には検証性があります。
ところが、欠点もあります。
帰納法による規則は、
自然界すべてを対象(全称命題)にしているはずですが
実際には一部しか用いていないので
調べていないデータに
規則に合わないものがあるかもしれません。
つまり普遍的に適用できないので仮説にしかなりません。
演繹法には、新しいことを見いだせず、
確かめるしかできません。
ですから、すべての科学の説は仮説でしかありません。

・危険視された思想・
ビュフォンは、科学革命が起こり、
啓蒙思想が起こりはじめていたのですが
まだ宗教的権威はありました。
ビュフォンは、地球誕生の時期は聖書より遥かに古いことや
生物における進化も主張していました。
そのため発言を撤回させられました。
キリスト教がまだ力をもっていた時代だったので
ビュフォンの思想や発言は危険視され
実際に糾弾もされました。
そのため撤回声明を出さざるえませんでした。
しかし、信念を変えたわけではなく、
慎重に発言をしていくことになってきました。

2026年6月15日月曜日

297 仏教哲学 4:全体像

 仏教哲学のシリーズで、これまでの3編のエッセイは前置きでした。ここから仏教哲学の本題に入っていきます。仏教哲学の思索法の全体像を把握しておきましょう。これは、仏教哲学の概観をつかまえることもなります。


 仏教哲学は、何からはじまり、何を目標に、どんな方法で達成するのか、をみていきましょう。仏教哲学シリーズで展開していく概要の紹介ともなっています。
 仏教では、万人に共通する「経験」からはじまっていきます。「経験」とは、「苦しみ」を意味します。苦しみは、どの時代、どの地域、だれもが経験しているものです。そして、その苦しみからはだれもの解放を望んでいます。仏教哲学では、苦しみからの解放を、論理的に構築され、実践を通しておこなっていきます。
 苦しみからの解放までを、苦諦(くたい)、集諦(じったい)、滅諦(めったい)、道諦(どうたい)という「四聖諦(ししょうたい)」と呼ばれる過程で進めていきます。
 まず、「苦諦」では、苦しみという経験的事実を認定していきます。「集諦」は、その苦しみを観察していくことで、どのようなものかを判断していくことと同じです。
 苦しみも含めて、あらゆるものは変化し、相互作用をし、相互作用自体も変化していきます。すべてが変化し続けることを「縁起」といいます。縁起とは、あらゆるものは複雑な条件が相互作用することで起こり、固定されたものは何もないという考えです。縁起の概念は、不変の実体などないという「諸行無常」の気づきへとつながります。西洋的哲学では、真理の概念や科学的方法論において、不変の因果関係が存在するという前提があります。ところが、仏教哲学では、縁起を認めるので、不変性は否定されていくことになります。
 苦しみを「自己(アートマン)」という概念を導入して、さらに原因を深く追求し、その原因は、「執着(渇愛)」にあるという考えにたどり着きます。自己は、還元主義的分析によって、「五蘊」(身体・感受・知覚・意志・意識)へと分解されます。
 自分の意のままになるはずの自己で、苦しみが生まれることから、「諸法無我」という概念が生まれます。これはデカルトの「我思う故に、我あり(cogito ergo sum)」とは、明らかに異なった結果を導いています。
 執着をなくせば解決できる可能性として「滅諦」が生まれてきます。その道筋として「道諦(どうたい)」があり、戒(かい)、定(じょう)、慧(え)の「三学(さんがく)」で進めていきます。「戒」は道徳・規律のことでさらに3つに分けられ、「定」は集中・瞑想していくことで3つに分けれ、「慧」は知恵のことで2つに分けられています。三学は、8つに細分されることから、「八聖道(はっしょうどう)」と呼ばれています。
 戒によって生活が整い、定(瞑想)が可能になり、瞑想の中で真実の知恵(慧)が生まれるという連鎖構造になっています。これが苦しみを乗り越える滅諦のために実践の方法で、非常に緻密に考えられています。
 苦しみを乗り越えることを「解脱」といい、解脱により理解した全体像を「悟り」といいます。解脱すると、苦しみが解体されるため、安らぎの状態になり、「涅槃(ねはん)」の状態に達したといいます。
 悟りあるいは涅槃も、苦からの解脱という、論理や言語を超えた自身の経験となります。そんな素晴らしい経験なのですが、論理や言語では説明できないものです。なぜなら、そこには自分自身もなくなり(諸法無我)、因果関係も常に変動(縁起)している(諸行無常)ためです。ある人の悟りが、別の人の悟りと同じかどうかを、比べることができません。自身が悟った内容を、自分なりに解釈して、なんとか言語化しても、縁起のためある時点でのものに過ぎません。
 このような仏教哲学の方法論を、不可知領域の解明に利用できないでしょうか。冥王代前期が「不可知」であるということは確認しています。それを細かく解体していくことで、不可知への越境が体験できればと思っています。ただし、「可知」となっても、言語化できるかどうか、また他の「可知」と比較、検証は不能かもしれませんが。
 仏教哲学として、苦、無常と無我と涅槃、縁起、空と色、唯識、不立文字、無記、八正道などの重要な概念を、今後のシリーズで各論として紹介していこうと考えています。

