2024年3月1日金曜日

266 This View of Geology かくのごとき地質観

 ダーウィンが見た生物進化の壮大さと同じものを、地球創成にみます。そして進化に結実した生命観は、地球進化への地質観に相通じるものがあるように見えます。そんな壮大な物語をまとめています。


 現在、著書の執筆を進めています。毎年、この時期に執筆をしているので恒例の作業ともなっています。大学では講義がなく、時間的に余裕がある時期になっているからです。印刷出版費を、競争的研究費として申請をするためには、見積もりが必要になります。そのため、4月には初稿ができて、だいたいのページ数が必要になります。そして、今回の著書が、来年度末に退職となるため、最後のものになります。ライフワークの総まとめとなるので、力も入っています。
 博物館の学芸員時代に業務上はじめて、研究してきたテーマを当時まとめました。そして25年たったこの時期に、再度、研究テーマとして取り組むことになりました。その分野で大きな進展が、ここ数年に起こったため、興味が再燃しました。執筆中に幸いも、いろいろなアイディアが湧いてきて、この25年間に進めてきた、大きな研究テーマが、最後の著書として体系化できそうになってきました。
 これまで取り組んできた地層に記録されている時間、そして過去の時間への地質学的視座の特徴などから、「時間のらせん」というアイディアが湧いてきました。また、斉一説の適用限界に対して、「アブダクティブ斉一説」という発想が生まれました。これらについては、別のエッセイで、順次に紹介していこうと考えています。
 さて、本エッセイのタイトルは、スティーヴン・ジェイ・グールドにあやかっています。グールドは私にとっては、師とも仰いでいる地質学者であり、進化学者でもあり、なにより科学エッセイストとしても一流です。グールドを師と考えているのは、グールドの著書でも地質哲学的思索に大きな刺激を受けてるためです。
 グールドは、アメリカ自然史博物館の月刊誌Natturl Historyに「This View of Life」(かくのごとき生命観)というタイトルで連載したエッセイが有名でした。1974年1月からはじめ、25年にわたって、一度も休むことなく連載を続け、予定通り2001年1月で終了としました。すべてのエッセイは、全10冊の著書になり、邦訳されています。
 月刊エッセイの連載が25年とは長い期間です。博物館ではじめたテーマが今まとめ直している期間や、この職場に2002年に移籍してきてからの期間も、似たものとなっています。しかし、期間や数値は、どうでもいいことでしょう。重要なのはグールドの姿勢です。
 グールドのエッセイに込めた執筆姿勢に感銘を受けています。それぞれのエッセイの内容は、常に原典、一次資料に当たるという姿勢が貫かれていました。さらに、地質学の話題だけでなく、いずれも重厚にして、時に高尚にて、時に神話から古典へ、時に機知に満ち、時に好きな野球やクラッシクの洒脱さ、縦横無尽に、話題が飛び回っていきます。それでいて、その教養レベルは常に高いもので、読んでいても、知性がかきまぜられる思いがしました。
 グールドの連載エッセイのタイトルは、「This View of Life」です。これは、ダーウィンの「種の起源」に依っています。「種の起源」の最後の一文として"There is grandeur in this view of life"(かくのごとき生命観には壮大さがある)からとったものです。
 このエッセイのタイトルも僭越ながら"This View of Geology かくのごとき地質観"としたのは、グールドを引用したからです。
 そこでも、グールドの愛したダーウィンの「種の進化」の最後の文章を、自分なりに読むことにしました。幸い、インターネットに初版の文章が公開されています。引用して、約しておきましょう。

There is grandeur in this view of life, with its several powers, having been originally breathed into a few forms or into one; and that, whilst this planet has gone cycling on according to the fixed law of gravity, from so simple a beginning endless forms most beautiful and most wonderful have been, and are being, evolved.
(Darwin C., 1859, On the Origin of Species. https://www.gutenberg.org/files/1228/1228-h/1228-h.htm#chap14 2024.2.20閲覧)
かくのごとき生命観には壮大さがある。それは、いくつかのもしくは 1 つの形にもともと息づいていた力に、そしてこの惑星が重力の普遍の法則に従って巡っている間に、単純なものからはじまったら終わりなき形、最も美しく最も素晴らしいものへと進化してきて、そして進化し続けていることに。
(著者訳)

