2012年12月1日土曜日

131 盲した巨人がみた素数の大地


 欠陥はないほうがいいに決まっています。しかし、欠陥を承知の上で、あえて欠陥付きで示すことにも、もしか重要な意義があるかもしれません。その意義は、遠くの肥沃な大地が見える巨人にだけ、許された特別な能力かもしれません。オイラーは、そんな能力をもった巨人だったのでしょう。


 オイラー(Leonhard Euler)をご存知でしょうか。非常に有名な数学者ですので、多くの人は名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう。数学でも多くの業績を残していますが、物理学や天文学でも業績を残しています。
 オイラーは、1707年4月15日にスイスのバーゼルに生まれ、1783年9月18日にロシアのサンクトペテルブルクで一生を終えました。若い頃に右目を失明して、以降片目だけで研究を続けていました。数学は片目でも支障がないので、能力を如何なく発揮しました。天才的な能力、なおかつ膨大な成果をあげ、それを論文に残していきました。数学の巨匠としての能力も実績があったので、ギリシア神話の片目の巨人サイクロプスの異名で呼ばれていました。
 オイラーは、若い頃から才能を発揮していました。20歳の時には、ロシア帝国のペテルスブルグ王立学士院で職を得て、以後、死ぬまで給料をもらい続けていました。1740年から26年間はプロシアに滞在していたのですが、その間も学士院から給料が払われ続けました。オイラーは、生涯ロシア皇帝あるいはエカチェリーナ1世や2世の寵愛を受けていたようです。
 59歳の時に左目も白内障で失い、全盲になってしまいました。しかし、全盲になって死ぬまでの17年間も、論文を書くスピードは変わらなかったといいます。論文の生産のスピードたるや、尋常ではありませんでした。
 スイス自然科学協会が、1909年、オイラーの著作全集の刊行を計画しました。当時、500篇ほどの論文があるといわれていました。ところが、調べてみると、ペテルスブルグから新たに400篇近くの著作が見つかりました。現在わかっているだけで、886篇の論文があるようです。
 著作量は、論文で800 page/yearになるといいます。単なる文章ではなく、数学的な成果を報告するものですが、数学者の一生分の研究業績を一年で書いていたことになります。その生産量を生涯にわたって継続していたのです。もちろん、全盲になった後の17年間も口述筆記で同じ生産量を保っていたそうです。オイラーの死後、未発表の論文が47年間もかかって公開されたそうです。
 まさに、巨人です。
 オイラーの名前のついたものが、数学の世界にはいっぱいあります。オイラー数、オイラー積分、オイラーの公式、オイラーの等式、オイラーの五角数定理、オイラーの定数、オイラーの定理、オイラー標数、オイラー法、オイラー予想・・・・などがあります。私の知らないものも一杯あります。
 そんな中でオイラーが見つけた一つの式があります。この式は、素数をつくる式(素数生成式)として有名なものです。
  f(n)=n^2+n+41
として示されています。ここで、nは0と自然数で、n^2はnの2乗を意味しています。
 この式で、実際に計算してみると、nが0のときf=41(以下→で示す)、1→43、2→47、3→53、4→61、5→71、6→83、7→97、8→113、9→131、10→151・・・と、確かに素数になっています。素数のすべてを網羅しているわけではありませんが、素数を作り出すには便利な式です。
 ところが、この公式は、n=39までは正しいのですが、n=40でだめになります。なぜなら40のとき、この公式は41×41と素因数分解できます。このような「欠陥」は、もちろんオイラーも承知の上でした。
 n=40、41、42は素数ではないのですが、42の先でもこの式は素数を次々と作られていきます。nが60までみていくと、素数でないのは、n=40、41、42、44、49、56、57で、あとのnではすべて素数になります。非常に面白く、素晴らしい式です。
 実は、オイラーは、
f(n)=n^2+n+q
という式で、qが素数の2、3、5、11、17、41のとき、nに0からq-2の値を代入すると、素数になることを知っていました。一番大きなqである41が、39まで素数を生成できる式となります。
 ですからオイラーの総数生成の式は、「欠陥」ではなく、n^2+n+41が一番効率のよいことを、オイラーは知っていたのしょう。そもそもこの式を、オイラーはどうして気づいたのでしょうか。この式は単純ですが、非常に不思議です。なぜこのような式が見いだせたのか、論文には書かれていないようです。
 私は、オイラーの論文も、この素数生成式誕生の経緯も知りません。単なる個人の当て推量として、以下述べます。間違いがあるかもしれませんので、ご了承ください。
 素数生成式として有効なのは39までで、これは大きな制限となります。暗算の達人オイラーは、q=41でもn=40で式が成り立たなくなることは、直感的にで見抜いたはずです。しかし、その先のnで、素数を効率良く生成していくことも気づいていたはずです。素数生成式としては「欠陥」があるのですが、素数を生み出すのには、非常に効率のよい式となります。オイラーは、そこに重要性を見出したのではないでしょうか。
 今では、この素数生成式が、1000万以下のnに対して47.5%の確率で素数を生成されることがわかっています。こんな単純な式で、これほどたくさんの素数を効率よく作れるということは、素晴らしいことです。そして、非常に不思議です。
 オイラーは、この式の「欠陥」より、n=40より先に広がる、素数の不思議な大地を見ることの重要性を示したかったのではないでしょうか。素数の謎を解く手がかりが、この式の先にあることにオイラーはうすうす気づいていたのかもしれません。すべての素数ではありませんが、素数の出現には規則性があるかもしれないことを暗示しているのかもしれません。この素数の規則性を手がかりに、後進たちが、数学の新しい世界を広げていくことに期待したのではないでしょうか。
 素数の出現頻度は、素数分布の研究となります。素数分布の研究を拡大してくと、いろいろなことがわかります。1859年にリーマンが書いた「与えられた数より小さい素数の個数について」という論文の中で、個数の予想を提示しました。それが後にリーマン予想とよばれる難問となりました。
 素数の分布密度こそが、素数生成式の先にあるまさにオイラーが見た大地ではなかったでしょうか。オイラーは、素数についていろいろな研究をしていました。素数(p)による関数
p^2/(p^2-1)
を次々とかけていきます。p=2なら2^2/(2^2-1)、3なら3^2/(3^2-1)、5なら5^2/(5^2-1)、7なら7^2/(7^2-1)、という項を次々とかけていきます。オイラー積といいます。すべての素数(無限個あります)による積をつくると、その答えはなんと、6/(π^2)という単純な値になります。すべての素数を用いた関数をすべての掛けあわせると、なんと円周率で表現できるのです。これが我々の住んでいる大地なのです。
 この関数の2乗をxにして表現したものが、ゼータ関数(ζ)になります。リーマンは、ゼータ関数が0になる点を4つ求めました。すると、それらが直線に並んでいることを発見しました。これ以外のまだわかっていない(自明でない)ゼロ点も多分一直線上になるのではないか、これがリーマン予想となります。数学の言葉でいうと、「ゼータ関数の自明でないゼロ点はすべて一直線上に存在する」という予想になります。
 オイラーは、すべての素数を用いた関数が円周率πと関連することを知っていました。オイラーの簡単な関数素数生成式は、素数の分布に規則性がありそうなことを示しました。リーマン予想が証明されれば、素数の分布に規則性、意味があることになります。これが、リーマン予想の重要な鍵となります。リーマン予想は、未解決のままです。やがて、誰によって解かれるのでしょう。
 リーマン予想の証明されれば、素数の分布が状況が判明し、もしかすると素数の効率的な見つけ方がわかるかもしれません。現代社会において、素数は重要な役割をになっています。今では、インターネットのセキュリティは2つの大きな素数とその積を利用して暗号化されています。大きな素数が簡単に見つけることができれば、もしかする今までのセキュリティが破られるかもしれません。リーマン予想の証明は、困ったことを招くかもしれません、セキュリティの欠陥も新たな地平を見せてくれるかもしれません。
 欠陥はあるけど、簡単で不思議な式。欠陥の先に広がる大地の肥沃さを感じることができるかどうか、それが重要なのでしょう。セキュリティの破れの先に、オイラーが見たような素数の豊穣の大地が広がるのではないでしょうか。盲(めし)した巨人には、豊穣の大地が「見えた」のかもしれませんね。