・第二部について・
本エッセイででてきた、仏教固有の概念は
なかなか難しいものです。
それぞれの概念については、
以降のシリーズのエッセイで紹介していく予定です。
一通り仏教哲学の概要と概念がわかれば、
次は、より深い論理性について
考えていければと考えています。
それは仏教哲学シリーズの第二部として
無の論理を集合論的に見たらどうなるか、
仏教哲学にある四区分別から
龍樹の考えた四句否定についての
論理における矛盾と
そのねらいなどについても考えていきます。

・目的を忘れずに・
この仏教哲学シリーズでもっとも重要な目的は、
地質学の不可知領域解明にどう適用していくかです。
これが最終目的なので
見失うことなく、心に留めておきます。
その答えや方法論は、まだ手に入れていません。
今後、仏教哲学を参照して、思索を深めながら、
2、3年かけて考えていくつもりです。

2026年6月1日月曜日

296 深淵なる時間:Deep Time

 地球には、「深淵なる時間」が流れています。「深淵なる時間」を想像しようとしても、想像力の及ばないほどの長さです。ところが、地質学者には馴染みのある「深淵なる時間」です。


 科学的学術論文と文学とは、文体は異なっています。学術論文には、基本的に文学的表現は不要で、客観性をもって記述されていきます。学術論文の読者は、同業の研究者となります。演出として文学的表現も用いられることはありますが、ほんの少しでしょう。一方、文学には、学術的表現のような厳格で無味無臭の文体は、ほどんど使われません。文学の読者は一般市民です。感情や心が動かされる表現となります。
 両者の中間に位置するのがノンフィクションの分野になるでしょう。ノンフィクションは、一般人も研究者も読みます。ここでいう研究者とは、専門的な教育を受けて、専門的な成果を公表している人を考えています。ノンフィクションのテーマの中には、学術的な内容を一般市民にわかりやすく説明するというものもあります。
 ノンフィクションのライターとしては、研究者のこともあり、ジャーナリストのこともあります。研究者にも文章の上手い人がいるので、実際に自身が携わっている研究を紹介していくので、その臨場感がよく伝わり傑作もあります。一流のジャーナリストには、学術的に難しい専門的な内容を、一般市民にわかりやすく説明できる人も多くいます。そのような著書は、多く人に感銘を与えます。
 アメリカのノンフィクション作家にマクフィー(John McPhee)がいます。世界的に影響力を持つ「ザ・ニューヨーカー」誌の看板ライターの一人で、50年以上も寄稿しています。多様なテーマを扱いながら、緻密な取材をして、多数の事実を用いて、小説のように物語を展開していくスタイルのノンフィクションを執筆していました。文学的にも素晴らしい名文となっており、文学作品として高く評価されています。
 マクフィーは、地質学に関するノンフィクションも書いています。その中に、1981年出版の「Basin and Range(盆地と山脈)」があり、1982年には「地殻をたどる旅」として日本語版が出版されています。この著書は、地質学的な叙事詩として「Annals of the Former World(前の世界の年代記)」という一連の作品の第1巻に当たるものです。残念なが、もう入手できませんが。
 マクフィーの文章では、「構造の円環」と呼ばれる特徴があります。「Basin and Range」では、現在の進行している話の中に、突然三畳紀の過去へと飛び、再び車内の会話に戻ったりします。ひとつも物語を、地質学的なデータ、歴史的なエピソード、個人的な描写など、多様なものが、円環ながらか積み重ねられていきます。
 「Basin and Range」は、地質学者デフェイエス(Kenneth Deffeyes)と共に、アメリカ大陸を旅していく物語となっています。
 ニューヨークからサンフランシスコまで続く横断する州道80号線(Interstate 80)を、デフェイエスが運転する車で、西向かって旅をしていきます。道路の露頭に見える地層を、デフェイエスは「地球の歴史を横切る深い切り込み」といい、そこには、数億年前の地層がでていることを説明していきます。地質学の見方は、石ころから、数億年前の火山噴火や海の底を空想する4次元的思索をしていると紹介されます。
