2026年5月1日金曜日

294 科学と信仰への言及:ワインバーグの原典を求めて

 科学的な言説は、一次資料となる原著論文や著書にたどり着ければ、それを拠り所にできます。科学者自身が、信じていることや信条を述べるのは、学術論文ではありません。そのような言説には、俗説が生まれやすいようです。


 著名な科学者が述べたとされる俗説があります。他の科学者が引用していても、誤った俗説である可能性があります。科学者の引用が独り歩きしていくことがあり、やがて意味の異なった俗説となることがあります。原典が学術論文でない場合、次々と引用され、孫引きされ、時には言い換えられたり、意訳されたりすることで、やがて原典の意図や意味が不明になっていくこともあります。その例を紹介するため、今回は、話題が点々としていきます。
 まずは、科学の世界の話からはじめましょう。物理学の世界では、4つの力として、重力、電磁気力、弱い力、強い力があることが知られています。
 重力は、もっとも弱い力ですが、その及ぼす範囲に限りがありません。重力波は見つかっていますが、重力をグラビトンと名付けられた粒子は未発見です。電磁気力は、電荷や磁力をもったものの間や、電場や磁場のあるところで働く力です。重力より強い力となります。化学結合も、電磁気力によるものであり、フォトンが媒介します。
 弱い力(弱い核力、弱い相互作用ともいう)は、原子核の中で働き、短い距離だけで作用し、素粒子の崩壊を引き起こりします。W+、W-、Zボソンと呼ばれる素粒子が媒介します。弱い力と呼ばれていますが、重力や電磁気力より強く、次の強い力と比べると弱いためです。強い力は、原子核の中でも、陽子や中性子を構成しているクォークや、その他の核子の結につけるもので、短い距離でしか作用しませんが、もっとも強いものとなっています。媒介しているのは、グルーオンと呼ばれる素粒子です。
 これら4つの力を、ひとつに統一的に説明する理論が、現在の物理学の重要な目標になっていますが、まだ完全なものはできていません。
 アメリカの理論物理学者のワインバーグ(Steven Weinberg, 1933-2021)は、電磁力と弱い力を、「電弱統一理論」で統一的に説明しました。これは、ゲージ理論と呼ばれています。特別な条件(高エネルギー状態)になると、弱い力が電磁力として振る舞うことを、理論的に示しました。このゲージ理論の確立で、ワインバーグはノーベル物理学賞を受賞しています。その他の重力と強い力を加えた統一理論は、まだ完成していません。
 さて話題が変わって、科学者の宗教観についてです。このワインバーグが語ったとされる
【A】Science doesn't make it impossible to believe in God, it just makes it possible not to believe in God.
(科学は神を信じることを不可能にはするものではない。ただ、神を信じないことを可能にするだけである。)
という言葉が、ネット名言集の中にあることを知りました。なかなか意義深い言葉です。信仰や神を直接批判することなく、科学と信仰や神との関係を示しているようです。そのような意図を反映して、意訳をすると、『科学は、信仰や神を否定することはないが、信仰や神がなくてもいいようにした』という意味になりそうです。
 ワインバーグは、どのような文献や場で語ったのか、その出典や原典を探すことにしました。
 すると、ある著名な物理学者の文献で、ワインバーグの言葉として引用していました。科学者が引用しているので、かなり確実な情報といえそうです。しかし、これは原典ではありません。
 そこで、ワインバーグが科学と宗教に関する似た考え方が示されている原典、あるいは著作を探しました。多数あったのですが、そのうちの次の2つが近い表現となっています。
【1】To Explain the World: The Discovery of Modern Science(2015年)
“science has nothing to say one way or the other about the existence of God … its goal is to find explanations … that are purely naturalistic.”
(科学は、神の存在について、肯定も否定もなにもいうことはできない・・・科学の目標は、純粋に自然主義的な説明を見つけることにあるからだ。)
という表現が見つかりました。
【2】Cosmic Questions: American Association for the Advancement of Science(AAAS)(1999年)
"One of the great achievements of science has been, if not to make it impossible for intelligent people to be religious, then at least to make it possible for them not to be religious."
(科学の偉大な業績のひとつは、知的な人が宗教的であることを不可能にするまではいかなくても、少なくとも宗教的でなくてもよいことを可能にしたということだ。)
というものでした。探している言葉のそのままではありませんでした。以上のことから、【A】を直接語ったような出典は見当たらないようです。
 では、どうしてこの言葉が生まれたのでしょうか。【A】を詳しく見ていくと、最初の文章では、【A-1】「科学は、信仰や神を否定することはない」という主張が展開され、次では【A-2】「科学は、信仰や神がなくてもよい」という主張という2つの命題からできています。これら2つの命題の由来を見てきましょう。
 【1】で、科学は、肯定も否定もできない主張をしています。ここから、【A-1】の「神を信じること自体は排除されない」という命題が導かれます。また、後半では、科学の目標として、あくまで純粋に自然主義的な説明、つまり超自然的な力(神など)ではなく、物理法則で説明しようとすることであるという主張もしています。これは、科学の目標は自然現象に対して物理的な説明をしていくことです。ここでは、【A-2】の主張はありません。
 【2】では、科学(者)が宗教を否定することまではいかなくても、宗教的でなくてよいこと、つまり科学は宗教なしで成立することを主張しています。
 これらの言説から、【1】前半で「科学は、信仰や神を信じることは否定しない」という主張【A-1】ができ、【2】の「科学が宗教的でなくてよい」そして【1】後半の「科学の目標は自然現象に対して物理的な説明をしていくこと」とが結びつけ、2つの命題にして一文として統合し、わかりやすい文章にすると、
【A】Science doesn't make it impossible to believe in God, it just makes it possible not to believe in God.
となりそうです。この言葉は、ワインバーグが、直接語った出典は見つかりませんでしたのですが、科学は宗教とは独立しているが、自然の究極の法則に神秘性が感じている、という趣旨の発言を、各所でおこなっていたようです。
 ワインバーグのような著名な科学者は、思想信条を各所で述べていると、本人によって似た言説が多数生み出されていきます。学術的な原典ではないため、後世の人が、その言い回しを、伝言ゲームのように、もともととは異なったもの、より明確にされたものへと変化していくことがあります。信条的な言葉が、転々と引用されて、流布している言葉になっていったようです。後世の人が言い換えたり要約した「後世的パラフレーズ」だったのです。
 さらに検索していくと、「表現はオンラインで広く引用されていますが、その正確な一次出版物(書籍や論文のページ番号)まで示せる確証のある文献は見つかっていません。」という答えにたとどり着きました。
 インターネットでは簡単に調べることができて便利ですが、だれかがわかりやすくするために、変更して使ってしまうと、それが流布する危険性があります。そんなことが、身近な研究の場で起こったことなので教訓とすべてきでしょう。ネットを介して、簡単に風評やフェイクニュースが広まります。一次資料に当たることが重要だという戒めになります。自分自身が発信者になっていく可能性もあります。
 さてさて、もう一度立ち止まり、ここで示したワインバーグの原典は、本当に大丈夫なのでしょうか。ぜひ調べてみてください。

