2022年10月1日土曜日

249 中心仮説を諦めない:抽象化の果に

 研究とは仮説を検証、証明していくことになります。仮説ができても、解けそうもないものは研究対象にされません。解けそうなものを仮説にしていきます。仮説を解くために要素還元主義が不可欠になりそうです。


 先日、週刊メールマガジン「Earth Essay 地球のささやき」で、ある論文を紹介していました。その論文では、始原的なタイプの炭素質コンドライトを地球の材料と考えて議論を進めています。この考えは、多くの研究者が受け入れています。次に、あるモデルを用いて現在の地球の平均的は組成を推定しています。これも、多くの研究者が受け入れています。炭素質コンドライトと現在の地球の成分と比べています。すると、表層の大気や海洋を構成している成分が、枯渇していることがわかってきました。
 地球の全体的な変化は、地球の初期、形成期の激しい変動時に起こったのではないかと、一般的に考えられています。その論文でも、多くの一般的に信じられている前提の基づいて、初期に起こったもっとも大きな異変として、マグマオーシャンを設定してシミュレーションを用いて検討されました。枯渇した成分に対して、いろいろな過程が考えられましたが。ところが、マグマオーシャンの出来事だけでは、枯渇の様子を説明できません。
 そこで初期に起こった別の出来事を考えていきました。マグマオーシャンが固化した後、小天体が激しく衝突し天体が集積する事件(後期爆撃と呼ばれています)があります。この事件も、これまでの研究で検討され、定説となっているものです。論文では、後期天体爆撃事件を想定してシミュレーションがなされました。その結果、衝突によって、ある成分が剥ぎ取られることで、現在の比率になることがわかってきました。また、大気を効果的に剥ぎ取るためには、サイズの小さい天体が、多数衝突することで、現在の枯渇状態が再現できました。この論文は、それが新知見として報告しています。
 この論文を紹介しながら、研究姿勢、抽象化、そして課題について考えました。
 まずは、研究(者)の姿勢です。この論文を書いた研究者たちは、結論が出るまで(成分の違いが説明できる)諦めることがなく、次々と可能な仮説を立てながら、検討(シミュレーション)を続けました。求めるものがえられるまで、諦めない気持ちが、研究では大切だという好例です。
 次に、物事の考え方を抽象化していく必要性です。上の論文の方法論で抽象化していきましょう。現在の物質(この論文では、地球、以下同様)と材料(炭素質コンドライト)を比べたところ、成分には違いが見つかりました。その違いは、物質が現在に至る過程のどこかで生じたと想定されます。物質の変化過程で、もっとも変化の激しい時期は、形成初期だと考えられます。最初の事件(マグマオーシャン形成、核と揮発性成分の分離)で起こる変化を仮定しました。ところが、それだけでは違いがすべて説明できませんでした。次の事件(後期天体爆撃事件)を仮定して考えを進めました。その事件で起こる元素の再配分(剥ぎ取り)を考えたところ、違いを説明できました。
 このように抽象化して方法論を考えていくと、地球だけでなく、材料と形成後の物質の違いを考えるとき、思考の方針になるはずです。ここまでは、エッセイで書いた内容でした。
 エッセイを書いたあと、もやもやした気持ちが残っていました。後に考えていくと、もやもやは、自身の思索がもっと深められたはずだ、もっと抽象化を進めれば違う見方もできたはずだということに気づきました。そのもやもやを、研究姿勢と抽象化として考えていきましょう。
 まず、研究姿勢についてです。論文では、ひとつの事件では変化を説明できず、次の事件へと探究を進めて解決しました。もし2つ目の事件でも解決できなければ、彼らは次なる事件へと進めていったはずです。その諦めない気持ちが重要ですが、その進め方への疑問です。