 ネバダ州では、現在、東西に引き伸ばされた、脆い部分が壊れ盆地(Basin)に、残った部分が山地(Range)になっています。これが著書のタイトルとなっています。やがて、盆地のある大地(ソルトレイクシティ)は、新しい海が誕生していくことを知ります。プレートテクトニクスによる大地のメカニズムの説明と、それが示す未来像を述べていきます。
 そして、話題は18世紀のスコットランドのハットンに円環していきます。ハットンは不整合を発見して、地球の年齢が聖書の記述より遥かに古いことを示したことを紹介します。その時、マクフィーは
 Numbers that specify shell depths in the abyss of time
 (時間の深淵に沈んだ貝(化石)の深奥さを示す数値)
という表現をしています。この文章の中で、shell depthsとは、貝殻の厚さだけを意味するのではなく、厚い地層に埋もれた貝化石の長い時間(abyss of time)を意味しています。続いて、
 The mind may checkmate itself at the thought of a thousand years, but it quickly yields to deep time.
 (精神は1000年という時間を考えるだけでチェックメイトに陥るかもしれないが、深淵なる時間に対してはすぐに屈服してしまう。)
という説明をしていきます。
 ここで、「deep time(深淵なる時間)」という言葉を使っています。人間は1000年という時間を考えると、その長さに思考停止してしまいます。ところが、もっと長い「deep time」は、想像をはるかに越えているため、理解することを諦めてしまう、ということです。「deep time」は素晴らしい表現です。つまり、地質学の対象には、人間の想像力の及ばないほどの長時間が流れていることを述べています。
 「deep time」の感覚は、ハットンが1788年に発表した論文の結論部分に、
 The result, therefore, of our present enquiry is, that we find no vestige of a beginning, - no prospect of an end.
 (したがって、我々の現在の探究が導き出した結果は、はじまりの痕跡も見当たらず、終わりの見込みもない、というものである。)
という文章があります。この文章では、地質学がもっている長い時間を象徴的に表現しています。地質学で流れる長い時間は、想像もできないようなものという意味でもあります。
 さらに著書では、当時、提唱されてまもないプレートテクトニクスという学説がパラダイムシフトを起こしていることが示されます。最後に、地質学的な視点によると、日常に見ている風景が、ダイナミックな変化の中では、一時的なものでしかないことを示します。何億年という時間スケールの中では、人間の小ささを感じます。
 マクフィーの著書では、人が自身で体感できる数十年を越えて、1000年になると体感不能になり、思考停止(checkmate)してしまうとしています。さらに、地質学的な時間になると、理解すること、想像することすら諦めねばならず、屈服(yields)してしいます。それを、「deep time」と表現しました。短い単語ですが、その背景を詳しく述べた上での文学的表現での「deep time」はインパクトのある美しい表現です。
 私にはこんな素晴らしい表現はできません。でも、わかりやすく、自身が感動した自然や地質の背景で生じた思索を伝えられればと思っています。ただ、マクフィーより優位に立てる点があります。それは、私が地質学者デフェイエスの側にいる点です。この「deep time」には馴染みあります。露頭の前では、常に感じるている身近な思いになっています。日々、地層と向き合っているということは、常に「deep time」とも向き合うことになります。ただ、マクフィーのような表現はできないのですが。

