2007年2月1日木曜日

61 推定と創造:地質図に織り込まれた4次元(2007.02.01)

 野外調査をするとき、地質学者はどんなことをしているのでしょう。そして野外調査をしたデータは、どのような処理がされるのでしょうか。

 地質学者の仕事の始まりは、野外で調査をすることです。地質調査では、大地を構成している石や地層がむき出しになっている川底や崖を詳しく調べてきます。柔らかい地層では掘り出すこともあります。そのような石や地層が出ているところとを、露頭といいます。
 調査をするとき、地質学者は露頭に向かってとして、いったい何をしているのでしょうか。もしろん露頭を構成している石や地層を詳しく眺めていきます。
 以前、私は、先生から、大きな露頭に向かうときの心構えを教わりました。まず、タバコの一本も吸う間くらい、露頭の全貌を離れてじっくりと眺めなさいということでした。遠目で大きな露頭を眺めると、細かいことは見えません。でも、大きな変化は見ることができます。大きな露頭での大きな変化は、その露頭だけの現象でなく、より広域の現象となる可能性が大きいからです。
 では、変化とは何かでしょうか。変化を知るには、まず普遍を知らなければなりません。普遍とは、その露頭を代表する石を見つけ、よく観察することです。そして、次に、なぜ変化をしているかを見ていくことになります。もちろん、代表的な石を目的に応じて、採取していきます。変化とは、普遍でないこと、連続していないことです。不連続には、境界がある場合と漸移する場合があります。いずれも変化です。
 漸移して変化する場合は、連続的に試料を採取して、その変化の原因や成因などを探っていきます。
 境界がある変化は、地層面、侵食面、不整合面、断層面などで起こります。境界面が重要な意味を持つことになります。そのため、境界面を測定していかなければなりません。面とは、3次元空間に存在する2次元の曲面もしくは平面です。
 平面の場合は、走行と傾斜と呼ばれるものを、クリノメーターという道具で測定します。傾いた地層面があるとします。その地層面の水平線を求めます。その水平線の方位(走行)を測ります。次に、その水平線に直行する下る方向の傾斜の線の方向と角度をクリノメーターで測定します。
 クリノメーターには、コンパス(方位磁石)の針と傾けると自由に動く針がついています。ただ普通のコンパスとは違って、コンパスの文字盤には、東西が逆に書かれています。クリノメーターを向けた方向は、北のコンパスが指す文字の位置で読み取ります。何も考えなくても、クリノメーターを向けた方位が正確に読み取れます。ですから測りたい面の水平線を見つけて、その方向と平行にクリノメーターを当てると、地層面の方位、つまり走行が読み取れます。
 また、自由に動く針は、クリノメーターを横に立てて使うと、常に下を向きます。その針をぶらぶらさせた位置で文字盤に書かれた、角度の目盛りで読みとれば、面の傾斜角を測定をすることができます。
 クリノメーターの動作原理と使用法は、文章で書くと分かりにくいのですが、実際に操作してみるとそれほど難しくはありません。今では、電子クリノメーターもできてきました。そしてデータも記憶してくれます。あとでコンピュータに取り込むこともできます。
 走行傾斜を測るときの問題は、地層面が平ではなく、でこぼこしていたり、曲がっていることがあるため、その崖の一般的な面を決めることの方が難しいほどです。馴れれば、それほど難しくはありませんが、最初のうちは戸惑います。その馴れが、経験というものでしょうか。
 野外調査で重要なことは、一つの露頭でもよく見ると、多数の地層、侵食、不整合、断層などの面があります。そのうちどれが地質学的に重要であるかの目星を、野外でつけておかなければなりません。できるだけ早い段階に、その目星をつけておくと、露頭の観察でも、重要な点に絞った調査ができ、効率的になります。
 地質学を始めた頃は、私もどの面が重要かわからず、苦労したことがあります。そして室内で作業や実験をして、重要性に気づいて再び調査をしたこともあります。これも経験でしょうか。先生の言葉は、この目星をつける極意を教えてくれていたのかもしれません。
 さて、クリノメーターを使って、大地にある地層、侵食、不整合、断層などの面情報を、広域にわたって記録していきます。野外調査によって得られた走行傾斜の結果を、地図に多数プロットしていきます。面の情報は、地図の上では2次元ですが、もともと3次元情報を読み取ったものです。ですから、3次元的に復元することができます。大地で3次元的とは、地形図が大地を2次元的に表しているものだとすると、3次元目は天地であります。地とは、地下への分布です。天とは、今は削剥や侵食で見ることができませんが、もとはあったはずの石のことになります。
 地下の分布を考えていきましょう。地質学的に重要と思われる面をなんとか見つけたとしましょう。丹念に調査すれば、地図上に調べた露頭ごとに境界線を表すことができます。もちろん露頭がなくて見えないところにも、境界線はあるはずです。
 そのような見えない境界線を正確に推定するには、地質図学という手法で、図面上で求めることができます。
 例えば、お菓子のバームクーヘンがあるとします。バームクーヘンには年輪状の輪があります。この輪ですが、包丁でさまざまな方向に切ってみると、切りようによって、輪に見えたり、放物線に見えたり、直線に見えたりします。地質図学とは、露頭で見た地層の切り口から、地層のもともとの分布を再現したり、境界面がどのように続いているかを推定する方法です。この地質図学は幾何学的なものですから、科学的で客観性があります。
 地形は、地層や石ができてから侵食を受けたものです。ですから、バームクーヘンの年輪模様が地層面にあたり、切り口が露頭あるいは地形などに当たります。ちょっとやってみるとわかるのですが、正確に図学でたどるのは、なかなか大変です。しかし、規則正しく地層が広がっていれば、つまり走行傾斜が変わることがなければ、地質図学は非常に有効です。今ではコンピュータのソフトウェアで行うことも可能です。
 狭い範囲で走行傾斜が安定していても、広域で見ると、走行傾斜はかなり変動することがあります。また、地質学的な境界面には、もともと不安定な面があり、図学では境界線を描けないものもあります。例えば、マグマが貫入したり流れたりした面、断層面、不整合面など、面自体がでこぼこしているものもあります。ですから、どうしても実際の地質図では、図学が通用しないところもあります。
 となると、一応図学を理解しながら、あとは実際に確認した境界面をたどりながら、一番矛盾のない境界線をフリーハンドで描いていくことになります。図学の推定にもとづいて、境界線を野外で新たに探すことも必要となることがあります。それでも辻褄があわなければ、推定断層などの不連続の境界をつくり、描かれることがあります。
 他の地質学者がみて、わかやりすいもの、筋の通っているものが、いい地質図となります。それは、経験や熟練の賜物となります。もちろん地層面などの境界線は、実在すべきものです。ですから、真実は一つのはずです。でも、残念ながら人間は、地下を覗くことができません。できることは、せいぜい地表を歩いて走行傾斜を測るだけです。地下の情報や境界面の地下への広がりは、推定しかできません。
 地質図を作成するということは、想像ではなく、ある根拠に基づいた推定となります。地質図学が使えるところは、その推定の精度は高くなります。そして精度のいい地質図ができれば、そこから地質断面図を作成することが可能です。地質断面図とは、地下へ境界面がどのように延長するかを推定するものです。それは、いよいよ必要となれば地下を探ること(掘ってみたり、ボーリングするなど)で、検証可能なことです。ですから、想像ではなく科学的な推定となります。
 では、天への分布はどうなるでしょうか。地下と同様に、地質図学によって今は亡きものを推定することになります。しかし、もう地層や石はなくなっているのですから検証はできません。ですから残念ながら永遠に検証できない推定となります。
 さて、地質学者は何のために地質をつくるのでしょうか。いろいろな目的がありますが、最終的には大地の歴史を探ることになるはずです。その地層や石は、いつ、どこで、どのようにしてできたのか、ということを解明することです。
 地質図は、2次元の図面でしたが、そこには3次元の情報が盛り込まれていました。しかし、地質図はもっと奥が深く、大地の歴史という時間の流れを読み取ろうという目的があります。時間が第4番目の次元として地質図にはあります。地質学とは、地表の野外調査から、天や地を推定し、過去を探るという4次元の復元を目指す学問です。過ぎ去った過去は、二度と繰り返すことはありません。地質図は、その過去の時間を、地質学推定から創造していくことを意味しています。