 地球の歴史でいえば、長い時間が経過しているので、つぎつぎと事件と求めて原因探しができます。もし、ひとつの事件でしかある変化が起こらないと想定されるのであれば、その事件で説明できれなければ、どんなに諦めない研究者でも、その事件での解決は諦めなければなりません。
 もし多数の事件があり、その順に起こるか不明の場合、事件の組み合わせは膨大になります。そのような膨大な数に対して、どんなに諦めない気持ちがあっても、解ける見込みは小さくなります。それでも諦めずに進めていくでしょうか。そもそも数に圧倒されて、虱潰しに順番に当たろうなどという研究方針はとらないでしょう。
 つまり、諦めない気持ちも、限りある対象で、順番に進めればやがて解けるだろうという期待感があったため、それがモチベーションになったのでしょう。
 次に、抽象化をさらに進めることができます。材料と現在の物質との違いの発見とその探究という抽象化しました。現在の物質と材料には、大雑把には似ているという前提があり、詳しく調べると、違う点が見つかりました。物質には、置かれている条件が異なっていたり、長い時間が経過すると、変化するものがあります。一般に、自然界の物質は、地球や宇宙が変化していているので、それぞれがそれなりに変化しているはずです。つまり、「自然界で長く置かれたものは変化する」という前提は置けそうです。
 変化の発見(材料と現在の物質)は、変化前後での比較によって、類似と相違の区分ができるということです。類似は、材料(原因)と現在の物質(結果)の因果関係を示す重要な根拠になっています。また、相違の発見は、原因(材料)と結果(現在の物質)には違う点、つまり変化自体の発見を意味します。変化を発見し、その過程を探究することは、材料から現在の物質へ至る履歴を探ること、時間軸とつけて変化を見ていくことになります。
 ここまで抽象化を進めれば、原因と結果の比較は、変化の発見につながり、変化の探究は時間変化の解析につながる、という抽象化ができます。これは、普遍的な命題になりそうです。
 さらに上で述べた研究姿勢と抽象化を合わせたものにたいして、ラカトシュの研究プログラムの構図が、あてはまるのではないかと思い浮かびました。
 研究プログラムとは、「堅い核」と呼ばれる中心命題と、その周辺につくられる「防御帯」となる補助命題群からなります。研究プログラムでは、中心命題を反例から守るための考え方でした。
 研究プログラムと、上述の論文あるいは抽象とは、方向性が違っています。しかし、中心命題を「証明したい」仮説、補助命題群を「複数の事件で説明する」という仮説と考えると、議論の進む方向は異なっていますが、構図(抽象化したもの)が似ています。
 論文では、証明したい変化(中心仮説)を、重大な事件(補助仮説)を次々古いものから順にと用いて説明しよう(反例から守る)という方法論です。中心仮説は周辺仮説で解決できる、変化は事件の組み合わせで説明できる、という期待のもと研究が進めました。
 これは要素還元主義的方法論になっています。この方法論を選んだ時点で、諦めなければ、解けるという期待ができます。研究者も人間です。無数の組み合わせであれば、チャレンジしないでしょうが、限りあれば取り組みます。
 研究で成果を上げるとは、要素還元できるかどうかにかかっているような気がします。あまりに抽象化しすぎでしょうか。

・シルバーウィーク・
シルバーウィークは、台風の影響を受けた地域も
多かったのではないでしょうか。
私がいつもの生活をしているので、
我が家も特別なことはなしです。
連休の初日に、二人分の寝具の更新のために
街へ買い物にいきました。
テイクアウトは時々していますが、
ここしばらく外食はしなくなりましたが、
その時、久しぶりに外食をしました。
街での昼食と買い物を楽しみました。

・紅葉・
9月下旬になり一気に涼しくなってきました。
朝夕はそろそろ暖房が欲しくなってきました。
ストーブの準備を考えています。
紅葉もはじまってきました。
落ち葉を使う実習があるのですが、
まだ落葉していいなので
講義を一週休校にして拾いに行く予定を組んでいますが
今年の紅葉はどうなるでしょうか。