・最適語探し・
マクフィーの書籍は入手できません。
古本でも探したのですが、入手不能でした。
ただ、大学の図書館に
「ノンフィクションの技法:ピュリツァー賞作家が明かす」
があったので、借りて読みました。
英文タイトルは
「DRAFT NO. 4: On the Writing Process」
(ドラフト第4稿:執筆プロセスについて)
となっていました。
原稿も第4稿までくれば、ほぼ完成ですが、
マクフィーは「最適語探し(mot juste)」を
最後まで続けていきます。
mot justeとは、フランス語の単語です。
そんな最適語探し中で
deep time(深淵なる時間)
も発見したのでしょうね。

・登別・
6月になりました。
北海道は、花が一杯咲く、いい季節です。
以前、チラシ広告で安いパック旅行を見つけました。
一泊だけですが、
夫婦で登別にでかけることにしました。
何度も訪れて宿泊しているところですが、
地獄谷で火山を見るだけでなく、
水族館やウポポイなども興味深い施設もあります。
好きな観光地です。
観光客がどの程度いるかわかりませんが、
のんびりと、無理せず見て回ろうと考えています。

2026年5月15日金曜日

295 仏教哲学 3:口頭伝承

 人の記憶には、曖昧なところが多々あります。記憶は、変容したり、脚色されることもあります。一方、鮮明に覚えていることもあります。記憶には不確かさと、確かさがあるようです。