・4番目の次元・
私はかつては、上に示したような野外調査をしていました。
今でも、露頭や石を一杯見ますが、露頭で観察と共にすることは、想像です。
その想像は、大地の生い立ちに向けたものであったり、
大地の神秘を解明した科学者への思いであったり、
人と自然へのかかわりであったり、
地球や生命、宇宙の営みであったりします。
そんな多様を思いを感じるために、
歴史的に有名な露頭や、自分が重要だと思う露頭に立ちます。
感じてそして想像するのです。
少し地質学の本来の手法とは違いますが、
4番目の次元を目指す点では、同じだと考えています。

・野外調査のデジタル化・
今ではデジタルのクリノメーターができています。
そのデータはコンピュータに日時と共に取り込むことができます。
あるいは野外で地図をGPS付のPDAに入れ、
測定したクリノメーターのデータを入力するソフトもあります。
デジタルクリノメーターは、地層に当てるだけで走向・傾斜が
コンパスの針の振れが収まるまで待つという
煩わしさからも開放されます。
またそれらのデータをコンピュータで取り込み、
境界面の地質図学を使って自動で計算してくれるソフトもあります。
このように野外調査のデジタル化も進んできました。
何もかもデジタル化で地質学者の出番が
なくなっていくように思えますが、
人間にしかできない作業に
重点が置けるようになったと見るべきでしょう。
普遍と変化を読み取り、境界を見極めて測定点を決め、
境界の重要度を判断するのは地質学者の仕事です。
その重要性はどんなに時代が進んでもなくなることはないでしょう。
そして大地の生い立ちを解明するということも
地質学者しかできないことでしょう。
地質学者が他の分野んの科学者と比べて苦労していた点を
最新機器が手助けしてくれているのです。