【新しいシリーズをはじめるにあたって】
今回から、仏教哲学シーリーズを加えることにしました。哲学的ではありますが、仏教という宗教的内容を解体しながら、地質哲学につながればと思って執筆します。一連の内容のエッセイとなっていますが、本編とは趣が異なっているので、異なった仏教哲学シリーズにして配信することにしました。期間限定となりますので、毎月15日に、配信していくことにしました。1年どの連載を考えていますが、伸びていくかもしれません。
このシリーズの内容は、次の論文への腹案としてまとめはじめたのですが、書いていくうちに、内容が、複雑で大気に渡り長くなってきました。できる限り、これまでのMonologと同じように、わかりやすく書くように心がけていこうと考えています。
そもそもこのエッセイでは、自身が考えていることで、まだまとまっていない萌芽的なアイディアであっても、書いていこうと思ってはじめたものです。ですから、まだ思索が完成してないものであっても、エッセイにしていくことは趣旨に反するものではないと思っています。ご了承いただければと思います。誰かの参考になれば幸いです。
さて、いつものようにエッセイをはじめていきましょう。
【本編の開始】
最近、冥王代前期への地質学的アプローチの方法論を探求しています。そこに仏教の哲学的思考法が、参考になると考えています。シリーズにして紹介していきますが、言語化不能な内容や領域があるのですが、言語化を試みてきましょう。
地質時代として、もっとも古い時代は、冥王代(Hadean)と呼ばれています。地質年代区分は、国際層序委員会(ICS)によって定められています。冥王代は、「地球上でもっとも古い岩石よりも古い時代」と定義されています。そのため、定義上、太古代は地球最古の地質学的証拠が見つかっている時代以降となます。
冥王代のはじまりは地球形成で、終わりは太古代のはじまりとなります。地球形成の証拠は、地球では見つかっておらず、確定できません。地球の材料と考えてよい種類の隕石の年代を適用して、45.67億年前とされています。
冥王代の終わりは、最古の岩石の年代で、40.31億年前からとされています。この年代は、カナダ北西準州スレーブ地域のアカスタ片麻岩からえられています。他の地域からも40億から38億年前ころの岩石が見つかっているので、ほぼこの時代に最初期の岩石の痕跡が残りはじめたことになりそうです。
冥王代は、地質学的証拠がないのですが、実は、冥王代の鉱物片は、各地から見つかっています。砕屑性ジルコンと呼ばれているもので、太古代の堆積岩の中の鉱物片として含まれています。多数のジルコン片で年代測定がされており、もっとも古いものが、43.74億年前となっています。それ以降の年代の破片も、同じ地層からも、他地域からも見つかっています。ですかが、地球全体として、ジルコンが形成されるような現象、そして砕屑物となって残るようなメカニズムが働いていたはずです。
しかし、砕屑性ジルコンは、年代区分に用いられていません。地質学的証拠として、年代以外の情報がえられず、時代境界の地質学的位置が示せず、時代区分の指標には適さないからです。
冥王代の地質学的細分は、地層がないので、本来ならできませんが、43.74億年前の最古の砕屑性ジルコン以降に、いろいろな時代のものが見つかるのは、意味があるのと考え、冥王代を前期と後期に分けることにしました。
冥王代後期に砕屑性ジルコンが見つかる理由をアブダクティブ斉一説として仮説を立てて議論を進めてきました。しかし、冥王代前期については、仮説はできても、検証ができない時代となります。冥王代前期は、科学的方法論が適用できない不可知の領域となります。
不可知領域は、地質学だけでなく、多くの自然科学の分野にあります。例えば、物理学では、物理定数(光速、万有引力定数、プランク定数、電気素量、宇宙定数など)がなぜ現在の値を持つのか、宇宙開闢以前の状態、開闢の原因、ブラックホール内部、現存する宇宙の外側などが不可知領域となりす。また、生物学では、なぜ4種の塩基対だけでDNAが、20種のアミノ酸だけでタンパク質が構成されるか、地球生物以外の宇宙生物の実態、DNA以外の遺伝機構、20種のアミノ酸以外の組み合わせの生物などが不可知です。このように、すべての科学の体系には、至るところに不可知領域が内在されています。