 仏教は、釈迦(しゃか)が創始したとされていますが、これまで一次史料がなく、釈迦が架空の人物という説もありました。紀元前6世紀(あるいはそれ以前)に、存命していたという文献がありましたが、その真偽も不明でした。ところが、その文献に記載された史跡が発見されたことから、実在していたと考えられるようになりました。没年も確定していないのですが、紀元前486年とする説が有力なようです。ここでは、釈迦の存命期間を、紀元前565年から紀元前486年だという説に従いましょう。
 釈迦は、シャカ族の王子として生まれたのですが、29歳で突然出家しました。6年間の苦行をして、35歳の時に、菩提樹の下で瞑想をしているとき、解脱して「ブッダ」となりました。その後、満79歳までの45年間、教えを説き続けました。
 釈迦自身は、何も書き残しておらず、自著の文献はありません。多数の弟子がいたのは確かで、釈迦の行動や教えは、人を惹きつけるものがあったようです。釈迦は、何を悟り、何を語り、何を伝えようとしたのでしょうか。それを、どう探っていけばいいのでしょうか。
 釈迦が弟子たちに語ったことを、弟子たちが教えとして覚え、代々口頭伝承で伝えていました。古代インドでは、教えを丸ごと聞いて覚え、人に伝える時も、覚えたままを唱えて伝えるという口頭伝承の形式で残されました。そのため、釈迦の教えは、論理的な形式を持っていませんし、体系だってもいません。中村元訳の「ブッダのことば:スッタニパータ」の解説によると、弟子たちは、釈迦の教えを「簡潔なかたちでまとめ、あるいは韻文の詩のかたちで表現」しました。暗誦しやすい形にすることで、「そのまま」「後世に伝えられた」としています。
 釈迦の死(入滅)の三ヶ月後に、500人の弟子たちが教えを保存するために集まりました。これを第一結集(けつじゅう)と呼んでいます。師の教えを、弟子は詩の形式にして、一語一句すべてを記憶していました。第一結集で、全員で釈迦の言葉の記憶を確認して、教えを固定しました。
 第一結集の約100年後に第二結集があり、さらに約200年後に第三結集がありました。そして、紀元前1世紀頃(紀元前29〜17年頃)に、スリランカでパーリ語(サンスクリット語に近い中期インド語)で文章化されました。それまで、350年という長い期間を、口頭伝承として伝えられたものが、文章化され、教典となっていきました。
 パーリ語の仏典として、上座部仏教の「南伝大蔵経」があり、日本語訳されています。南伝大蔵経は、経蔵、律蔵、論蔵の「三蔵」からなり、全65巻(70冊)からなります。「経蔵」は、釈迦の説法や弟子との対話が記録されています。「律蔵」は、戒律や規則の記録です。「論蔵」は、後の人によって、経典の内容を体系的、哲学的に分析され整理されたものです。
 さて、西洋でも、古くから、師の思想や信念は、弟子たちが口頭伝承の形態で残すということはされていきました。ソクラテスは何も書き残さなかったのですが、プラトンが著書として残しました。プラトンの記憶と言語化というフィルターを通していますが、ソクラテスの存在や思想が、後世に伝わりました。プラトンの著書から、後世の多くの人が、ソクラテスの思想を学ぶことができました。
 他の宗教でも、口頭伝承が用いられています。例えば、ムハンマドの死後、クルアーンの文書化まで20年ほどの期間があります。イエス・キリストの死後、最初の福音書(マルコ)ができるまで、40年ほど口頭伝承の期間があります。その後、パウロ、アウグスティヌス、アクィナスたちがキリスト教の体系を構築していきました。
 いずれも、師(神)の考えや教えを弟子(預言者)たちが記憶し、後に教義や思想として体系化するという過程を経ています。口頭伝承が古代の教えの伝承として、当たり前の方法でした。
 字を持たない文化では、人の記憶が社会的制度、あるいは記録装置として機能していました。例えば、日本の古事記も、稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦していた内容を太安万侶(おおのやすまろ)が筆録・編纂したとされています。ただし、古事記の場合は、稗田阿礼が卓越した記憶力を持つとされていました。数万行にわたるホメロスの叙事詩や、インドのヴェーダも何千年もの間、一語も間違うことなく暗唱され伝えられています。口頭伝承の内容が、記録文章と一致することは確認されています。現在でも、イスラム教のクルアーンの暗誦が実践されています。
 口頭伝承は、記憶に、間違いや覚え違いが生じないのでしょうか。また記憶は、時間が経てば、多くの人を経由することになり、伝言ゲームのように、信頼性が落ちていくのではないでしょうか。しかし、これまで見てきたように、いろいろな思想や宗教、多様な文化で、口頭伝承が実践されてきました。口頭伝承には確実性のあることが実証されています。
 文字としてなんらかの物質を記録媒体(粘土板、石、皮、布、紙など)していくほうが、より広く、多くに人に、手軽に確実に伝えることができます。しかし、人の記憶を媒体にすれば、他の記録媒体と比べても、検索や提示が非常に高速におこなえ、身体と情報が一体化しているので、使う人には非常に便利です。
 さらに、口頭伝承ができるようになるためには、教える人が、長い期間、学ぶ人に付き添っていく必要があります。それも、対面での教授と学習という師弟関係を、長期間保持しなければなりません。師匠も弟子も、教育に専念しなければなりません。そこには、深い人間関係が介在していることになります。優秀な師匠には、多くの弟子が、多くの弟子の中には優秀な弟子もいるでしょう。優秀な弟子には、より深い思索に入っていくこともあるでしょう。人を介さない物質媒体ではえられない、深い思想の掘り下げも起こりそうです。
 その結果、多くの優秀な弟子たちが、長年に渡って、釈迦の思想を整理し、深化し、実践方法も洗練してきました。それが仏教哲学として構築され継承されています。それがさらに記録され、残されてきました。
 釈迦の語った言葉が正確に残されていたとしても、釈迦自身による思想の体系的に説明はありません。残された仏教哲学が、釈迦の真に意図したものであったかどうかは、もはや復元することはできません。

・確かな記憶・
昨日、何をしたか、何を食べたか、
すぐに思い出せないことがあり
記憶の低下を日々感じています。
かたや、昔、暗唱したものや、昔の歌や詩などは、
何年経っていても、思い出せるものもあります。
記憶とは、不思議なものです。
九九や小学校の校歌もすぐに思い出せ、
いつでも使え、すぐに歌えます。
方言も何年も使っていなくても
故郷に帰ると、問題なく話せます。
記憶には確かなものも、
不確かなものもあるようです。
確かな記憶は、文字にされた媒体より
便利で確実で使いやすいものです。

