2007年8月1日水曜日

67 知識と知の会得(2007.08.01)

 インターネット上の情報は簡単に手に入ります。しかし、その簡単さが落とし穴になっているかもしれません。知とは、知識を編集する過程において、手間をかけ深く考えることによって身に付くのではなでしょうか。

 あるテーマについて調べたい時、皆さんはどうしますか。
 例えば、生物の進化について調べることにしましょう。まずは、高校の生物で習ったことを思い出すのではないでしょうか。手元に、高校の教科書や参考書があれば見ることもできるでしょう。もっと詳しく調べたければ、図書館や大きな本屋さんにいって関連する本を探して読むでしょう。
 これは、多くの人が今もおこなっている一般的な調べ方です。最近では、インターネットをうまく使って調べていく人も多くなってきます。インターネットを含むネットワークの検索が、今では調べ物の中で重要な手段を占めているかもしれません。
 IT嫌いの人も、今やネットワークなしで社会生活を送ることはできません。ここでいうネットワークとは、インターネットはもちろん、携帯電話、銀行やカード会社のオンライン、交通網の安全や運行管理のために情報収集など、コンビニエンスストアやスパーマーケット、書店の在庫や流通情報の管理などなど、無駄なく、効率よく情報や物資、人員を移動、管理するために利用されています。その手段も、有線や無線回線、あるいは一般の電話の公共回線から専用回線、海底ケーブル、人工衛星を使うものまでいろいろあります。ですからネットワークを利用しないで生活することは不可能ともいえます。
 でも、ネットワークやITを上手く利用すれば、多くの情報を得ることも可能となります。インターネットなどを利用すれば、大量のそして上質の情報も得ることができます。しかも、ネットワークにつながっているコンピュータや携帯電話さえあれば、検索すれば、それらの情報を手軽に得ることができます。
 学生たちに「進化」というテーマで調べてレポートを書きなさいと指示したとしましょう。ここで架空の2名の学生に登場してもらいましょう。
 ひとりは、コンピュータが好きで、いつもインターネットを渡り歩いて楽しんでいる学生A君です。もう一人は普通の学生です。もちろんコンピュータもインターネットも使えるのですが、必要がないとわざわざ使わない学生B君としましょう。
 A君は、早速レポートのテーマである「進化」についてインターネットを使って調べることにしました。A君は、フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」でとりあえず調べました。ここにくれば、かなり専門的な知識が体系的にまとめられていることを、彼は知っています。
 ウィキペディアで「進化」を調べると、A君の予想通り、いろいろ情報が手に入りました。これを利用して編集すれば、レポートはできると考えました。A君は、その充実した内容の文章を、ワープロにコピー・アンド・ペーストし、適当に入れ替えたり、削除したりして、編集することにしました。
 でもこのままじゃ、自分の文章でないとわかっているので、A君は、最初と最後にその情報を読んだときに考えたことを、数行ずつ付け加えることにしました。そして、A君は、あっという間に、専門家も顔負けのレポートが仕上げてしまいました。
 一方、B君は、もともと進化に興味がありました。ですから、彼は、この機会にできる限り進化について調べて見ようと思いました。A君が大学のコンピュータ室にいった頃、B君は大学の図書館にいって、図書館の検索用のコンピュータで調べて、本に当たることにしました。
 実際に私のいる大学の図書館で「進化」をキーワードにして検索すると、図書727件、雑誌26件、論文13件もヒットします。私の大学は文系の大学ですから、理系の文献は極端に少ないのですが、これだけでてくるのです。
 B君は、コンピュータの検索結果のページを次々と繰りながら、大量のリストの眺めながら、大量すぎるリストにうんざりしました。彼は、リストを眺めながら、進化論はダーウィンが最初に考えたと高校時代に習ったことを思い出しました。
 進化とダーウィンについて調べてみようと考えました。キーワードを「進化」と「ダーウィン」の2つにして検索してみました。すると図書で34件に絞ることができました。4ページに減ったリストを調べながら、B君は、ダーウィンは進化論を「種の起源」という本で書いたことも思い出しました。
 そこで、彼は、「ダーウィン」と「種の起源」をキーワードにして検索したら、単行本と文庫本が、この図書館にあることがわかりました。文庫本のある場所がわかり、それを彼は手にすることができました。
 その頃、A君は編集作業を終わり、自分の文章をどこに何に書き加えていこうか考えていました。
 B君は、原典ともいうべきダーウィンの「種の起源」は上中下の3冊になっていました。とりあえず上巻をとりだして、ページをパラパラめくりながら、文字ばっかりで読むのが大変だなと思いました。
 でも、本の扉に書かれたタイトルをよく見ると「自然選択の方途による種の起源」となっていることに気づきました。それをみて、B君は、ダーウィンが自然選択によって生物に変化が起こり、それが新しい種を生み出し、進化をすると考えたのじゃないかなと思いました。上巻の目次をみても、どうもそういうことを書きたかったようだと思いました。
 「訳者まえがき」で、「種の起源」という本は、6版まで書き換えられているけど初版を訳したものだと知りました。次に、ダーウィン自身の書いた「種の起源」の「序言」を読んでみました。すると面白いことが書かれていました。興味が出たのです、関連する内容を訳者の解題でも書かれているので読みました。
 そのころA君はレポートを仕上げて、印刷をしていました。
 B君の興味をもって読んだ内容は、どうも次のようになっていることを知りました。