・ペレルマン・
リーマン予想はポアンカレ予想などとともに、
ミレニアム懸賞問題の一つとなっています。
賞金が100万ドル(約1億円)の懸賞がかけれられています。
ポアンカレ予想は、2002年に
ロシアの孤高の数学者グリゴリー・ペレルマンが証明しました。
数学のトポロジーという分野の問題として
多くの数学者が取り組んでいました。
ところが、ペレルマンは、
微分幾何学と物理学の手法を使って解きました。
その内容は検証され、正しいことがわかりました。
ペレルマンはフィールズ賞やミレニアムの懸賞も
その受賞を拒否したのです。
清貧で孤高の巨人ペレルマンには、
証明の先に、どんな大地が見えていたのでしょうか。

・オペラ オムニア・
オイラーの業績は、
「オペラ オムニア(著作全集)」として
全73巻が発行され、
そこでは866篇が公開されています。
オイラーは、ラテン語、フランス語、ドイツ語など
さまざまな言語で論文を書いています。
今では、オイラーの論文は
データベースとして公開されています。
以下のサイトにあります。
http://www.math.dartmouth.edu/~euler/
ここにはすべての原著論文が
デジタルで収納されています。
多様な言語でかかれていますが、
タイトルだけはすべて英語化されています。
大変な作業だったと思いますが、
それをだれでも閲覧できるように公開されています。
数学者や数学史の研究者にとっては、
得難いデータでしょうね。