・記憶のメカニズム・
多くの人は、短期記憶から長期記憶へと
移すことに苦労します。
いったん長期記憶になってしまえば、
時々利用していれば、
非常に正確に残っていきます。
そんな記憶のメカニズムも
現在の脳科学が明らかにしてきました。
長期記憶の保存量は、
人が一生かけて、大量に記憶しても
満杯になることはありません。
可能な限り覚えていきましょう。

2026年5月1日金曜日

294 科学と信仰への言及:ワインバーグの原典を求めて

 科学的な言説は、一次資料となる原著論文や著書にたどり着ければ、それを拠り所にできます。科学者自身が、信じていることや信条を述べるのは、学術論文ではありません。そのような言説には、俗説が生まれやすいようです。


 著名な科学者が述べたとされる俗説があります。他の科学者が引用していても、誤った俗説である可能性があります。科学者の引用が独り歩きしていくことがあり、やがて意味の異なった俗説となることがあります。原典が学術論文でない場合、次々と引用され、孫引きされ、時には言い換えられたり、意訳されたりすることで、やがて原典の意図や意味が不明になっていくこともあります。その例を紹介するため、今回は、話題が点々としていきます。
 まずは、科学の世界の話からはじめましょう。物理学の世界では、4つの力として、重力、電磁気力、弱い力、強い力があることが知られています。
 重力は、もっとも弱い力ですが、その及ぼす範囲に限りがありません。重力波は見つかっていますが、重力をグラビトンと名付けられた粒子は未発見です。電磁気力は、電荷や磁力をもったものの間や、電場や磁場のあるところで働く力です。重力より強い力となります。化学結合も、電磁気力によるものであり、フォトンが媒介します。
 弱い力(弱い核力、弱い相互作用ともいう)は、原子核の中で働き、短い距離だけで作用し、素粒子の崩壊を引き起こりします。W+、W-、Zボソンと呼ばれる素粒子が媒介します。弱い力と呼ばれていますが、重力や電磁気力より強く、次の強い力と比べると弱いためです。強い力は、原子核の中でも、陽子や中性子を構成しているクォークや、その他の核子の結につけるもので、短い距離でしか作用しませんが、もっとも強いものとなっています。媒介しているのは、グルーオンと呼ばれる素粒子です。
 これら4つの力を、ひとつに統一的に説明する理論が、現在の物理学の重要な目標になっていますが、まだ完全なものはできていません。
 アメリカの理論物理学者のワインバーグ(Steven Weinberg, 1933-2021)は、電磁力と弱い力を、「電弱統一理論」で統一的に説明しました。これは、ゲージ理論と呼ばれています。特別な条件(高エネルギー状態)になると、弱い力が電磁力として振る舞うことを、理論的に示しました。このゲージ理論の確立で、ワインバーグはノーベル物理学賞を受賞しています。その他の重力と強い力を加えた統一理論は、まだ完成していません。
 さて話題が変わって、科学者の宗教観についてです。このワインバーグが語ったとされる
【A】Science doesn't make it impossible to believe in God, it just makes it possible not to believe in God.
(科学は神を信じることを不可能にはするものではない。ただ、神を信じないことを可能にするだけである。)
という言葉が、ネット名言集の中にあることを知りました。なかなか意義深い言葉です。信仰や神を直接批判することなく、科学と信仰や神との関係を示しているようです。そのような意図を反映して、意訳をすると、『科学は、信仰や神を否定することはないが、信仰や神がなくてもいいようにした』という意味になりそうです。
 ワインバーグは、どのような文献や場で語ったのか、その出典や原典を探すことにしました。
 すると、ある著名な物理学者の文献で、ワインバーグの言葉として引用していました。科学者が引用しているので、かなり確実な情報といえそうです。しかし、これは原典ではありません。
 そこで、ワインバーグが科学と宗教に関する似た考え方が示されている原典、あるいは著作を探しました。多数あったのですが、そのうちの次の2つが近い表現となっています。
【1】To Explain the World: The Discovery of Modern Science(2015年)
“science has nothing to say one way or the other about the existence of God … its goal is to find explanations … that are purely naturalistic.”
(科学は、神の存在について、肯定も否定もなにもいうことはできない・・・科学の目標は、純粋に自然主義的な説明を見つけることにあるからだ。)