 ダーウィンは、進化に関するアイディアを1837年い思いついたようです。そのアイディアを1844年に300ページ以上にもなる概要としてまとめ、1857年アメリカの植物学者のグレー宛てにまとめたことを示した手紙を書いていました。その後、完全版とも言うべき、すごい量になるはずの大著の準備をはじめていたようです。
 ところが、1858年、ウォーレスという博物学者が、ダーウィンに論文を送ってきて、ダーウィンの恩師である地質学者のライエルに渡して学会報に出して欲しいといってきました。その論文は、ダーウィンが得た考えと同じ自然選択による進化を書いたものでした。
 ライエルとフーカー博士の計らいで、リンネ学会で1858年7月1日にウォーレスとダーウィンの自然選択が発表され、リンネ学会報の第3巻として印刷されました。ただしダーウィンの報告は、1844年の概要からの抜粋とグレーあての手紙の一部が論文の代わりに印刷されていました。このような配慮のおかげで、かろうじてダーウィンが進化論の考えで先を越されずにすみました。そのため、ダーウィンは、まとまったものを早急に書き上げ出版しなければならなくなりました。大著の準備を一切なげうって、ダーウィンが抄本と呼んでいる「種の起源」が、翌年の1859年11月に出版されました。
 そんな事情が、ダーウィン自身の序論や訳者の解題で紹介されていました。B君は進化論の内容よりも、ダーウィンとウォーレスのアイディアの優先権争いが面白いと思いました。今まで偉い生物学者だと思っていたダーウィンが、自分のアイディアの占有権をめぐってうろたえていることを文章から感じました。人間ダーウィンがそこにいるように思えました。
 なぜ進化論の提唱者としてウォーレスの名前が残ってないのだろうと不思議に思いました。しかし、その方向に進むと話が、進化からはずれるので、さらにダーウィンの「種の起源」について調べていくことにしました。
 そころA君は、印刷の終わったレポートを、大学のレポートボックスに投函をしていました。B君のレポートの作成には、まだまだ時間がかかりそうです。
 A君とB君の調べ方を見ていて、大切なことがいくつかあります。
 第一に、両者とも既存の知識を探していることです。研究者でない限り、自分で生物に進化について調べようという人はいません。誰かがすでに調べたことや、学問の世界で定説になっていることを調べるはずです。そのプロセスが調べることの始まりです。
 第二に、既存の知識を得て、そのデータを元に、自分の考えを作り上げていくのに、両者の違いがあることです。
 確かに見た目には、A君のレポートは充実していて、まとまったものになっているかもしれません。でも、A君はがんばって調べものをしてレポートを書いたのではなく、適切な知識の貯蔵庫があり、それを利用することでレポートを仕上げたのです。A君は既存の知識を得る点のみを要領よくやって、そこに自分の考えらしく見せるために最初と最後に自分の文章をつけて、レポートを終わらせたのです。もともと情報がデジタルですから、編集が楽で、レポーを簡単に終わらせて、出したのです。多分A君は進化について、短時間の一過性のことですから、レポートを仕上げ提出すれば、すぐに忘れてしまうことでしょう。知識は一時的に得たのですが、それを編集しただけで終わらせて、実際には自分の考えを作り上げるプロセスがほどんどなく、自分自身のものにはならないでしょう。
 もし、テーマを出した教員が、ウィキペディアの存在やインターネット内の知識の質を知らなければ、A君はすごくがんばってレポートを書いたと評価するかもしれません。しかし本当は、A君が偉いわけではなく、ウィキペディアがすごいのです。
 一方、B君は、図書館に行っても、カードや図書館の検索システムで調べ、そして本にいきついて、本を広げてどこに自分の必要な知識があるかを調べていきました。これから、自分のテーマをさらに深めるために、必要ならいくつかの本を借り出し、関連する部分を熟読して、重要な部分はメモをしていくはずです。
 B君の調べ方では、行動をともない、それなりの時間が必要となります。A君と比べれば、一見無駄に時間を使っているように見えます。でも実は、調べる行動に時間をかけている間に、B君は考えているはずです。それが実は一番重要な自分の考えを生み出す時間を確保していることにならないでしょうか。断片的に仕入れた知識をどうまとめるのかは、自分がどのようなテーマを持って調べているかによって違ってくるはずです。そのテーマ自体を時間をかけて調べている時に深めていくのではなでしょうか。
 第三に、最終的に知識が知として身に付くか付かないは、どれだけ深く考えたかということに関わるのではないでしょうか。
 A君はいい評価をとるかもしれません。でも本当に考えることをほとんどしなかったので、評価ほどには知識は知としては身に付いてないはずです。
 B君は既存の知識を得る過程で、自分のテーマを絞り、ダーウィンと進化論について考えました。進化に関する多数ある知識の中から、テーマに関係のあるものを選択しました。そして、ウォーレスというダーウィンと同じ考えを持った同時代の人がいること、ウォーレスの論文によって、ダーウィンがあわてて書いた本が「種の起源」であること、本当は文献や事実を多数集めた大著を書きたかったがそれが世に出ることはなかったこと、などの知識を得て、彼は進化論のできかたについていろいろ考えされられたはずです。またレポートを書く時もいろいろ悩みながら長い時間をかけていくはずです。
 A君からすれば、B君は要領の悪い人となります。しかし、今後、A君は進化という言葉を聞いても、書いたレポートのことすら忘れているでしょう。ところが、B君は進化という言葉をきくと、自分が調べた知識だけでなく、そのプロセス、そのとき考えたことを思い出すことでしょう。ダーウィンやウォーレスのことを、人生訓とするかもしれません。そこにこそ、知識から知とするプロセスがあるのではないでしょうか。
 楽して得た知識はなかなか身に付かないということではないでしょうか。急がば回れということでしょうか。

