帰納法は、現在の科学的方法論として、当たり前に使われています。この方法は、誰がどのようにして思いついたのでしょうか。その方法は、現在の科学が使っているのと同じでしょうか。
アリストテレス(Aristotelēs, 前384 - 前322)は、個別の事例から普遍的な結論を導くことを、エパゴーゲー(epagoge)と名付けました。これは帰納法の概念となりますが、アリストテレスは三段論法(演繹法)の「前提」を見つけるための補助手段としました。
イギリスのベーコン(Francis Bacon, 1909 - 1992)は、「新機関(Novum Organum)」(1620)によって、観察による事実(経験)の収集の重視する帰納法を提案しました。観察をすれば、そこから自ずから規則性が見えてくると考えました。
イギリスでは、経済学でベンサム(Jeremy Bentham, 1748-1832)の「最大多数の最大幸福」という「功利主義」の考えが生まれました。ミル(John Stuart Mill, 1806-1873)は、功利主義を継承しながらも、量より質を重視する「質的功利主義」を提唱しました。功利主義を洗練させただけでなく、自由主義(危害原則)や民主主義(女性の参政権や権利の平等)の基礎も築いていきいました。
ミルの「論理学体系(A System of Logic)」(1842)において、帰納法を方法論として洗練させました。
これまで、アリストテレス以来の伝統的な論理学は、三段論法を代表とする普遍的な前提から結論を導く「演繹法」が重視されていました。しかし、ミルは、演繹法には限界があると考えました。なぜなら、演繹法は、「記憶の整理」に過ぎず、既知の内容しか生まれず、新知見はえられないとしました。創造性や新規性は、個別のデータから法則を導き出すという「帰納法」から生まれるとしました。
ミルは、現象の原因を特定するために論理的な方法を提案しました。ミルは、みずから「帰納法のカノン」と呼んでいます。カノン(Canon)とは、音楽用語にもあるのですが、もともとギリシャ語で「ものさし」や「基準」という意味があります。ミルは、この方法は、「踏み外してはならない厳格な規律」と考えました。
自然界には「同じ原因は同じ結果を生む」という自然の斉一説があり、それを探るために、帰納法には、客観性があり、科学的厳密性をもっているとしました。帰納された法則性(仮説)を演繹する(仮説演繹法)ことで、検証することができます。そのため演繹法より帰納法が、有効だと考えました。
ミルは、仮説を発見した後、その仮説を証明していくプロセスとして、カノン(規律)として、5つの方法が示しました。一致法(Method of Agreement)、差異法(Method of Difference)、併用法(Joint Method of Agreement and Difference)、剰余法(Method of Residues)、共変法(Method of Concomitant Variations)です。少し詳しく見ていきましょう。
一致法とは、共通の要因を見つけることで、原因となる必要条件を探すことです。差異法とは、相違点を見つけることで、原因となった十分条件を探すことで、ミルはこの方法を「最も強力な方法」と考えました。併用法とは、一致法と差異法を併用することで、因果関係の信頼性を高めていきます。剰余法とは、既知の原因を除外して、残った現象の原因を調べていきます。一種の還元主義的な方法ともなります。最後の、共変法は、変化の相関を探していきます。因果関係の有無ではなく、因果の程度を調べていきます。
こうしてみていくと、現在科学的方法論とされているものが、「帰納法のカノン」に要約されているように見えます。しかし、帰納法のカノンにも限界があるとの指摘もされています。
例えば、現象に実は複数の原因があった場合、最初に適合した原因を単一のものと見誤ってしまう可能性があります。また、観察に基づいているので、観察されない隠れた要因は発見できず、不完全な結論になる可能性があります。相関関係が見えたら、それを因果関係と見なしてしまい、相関と因果を混同した誤認を起こすこともあります。
このような限界は、現在の科学にも起こっている問題となります。多変量解析などの統計学や実験計画などを厳密に立てて、このような問題を起こらないように進められています。ただし、定量化、統計的扱いができない対象やテーマもあり、すべて解決されるわけでもありません。
現在の科学的営みを遂行していく上で、科学的方法論は、なくてはならないものです。その方法は、帰納法と演繹法を長所を組み合わせた仮説演繹法になります。この方法は、両者の弱点もそのまま引き継いでいます。
帰納法では「真偽」を完全には示せません。なぜなら、自然界には調べられたない領域や場所もあり、すべて網羅して真とは示せないからです。演繹法は、法則の正しさを検証で示したり、適用範囲を示すことはできますが、それ検証された範囲外までの正しさを示すものではなく、「すべて」を示したわけでありません。そして、その法則以外ものを新規に創造することはできません。ですから、仮説演繹法でえられた結果は、どんな法則、原理と呼ばれるものであったとしても、「仮説」にすぎません。仮説を否定するような反例がでてくれば、修正が必要になります。
「帰納法のカノン」で生じる問題は、人間が犯しがちな過ちでもあります。科学者も人間ですから、ア・プリオリな特性として、犯してしまうのです。なかなか回避できないものです。つまり、すべての科学は、不完全な人間による、不完全なる方法による仮説の上に成り立っていることになります。
・涼しい7月・
8月になりました。
北海道は、7月は比較的涼しい日がつづきました。
夏に備えてエアコンを準備していたのですが、
結局7月中は使うことはありませんでした。
せいぜい、夕方、扇風機を使う程度ですみました。
夜は、窓を開けていると寒いので閉めて
肌がけをかけて寝ている日が多かったです。
・入院中・
月曜日から、入院して手術を受けます。
手術時間は短いのですが、
術後の様子を見るために、
1週間ほど入院することになります。
急ぐ手術でもないので
いつでも予定を組むことができました。
授業のない夏休み期間にすることにしました。
少し、のんびりしてこようと考えています。