という表現が見つかりました。
【2】Cosmic Questions: American Association for the Advancement of Science(AAAS)(1999年)
"One of the great achievements of science has been, if not to make it impossible for intelligent people to be religious, then at least to make it possible for them not to be religious."
(科学の偉大な業績のひとつは、知的な人が宗教的であることを不可能にするまではいかなくても、少なくとも宗教的でなくてもよいことを可能にしたということだ。)
というものでした。探している言葉のそのままではありませんでした。以上のことから、【A】を直接語ったような出典は見当たらないようです。
 では、どうしてこの言葉が生まれたのでしょうか。【A】を詳しく見ていくと、最初の文章では、【A-1】「科学は、信仰や神を否定することはない」という主張が展開され、次では【A-2】「科学は、信仰や神がなくてもよい」という主張という2つの命題からできています。これら2つの命題の由来を見てきましょう。
 【1】で、科学は、肯定も否定もできない主張をしています。ここから、【A-1】の「神を信じること自体は排除されない」という命題が導かれます。また、後半では、科学の目標として、あくまで純粋に自然主義的な説明、つまり超自然的な力(神など)ではなく、物理法則で説明しようとすることであるという主張もしています。これは、科学の目標は自然現象に対して物理的な説明をしていくことです。ここでは、【A-2】の主張はありません。
 【2】では、科学(者)が宗教を否定することまではいかなくても、宗教的でなくてよいこと、つまり科学は宗教なしで成立することを主張しています。
 これらの言説から、【1】前半で「科学は、信仰や神を信じることは否定しない」という主張【A-1】ができ、【2】の「科学が宗教的でなくてよい」そして【1】後半の「科学の目標は自然現象に対して物理的な説明をしていくこと」とが結びつけ、2つの命題にして一文として統合し、わかりやすい文章にすると、
【A】Science doesn't make it impossible to believe in God, it just makes it possible not to believe in God.
となりそうです。この言葉は、ワインバーグが、直接語った出典は見つかりませんでしたのですが、科学は宗教とは独立しているが、自然の究極の法則に神秘性が感じている、という趣旨の発言を、各所でおこなっていたようです。
 ワインバーグのような著名な科学者は、思想信条を各所で述べていると、本人によって似た言説が多数生み出されていきます。学術的な原典ではないため、後世の人が、その言い回しを、伝言ゲームのように、もともととは異なったもの、より明確にされたものへと変化していくことがあります。信条的な言葉が、転々と引用されて、流布している言葉になっていったようです。後世の人が言い換えたり要約した「後世的パラフレーズ」だったのです。
 さらに検索していくと、「表現はオンラインで広く引用されていますが、その正確な一次出版物(書籍や論文のページ番号)まで示せる確証のある文献は見つかっていません。」という答えにたとどり着きました。
 インターネットでは簡単に調べることができて便利ですが、だれかがわかりやすくするために、変更して使ってしまうと、それが流布する危険性があります。そんなことが、身近な研究の場で起こったことなので教訓とすべてきでしょう。ネットを介して、簡単に風評やフェイクニュースが広まります。一次資料に当たることが重要だという戒めになります。自分自身が発信者になっていく可能性もあります。
 さてさて、もう一度立ち止まり、ここで示したワインバーグの原典は、本当に大丈夫なのでしょうか。ぜひ調べてみてください。

・知性や教養が試されている・
西洋の知識人や教養人は、
複雑な言い回しをよくします。
それが知性や教養の現れでもあるようです。
このような言い回しに慣れていないので
解読するのがなかなか大変です。
それを浅く理解すると
思わぬ罠にひっかかりそうです。
知識人の書く文章を読む側の
知性や教養が試されているのでしょうね。

・自転車整備・
北海道は、春の花が一斉に咲きだしました。
自宅の周辺の雑草も
一気に元気になりだしました。
先日、自宅の草むしりをしました。
また、久ぶりに自転車の整備をしました。
何年が使っていかなったのですが、
空気を入れて様子をみしてましたが、
大丈夫そうです。
天気のいい日に夫婦で
近場に自転車に乗って
花見にでかけてみようかと思っています。