2026年9月1日火曜日

302 岩石は嘘をつかない

 地質学の格言に「岩石は嘘をつかない」というものがあります。この言葉には、地質学が宗教的呪縛から逃れるための歴史がありました。この言葉が生まれるまでの背景をみていきましょう。


 西洋の科学の歴史と宗教の関係を考えています。近世ヨ―ロッパでは、ルネサンスや宗教改革を経て、ベーコンの帰納法やデカルトの演繹法などの科学的方法論が確立されてきました。自然科学、特に物理学の発展、そして生物学では進化論がでてくるような科学革命が起こってきました。
 同じ時期、地質学でも重要な発見が起こっていました。聖書の記述とは異なった長い時間の経過があったことを野外観察から気づいた地質学者たちがいました。例えば、18世紀後半、スコットランドの地質学者ハットン(James Hutton)は、現在起こっている自然現象は過去にも起こっており、その積み重ねが過去の地質学的変化を起こしてきたと考えました。
 例えば、現在の川が氾濫して、100年に一度の大洪水が起こると、河原の景色や川の形が大きく変わることがあります。洪水が持ち去った土砂は海に流れ込んでいったはずです。大量の土砂が海底に流れこんで、一層の地層になるはずです。長い年月を経れば、何層もの地層ができ、やがて固まり岩石になります。さらに長い時がたてば、場所によっては、地層が持ち上げられ、陸になり、山となることこともありました。山となった地層は、侵食を受けて、露頭となって目に触れるようになります。
 このようなシナリオを、多くのひとは当たり前だと思えます。その背景には、現在起こっている自然界での作用が、昔も同じように起こっていたという、「現在は過去を解く鍵」と呼ばれるに考えに基づいてなされています。このような考え方は斉一説(uniformitarianism)と呼ばれるものでした。
 西洋で斉一説が認められるに当たり、宗教との激しい論争がありました。聖書では、ノアの洪水のようは短期間に起こった天変地異が書かれています。それで大地での大きな現象は説明されてきました。また、聖書には、地球や生命のはまりの物語として創世記があり、そこでは地球や生命の創世にかかった時間が記されています。
 その創世の時期は、現在までは、聖書の記述に基づいて計算できます。アッシャー大司教のものが有名で、キリスト誕生から 4004年前とされており、他にも何人かの人が計算しています。長い計算でも、1万年に満たない年代となっていました。
 ところが、地質学の斉一説で自然現象をみると、地層の形成から陸地での地層の侵食までの時間として、1万年程度の時間では、決してできそうもありません。ハットンは、1788年の論文に、
The result, therefore, of our present enquiry is, that we find no vestige of a beginning, - no prospect of an end.
(したがって、我々の現在の探究が導き出した結果は、はじまりの痕跡も見当たらず、終わりの見込みもない、というものである。)
と書きました。そこで述べたかったことは、地層(地球)の形成がいつはじまったのかの証拠すら見つからないほど古く、地層形成プロセスが、いつ終わるともわからず、未来にも続いてくように見えると、ということでした。
 その後、この論文は、1795年に2巻の書籍として出版されました。ところが、このハットンの論文も著書も、文章が難解で回りくどく、長文であったため、重要性が多くの人には伝わっていませんでした。それを残念に思ったプレイフェア(John Playfair)は、ハットンの思想をわかりやすく解説した書籍を1802年に書いたことで、その内容が広まっていきました。
 プレイフェアは本の中で、地球の歴史の考察は、宗教教義に基づくべきないと主張し、
The record of the past is written in the rocks; it is a history which we are to read, and not a fable which we are to invent.
(過去の記録は岩石の中に書かれている。それは、我々が読み解くべき歴史であって、我々が捏造すべき寓話ではない。)
といいました。続いて、
In the language which nature employs, the characters are indeed plain and intelligible, but the grammar is yet to be fully understood; and it is from the study of the phenomena themselves, that we are to learn the rules which they obey.
(自然が用いる言語において、その文字は実に明快で理解しやすいものであるが、その文法はまだ完全には理解されていないし、我々が従うべき法則を学ばなければならないのは、現象そのものの研究からである。)
これは、自然のcharacters(文字:地層の重なりや特徴のこと)は観察すれば、わかりやすいものです。しかし、表面に出ていないgrammar(文法:自然法則でここではハットンの示した地質法則)はまだわかっていません。法則は、現象そのものを研究(the study of the phenomena themselves)をしなければならないといっています。
 ハットンもプレイフェアも、地質学現象の法則は、過去の歴史は岩石の中に書かれているので、それを研究していくべきであると、主張したのです。そこから、「岩石は嘘をつかない(Rocks do not lie)」という言葉が生まれました。
 アメリカの地質学者マッキー(Edwin D. McKee)は、地層が地球の歴史を記録していることを、「人間は嘘をつくが、岩石は嘘をつかない。ただ、人間がその読み方を誤るだけだ」として説明していました。同じくアメリカの地質学者のスピーカー(Edmund Maute Spieker)も、いくつかの論文で、この言葉を用いています。
 アメリカの地質学者モンゴメリー(David R. Montgomery)は、2012年に著書のタイトルで、"The Rocks Don't Lie: A Geologist Investigates Noah's Flood"(岩は嘘をつかない:地質学が読み解くノアの洪水と地球の歴史)を出版しています。この中で、岩石が語る真実を聞き入れれば、人の物語の背景にある「現実の驚異」を知ることができる、といっています。そして、科学と信仰は必ずしも敵対するものではないとも考えています。
 斉一説は、過去の現象を探る上で強力な武器ですが、それより優先すべきは岩石に書かれた文字を、読み取ることです。なぜなら、岩石は嘘をつかないからです。