 ダーウィンは、惑星の運動という法則性をもった長い期間、単純なものから複雑なものへの進化が続けていること、そこには壮大な生命観があると「種の進化」ではまとめています。
 同じことが、地質学でもいえます。
 地球は、軌道上にあったEコンドライトと呼ばれる揮発性成分を含まない素材からできました。地球も最初は、石の固まりで、大気も海洋もない単純なものからスタートしました。その後、太陽系の惑星運動の変動により、小惑星帯やその外側にあった、揮発成分を含んだ炭素質コンドライトの軌道が乱され、地球や月に多数飛来し爆撃しました。その結果、地球に揮発成分が運ばれ、大気や海洋ができました。そして、生命の合成もはじまりました。
 「惑星の重量の普遍法則に従って」、単純なものから「最も美しく最も素晴らしいものへと」変化してきました。「かくのごとき地質観」は壮大だと思います。そんな地質観へ、少しの独創性を加えて眺めていこうと、著書では企てています。成功したかどうかは、後に評価されちえくでしょう。

【余談】
 グールドの渾身の遺作「進化理論の構造 The Structure of Evolution Theory」(上巻:808ページ、下巻:1120ページ)があります。しかし、まだ読んでいません。大著でもあるのですが、退職後の楽しみにとってあります。もうひとつの大著「個体発生と系統発生: 進化の観念史と発生学の最前線」(649ページ)もとってあります。次は、グールドのライバルであり、盟友でもあったドーキンスが控えています。

・執筆に専念・
3月になり、集中講義があり、ばたばたします。
その傍ら、著書2冊の執筆を継続しています。
当初予定より、かなり遅れています。
1月中旬から、投稿した論文で分割の指示があり、
3編に分けて、そのうち2編を投稿しました。
1編を独立した論文として完成しました。
それを書いている内に、このエッセイで述べた
新たなアイディアが湧いてきたので
それも論文にしました。
著書の執筆のスタートが、一月ほど遅くなりました。
それらの論文を改変し、新たな論文を書いたため
著書の内容も充実したものなりそうです。
この著書の執筆は、まだまだ時間かりそうですが、
ライフワークのまとめとなります。

・宴会・
大学では、通常の宴会が催されるようになってきました。
卒業祝賀会、教職員の送迎会、永年勤務者表彰
など、いろいろと続きました。
4月には歓迎会もあります。
やっと、コロナ禍以前に戻ってきました。
しかし、宴席での対話がなんとなく、
まだまだぎこちなく感じるのは
私だけでしょうか。

2024年2月1日木曜日

265 複雑な連環:地球形成のシナリオ

 地球形成の新しいモデルが、提唱されてきました。そのモデルは、これまでの課題を解決できました。そこには複雑に絡み合った条件が、関係し合っていました。少々複雑ですが、地球形成の最新のシナリオを紹介しましょう。