・知性や教養が試されている・
西洋の知識人や教養人は、
複雑な言い回しをよくします。
それが知性や教養の現れでもあるようです。
このような言い回しに慣れていないので
解読するのがなかなか大変です。
それを浅く理解すると
思わぬ罠にひっかかりそうです。
知識人の書く文章を読む側の
知性や教養が試されているのでしょうね。

・自転車整備・
北海道は、春の花が一斉に咲きだしました。
自宅の周辺の雑草も
一気に元気になりだしました。
先日、自宅の草むしりをしました。
また、久ぶりに自転車の整備をしました。
何年が使っていかなったのですが、
空気を入れて様子をみしてましたが、
大丈夫そうです。
天気のいい日に夫婦で
近場に自転車に乗って
花見にでかけてみようかと思っています。

2026年4月15日水曜日

293 仏教哲学 2:仏教は、宗教か、哲学か

 仏教は世界三大宗教のひとつで、多くの信者がいます。日本では、仏教を多くの人が信じています。仏教には宗教としての面だけでなく、哲学的側面も強くあります。このシリーズでは哲学側面をみていきます。


 世界の三大宗教とされているのは、キリスト教、イスラム教、そして仏教です。西洋から中東では、キリスト教やイスラム教の信者が多く、東洋では仏教の信者が多くなっています。キリスト教とイスラム教が一神教であるのに対し、仏教は多神教(?)となっています。それぞれの特徴をみてきましょう。
 ここで、仏教を「多神教(?)」と示したのは、仏教にはもともと神という概念がないのですが、仏を神扱いして布教していおり、大乗仏教では仏が多数存在するので、このような表現をしました。
 キリスト教は、ユダヤ教を源流とし、現在では世界で最大の信者をもつ宗教です。キリスト教は一神教なので、神は唯一神(一性・Unity、父とも呼ばれています)のみとなります。人であるイエス・キリストが敬われているのは、エルサレムで十字架で処刑されて死んだ後に復活したことから、神の子としてメシア(救済者)とされているためです。また、唯一神(父)の内在的な力を「聖霊」としています。神は唯一神だけなのですが、父・子・聖霊を三位一体(Trinity)として信仰されています。三位があるので、多神教にみえますが、あくまでも父だけを唯一神としています。三位一体についても、神学的問題として議論されてきましたが、キリストという人格をもった神を偶像として崇拝対象にしています。
 イスラム教は、預言者ムハンマドからはじまっています。アッラーを絶対的唯一神として、ムハンマドはその使徒になります。ムハンマドが天使ジブリールを通じて聞いた神の言葉を、アラビア語でまとめたものがクルアーン(コーラン)になります。クルアーンは、神の言葉(アラビア語)そのものになります。この点でキリスト教の聖書とは異なっています。五行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)を実践していくことが信仰の中心となり、偶像崇拝は禁じられてます。
 仏教の源流はインド哲学にたどり着きます。インド哲学自体は、バラモン教において紀元前1500〜1200年頃から形成されたヴェーダ(Veda)と呼ばれる宗教文献群に端を発しています。ヴェーダは4つ(リグ、サーマ、ヤジュル、アタルヴァ)からなり、そこには宇宙を貫く秩序・真理・正義の原理があると考えられていました。
 祭祀中心のバラモン教から、紀元前800〜200年頃に、哲学的思索を重視するウパニシャッド(Upaniṣad)がでてきました。ウパニシャッドは、苦しみからの解放(解脱)のための方法を探ることを目的としました。その時、宇宙の根本的実在、究極的原理となるブラフマン(梵、Brahman)と、個人の内なる永続的自己や霊魂であるアートマン(我、Ātman)が重要だと考えました。
 その後、アルニ(Uddalaka Aruni)は、ブラフマンがアートマンと同一であるとし、ヤージュニャヴァルキヤ(Yajnavalkya)はアートマンがすべてであると説きました。そこから、ブラフマンとがアートマンが同一(一如)であるという「梵我一如(ぼんがいちにょ)」という概念ができました。
 8世紀頃、シャンカラ(Śaṅkara)は、梵我一如をさらに進めた二元論的に分けることができないという「不二(ふに)」という哲学的概念を示しました。不二とは、「一つ(一元)」とはいわず、「二つではない」という否定的な表現を用いました。不二は、仏教、特に禅などに取り入れられ、広く東洋哲学の重要概念となっていきました。
 釈迦(ゴータマ・シッダールタ)は、ウパニシャッドの目的である苦しみから自己を解放(解脱)していく(涅槃に至る)ことを目指しながらも、異なった道を進みました。聖典や権威、祭祀主義、苦行などを否定し、出自を問うことなく目指せる思想としました。また、アートマンを否定して無我になること、縁起という相互依存的な因果などの概念を導入して、四聖諦や八正道という実践体系を構築して解脱を目指しました。
 苦しみは誰もが経験していることなので、始点は明確に存在しています。苦から解放(解脱)も、誰もが望むことなので、目標もはっきりしています。目標に達するために、聖典も苦行も不要で、出自も不問としました。ただし、苦は個人の経験に属するものなので、自身で実践していくことのみで解脱できるという方法論になります。筋道は、非常にわかりやすい体系となっています。
 仏教は、時代と経ることで、個人の修行によって解脱するという伝統的方法論を重んじる「上座部仏教」と、修行で悟りを開いた宗教家が衆生(生きとし生けるもの)の救済(利他的救済)を教義して展開する「大乗仏教」に、大きく分かれてきました。修行で悟りを開いた宗教家を仏陀(ブッダ、Buddha)や如来、縁覚(えんがく)など呼び、上座部仏教では阿羅漢(あらかん)、大乗仏教では菩薩(ぼさつ)と呼びます。ただし、上座部では完全な悟りをした人は釈迦のみを仏陀と呼び、それ以外のひとは阿羅漢を目指します。大乗では多数の仏を認めています。
 実践(修行)により解脱を達成した人が、自身の思想(教義)で民衆を導くために活動し、信頼を集めていくことで、人が集まることで宗教的行為へと移行していきます。
 日本は大乗仏教に属し、日本固有の多くの宗派があります。信者数は浄土真宗が多く、浄土宗、曹洞宗、日蓮宗が続きます。日本では、古くからあった神道と仏教が神仏習合という歴史的背景があり、キリスト教などの行事も取り込まれ、複合的な宗教文化が根付いています。冠(結婚)や年始行事は神道、葬(葬儀)や年末行事は仏教、またイベント(クリスマス、バレンタイン、ハロウィーンなど)としてキリスト教の行事も普及しています。日本は、宗教的には非常に特異な地域といえます。そのため、宗教の影響も受けにくいという国民性ともいえるかもしれません。
 キリスト教やイスラム教と、仏教では、一神教と多神教という大きな違いがあります。それだけではなく、本質的な違いがあります。
 キリスト教は信仰という行為を通じて神からの救済を受け、イスラム教では神への服従を行動として実践していきます。
 仏教では、基本的に神への祈りはありません。苦しみという自身の経験をもとに、実践的に(八正道や瞑想)で克服する(解脱)していく思考法をとっています。その過程で、諸法無我、諸行無常、縁起、空などの固有の概念が生まれ、さらに言語や概念の限界も自覚されていきます。仏教には宗教的側面もあるのですが、苦を深く考え、解脱を追求していく哲学的側面を強くもっています。そのような思考法や方法論が、科学と調和しやすいものだと考えられます。
 このシリーズでは、仏教の思索を「仏教哲学」と位置づけて、論理や思考法を、抽象化し普遍化していき、地質学や科学における不可知領域への方法論に転用できるのではないかと考えています。

