2021年10月1日金曜日

237 虚と実と間で:岩石の合成実験

 かつては、虚と実は、悩むことはなく明瞭なものでした。デジタル化が進んでくると、虚と実の境界が曖昧になってきました。大学の遠隔授業でも、虚実の境界が曖昧になっていることが気になっていることから、考えました。


 「虚業」という言葉があります。投機的なビジネスや堅実でない事業、あるいは実態のないものの売買、実態があっても書類上の操作で利益をえる事業など、あまりいい意味では使われていません。しかし、現代社会では、多くの処理がコンピュータを用いて進められています。
 例えば、買い物も、インターネットで実物をみることなく注文し、現金を使うことなく電子マネーやクレジットカードなどで決済し、人と顔を合わせることなく、実物が手に入ることで完了します。最後の実物を手にする以外は、すべてデジタルの状態で進行します。この流れは、虚の世界での動いているようです。実の部分は、商品を作っているところ、商品を運搬するところ、買った人が商品を手にするところだけで、あとは見えない虚となります。最近の売買の多くは、虚が、多かれ少なかれ介在するようになってきました。
 虚業の反対が「実業」で、その意味は「農業、工業、商業、水産などのような生産、製作、販売などをする事業」などと書かれています。昔は、この説明でよかったのでしょうが、現在では、虚業か実業か、どちらに区分すればいいのか、迷ってしまうものもあります。
 現代社会では、情報とサービスだけで完結する業種も多くなり、重要性も大きくなってきました。GAFAのうち、GoogleやFaceBookは、情報操作で莫大な収入をえている企業です。利用者は、無料で情報をやり取りができて、大きな恩恵を受けています。利用者の無料の恩恵である情報検索や情報発信の行為が、効率的な宣伝をおこなうのに重要な情報となるため、それを欲する企業に提供することで利益を得られるというビジネスモデルです。類似のビジネスが多くなってきました。このようなサービス業は、虚業に見えます。
 接客や営業のようにサービスが、直接、人へとなされていれば、商業活動の一端となり、実業と呼べそうです。教育も、人を育てるというサービス業といえます。しかし教育でも、通信教育ではデジタルですべて進行し、教材と課題、添削という手順で完結するようなものでは、虚の部分が多くなってきます。
 教育の基本は、扱っているものは、情報が中心で、学ぶ手段として道具や人的交流があります。道具や人的交流がなくても、教育は学ぶという目的さえ達成されれば完結できます。必要とする人へ、情報を提供できれば、ものや人が直接動く必要はありません。そのような教育は、虚業となるのでしょうか。
 大学の遠隔授業の一部には、そのようなものがあります。対面でない教育には、虚の部分が多くなっていくようです。通信教育や遠隔授業による教育では、虚の度合いが多くなり、虚と実の境界が曖昧に思えます。
 ここからが話題が地質学になります。科学の世界でも、虚実が入り混じっています。虚が、大規模な装置や複雑な手順を踏んでいると、その結果は本当らしく見えてしまうことがあります。
 シミュレーションと呼ばれる計算機実験があります。シミュレーションは思考実験の一部といえますが、通常の思考は人の頭の中でおこなうものですが、そこでは直感で判断してもよく、厳密さはなくてもよいものです。厳密さを求めるならば、理論的に解決しなければなりません。しかし、関係する方程式がわかっていても、理論的に解けない問題も多々あります。そんな問題でも、コンピュータを用いて計算を工夫することで、なんらかの解をえて、その解を現実に当てはめることで、可能性を示す方法がシミュレーションとなります。
 最近では、ビックデータを用いたAIによるシミュレーション、「京」や「富嶽」などの超高性能のコンピュータによるシミュレーションの研究成果をよく聞くことがあります。地質学でも、地球深部の物質の状態やマントル対流、大規模な海流、将来の気候変動を探ることに、大型計算機を用いたシミュレーションがおこなわれています。
 地球深部の岩石の状態を探ることを例に考えましょう。
 地球のある深度の物理条件(温度圧力など)は、他の方法で推定されています。深度が浅ければ、岩石試料として入手できることもありますが、深けれれば他の方法で岩石種や組成が推定されているものを用います。
 求めたい条件や状態が、方程式にできれば、理論的に解くことができます。しかし、方程式には解けないものも多くあります。偏微分方程式が入っていれば、解くことが難しいので、解ける形式の近似式にして計算していくことになります。近似計算で、シミュレーションしていきます。ある物理条件(初期条件)で、シミュレーションをしなんらかの結果がえます。他の方法で求められている観測データと結果が、一致しなければ、初期条件や方程式や計算方法などを、許容範囲で変化、変形、変更しながら、再度結果を求めていきます。そして、その結果が、観測データと一致すれば、それはひとつの可能性を示しています。
 ただし、シミュレーションの中の計算は、近似計算になり、そこには誤差が含まれています。誤差を見積もることもできますが、あくまでもその式がその現象の真の方程式であるという前提がなければなりません。また、条件を数値化する段階、近似計算にする段階、計算結果の数値を解析する条件など、いろいろ手順を踏みながら、結果を出し評価をしていきます。そのため、いろいろ過程で数値の多様性、任意性が発生します。そのような場合、多数の結果を選択して評価する時に、研究者の恣意性が入る可能性もあります。
 また、複雑系になる方程式が入っていれば、少しの条件変更で結果が、大きく左右されていくこともあります。複雑系が混入した結果では、繰り返し計算が多くなると、結果もじゃ不確かさが増してくることもありえます。
 ここまでは、上述の情報のみを扱う虚の話に対応します。教育などのサービス業に対応する例もあります。
 地質学にはシミュレーションの一種とも考えられる合成実験があります。これは、上部マントルの岩石を知るために、ある条件に岩石をおいて、その状態を調べる方法です。上部マントルの条件を発生し、そこで実物がどのような鉱物組み合わせの岩石になるかを確かめる実験的方法です。実物としては、マントル由来の岩石を使ったり、そのマントルから由来した火山岩を使ったり、化学的に組成を合成した薬品を使ったりされることがあります。それぞれ目的に応じて、実物は使い分けられています。
 このような岩石の合成実験は、可能性を提示する方法となりますが、虚でしょうか実でしょうか。計算機実験のシミュレーションとは、実物を使っている点が異なっています。
 虚実の境界が定まらない、地質学の悩ましい例をいくつか紹介しました。しかし、いずれも科学的仮説とその根拠を示すという点では同じです。もしかすると、社会や科学が進むと、虚や実の境界が、ますます曖昧になっていくのかもしれませんね。

・今年の紅葉・
北海道では、紅葉がはじまりました。
少しずつ秋がはじまり、
秋の気配が深まってきました。
今年の紅葉は、一気に進んでいないようです。
早くからはじまったのですが、
だらだらと紅葉が進んでいきそうです。
今年は天候も不順だったので
それが紅葉にも反映しているようです。

・緊急事態宣言の解除・
9月末で、緊急事態宣言が
まん延防止等重点措置を経ることなく
解除されそうです(9/28に執筆)。
ただし、一気に通常生活や、
営業状態に戻るわけでなく
移行期間を持ちながら、段階的に戻っていくようです。
ワクチン接種も進んでいるので、
感染もある程度は治まってくることが、
期待できそうです。
ただし、変異ウイルスもあるので
注意は必要でしょうが。