・基礎文献・
情報は十分すぎるほどあります。
ダーウィンの進化論は、
ケンブリッジ大学のインターネットのサイトの
The Complete Work of Charles Darwin Online
http://darwin-online.org.uk/
というところに、進化論のすべての版の
文字データと書籍の画像が公開されています。
インターネットのおかげで
ケンブッリジ大学まで行かなくても
基礎文献が入手できる時代になりました。
素晴らしいことです。
進化論が誕生して150年以上もたっています。
でも、生物はどうして進化するのか、
なぜ今のような種構成になっているのか、
いろいろな進化論があるがどうれが本当なのか、
まだまだ解決できないことが多数あります。
本当に生物の進化は解決できるテーマなのでしょうか。
インターネットをいくら探しても
その答えはありません。
考えることによってのみ、答えが得られるはずです。

・秋田青森・
8月1日から7日まで秋田から青森の海岸を巡ります。
何度か訪れているのですが、
最近はしばらくいっていません。
ですから、景観撮影と砂、岩石の標本をとってこようと考えています。
目的は、なんと言っても、その地の自然に直接触れ、
感じることが一番重要なことだと考えています。
さてさて、野外調査となると、天候と問題ですが、
8月の青森はねぶた祭りの混雑も気になります。
これは私にはどうしようもありません。
祭りはさっと通り抜けて混雑を避けようと考えています。
ただ、私は予定通り行くしかありません。