・文献について・
このエッセイは、論文にしていくためのに
考えを整理していくことを目標としていました。
そのため、学術論文や文献は示していません。
本来の論文では、文献を引用しながら
自身の論理を進めていくことになります。
このエッセイではそのような書き方はしていません。
今後、主張にあった文献を集め、
文献の内容を確認して、論文を修正したり、
時には主張を変更していきます。
その作業は、論文作成において重要になります。
その作業を、今後、1年かけて進めていくことになります。

・葬儀・
葬式仏教とも呼ばれていますが、
このような儀式があることで、
悲しみの中でも淡々と葬儀という儀式が
進むという利点もあります。
当事者は、突然のことで右往左往していても
淡々と儀式として手順が進んでいきます。
父の葬儀は、田舎の昔ながらの方法で
1週間ほどかけて儀式が進みました。
母の葬儀は、コロナ禍の時期でもあったので、
私たち家族と弟家族だけの家族葬になりました。
我が家の両親は仏教で葬儀もしました。
家の先祖代々の墓もあり、
地元の親族が墓守をしてくれています。

2026年4月1日水曜日

292 無限への挑戦

 いいことでも悪いことも、印象に強く残ったものは、記憶されやすくなります。日々の出来事が、記憶に残らなくなりました。年齢とともに、物忘れが激しくなってきています。人間の記憶について考えました。


 妻との会話で、過去の思い出話しが、お互いに何度も繰り返しされています。いったん長期記憶におさまった思い出は、忘れることはないようです。そして、話すことでさらに記憶が定着していきます。
 年齢とともに、最近のことや、日々当たり前にしていることほど、記憶に残らず、忘れていきます。そして問題は、重要なことも、長期記憶になることが少なくなり、すぐに忘れてしまうようになってきました。記憶力の衰えは、老化なのでしょうか。
 さて、話題は変わります。科学には帰納法と演繹法という考え方があります。帰納法は、データを集め、そこから一般則を導き出していきます。演繹法は、未知の現象に法則を適用していくことで、その法則に則った現象か、それ以外の因果によるものか、あるいは法則を検証していくことができます。
 両方法には、それぞれに特徴があります。帰納法には、新たな法則を見つけられる創造性があります。演繹法は、法則の検証でき、因果関係を確定でます。利点だけでなく、弱点もあります。帰納法では、法則を導き出したデータの範囲では、法則の確かさが保証されていますが、範囲外では確かさは不明で検証されていません。演繹法では、法則がすでに存在していなければならず、法則が存在しないときは使い道がありません。そのため創造性や新規性がありません。
 それぞれ単独で用いるには、問題がありそうです。そこで、両者を組み合わせて、帰納法で法則(仮説)を導き、演繹法でその法則を検証するという「仮説演繹法」が用いられています。現在の自然科学では、すべて研究において、仮説演繹法が用いられています。自然科学で新しい仮説を提唱するとき、あるいは仮説の検証をするとき、この手法を用いないものは、科学論文としては、問題があることになります。
 では、仮説演繹法には、問題がないのでしょうか。実は、上記に示した帰納法と演繹法の弱点が、克服されたわけではありません。ですから、論理的正当性は保証されていません。
 仮説を演繹法で検証する時、検証できる範囲は、自ずから限定されています。可能な限り範囲を広げようとしても、装置や測定の限界、データ収集の範囲などには、限界があります。また、地球内であればデータや資料が収集でき、検証可能ですが、地球外、あるいは過去や一度限りの事象などになると、証拠をすべて入手することは不可能になります。そのため、仮説演繹法を用いた規則性、あるいはすべての自然科学の結果は、「仮説」の域は越えられないことになります。なぜなら、自然界ではデータが入手できるの範囲が有限で、「すべて」を調べることが不可能だからです。自然界は「無限」なのに、人間あるいは科学は、有限の中でしか営めないからです。
 広い視点で考えると、科学の方法論の限界とは、「無限」を相手にして、法則を「普遍化」していこうしている点でしょう。「普遍化」とは、すべてに対して適用できることを保証しているのですが、「無限」を相手にすべてを検証できないかたです。科学において、「無限」は不可知領域に存在しているといえます。
 話を人間の記憶に戻していきましょう。人間は、脳内で記憶をしてきます。記憶のメカニズムはかなり明らかになっており、情報を記憶(銘記)し、保持(維持)し、想起(思い出す)するというプロセスがあり、海馬が情報の重要性を仕分けし、大脳皮質へ長期的に保存していくことになります。神経細胞の結合(シナプスと呼ばれます)で、情報の伝達効率を高めたり(強化)、結合の数を変化させたりすることで、脳内に情報を定着させることで記憶されていきます。
 脳のサイズ、あるいは細胞、シナプスは有限なので、人間の記憶には限界があるはずです。しかし、シナプスの結び付きで記憶されていくのなら、数は有限でも、組み合わせは膨大な量なので、無限と呼べないでしょうか。さらに、シナプスの組み合わせだけでなく、結合にも26の異なった強さがあり、その変化も記憶に反映してできることがわかってきたので、ますます記憶量は増えていくことになります。そうではあっても、シナプスの数が有限であれば、組み合わせも有限でなので、記憶量も有限となるはずです。
 記憶の謎を考える時、いつもひとりの人間を思い浮かべてしまいます。キム・ピーク(Kim Peek、1951 - 2009)です。キムは、人類の記憶の限界を限りなく広いことを教えてくれた人です。
 キムは、1歳半のころから、読み聞かされた本を、暗記できたそうです。字が自力で読めるようになると、1ページを10秒ほどで、完全に記憶できました。直観像、あるいは写真記憶とも呼ばれている能力です。キムは、ほぼ毎日の午後を図書館で過ごし、ありとあらゆる本を見て覚えていきました。45歳頃の時には、12,000冊の本を記憶していました。
 単に覚えるだけでなく、その情報を検索し、自由に組み合わせて、答えることができました。尋ねると、記憶の連想が止まることなく、語りは永遠と続いていったようです。
 キムは、サバンあるいはスーパー・サバンとも呼ばれています。キムは会話でのコミュニケーションは可能ですが、行動や会話のコントロールがうまくいかず、能力を実験的に調べることも難しかったようです。
 キムの能力は、広く知られていて、脳の検査をうけて、脳が平均よりも30%ほど大きいのですが、左右の脳半球を繋ぐ脳梁と前後の交連がなく、小脳にも障害のあることがわかりました。脳の神経繊維レベルでは、連携があることがわかっています。脳梁がないことから、左右の脳が連携をとりずらいので、別々に機能していると想定されています。
 テレビ番組で茂木健一郎氏が、キムを訪問し、インタヴューしているものを見たことがありました。お父さんが、ひとつの図書館の本は覚えてしまったので、別の図書館に通いだしたといったのを覚えています。映画「レインマン」で、ダスティン・ホフマン演じるレイモンド・バビットのモデルにもなっていました。
 キムは、日常生活にも支援が必要で、父が補助していました。2009年12月19日、心臓発作のため58歳で死去したましたが、父の方が長生きだったので、最後まで支援をうけることができました。58歳の短い人生だったのですが、少なくとも、人間の脳には、図書館がまるごとはいるくらの記憶容量があることが示してくれました。現在のコンピュータがもっている記憶容量や検索能力を凌駕するほどの機能が、脳にあること、そしてそれはまだだれも満杯にできず、使い切っていないことを、キムは示してくれました。
 もし、キムがもっと長生きしていたら、彼の記憶能力、記憶の検索、連携、あるいは記憶量などはどのように変化したのでしょうか。老化と記憶の関係もわかったのかもしれません。