・涼しい夏・
いよいよ9月になりました。
今年の北海道では、
夏の暑さをあまり感じることは
ありませんでした。
昼間暑い日があっても、
夜になると涼しくなりました。
夜も暑て窓を開けていたのは2、3日。
また、エアコンをつけたのも2、3日。
北海道以外では、
猛暑や酷暑の話題が多かったのですが、
今年の夏は過ごしやすくて助かっています。

・術後・
8月上旬に手術を受けてから、
そろそろ1ヶ月がたとうとしています。
人によって治癒の時間は
異なっているそうです。
1ヶ月から長ければ3ヶ月かかるとのことです。
今後も体調が戻るまで
無理せずに過ごすしかないようです。
9月中旬に出かける予定でしたが、
それも中止しました。
健康にもどることを優先しましょう。

2026年8月15日土曜日

301 仏教哲学 6:無常と無我と涅槃

 仏教哲学の重要な概念に「三法印」というものがあります。三法印を知ることは、仏教哲学の方法論と論理構造の理解にも通じています。多様で深い思索が巡らされています。三法印を紹介していきましょう。


 ここまで仏教哲学の全体像をみてきて、苦からはじまる理由と、苦からどのように解脱していくかの考え方を紹介してきました。次に、仏教哲学の教えの正しさを証明していく、三法印(さんぼういん)と呼ばれる方法があるので、その内容を見ていきましょう。
 まずは、「三法印」の意味をみていきましょう。「三」とはもちろん3つあるということで、「法」とは教えや論理(ここでは仏教哲学の思考法)のことで、「印」とは論理の正しいさの証明や保証のことです。つまり3つの論理で正しいことを証明しているというこです。これは、仏教と他の宗教とを区別する基準となり、仏教哲学におけるもっとも重要な概念ともなります。
 その3つ「法印」とは、諸行無常(しょぎょうむじょう)、諸法無我(しょほうむが)、涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)と、簡潔に表現されています。順番にみていきましょう。
 まずは、「諸行無常」からです。「諸」は「あらゆるもの」で、「行」はすべての「因(直接的な原因)」と「縁(間接的な条件)」が組み合わさって形成されたもので、この世のあらゆる現象を指します。行には、「変化」自体が本質的に含まれていることになります。「諸行」とは、この世や宇宙のあらゆる現象や物質的、精神的(感情、思考、経験など)な存在と、その変化していく存在となります。
 「無常」とは、すべての存在は固定した実体を持たず、絶えず変化し続けるということです。変化は刹那(せつな)ごとに生滅を繰り返しているため、永遠に変わらないものは何一つなく、「常(永続するもの)」などないという意味になります。
 抽象的でわかりにくいかもしれません。ある「行」(Aとしましょう)が存在するとします。その行Aは、なんらかの条件によって形成され、存在していることになります。これを「縁起」と呼びます(その詳細は次のエッセイで紹介します)。しかし、条件は永続することなく、変化しても、見方(時期、期間、場所、価値観など)を変えても、行Aも変化し続けていきます。これが「無常」ということになります。無常を認めることで、固定した状態・本質・実体は存在しないという考えが生まれ、「永続」という概念が解体されます。有為法(ういほう)とも呼ばれます。
 次に、「諸法無我」です。「諸法」では、「諸行」が拡大されていきます。「諸行」では、条件によって形成された行(有為法)をみていきました。「法」とは、「行」よりもっと広く、この世に存在する有形や無形のすべて、さらに形成されていない法へも適用される概念です(無為法 むいほう)。
 変化しない永続する自己(アートマン)、他に依存しない独立した自己、制御の主体としての実体のある自己などを、法では否定します。これは、ウパニシャッドのところで述べた、自己の否定につながります。ただし、自身の経験そのもの、因果が連続しているということは否定しません。それが、「無我」の概念になります。
 自己を五蘊(うん)として、色(しき)、受(じゅ)、想(そう)、行(ぎょう)、識(しき)という要素に分解してきます。「色」とは肉体・物質的要素、「受」とは感覚・感受作用、「想」とは概念・表象・知覚、「行」とは意志・心の形成作用、「識」とは意識・認識作用のことです。五蘊はすべて条件に依存して変化しています。自己とは、一時的に集合したの中心にあるものなのですが、「変わらぬ自己」などというものはなく、「無我」になります。
 「無常」と「無我」は、独立したものではなく関係しています。あらゆる行が無常なら、行Aが変化するのも無常です。変化するものは固定された本質を持たず、固定した本質がなければ「永続する自己」もないので、無我もないということになります。
 最後に、「涅槃寂静」です。「涅槃」とは、苦しみを生み出す原因(煩悩)が消滅し、解脱した状態を意味します。苦しみを生み出す原因となる渇愛が消え、欲しいものへの執着がなくなり、嫌いなものへの嫌悪がなくなり、無知や迷いの無明であることもなくなり、安らかな涅槃に至ります。
 涅槃に至ると、静かで、安らぎや平和な「寂静」になります。寂静は、虚無の状態や死を意味するのではなく、感覚・知覚・思考・経験などは保たれます。苦しみの原因となる執着から完全に自由になった状態を表しています。涅槃寂静は、仏教が目指す究極の状態で、目標としています。
 仏教哲学は、苦の認識からはじまります。苦の観察から、条件に依存して変化していく「諸行無常」と捉え、固定した実体となる自己も存在しないという「諸法無我」へと洞察を進めていきます。
 これらの三法印の過程を、実践的に体感することで、自己への執着が消え、渇愛の根拠が解体され「涅槃寂静」が現れてきます。この実践によって体得することこそが、仏教哲学の方法論になっていきます。
 仏教哲学は実践をともなうので、基本的に個人で成し遂げるべきものです。それを重視したものが上座部仏教になります。一方、悟った人が、他人の苦の救済していくことが大乗仏教になります。その思想をわかりやすく体系化したものが、いろいろと生まれてきて、いくつもの宗派となっていきます。
 仏教哲学では、自身の経験(苦)から課題設定(諸行、諸法)をはじめ、課題の探求(無常、無我)して、解体(解脱)するという実践的方法論を示すことによって自己解決(涅槃寂静)していきます。論理的で、実践まで含んだ哲学的方法論は、稀なものでしょう。
 冥王代は、直接的な物質的証拠が失われ、固定的な実体を捉えることが不可能な時代です。実体を求めて苦悩していくことになっていきます。仏教哲学の三法印という諸行無常、諸法無我、涅槃寂静への方法論は、冥王代の不可知領域に対しても適用できそうです。
 多様な条件が提示された状態(行)が過去にはあり、その時々に自然が繰り返し選択してきた結果(行)が、「現在」をつくっています。また、太古代から現在までの可知領域も、変化しており(行)、可知領域にも不可知が混入しています。そんな不可知が混在している時代は、地球表層環境の変化や流転のプロセスを「無常」と捉えられます。
 固定された起源モデルや、可知という前提でつくられた科学的方法論(諸法)への執着を「無我」として解体していく視点も必要でしょう。そのような視点に立てば、不可知は、無数の条件が織りなすシステム全体への「縁起」と捉えていくことができます。
 すべてを解き明かすことに執着するのではなく、不可知、つまり知の限界を受容していく必要もあります。仏教哲学は、科学的方法論の限界に立った時、その立ち位置を考えていく指針となりそうです。