不可知領域を探求しても、仮説ができても検証はできません。不可侵領域として触れないようにするのか、それとも仮説のままでいいとするのか、なんとか対処法を工夫するのか、大きな分かれ目となります。不可知領域への対処法を、現在、探すことを研究テーマにしています。
これまで、冥王代前期への対処として、「科学的仮説構築」のために、冥王代前期の周縁領域からの外挿を試みてきました。地球の冥王代後期や太古代については素材があり、そこからそれぞれの時代の地球の状態や変遷が科学的方法論に基づいて読み取られています。地球史で検証されている時代の状態や変遷を、過去に外挿していきます。間接的ですが、外挿からのアプローチで、冥王代前期についての状態や変遷に関する作業仮説をつくることが可能です。
隕石を対象にした研究成果を用いれば、地球や他の天体の素材の破片とみなせるので、地球の材料相当の情報がえられます。隕石の年代測定した素材から、同一時間軸をもった、形成場や状態の情報がえられます。太陽系の材料、太陽形成の情報、地球の素材に相当する隕石、地球と同時期にできた天体の素材の科学的情報もえられます。つまり、隕石学の知見を用いれば、太陽系形成、地球形成前、地球の材料(地球形成中)、同時にできた天体(太陽系形成中)など、多様な情報がえられます。地球外で冥王代以前の情報を、地球形成や冥王代前期に外挿していくこともできます。
他にも太陽系の個別の天体に関する惑星科学、系外惑星の情報、惑星形成のシミュレーション(太陽系形成や地球初期過程、月形成など)の結果なども参照しながら、冥王代前期の概要を推定してきました。
これらのアプローチは、科学の領域内での科学的対処でした。つまり、科学的方法論の則った手法で進めたのですが、最初に述べたように、検証不能、不可治領域となり、限界がありました。これまでと全く異なった視座でのアプローチでないと、不可知領域へは深く進入できないと感じました。
現在、打開策として、科学ではない方法論の導入を試みています。哲学や、宗教学などの人文知の方法論です。
これまで、西洋における科学と宗教の関係をまとめてきました。西洋において、宗教と哲学は異なった源流や系譜を持ちながら、互いに交わりながら、やがては異なった道を歩むことになってきました。西洋の歴史では、科学の成果が宗教的教義を修正、否定する場面が、度々起こりました。科学の越境に対し、宗教はどう対処してきたのかは、これまで研究されてきました。対立、独立、対話、統合などというキーワードで、いろいろと関係を変えてきたことがわかってきました。その考察は、主にキリスト教を代表とする宗教が中心となっていました。
ところが、仏教を見ると、科学との対立もあまり起こってきませんでした。これは、重要な示唆だと感じました。仏教の思想には、哲学的要素があり、独自の方法論をもっています。仏教を中心とする仏教哲学の方法論が、もしかすると、不可知領域への対処法にならないかと、現在考えて探っています。
このエッセイでは、今後シリーズとして、仏教哲学を学び、考えたものを、紹介していこうと考えています。
・シリーズ紹介・
仏教哲学のシリーズでは、
1年ほどの連続エッセイで紹介してく予定です。
回数や内容には変更があるかもしれませんが。
次回から、まずは導入として
仏教の哲学、口頭伝承、哲学の全体像
を書いていきます。
次に各論として、
苦、無我、縁起、空と色、唯識、
不立文字、無記、三学と八正道
について書いていこうと考えています。
現状で、かなり書き終わっているので、
毎月、配信していこうと考えています。
・環境変化に伴って・
このエッセイは、今回はじめて、
Monologでの別シリーズとして配信しました。
シリーズとしてエッセイは、
もうひとつの週刊エッセイ「地球のささやき」では
繰り返し使ってきた方法でした。
今回、このようなシリーズにしたのは、
現在、作成の論文をしており、
その思索の過程を示している内容に当たります。
教員をしている間は、時間が限られていたのですが
退職してからは、考える時間が増えてきたこと、
研究環境として自宅が中心になったことで
精神的に余裕ができてきたためでしょうか。