・努力すること・
人間の記憶は、不思議です。
私たち夫婦は、記憶ができなくなり、
物忘れが多くなったと嘆いています。
しかし、記憶する努力を継続すると、
高齢になっても記憶力が維持できるということを
渡部昇一氏がエッセイで書いていました。
渡部氏は80歳を越えても、
記憶することを実践されていました。
記憶する努力することが、重要なのでしょう。
容量は十分あるはずなので。

・新年度・
新年度がはじまりました。
4月が年度のはじまりの季節ということを、
退職とともに薄れてきていきます。
今年度も、大学で非常勤講師をしていくので、
年度のはじまりは、かろうじて感じています。
非常勤講師の仕事がなくなると、
年中行事が少なくなりそうです。
そうなると季節感が薄れないか心配です。

2026年3月15日日曜日

291 仏教哲学 1:不可知領域への方法論

【新しいシリーズをはじめるにあたって】
 今回から、仏教哲学シーリーズを加えることにしました。哲学的ではありますが、仏教という宗教的内容を解体しながら、地質哲学につながればと思って執筆します。一連の内容のエッセイとなっていますが、本編とは趣が異なっているので、異なった仏教哲学シリーズにして配信することにしました。期間限定となりますので、毎月15日に、配信していくことにしました。1年どの連載を考えていますが、伸びていくかもしれません。
 このシリーズの内容は、次の論文への腹案としてまとめはじめたのですが、書いていくうちに、内容が、複雑で大気に渡り長くなってきました。できる限り、これまでのMonologと同じように、わかりやすく書くように心がけていこうと考えています。
 そもそもこのエッセイでは、自身が考えていることで、まだまとまっていない萌芽的なアイディアであっても、書いていこうと思ってはじめたものです。ですから、まだ思索が完成してないものであっても、エッセイにしていくことは趣旨に反するものではないと思っています。ご了承いただければと思います。誰かの参考になれば幸いです。
 さて、いつものようにエッセイをはじめていきましょう。


【本編の開始】
 最近、冥王代前期への地質学的アプローチの方法論を探求しています。そこに仏教の哲学的思考法が、参考になると考えています。シリーズにして紹介していきますが、言語化不能な内容や領域があるのですが、言語化を試みてきましょう。