・仏壇・
お盆となりました。
我が家には、仏壇が備え付けでありました。
しかし、仏壇内には仏像も位牌はありません。
我が家で亡くなった人はいないからです。
ただし、母と義母の遺影が
置いてあります。
お盆になると仏壇に
遺影の前に
花をお菓子をお供えします。

・お盆・
お盆には、長男が
会社の休みをとって
帰省することが恒例になっています。
ただし、帰省には、
夏フェスにいくという目的もあります。
毎年のことなので、
こちらもそのつもりでいます。

2026年8月1日土曜日

300 帰納法のカノン:科学と人間

 帰納法は、現在の科学的方法論として、当たり前に使われています。この方法は、誰がどのようにして思いついたのでしょうか。その方法は、現在の科学が使っているのと同じでしょうか。


 アリストテレス(Aristotelēs, 前384 - 前322)は、個別の事例から普遍的な結論を導くことを、エパゴーゲー(epagoge)と名付けました。これは帰納法の概念となりますが、アリストテレスは三段論法(演繹法)の「前提」を見つけるための補助手段としました。
 イギリスのベーコン(Francis Bacon, 1909 - 1992)は、「新機関(Novum Organum)」(1620)によって、観察による事実(経験)の収集の重視する帰納法を提案しました。観察をすれば、そこから自ずから規則性が見えてくると考えました。
 イギリスでは、経済学でベンサム(Jeremy Bentham, 1748-1832)の「最大多数の最大幸福」という「功利主義」の考えが生まれました。ミル(John Stuart Mill, 1806-1873)は、功利主義を継承しながらも、量より質を重視する「質的功利主義」を提唱しました。功利主義を洗練させただけでなく、自由主義(危害原則)や民主主義(女性の参政権や権利の平等)の基礎も築いていきいました。
 ミルの「論理学体系(A System of Logic)」(1842)において、帰納法を方法論として洗練させました。
 これまで、アリストテレス以来の伝統的な論理学は、三段論法を代表とする普遍的な前提から結論を導く「演繹法」が重視されていました。しかし、ミルは、演繹法には限界があると考えました。なぜなら、演繹法は、「記憶の整理」に過ぎず、既知の内容しか生まれず、新知見はえられないとしました。創造性や新規性は、個別のデータから法則を導き出すという「帰納法」から生まれるとしました。
 ミルは、現象の原因を特定するために論理的な方法を提案しました。ミルは、みずから「帰納法のカノン」と呼んでいます。カノン(Canon)とは、音楽用語にもあるのですが、もともとギリシャ語で「ものさし」や「基準」という意味があります。ミルは、この方法は、「踏み外してはならない厳格な規律」と考えました。
 自然界には「同じ原因は同じ結果を生む」という自然の斉一説があり、それを探るために、帰納法には、客観性があり、科学的厳密性をもっているとしました。帰納された法則性(仮説)を演繹する(仮説演繹法)ことで、検証することができます。そのため演繹法より帰納法が、有効だと考えました。
 ミルは、仮説を発見した後、その仮説を証明していくプロセスとして、カノン(規律)として、5つの方法が示しました。一致法(Method of Agreement)、差異法(Method of Difference)、併用法(Joint Method of Agreement and Difference)、剰余法(Method of Residues)、共変法(Method of Concomitant Variations)です。少し詳しく見ていきましょう。
 一致法とは、共通の要因を見つけることで、原因となる必要条件を探すことです。差異法とは、相違点を見つけることで、原因となった十分条件を探すことで、ミルはこの方法を「最も強力な方法」と考えました。併用法とは、一致法と差異法を併用することで、因果関係の信頼性を高めていきます。剰余法とは、既知の原因を除外して、残った現象の原因を調べていきます。一種の還元主義的な方法ともなります。最後の、共変法は、変化の相関を探していきます。因果関係の有無ではなく、因果の程度を調べていきます。
 こうしてみていくと、現在科学的方法論とされているものが、「帰納法のカノン」に要約されているように見えます。しかし、帰納法のカノンにも限界があるとの指摘もされています。
 例えば、現象に実は複数の原因があった場合、最初に適合した原因を単一のものと見誤ってしまう可能性があります。また、観察に基づいているので、観察されない隠れた要因は発見できず、不完全な結論になる可能性があります。相関関係が見えたら、それを因果関係と見なしてしまい、相関と因果を混同した誤認を起こすこともあります。
 このような限界は、現在の科学にも起こっている問題となります。多変量解析などの統計学や実験計画などを厳密に立てて、このような問題を起こらないように進められています。ただし、定量化、統計的扱いができない対象やテーマもあり、すべて解決されるわけでもありません。
 現在の科学的営みを遂行していく上で、科学的方法論は、なくてはならないものです。その方法は、帰納法と演繹法を長所を組み合わせた仮説演繹法になります。この方法は、両者の弱点もそのまま引き継いでいます。
 帰納法では「真偽」を完全には示せません。なぜなら、自然界には調べられたない領域や場所もあり、すべて網羅して真とは示せないからです。演繹法は、法則の正しさを検証で示したり、適用範囲を示すことはできますが、それ検証された範囲外までの正しさを示すものではなく、「すべて」を示したわけでありません。そして、その法則以外ものを新規に創造することはできません。ですから、仮説演繹法でえられた結果は、どんな法則、原理と呼ばれるものであったとしても、「仮説」にすぎません。仮説を否定するような反例がでてくれば、修正が必要になります。
 「帰納法のカノン」で生じる問題は、人間が犯しがちな過ちでもあります。科学者も人間ですから、ア・プリオリな特性として、犯してしまうのです。なかなか回避できないものです。つまり、すべての科学は、不完全な人間による、不完全なる方法による仮説の上に成り立っていることになります。

