2023年10月1日日曜日

261 由来と展開:descentとevolution

 "descent"は「由来」という意味です。"evolution"は「進化」ですが、もとは「展開」という意味に使われていました。サバティカルを終える当たり、由来と展開、そして進化とマグマの本質について考えていきます。


 1991年から城川、西予と関わりをもって、今年で32年になります。人生の半分は、関わってきたことになります。城川を第二のふるさと思っています。そして、2010年4月からの1年間のサバティカルと、2023年4月からの半年間のサバティカルを経て、結びつきはより強いものとなってきました。
 これまでの人生を考えても、出身地の京都、現住所の北海道を除くと、城川が非常に長く過ごしてきた地となります。生まれ故郷は自身が「由来」した地ですが、大人になって関わってきた地として城川を契機に「展開」してきたことも多々ありました。サバティカル期間最後のエッセイとして、「由来」と「展開」について考えていきます。
 ダーウィン(C. R. Darwin、1809-1882)は、1859年に出版された「種の起源」で、進化論を展開していきました。「種の起源」と呼ばれていますが、英語版では、"On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life"(自然選択という方法、または生存競争の中で好ましい種の保存による種の起源について)というタイトルです。自然選択と生存競争を種の展開に重要で、種の由来にもなります。
 現在、「進化」を意味する英語は"evolution"ですが、「種の起源」の中では、「進化」の意味では用いていませんでした。同じ意味のことは、"descent with modification"(変化を伴う由来)を言葉を用いていました。ダーウィンには「The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex」(人の由来と性淘汰)(1871年)という著書もあり、"descent"という言葉を重視していたようです。
 "descent"の語源は、ラテン語の"descendere"になります。その意味は「降りる」という意味ですが、運動としての下降だけでなく、起源や家系を追跡するという意味でも使用されています。一方、"evolution"は、ラテン語の"evolve"をもとにしている言葉で、その意味は巻いてある巻物を開いて展開していくことで、現在の英語でも「展開」などの意味で使われています。
 それまで生物学では、"evolution"という語は、生物の発生の前成(ぜんせい)説において用いられていました。前成説とは、種子や卵の中に、生物の構造があらかじめ存在しており、構造に基づいて発生していくというものです。まるで小さな生物が「展開」していくように大きくなっていくように考えられました。前成説とは、事前に定められた方向に向かって進んていくことになります。
 その後、17世紀から18世紀にかけて顕微鏡で生物の微細構造が観察されてきて、前成説は否定されました。ダーウィンは、生物は自然選択により変化していくと考えていたので、"evolution"という語は、あまり使わなかったようです。
 ダーウィンと同時代のスペンサー(H. Spencer、1820-1903)が、「種の起源」を読んで、自然選択を適者生存(survival of the fittest)と言いかえたり、「進化」の意味で"evolution"を用いました。また、"evolution"を生物の「進化」だけでなく、拡大解釈していろいろな場面で使い、現在のような意味を持つようにしました。ダーウィン自身は、「種の起源」の第6版でやっと用いています。
 さて、地質学の話になります。
 "evolution"=「進化」という用語が定着してくると、いろいろな分野で用いられるようになってきます。"evolution"=「進化」で、地質学で真っ先に思い浮かぶのは、カナダの地質学者ボーエン(N. L. Bowen、1887-1956)が1928年に書いた、"The Evolution of the Igneous Rocks"(火成岩の進化)という本です。この本では、マグマの「進化」について述べられています。
 ボーエンは、火成岩の多様性をひとつの原理で説明しようとしました。もともと玄武岩質マグマがすべての火成岩のはじまりと考えました。地下深部で形成された玄武岩質マグマが上昇してきて、温度が下がっていきます。すると、結晶ができてきます(晶出といいます)。結晶の形成とともに、マグマの組成も変化していきます。このような変化が進んでいくと、マグマの組成が、ケイ酸(SiO2)成分が増えていきます。例えば、火山岩では、玄武岩→安山岩→デイサイト→流紋岩へという変化、深成岩では斑レイ岩→閃緑岩→花崗岩という変化になることが、ひとつの原理で説明できます。
 結晶として、カンラン石(Mg2SiO4-Fe2SiO4、最初はMgが多い組成となります)がマグマから晶出したします。カンラン石の組成で結晶の分が取り除かれれば、残されたマグマの組成はが変化していきます。ただし、カンラン石のように同じ結晶であっても、その組成が連続的に変化していくもの(固溶体と呼ばれてます)では、マグマと反応しながら変化していくこともあります。別の結晶(輝石、角閃石、黒雲母など)でもマグマと反応しながら、晶出が連続的に起こります。
 カンラン石(オリーブ色)のような有色の鉱物だけでなく、無色鉱物でも同様に反応が起こります。斜長石(CaAl2Si2O8-NaAlSi3O8)内でも、CaAlとNaSiと置き換わりながら(パーサイト置換と呼ばれます)、連続的に変化していきます。有色鉱物でも無色鉱物のいずれの反応も、ケイ酸成分が多くなる変化となり、自然界で知られている一般の火成岩の変化と対応しています。
 ボーエンは、マグマと各種の結晶の間で起こる変化を反応原理(reaction principle)、あるいは反応系列(reaction series)と呼びました。反応原理によって、マグマの組成が変化していくことを、"descent of magma"(マグマの変化)と呼び、"liquid line of descent"(マグマの組成変化の経路、残液変化曲線)と呼びました。
 ここで"descent"は、マグマの組成変化が、反応に用いられるMgやCaの量を中心に考えると「下降」、あるいはマグマ(liquid)の量は減少していくので「下降」という意味に捉えることも可能です。しかし、ケイ酸成分の増加、結晶の増加という相反する現象も起こっています。ですから、「由来」や系統の意味合いで捉えるべきでしょう。
 現在では、火成岩が詳しく調べられ、ボーエンの反応原理がすべてのマグマで起こるわけではないこと、また一通りの反応ですべてのマグマ系列の種類が説明できないこと、マグマの中で固溶体を持つ別の結晶が連続的に反応できないこともあること、条件によって晶出する結晶の種類がいろいろと分岐することなど、一筋縄ではいかないことがわかってきました。
 しかし、反応原理の「原理」は今でも健在です。固溶体とマグマの反応も、多くの火成岩で確認され、マグマの組成変化が晶出によって起こるという原理は、現在でも生きています。
 今では自身の"descent"「由来」の半分は、城川になってきたました。また、城川での"evolution"=「展開」は、後半生においては非常に重要な意義をもってきました。これまでの研究者人生の総括として、2016年から「地質学の学際化プロジェクト」の萌芽は、最初のサバティカルにありました。そして、2度目のサバティカルでは、2024年に発刊予定の「地質学の学際化プロジェクト」の最終巻のための中心論文のひとつと、その草稿を準備しました。このプロジェクで、"evolution"=「進化」できたかどうかは不明ですが、少なくとも"evolution"=「展開」はしていると自負できます。それも城川のおかげです。

・サバティカル終了・
サバティカルが9月末で終了しました。
これが西予市城川町では、
最後の長期滞在になります。
街やジオアミュージアムに
どの程度貢献できたかは不明ですが、
少なくとも、私は、
多くの成果を残すことができました。
それについては別の機会にしましょう。

・進化とマグマ・
今回、進化とマグマについて取り上げたのは、
この半年間で考えていた重要な概念は、
生物の起源と地球の起源です。
それそれにに関わる重要な概念として、
進化とマグマがあります。
サバティカルを終えるに当たり、
それの重要な概念について考えました。