 地質時代として、もっとも古い時代は、冥王代(Hadean)と呼ばれています。地質年代区分は、国際層序委員会(ICS)によって定められています。冥王代は、「地球上でもっとも古い岩石よりも古い時代」と定義されています。そのため、定義上、太古代は地球最古の地質学的証拠が見つかっている時代以降となます。
 冥王代のはじまりは地球形成で、終わりは太古代のはじまりとなります。地球形成の証拠は、地球では見つかっておらず、確定できません。地球の材料と考えてよい種類の隕石の年代を適用して、45.67億年前とされています。
 冥王代の終わりは、最古の岩石の年代で、40.31億年前からとされています。この年代は、カナダ北西準州スレーブ地域のアカスタ片麻岩からえられています。他の地域からも40億から38億年前ころの岩石が見つかっているので、ほぼこの時代に最初期の岩石の痕跡が残りはじめたことになりそうです。
 冥王代は、地質学的証拠がないのですが、実は、冥王代の鉱物片は、各地から見つかっています。砕屑性ジルコンと呼ばれているもので、太古代の堆積岩の中の鉱物片として含まれています。多数のジルコン片で年代測定がされており、もっとも古いものが、43.74億年前となっています。それ以降の年代の破片も、同じ地層からも、他地域からも見つかっています。ですかが、地球全体として、ジルコンが形成されるような現象、そして砕屑物となって残るようなメカニズムが働いていたはずです。
 しかし、砕屑性ジルコンは、年代区分に用いられていません。地質学的証拠として、年代以外の情報がえられず、時代境界の地質学的位置が示せず、時代区分の指標には適さないからです。
 冥王代の地質学的細分は、地層がないので、本来ならできませんが、43.74億年前の最古の砕屑性ジルコン以降に、いろいろな時代のものが見つかるのは、意味があるのと考え、冥王代を前期と後期に分けることにしました。
 冥王代後期に砕屑性ジルコンが見つかる理由をアブダクティブ斉一説として仮説を立てて議論を進めてきました。しかし、冥王代前期については、仮説はできても、検証ができない時代となります。冥王代前期は、科学的方法論が適用できない不可知の領域となります。
 不可知領域は、地質学だけでなく、多くの自然科学の分野にあります。例えば、物理学では、物理定数(光速、万有引力定数、プランク定数、電気素量、宇宙定数など)がなぜ現在の値を持つのか、宇宙開闢以前の状態、開闢の原因、ブラックホール内部、現存する宇宙の外側などが不可知領域となりす。また、生物学では、なぜ4種の塩基対だけでDNAが、20種のアミノ酸だけでタンパク質が構成されるか、地球生物以外の宇宙生物の実態、DNA以外の遺伝機構、20種のアミノ酸以外の組み合わせの生物などが不可知です。このように、すべての科学の体系には、至るところに不可知領域が内在されています。
 不可知領域を探求しても、仮説ができても検証はできません。不可侵領域として触れないようにするのか、それとも仮説のままでいいとするのか、なんとか対処法を工夫するのか、大きな分かれ目となります。不可知領域への対処法を、現在、探すことを研究テーマにしています。
 これまで、冥王代前期への対処として、「科学的仮説構築」のために、冥王代前期の周縁領域からの外挿を試みてきました。地球の冥王代後期や太古代については素材があり、そこからそれぞれの時代の地球の状態や変遷が科学的方法論に基づいて読み取られています。地球史で検証されている時代の状態や変遷を、過去に外挿していきます。間接的ですが、外挿からのアプローチで、冥王代前期についての状態や変遷に関する作業仮説をつくることが可能です。
 隕石を対象にした研究成果を用いれば、地球や他の天体の素材の破片とみなせるので、地球の材料相当の情報がえられます。隕石の年代測定した素材から、同一時間軸をもった、形成場や状態の情報がえられます。太陽系の材料、太陽形成の情報、地球の素材に相当する隕石、地球と同時期にできた天体の素材の科学的情報もえられます。つまり、隕石学の知見を用いれば、太陽系形成、地球形成前、地球の材料(地球形成中)、同時にできた天体(太陽系形成中)など、多様な情報がえられます。地球外で冥王代以前の情報を、地球形成や冥王代前期に外挿していくこともできます。
 他にも太陽系の個別の天体に関する惑星科学、系外惑星の情報、惑星形成のシミュレーション(太陽系形成や地球初期過程、月形成など)の結果なども参照しながら、冥王代前期の概要を推定してきました。
 これらのアプローチは、科学の領域内での科学的対処でした。つまり、科学的方法論の則った手法で進めたのですが、最初に述べたように、検証不能、不可治領域となり、限界がありました。これまでと全く異なった視座でのアプローチでないと、不可知領域へは深く進入できないと感じました。
 現在、打開策として、科学ではない方法論の導入を試みています。哲学や、宗教学などの人文知の方法論です。
 これまで、西洋における科学と宗教の関係をまとめてきました。西洋において、宗教と哲学は異なった源流や系譜を持ちながら、互いに交わりながら、やがては異なった道を歩むことになってきました。西洋の歴史では、科学の成果が宗教的教義を修正、否定する場面が、度々起こりました。科学の越境に対し、宗教はどう対処してきたのかは、これまで研究されてきました。対立、独立、対話、統合などというキーワードで、いろいろと関係を変えてきたことがわかってきました。その考察は、主にキリスト教を代表とする宗教が中心となっていました。
 ところが、仏教を見ると、科学との対立もあまり起こってきませんでした。これは、重要な示唆だと感じました。仏教の思想には、哲学的要素があり、独自の方法論をもっています。仏教を中心とする仏教哲学の方法論が、もしかすると、不可知領域への対処法にならないかと、現在考えて探っています。
 このエッセイでは、今後シリーズとして、仏教哲学を学び、考えたものを、紹介していこうと考えています。

・シリーズ紹介・
仏教哲学のシリーズでは、
1年ほどの連続エッセイで紹介してく予定です。
回数や内容には変更があるかもしれませんが。
次回から、まずは導入として
仏教の哲学、口頭伝承、哲学の全体像
を書いていきます。
次に各論として、
苦、無我、縁起、空と色、唯識、
不立文字、無記、三学と八正道
について書いていこうと考えています。
現状で、かなり書き終わっているので、
毎月、配信していこうと考えています。

・環境変化に伴って・
このエッセイは、今回はじめて、
Monologでの別シリーズとして配信しました。
シリーズとしてエッセイは、
もうひとつの週刊エッセイ「地球のささやき」では
繰り返し使ってきた方法でした。
今回、このようなシリーズにしたのは、
現在、作成の論文をしており、
その思索の過程を示している内容に当たります。
教員をしている間は、時間が限られていたのですが
退職してからは、考える時間が増えてきたこと、
研究環境として自宅が中心になったことで
精神的に余裕ができてきたためでしょうか。

2026年3月1日日曜日

290 心機一転:環境変化と楽しむ

 3月から、新しい日常がはじまります。生活パターンや研究体制の変更があると、新しく考えるべきこと、行動すべきことがあり大変です。そんな環境変化も心機一転として、楽しんでいければと思っています。