・涼しい7月・
8月になりました。
北海道は、7月は比較的涼しい日がつづきました。
夏に備えてエアコンを準備していたのですが、
結局7月中は使うことはありませんでした。
せいぜい、夕方、扇風機を使う程度ですみました。
夜は、窓を開けていると寒いので閉めて
肌がけをかけて寝ている日が多かったです。

・入院中・
月曜日から、入院して手術を受けます。
手術時間は短いのですが、
術後の様子を見るために、
1週間ほど入院することになります。
急ぐ手術でもないので
いつでも予定を組むことができました。
授業のない夏休み期間にすることにしました。
少し、のんびりしてこようと考えています。

2026年7月15日水曜日

299 仏教哲学 5:苦からはじまる

 仏教には宗教的側面だけでなく、哲学的側面があります。この哲学的側面に大いに刺激を受けました。非常に奥の深い思索が繰り広げられ、緻密な論理が構築されています。


 仏教(哲学)は、インドの釈迦(ゴータマ・シッダールタ)が、一人で創設したものです。体系化は後の弟子たちが進めていきましたが、紀元前6から5世紀ころに、このような深い思索体系や方法論にたどり着いたとは驚きです。以下では、仏教の思索を、西洋哲学に対比するために、仏教哲学と呼びましょう。
 西洋では、ユダヤ教を源流とするキリスト教が、主流の宗教となっています。キリスト教において、神の存在が出発点となります。神が存在し、与えられた啓示を真理として信仰していきます。一方、西洋では、古代ギリシアの時代から、理性を重んじる思索の潮流もありました。両者が相まって、神を理性で基礎づけるため、神の存在を論証しようともしてきました。啓示を前提として、神の存在を証明していく探求は、信仰と理性の境界のせめぎ合いとなり、解決されないまま残ってきました。
 近世になると、デカルトの合理主義による近代的な哲学が生まれてきました。デカルトは、疑わしきものをすべて排除して、最終的に残ったのが「我思う故に、我あり(cogito ergo sum)」となりました。cogito ergo sumを公理として、演繹的論理を重ねて、体系を構築していこうという姿勢です。デカルトには、「経験」は疑わしく、「理性」こそが信頼できるものと考えました。
 イギリスでは、ベーコンが観察、実験、感覚など「経験」を重視する哲学的立場をとりました。人とは、「白紙」の心をもち、感覚的な経験から帰納していくことで、知が形成されるとしました。
 近世になっても神に存在証明は大きな課題となっていました。17世紀のパスカルは、場合分けで合理性を追求して信仰が選ぶことが確率論的に正当だという論証を示しました。カントは神の存在を批判し、理論や理性による神の証明は不可能だと主張しました。ただし、道徳的実践の条件として神へ存在が要請されるとしました。
 西洋の思索では、いろいろな論争がありましたが、正しいもの、あるいは真実が存在していると考えて、そこに向かって進んでいることは一貫していした。帰納法と演繹法、それを組み合わせた仮説演繹法という科学的方法論を用いて進められました。ただし、結論をえやすくするため、還元主義という因果関係を単純化していく方法をとりました。この方法では、真理には誰もがたどり着けると考えました。神の存在証明も、その方法論を用いていました。
 仏教哲学は、「苦」を出発点とします。仏教哲学が苦からはじめるのは、すべての人が苦を経験していることから、確実に存在し、否定できない事実として認識できます。これは、デカルト的理性の公理とも、経験論的ともみなせます。苦は、普遍性を持ち、因果関係を持っているので、その関係を明らかにすることで、苦からの解放を目的とします。苦の解放は、すべての人に適用でき、最優先すべき目的となり、解決のための論理体系や過程も普遍的になります。
 仏教では、苦を階層化して区分しています。基本的な苦として、生まれること、老化、病気、死への恐怖という「四苦」があり、身近で表層的な苦(苦苦、くく)があり(第一層)、次に楽しみや幸せが失われという変容によって起こる苦しみ(壊苦、えく)として、愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとくく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)があり(第二層)、そしてもっとも深層にある根源的な苦(行苦、ぎょうく)があるのですが、自覚しにくいものになります(第三層)。
 これらの苦から脱却するための方法として、四聖諦(ししょうたい)というものがあります。苦を滅するための実践法(八正道)が「道諦(どうたい)」となります。「聖」とは、「聖者」や「超えた者」という意味で、「諦」とは日本語では「諦(あきら)め」ですが、本来の意味として「審(つまび)らかに見る、観察する」などの意味を持ちます。四聖諦とは、苦という事実を認める苦諦(くたい)、「執着(渇愛)」が苦の原因と知る集諦(じったい)、執着をなくせば苦は消滅する「滅諦(めったい)」となり、それこそが「悟り」となります。
 「苦」というだれもが経験して認識できる課題を出発点にして、「集」として苦の原因を特定し構造的に解体していき、「滅」という解決法を提示し、「道」という解決のための実践の手順を示し、実践すれば悟りに至れるという方法論を示しています。実践過程で、仏教哲学として新しい概念を生れてきます。「自己」を「縁起」の中で、「無常」や「無我」への境地へと向かい、苦からの「解脱」となり、「悟り」、涅槃に至ることになります。
 仏教哲学では、苦から悟りへという手順が示さ、それぞれの人がそれを実践をしていくことが重要になります。仏教哲学の他の宗教と異なる点は、論理的方法論であるだけでなく、実践によって課題解決まで至るところです。このような世界観や方法論は。西洋哲学、西洋宗教にはない特徴だといえます。
 仏教哲学の思考法は、地質学や自然科学の不可知領域へ、どのようにして適用できるのでしょうか。冥王代前期は「証拠の欠如」のため「検証不能」になりました。「証拠の欠如」や「検証不能」は、現時点での状態にすぎす、今後「証拠の存在」や「検証可能」へと変化が起こるかもしれません。さらには、自然科学の不可知領域は、科学の方法論自体の欠陥というより本質なものかもしれません。これについては、今後考察を深めていこうと考えています。