 3月になったので、いよいよ大学と距離を置くことになります。2025年3月末の退職後も、今年の2月末までは、研究室の使用が認められていたので、毎日、徒歩で研究室に通っていました。厳冬期の吹雪の日などは大変でしたが、毎日、早朝に起きて歩いて来ることは、気分を切り替えるために有効でした。退職してから、研究だけに専念できる環境が1年間維持されたので、日々充実していました。
 3月からは、自宅で日常の暮らしをしながら、研究も継続することになります。大学には名誉教授室もあるので、何度か入ったのですが、冬場は寒くて長く滞在できません。また、私物を置くことはできないので、毎日ノートパソコンを持ち込んで仕事することになりそうです。近隣の図書館の自習室などの利用も考えに入れて、3月からは新しい日常のルーティンを構築していかなければなりません。
 せっかちに早め早めに考えて、作業は進めているので、研究室の明け渡しも、退職1年前から準備をしてきました。自宅には二室あった子供部屋は、もう使わなくなったので、一室を妻の作業部屋に、もう一室を書斎にすることにしました。自宅を建て、いつも面倒を見てもらっている大工さんに、改装をお願いしました。
 以前にも自宅の各所に書棚をつくってもらったのですが、そちらもすでに本で一杯になっていました。大学から、持ち帰れる本の量を考えると、新たにつくった書斎の書棚には、到底収まりそうにありませんでした。大半を処分するしかないことがわかりました。
 妻からも、自宅が書籍や大学からの荷物であふれるのは困るといわれているので、退職を期に、終活をかねて、大学と自宅の大量の書籍やモノを、計画的に、数年かけて処分することにしました。モノに関して、試料は以前いた博物館に引き取ってもらい、研究費で購入したものは大学に戻しました。問題は、私費で購入した大量の書籍の処分でした。そして新たな研究環境の構築もしていかねればなりません。
 まずは、書籍の処分問題です。大学には大量の専門書が、自宅は専門書と大量の小説類もありました。何人かの退職された先生が、研究室の書籍の処分で、札幌の古本屋に大量の書籍を買い取ってもらっている現場を見ました。ところが、売れるものは少なく、ほとんど値段もつかない状態でした。無料であれば、ある程度引き取ってもらっていました。昔ながらの方法として、古本屋さんに引き取ってもらうことでは、大量の本は処分できそうにありませんでした。
 送って買い取ってくれる古本屋をインターネットで探しました。以前から古本も購入していた書店もあったので、その中から選びました。選んだ古本屋さんは、値段のつかない本も送れば、引き取ってくれました。可能な限り再販売、再利用し、利用できないものは、紙として再生してノートにしていました。
 2023年2月から今年の1月まで2年かけて、段ボール数箱分ずつを、こつこつと送っては、買い取ってもらいました。段ボールの個数は記録していなかったのですが、送った本の総数は3097冊で、そのうち買い取られたのは1591冊でした。古い本や専門書の大半は値段がつかず、新しい書籍でもあまり値段がつかなかったのですが、引き取ってもらっただけでも助かりました。半数は買い取られなかったのですが、再生しくれるので、罪悪感が少なくなりました。
 そして、2月末が研究室が明け渡し期限となっています。3月からは、自宅の一室の書斎に、研究の場を移します。これから、少しずつ環境を整えていくことなります。まずは、2月から3月にかけて研究が途切れないことに注力しました。
 昨年末から進行していた論文3編の初稿や再校は終わっているので、投稿済みのものは手を離れています。現在執筆中の論文ですが、これもほぼ第1稿は完成しています。その状態でしばらく寝かしておける状態にまで仕上げました。
 自宅の書斎で研究環境を整えるのは、これからです。荷物はこつこつと書斎に運んだのですが、研究できる状態がなかなかできません。高齢になったせいか、体を動かして、環境を整備することが億劫で、気力が湧いてきません。3月からは、強制的に心機一転しなければなりません。とりあえずの環境を整えることを目指して、これからこつこつと進めていくことになります。
 今後、新しい日常の中で、読書の時間をもっと確保したいと思っています。その時間を、どうルーティンに組み込むかも考えていきましょう。
 早朝歩いて大学にいくという運動と気分転換を兼ねたルーティンがなくなります。体力維持をどうしていくかも考えなければなりません。
 朝の通勤のルーティンは、近所の散歩に変えようと思っています。これまで4時に起きて、5時に自宅をでて、大学の解錠に合わせて6時すぎに付くようにしました。それを自宅だと、もう少し遅らそうかと考えています。そして散歩で目的地はなく、周回するのですから、近所でいろいろなところを回りたいと考えています。ただし、通勤という必然性がなくなったので、雨や吹雪の日でも散歩おできるかは少々心配です。強い意志をもって、どんな天気であろうが散歩をしたいと考えています。
 現在、妻といっしょに市民プールに通っています。週に3日ほど水中ウォーキンを中心にして、コースが開いていれば少し泳きます。時間は、45分ほどですが、筋力の衰えを少しでも抑えられればと思っています。
 3月には、すべてが一新されるので、試行錯誤しながら日常のルーティンを作り上げていきたいと思っています。そんな試行錯誤も、楽しんでいきたいと思っています。

・試行錯誤・
このエッセイは、引き渡し直前に配信しています。
自宅での新しい環境構築や朝の散歩が
どうしていくかは、まだ不明です。
機会があれば、おいおいこの欄ででも
紹介していければと思っています。
時間的束縛がなくなったので
研究環境をどうしていくかは不明です。
すべては自身が決めることになるのですが、
試行錯誤していきましょう。

・最終日の天気・
3月2日に、研究室で大学職員の立会のもとで
研究室の鍵を返却して、退去が完了します。
いろいろ片付けてきて、
2月末まで必要最低限の
パソコン関係の機材を残しています。
すべて搬出をしてから、引き渡しとなります。
最終日の天気が心配ですが、
日程が決まっているので、
雨でなければいいのですが。
配信日が雨だったので心配ですが。

2026年2月1日日曜日

289 エイジャ―:斉一説の時代の激変説

 イギリスの地質学者のエイジャ―の説を、最近、知りました。そして彼の提唱した説が、これまで独自に考えていた自説に似ていることに興味が湧きました。調べると、彼が説を唱えた時代も特別でした。