・悟りから宗教へ・
仏教は、非常に人に身近なものを
中心テーマにしており
それをどのように解消していくのかの
方法を提示しています。
ただし、方法の提示であり、
だれもがそれを実践でき、
解消できるとは限りません。
そこで、実践によって克服できた先達の
指導を受け、教えを請うなどという
宗教的色合いが生まれてきます。

・今年の夏は・
本州や九州では、暑い日が続いているようですが、
北海道は、どんよりとした日が続いています。
なかなかスッキリとした夏空にはなりません。
毎日のように、いずれかの時間帯で
曇ったり、雨が降ったりで、
湿気も多い日が続いています。
気温は25℃を越える夏日となっていますが、
朝晩はひんやりとして
比較的快適に過ごせています。

2026年7月1日水曜日

298 時間の作品:一般と個別の博物誌

 ビュフォンは「博物誌」で、その正式な書名はあまり知られていませんが、そのタイトルにこそ、ビュフォンの意図がありました。著作では、意図を実践し、普及しようとしていました。「博物誌」はその結果だったのです。


 フランスの博物学者のビュフォン(Georges-Louis Leclerc, Comte de Buffon, 1707 - 1788)は、「博物誌」の著者として有名です。「博物誌」と呼ばれているのですが、正式な書名は、ラテン語で
 Histoire naturelle, générale et particulière
 (博物誌:一般と個別)
となっています。
 1749年から1767年にかけて、何名かの協力者とともに、最初の15巻が刊行されました。続く7巻は、1774年から1789年にかけて編纂されました。ビュフォンは、1788年に死去しているので、彼が直接関わったのは36巻になるのですが、没後にも続編が出版されました。すべて含めると全44巻になります。しかし、それでもまた完成ではありませんでした。ビュフォン自身は、全50巻を予定していたそうです。
 ところで、この書名にある、「一般と個別」とは何を意味しているのでしょうか。これは、博物誌をどのような視点で編纂していくかという方法論を直接表しているタイトルとなっています。
 「一般(générale)」とは、個別を超えた自然界全体の仕組みや歴史を意味しています。地球の理論や、生命の根源などを自然を貫く大きな物語(歴史)として、一般論を第1巻から第3巻で展開しています。
 「個別(particulière)」とは、世界中から集めた標本や情報を、個々の種を精査して、膨大な図版とともに具体的に記述しています。第4から15巻では四足獣(哺乳類)を、第16から24巻は鳥類を記述しています。これら21巻を使って、膨大なる個別の記述をしています。
 そして、補遺(7巻)でも、個別の記載の追記(補遺第3、4、6、7巻)をしていますが、再度、一般(générale)への回帰しています。補遺第1巻の「自然に関する諸事象」として、光、熱、空気などについての理論を、補遺第2巻の「地球の理論への補足」として初期の「地球の理論」をさらに深く考察しています。
 「博物誌」では、出版の順番な入り組んでいますが、多くの個別の記載(つまり証拠)をもとに、そこから「一般」を抽象して普遍的な法則を見出していくという方法論をもちいています。非常に科学的な態度だといえます。「博物誌」が目指すところは、地球と生命の歴史を、膨大な証拠から、普遍的な理論体系をつくろうという壮大なる構想でした。
 補遺の第5巻で「自然の諸時期(Les Époques de la Nature)」がビュフォンの死亡した1778年に出版されています。彼の思想が最も凝縮されているため、有名な巻となっています。この書に冒頭で、
「世界のアーカイブ(古文書保管庫)を捜索し、大地の内懐から古いモニュメント(記念物)を引き出し、その破片を集めなければならない。」
といっています。ここで、地層や化石などの破片は、過去を記録したArchives du monde(世界のアーカイブ)と見なし、それを集めで過去のモニュメントを構築していこうという意図を述べています。そして続けて、
「自然のさまざまな時代へと我々を遡らせてくれる物理的変化のあらゆる形跡を、一つの証拠体系へとまとめ上げる必要がある。これこそが、空間の広大さの中にいくつかの地点を定め、永遠なる時間の道筋の上に、ある程度の数のマイルストーンを置くための唯一の方法なのである。」
 「物理的変化のあらゆる形跡」たる「個別」が、長い時間の中で、証拠となります。それらが膨大な「個別」の中で、重要なマイルストーンを見つけて、体系化し「一般」化していきます。それこそが唯一の方法だとしています。
 ビュフォンはこの書で、地球の歴史を7つの時期(Époques)に分けました。旧約聖書を模しながらも、その中身は科学的に物理的な変化を記述しています。
 第一時期:太陽への彗星の衝突で地球や惑星が形成
 第二時期:物質が凝固し灼熱の地球の核を形成
 第三時期:冷却後、水が地表を覆い最初の海洋生物が誕生
 第四時期:水が引き、火山活動の活発化
 第五時期:熱帯性動物はかつては温かかった北方にいた(化石の証拠より)
 第六時期:大陸が分離し現在の配置へ
 第七時期:人間が登場し自然を支配・利用
「自然の諸時期」では、各時期の中で、太陽系や地球の起源や年齢(7万5000年と推定)など、宗教にとらわれることなく、科学的に仮説を進めています。
 そして有名な
 La Nature est elle-même un Ouvrage de temps.
 (自然それ自体が、時間の作品である。)
という言葉が記されていきます。これは、自然は、時間が作り上げたもので、神の創造物ではないと宣言しています。さらに、生物は環境の影響を受けて変化(変異)すると考えていました。これは、80年ほど後のダーウィンの進化論(1859)へと繋がる考えにもなります。
 地球創成のシナリオやその時期、また生物の変化(進化)など、教典の示しているものとは明らかに異なって見解をもっていました。つまり、科学を宗教的束縛から切り離そうと意図していました。
 ビュフォンの「博物誌」を用いて、個別から一般という科学的方法論を、実践して示しています。この方法論を用いることで、自然は長い時間が作り上げたという自然観も打ち立てました。その構想は、壮大で、膨大で、一生をかけても終わらず、死後も共著者たちの協力をえて出版されましたが、完結をみることはありませんでした。しかし、ビュッフォンの志は、著作に残っていました。

・科学的方法論・
現在の科学的方法論とは、
データをもとに規則性を帰納していきます。
この規則を作業仮説を演繹して、
他のデータで検証していきます。
これら帰納と演繹を組み合わせた方法は
仮説演繹法と呼びます。
現在、すべての科学は
この方法を用いて進められています。
帰納法には創造性、新規性があり、
演繹法には検証性があります。
ところが、欠点もあります。
帰納法による規則は、
自然界すべてを対象(全称命題)にしているはずですが
実際には一部しか用いていないので
調べていないデータに
規則に合わないものがあるかもしれません。
つまり普遍的に適用できないので仮説にしかなりません。
演繹法には、新しいことを見いだせず、
確かめるしかできません。
ですから、すべての科学の説は仮説でしかありません。

・危険視された思想・
ビュフォンは、科学革命が起こり、
啓蒙思想が起こりはじめていたのですが
まだ宗教的権威はありました。
ビュフォンは、地球誕生の時期は聖書より遥かに古いことや
生物における進化も主張していました。
そのため発言を撤回させられました。
キリスト教がまだ力をもっていた時代だったので
ビュフォンの思想や発言は危険視され
実際に糾弾もされました。
そのため撤回声明を出さざるえませんでした。
しかし、信念を変えたわけではなく、
慎重に発言をしていくことになってきました。

2026年6月15日月曜日

297 仏教哲学 4:全体像

 仏教哲学のシリーズで、これまでの3編のエッセイは前置きでした。ここから仏教哲学の本題に入っていきます。仏教哲学の思索法の全体像を把握しておきましょう。これは、仏教哲学の概観をつかまえることもなります。