 整然と重なった地層をみていると、その記録は連続的にみえます。その連続的に記録されてきたという考えの背景には、斉一説があります。斉一説は、西洋で近代科学の方法論が成立する時、重要な役割を果たした考え方です。
 科学的方法論が成立する以前、キリスト教社会では、聖書の記述が信じられていた時代でした。大地の変動は、聖書にあるノアの洪水のような天変地異によるものと考えられていました。これは「激変説」と呼ばれているものです。地球の創成も生物の誕生も、神によるものと聖書に書かれていました。そこから、生物種の絶滅も、激変説で説明されていました。
 近代科学が成立する時、地質学でも大きな意識改革がおこりました。地層のでき方も、化石のでき方も、現在起こっている現象と同じ作用が働いていると考える「斉一説」が生まれてきました。
 斉一説では、化石は昔の生物の遺骸で、地層は現在も時々起こる事象で説明されます。地層は、河川の大洪水や海底地すべりなどによって土砂が海底に運ばれ溜まって形成されたもので、当時の生物がも洪水や地すべりに巻き込まれて地層に埋もれたものが化石となるという考えです。
 斉一説では、地球には長い時間が流れていることが前提となっています。長い時間を背景に、生物の進化も起こっていくはずです。時間を遡れば、生物の誕生も地球の誕生も、神の関与や介在を必要としません。地球の創成も生命の誕生も、科学的方法論に基づき、過去のすべての事象、現象が、検証可能な科学の対象となることを斉一説は保証していました。
 西洋では、長い期間続いていた激変説、そして宗教の教義の呪縛が、斉一説の承認によって解放されることになります。その結果、現代の自然科学が成立してきました。もちろん地質学でも、斉一説が導入されてきました。
 ところが、斉一説が当たり前になっていた地質学の事象に、突然、激変説で説明される事象がでてきました。白亜紀と古第三紀の時代境界(K-Pg境界)で起こった恐竜などの大絶滅です。大絶滅が、隕石によるものであると、アルバレス親子(父のLuis Alvarezと息子のWalter Alvarez)によって、1980年に発表されました。学界には大きな衝撃が走り、激しい議論も起こりました。その後、世界各地で衝突の証拠も多数発見され、1991年にはメキシコのユカタン半島沖に衝突の証拠となるチクシュルーブ・クレーターも発見されました。K-Pg境界の大絶滅が、新たな激変説の承認ともなる出来事でした。
 激変説の導入は、単に科学的な論争だけでなく、大きな思想的変革も含まれていました。西洋では、斉一説としての科学的営みが、激変説と戦ってきました。宗教の支配の呪縛から逃れて、斉一説が使えるようになる時代を勝ち取ってきた歴史がありました。そこに突然、再度激変説が登場したのです。激変説は、科学の潮流に逆行する考えでした。隕石衝突による激変説の受け入れには意識革命が必要で、心情的にも反発があり、激しい論争になりました。現在では、隕石衝突による大絶滅は、定説になりました。
 イギリスの地質学者のエイジャ―(Derek Victor Ager、1923-1993)という地質学者がいました。ジュラ紀の腕足動物の化石を研究していました。その研究をもとに、地層と化石記録は不完全だとする概念を提唱しました。
 エイジャ―は、1973年の「層序的記録の本質(The Nature of the Stratigraphical Record)の目次(Contents)に、
More Gaps than Record
(記録より空白が多い)
という章があります。その章の中に、
The stratigraphic record is a lot of holes tied together with sediment. It is as though one has a newspaper delivered only for the football results on Saturday and assumes that nothing at all happened on the other days of the week.
(層序的な記録は堆積物とつながれた多数の穴である。それは、土曜日にサッカーの結果だけが載り、週の他の日には全くなにも起こっていなかったかのような新聞配達されたようにみえる)
と書かれています。
 エイジャーは、厚さ100mの地層が1000万年かけて堆積したタービダイト(混濁流堆積物)を例にしました。この地層は、計算上100年に1mmずつ堆積することになります。ところが、地層の形成メカニズムには、「たった一晩の嵐」で数cmの砂層が堆積したものが、多数含まれていることがわかっています。そのような現象が繰り返されれば、1000万年もあれば地層はエベレストより高くなっているはずです。
 ところが、1000万年で100mの厚さしか残っていないのは、地層の記録が「何も積もらなかった時間」か「積もった後に削られた時間」があることになるはずだとしました。
 著書の結論では、
In other words, the history of any one part of the earth, like the life of a soldier, consists of long periods of boredom and short periods of terror.
(言い換えると、地球のその部分の歴史は、兵士の生活のように、長い退屈と短い恐怖からできている)
と述べています。
 その前段では、
Though the theories of plate tectonics now provide us with a modus operandi, they still seem to me to be a periodic phenomenon. Nothing is world-wide, but everything is episodic.
(プレートテクトニクスの理論は、今、作用の仕組みを提供してくれるが、それでも周期的な現象のように思える。どれも世界規模ではなく、すべてが一過性である)
といっています。
 この著書の刊行当時は、プレートテクトニクスが学界で受け入れ、地質学ではもっとも華やかな時期でもありました。そこに、激変説的な現象を顧みて、短期間に起こる周期的現象が起こっているという考えを述べました。さらに広く捉えると、地質学的記録が、洪水や火山活動などの突発的な天変地異が繰り返されてできている重要性を強調したのです。
 また、エイジャーは、化石の記録から、上下の層で「化石の進化段階が数百万年分もスキップしている」ところが多数あることを示しています。連続して見える地層の境界線が、数百万年間の記録の欠落があること意味しています。「地層とは、ページの大半が破り取られた歴史書である」といい、ごくわずかな「残りカス」だけを見ているとも述べました。
 エイジャ―の「長い退屈と短い恐怖」の繰り返しの概念は、隕石衝突による激変説の登場前、プレートテクトニクスという斉一説のもっとも華やかな時期に述べられたものでした。整然と重なる地層は、斉一説の考えでは、均一で緩やかな変化の積み重ねに見えますが、多くの欠損を含んでいることも主張しました。
 地層の堆積のメカニズムが現在では明らかなってきたので、このような考え方は当たり前になりました。プレートテクトニクスという斉一説が華やかりしころに、地層形成メカニズムは激変説による事件の集積によるものという考えを、エイジャ―は示していました。
 エイジャーの考え方は、生物の進化が「停滞」と「急変」を繰り返すという「断続平衡説」へと繋がっていきます。それは、また別の機会にしましょう。

・大雪・
週末、わが町は大雪となりました。
近年稀に見る大雪でした。
明け方から昼間にかけて大雪になったので、
除雪がはいりませんでした。
道路が雪で埋もれ、1時間も車が入らなければ
スタックする危険性がある状態でした。
日曜日に歩いて帰る時、
車の入っていないところ、
人があまり歩いていないところは
深い新雪に埋もれていました。
ただし、除雪システムが整っているので
翌日には道路は通行可能になっていました。

・年度終わりに向けて・
大学は先週で後期の授業が終わり
今週からは定期試験になります。
来週には大学入試がはじまります。
来月末には、研究室の開けわたしになります。
それまでに、いくつか済ませておくべき
研究上の作業もあります。
大学は、年度末に向けて
慌ただしくなっていきます。

2026年1月1日木曜日

288 日本の習慣と宗教観:神道、儒教、仏教

 日本人は、暮れから正月にかけて、多くの人が恒例の年中行事となっている習慣がいくつもあります。そこには、日本に固有の信仰と呼ぶべきものがあります。それは、他国にはみられない、特徴的な宗教観となっているようです。