 仏教哲学は、何からはじまり、何を目標に、どんな方法で達成するのか、をみていきましょう。仏教哲学シリーズで展開していく概要の紹介ともなっています。
 仏教では、万人に共通する「経験」からはじまっていきます。「経験」とは、「苦しみ」を意味します。苦しみは、どの時代、どの地域、だれもが経験しているものです。そして、その苦しみからはだれもの解放を望んでいます。仏教哲学では、苦しみからの解放を、論理的に構築され、実践を通しておこなっていきます。
 苦しみからの解放までを、苦諦(くたい)、集諦(じったい)、滅諦(めったい)、道諦(どうたい)という「四聖諦(ししょうたい)」と呼ばれる過程で進めていきます。
 まず、「苦諦」では、苦しみという経験的事実を認定していきます。「集諦」は、その苦しみを観察していくことで、どのようなものかを判断していくことと同じです。
 苦しみも含めて、あらゆるものは変化し、相互作用をし、相互作用自体も変化していきます。すべてが変化し続けることを「縁起」といいます。縁起とは、あらゆるものは複雑な条件が相互作用することで起こり、固定されたものは何もないという考えです。縁起の概念は、不変の実体などないという「諸行無常」の気づきへとつながります。西洋的哲学では、真理の概念や科学的方法論において、不変の因果関係が存在するという前提があります。ところが、仏教哲学では、縁起を認めるので、不変性は否定されていくことになります。
 苦しみを「自己(アートマン)」という概念を導入して、さらに原因を深く追求し、その原因は、「執着(渇愛)」にあるという考えにたどり着きます。自己は、還元主義的分析によって、「五蘊」(身体・感受・知覚・意志・意識)へと分解されます。
 自分の意のままになるはずの自己で、苦しみが生まれることから、「諸法無我」という概念が生まれます。これはデカルトの「我思う故に、我あり(cogito ergo sum)」とは、明らかに異なった結果を導いています。
 執着をなくせば解決できる可能性として「滅諦」が生まれてきます。その道筋として「道諦(どうたい)」があり、戒(かい)、定(じょう)、慧(え)の「三学(さんがく)」で進めていきます。「戒」は道徳・規律のことでさらに3つに分けられ、「定」は集中・瞑想していくことで3つに分けれ、「慧」は知恵のことで2つに分けられています。三学は、8つに細分されることから、「八聖道(はっしょうどう)」と呼ばれています。
 戒によって生活が整い、定(瞑想)が可能になり、瞑想の中で真実の知恵(慧)が生まれるという連鎖構造になっています。これが苦しみを乗り越える滅諦のために実践の方法で、非常に緻密に考えられています。
 苦しみを乗り越えることを「解脱」といい、解脱により理解した全体像を「悟り」といいます。解脱すると、苦しみが解体されるため、安らぎの状態になり、「涅槃(ねはん)」の状態に達したといいます。
 悟りあるいは涅槃も、苦からの解脱という、論理や言語を超えた自身の経験となります。そんな素晴らしい経験なのですが、論理や言語では説明できないものです。なぜなら、そこには自分自身もなくなり(諸法無我)、因果関係も常に変動(縁起)している(諸行無常)ためです。ある人の悟りが、別の人の悟りと同じかどうかを、比べることができません。自身が悟った内容を、自分なりに解釈して、なんとか言語化しても、縁起のためある時点でのものに過ぎません。
 このような仏教哲学の方法論を、不可知領域の解明に利用できないでしょうか。冥王代前期が「不可知」であるということは確認しています。それを細かく解体していくことで、不可知への越境が体験できればと思っています。ただし、「可知」となっても、言語化できるかどうか、また他の「可知」と比較、検証は不能かもしれませんが。
 仏教哲学として、苦、無常と無我と涅槃、縁起、空と色、唯識、不立文字、無記、八正道などの重要な概念を、今後のシリーズで各論として紹介していこうと考えています。

・第二部について・
本エッセイででてきた、仏教固有の概念は
なかなか難しいものです。
それぞれの概念については、
以降のシリーズのエッセイで紹介していく予定です。
一通り仏教哲学の概要と概念がわかれば、
次は、より深い論理性について
考えていければと考えています。
それは仏教哲学シリーズの第二部として
無の論理を集合論的に見たらどうなるか、
仏教哲学にある四区分別から
龍樹の考えた四句否定についての
論理における矛盾と
そのねらいなどについても考えていきます。

・目的を忘れずに・
この仏教哲学シリーズでもっとも重要な目的は、
地質学の不可知領域解明にどう適用していくかです。
これが最終目的なので
見失うことなく、心に留めておきます。
その答えや方法論は、まだ手に入れていません。
今後、仏教哲学を参照して、思索を深めながら、
2、3年かけて考えていくつもりです。

2026年6月1日月曜日

296 深淵なる時間:Deep Time

 地球には、「深淵なる時間」が流れています。「深淵なる時間」を想像しようとしても、想像力の及ばないほどの長さです。ところが、地質学者には馴染みのある「深淵なる時間」です。