 明けましておめでとうございます。日本では、多くの人が、大晦日には、年越しそばを食べ、除夜の鐘を聞き、気の早い人は、除夜の鐘の直後に、初詣に出かけるのでしょう。元旦の朝には、家族が集まり新年の挨拶をし、雑煮を食べて祝います。年長者が年少者にお年玉をあげ、届いた年賀状を読んだりします。
 最近は薄れているかもしれませんが、これが日本の年末年始の習慣といえそうです。それぞれの行事を信仰としてみると、除夜の鐘はお寺で鳴らし、初詣は神社へ、正月の挨拶は家族の和、序列の重視や恭順、先祖への敬意は儒教など、さまざまなものがあります。
 日本では、年中行事やひとりの精神的背景の中に、仏教、神道、そして儒教という信仰が混在し、それぞれを時と場合に応じて使い分けています。それに加えて、クリスマスやハロウィーンなどキリスト教の行事もおこなっています洗礼を受けていないのに、教会で結婚式を上げることもあります。熱心な信者からみると、このようないろいろな信仰が混在した宗教観に混乱を覚えるでしょう。しかし、日本では、家族、コミュニティ、社会、そしてメディアも、年中行事を、その背景にある信仰にまで考えが及ぶことなく、不思議とは思わず受け入れています。
 西洋には、ユダヤ教、キリスト教やイスラーム教などの一神教が、多くの信者を集めています。古代ギリシアの宗教やヒンドゥー教などは、多神教として、インドからアジアに多くの信者がいます。仏教(上座部)や道教は、神に概念のない非神論的宗教となりますが、東アジアに広がっています。日本には、神道という古来からある土着の信仰があります。人間関係や社会秩序のための倫理や思想として儒教があり、中国から韓国、日本にも信仰されています。
 このような日本の宗教的な背景をもった習慣が気になったのは、科学と宗教の関係について、最近は研究で進めているためです。日本の習慣と信仰について少し考えていきましょう。
 研究者も人間なので、日常生活や家族、地域やコミュニティ、国、民族との社会との関係の影響、生まれ育ち、その地域の文化、受けた教育などの影響を色濃く受けます。その影響は、研究者という人間にも反映されているはずです。科学的方法論に則っている研究活動にも、多かれ少なかれ影響があるはずです。研究の遂行や成果、そのアウトプットに、宗教的タブーになるもの、自身の人間関係や文化、そして信仰を否定することになった時、どう振る舞うのでしょうか。
 欧米では、科学は宇宙や地球の創成、生命の起源、生物の進化など、地質学と生物学の成果では、特にキリスト教とは反する成果を出してきました。そんな時、研究者も、個人のレベルでも、学界や研究者階層のレベルでも、信仰と向き合うことになりました。その向き合い方は、宗教組織が社会における力関係などに応じて、変化してきました。この状況を、現在、まとめています。
 今後、日本や日本人の精神や文化、信仰への特殊性に考察を進めていくつもりです。その時、多くの日本人の信仰あるいは倫理の基盤が、神道、儒教と仏教にあるので、その影響は一神教のキリスト教社会とは明らかに異なったものになっていくと予想されます。
 日本では、「儒仏道三教一致」もといわれ、役割分担しながら、重なり合いながら存在していることが前提となっています。その上で、それぞれ信仰を概観していきましょう。
 神道は、特定の開祖はなく、明文化された教典や倫理体系もありません。日本固有の古代から自然発生的に形成されたもので、自然との調和や秩序、先祖や土地との結び付きを重視しています。ほかの地域にもあるような自然崇拝といえる思想とも共通しています。日本の神道では、清浄と穢れなどの概念が生まれました。加えて、現世の人間関係(家族と社会など)の共同体への安定も重視していきます。初詣だけでなく、誕生、成人、季節行事や収穫祭など、多くの日本人の生活習慣の中に組み込まれた信仰となっています。
 儒教は、中国(紀元前6~5世紀)で孔子が創始しました。日本には仏教と同時期に伝わり、古くから導入されていました。特に江戸時代には、朱子学が幕府の官学となり武士道精神や、陽明学として幕末の志士の精神的な支えとなりました。儒教は、宗教ではなく倫理観を重視し、そして政治哲学、社会秩序に関する思想体系となります。現世での人間関係と社会の調和を重視し、徳を身につけた「君子」になることを理想としています。学問や礼儀の実践を重視しています。神道や仏教と対立することはなく、補完する関係となっています。
 仏教は、インド(紀元前6~5世紀)の釈迦が開祖で、6世紀に朝鮮半島(百済)から伝わった外来の宗教ですが、現在の日本の文化に深く結びついています。死や苦(四諦:苦・集・滅・道)からの解放のために、戒律(五戒:不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒)や修行をすることで、悟りに到達すること(解脱)を目指します。煩悩や輪廻転生からの解脱を目指す実践的哲学体系でもありますが、現在の日本では、死から救済、死生観などを提供していくことで、日本の文化に深く定着しています。仏教には、創造神はない(無神論的)のですが、仏や多数の菩薩、あるいは解脱した人を信仰の対象とする宗教となります。
 神道は自然の中に八百万の神が存在し、仏教も多神教で、儒教は倫理観を重視しているため、いずれもゆるい信仰や信心となっています。それらが混淆し漠然と一体感をもった日本固有の宗教観を醸造しています。そんなことを感じています。

・年始には・
一富士二鷹三茄子がいいとされ、
かつては、枕の下に宝船の絵を
入れたりしていました。
現在はこんな風習は
ほとんどしなくなったでしょう。
暮れには年賀状を書いて送りました。
若い世代には、年賀状を送り合う習慣も
ほとんどなくなってきているようです。
時代は変化していきます。
年賀状だけでなく、手紙も
メールやSNSに代替されてきました。
便利さもありますが、
心や精神性が減ってきたように思います。
これは年寄の愚痴でしょうか。

・時代の趨勢・
私は大学からずっと親元を離れていましたが
特別な用事がない限り、
正月には帰省していました。
年末には恒例として次男が帰省してきます。
長男は夏にフェスを見るために8月に帰省しますが、
正月には帰省しなくなっています。
北海道という遠隔地でもあるのでしょうが
新しい時代の趨勢なのでしょう。
ですから、今回のエッセイの議論が理解してもらえるのは
私たちの世代だけなのかもしれませんね。