 科学的学術論文と文学とは、文体は異なっています。学術論文には、基本的に文学的表現は不要で、客観性をもって記述されていきます。学術論文の読者は、同業の研究者となります。演出として文学的表現も用いられることはありますが、ほんの少しでしょう。一方、文学には、学術的表現のような厳格で無味無臭の文体は、ほどんど使われません。文学の読者は一般市民です。感情や心が動かされる表現となります。
 両者の中間に位置するのがノンフィクションの分野になるでしょう。ノンフィクションは、一般人も研究者も読みます。ここでいう研究者とは、専門的な教育を受けて、専門的な成果を公表している人を考えています。ノンフィクションのテーマの中には、学術的な内容を一般市民にわかりやすく説明するというものもあります。
 ノンフィクションのライターとしては、研究者のこともあり、ジャーナリストのこともあります。研究者にも文章の上手い人がいるので、実際に自身が携わっている研究を紹介していくので、その臨場感がよく伝わり傑作もあります。一流のジャーナリストには、学術的に難しい専門的な内容を、一般市民にわかりやすく説明できる人も多くいます。そのような著書は、多く人に感銘を与えます。
 アメリカのノンフィクション作家にマクフィー(John McPhee)がいます。世界的に影響力を持つ「ザ・ニューヨーカー」誌の看板ライターの一人で、50年以上も寄稿しています。多様なテーマを扱いながら、緻密な取材をして、多数の事実を用いて、小説のように物語を展開していくスタイルのノンフィクションを執筆していました。文学的にも素晴らしい名文となっており、文学作品として高く評価されています。
 マクフィーは、地質学に関するノンフィクションも書いています。その中に、1981年出版の「Basin and Range(盆地と山脈)」があり、1982年には「地殻をたどる旅」として日本語版が出版されています。この著書は、地質学的な叙事詩として「Annals of the Former World(前の世界の年代記)」という一連の作品の第1巻に当たるものです。残念なが、もう入手できませんが。
 マクフィーの文章では、「構造の円環」と呼ばれる特徴があります。「Basin and Range」では、現在の進行している話の中に、突然三畳紀の過去へと飛び、再び車内の会話に戻ったりします。ひとつも物語を、地質学的なデータ、歴史的なエピソード、個人的な描写など、多様なものが、円環ながらか積み重ねられていきます。
 「Basin and Range」は、地質学者デフェイエス(Kenneth Deffeyes)と共に、アメリカ大陸を旅していく物語となっています。
 ニューヨークからサンフランシスコまで続く横断する州道80号線(Interstate 80)を、デフェイエスが運転する車で、西向かって旅をしていきます。道路の露頭に見える地層を、デフェイエスは「地球の歴史を横切る深い切り込み」といい、そこには、数億年前の地層がでていることを説明していきます。地質学の見方は、石ころから、数億年前の火山噴火や海の底を空想する4次元的思索をしていると紹介されます。
 ネバダ州では、現在、東西に引き伸ばされた、脆い部分が壊れ盆地(Basin)に、残った部分が山地(Range)になっています。これが著書のタイトルとなっています。やがて、盆地のある大地(ソルトレイクシティ)は、新しい海が誕生していくことを知ります。プレートテクトニクスによる大地のメカニズムの説明と、それが示す未来像を述べていきます。
 そして、話題は18世紀のスコットランドのハットンに円環していきます。ハットンは不整合を発見して、地球の年齢が聖書の記述より遥かに古いことを示したことを紹介します。その時、マクフィーは
 Numbers that specify shell depths in the abyss of time
 (時間の深淵に沈んだ貝(化石)の深奥さを示す数値)
という表現をしています。この文章の中で、shell depthsとは、貝殻の厚さだけを意味するのではなく、厚い地層に埋もれた貝化石の長い時間(abyss of time)を意味しています。続いて、
 The mind may checkmate itself at the thought of a thousand years, but it quickly yields to deep time.
 (精神は1000年という時間を考えるだけでチェックメイトに陥るかもしれないが、深淵なる時間に対してはすぐに屈服してしまう。)
という説明をしていきます。
 ここで、「deep time(深淵なる時間)」という言葉を使っています。人間は1000年という時間を考えると、その長さに思考停止してしまいます。ところが、もっと長い「deep time」は、想像をはるかに越えているため、理解することを諦めてしまう、ということです。「deep time」は素晴らしい表現です。つまり、地質学の対象には、人間の想像力の及ばないほどの長時間が流れていることを述べています。
 「deep time」の感覚は、ハットンが1788年に発表した論文の結論部分に、
 The result, therefore, of our present enquiry is, that we find no vestige of a beginning, - no prospect of an end.
 (したがって、我々の現在の探究が導き出した結果は、はじまりの痕跡も見当たらず、終わりの見込みもない、というものである。)
という文章があります。この文章では、地質学がもっている長い時間を象徴的に表現しています。地質学で流れる長い時間は、想像もできないようなものという意味でもあります。
 さらに著書では、当時、提唱されてまもないプレートテクトニクスという学説がパラダイムシフトを起こしていることが示されます。最後に、地質学的な視点によると、日常に見ている風景が、ダイナミックな変化の中では、一時的なものでしかないことを示します。何億年という時間スケールの中では、人間の小ささを感じます。
 マクフィーの著書では、人が自身で体感できる数十年を越えて、1000年になると体感不能になり、思考停止(checkmate)してしまうとしています。さらに、地質学的な時間になると、理解すること、想像することすら諦めねばならず、屈服(yields)してしいます。それを、「deep time」と表現しました。短い単語ですが、その背景を詳しく述べた上での文学的表現での「deep time」はインパクトのある美しい表現です。
 私にはこんな素晴らしい表現はできません。でも、わかりやすく、自身が感動した自然や地質の背景で生じた思索を伝えられればと思っています。ただ、マクフィーより優位に立てる点があります。それは、私が地質学者デフェイエスの側にいる点です。この「deep time」には馴染みあります。露頭の前では、常に感じるている身近な思いになっています。日々、地層と向き合っているということは、常に「deep time」とも向き合うことになります。ただ、マクフィーのような表現はできないのですが。

・最適語探し・
マクフィーの書籍は入手できません。
古本でも探したのですが、入手不能でした。
ただ、大学の図書館に
「ノンフィクションの技法:ピュリツァー賞作家が明かす」
があったので、借りて読みました。
英文タイトルは
「DRAFT NO. 4: On the Writing Process」
(ドラフト第4稿:執筆プロセスについて)
となっていました。
原稿も第4稿までくれば、ほぼ完成ですが、
マクフィーは「最適語探し(mot juste)」を
最後まで続けていきます。
mot justeとは、フランス語の単語です。
そんな最適語探し中で
deep time(深淵なる時間)
も発見したのでしょうね。

・登別・
6月になりました。
北海道は、花が一杯咲く、いい季節です。
以前、チラシ広告で安いパック旅行を見つけました。
一泊だけですが、
夫婦で登別にでかけることにしました。
何度も訪れて宿泊しているところですが、
地獄谷で火山を見るだけでなく、
水族館やウポポイなども興味深い施設もあります。
好きな観光地です。
観光客がどの程度いるかわかりませんが、
のんびりと、無理せず見て回ろうと考えています。