 現在、生命の起源を考えています。生命起源は、地球の初期に起こったはずです。なぜなら、最古の化石で確実なものは35億年前で、生命の痕跡は41億年前まで遡れます。古い時代に生命は誕生していたので、生命起源には初期地球の状態が重要な前提条件となるはずです。地球の起源、あるいは初期の状態を把握して置く必要があります。
 地球形成には、いくつものアプローチがあるのですが、地球外の証拠や制約条件から考えていく方法と地球内に存在する地質学的証拠から考える方法とがあります。
 地球外の証拠として、他の天体や隕石の情報が使えます。金星や火星は、地球と同じ頃にできました。火星には探査機が降りて調査しています。月でも探査も進められ、アポロ計画による岩石試料もあります。月の情報も有効になります。
 太陽系外の惑星の情報から、惑星系は非常に多様だとわかってきました。多様な惑星系の形成過程が説明できるモデルがあれば、地球もその一環で形成されたと考えられます。「タンデムモデル」が最近提唱されました。2つの軌道上だけで惑星が形成され、内側で岩石惑星が、外側で氷惑星とガス惑星ができます。形成条件により、多様な惑星系ができることがわかってきました。
 惑星形成のシミュレーションで、形成終盤に原始惑星同士の衝突「ジャイアントインパクト」が起こり、地球にもあったと考えれています。激しい衝突ですが、短期間(数ヶ月から数年)で月が形作られました。衝突は、45.2億から44.4億年前とされています。できたての月も地球にも、表面には、岩石がどろどろに溶けたマグマの海がありました。
 月の表面は侵食はなく、できたときの状態をよく保存しています。表面のクレータの研究から、激しく隕石が衝突した時期があることがわかりました。「後期重爆撃」と呼ばれ、43.7億から42億年前に集中的に起こったことがわかってきました。
 さらに、惑星系形成の後半には、ガス惑星(木星と土星)の軌道が不安定になり、太陽に向かって落ちていき、地球軌道付近にまで入ってきて、その後外にでていくことがわかってきました。
 隕石は、小惑星帯から飛来していることが軌道計算からかっています。隕石は、小惑星帯の情報をもっています。隕石という実物があるので、化学組成を調べたり、年代測定ができます。隕石から、太陽系形成時、太陽系全体が固体すべてが溶ける熱い状態から、冷却されて固体ができた過程がわかりました。それらの固体が、惑星の材料となりました。一部が小惑星帯に残り、太陽系の材料の化石ともいえる隕石もあります。
 隕石の中に、炭素質コンドライトと呼ばれるものがありました。この隕石はもっとも古い45.6億年前の年代で、地球の大気や海洋をもたらしたという証拠もあります。ですから、炭素質コンドライトがあれば、大気も海洋も固体地球もすべてそろうと考えられ、地球や惑星の材料とされていました。
 惑星形成の時、太陽の位置から、近いところは熱く、離れると冷たい条件となります。その条件を見積もっていくと、地球軌道では、揮発成分(大気や海洋の材料となるもの)をまったく含まない岩石しかできないことわかりました。小惑星帯にある天体の分布でも、揮発成分を含んだもの(炭素質コンドライト)は外側にあり、内側には還元的で揮発成分を含まないもの(Eコンドライトと呼ばれるもの)になっています。原始地球の材料には、揮発成分がありませんでした。大気も海洋もない「裸でドライ」な初期地球ができたことがわかってきました。
 そうなると、いつどこから揮発成分が供給されたかが問題になります。このとき、月の後期重爆撃が参考になります。月で起こった重爆撃は、当然地球でも起こったはずです。この重爆撃は、小惑星帯にあった天体で、その中には炭素質コンドライトの成分も含まれていました。
 ガス惑星が現在の軌道に戻る時、小惑星帯を天体の軌道をかき乱すので、そこから太陽系の内側に落ちてくる天体も多数あったことになります。それが、後期重爆撃となりました。爆撃した天体の中に、炭素質コンドライトがあり、地球に大気と太陽をもたらしたことになります。
 地球内部から情報としては、最古の岩石を探していくと、40億年前ころまでのものは見つかりますが、それ以前のものは見つかりません。ただし、鉱物(ジルコン)では、40億年前より新しい堆積岩の中にある砂粒として見つかります。43億年前までのものです。つまり岩石としては残されていないが、鉱物片としては、かろうじて表層のどこかに残されていたようです。
 以上のことから、地球形成の新しいシナリオができました。
 地球は還元的な天体としてできました。表層は裸でドライなものでした。45億年前ころ、すでにできていた地球に、小天体が衝突しました。その結果、月ができ、地球もリセットされた状態となりました。月にも地球にもマグマの海ができ、やがて冷えてきます。揮発成分はまだないので、裸でドライの状態でした。43億年前ころ、小惑星帯にあった揮発成分を含んだ小天体が、地球や月に多数飛来します。その小天体から大気や海洋になる揮発成分がもたらされました。
 以上の地球形成の新しい形成モデルとなります。非常に複雑な条件が絡み合って、新しいモデルはできています。シンプルに考えられればわかりやすいのですが、真実は簡単だとは限りません。生命誕生のシナリオも、この延長線上で考えなければなりません。時間的には非常に厳しい条件(1億年程度の短時間)で形成されなければなりません。本当にこのモデルでいいのでしょうか。

・本の執筆・
2月になりました。
後期の講義が終わったので、精神的には開放感があります。
大学の行事としては、重要な次々とあります。
しかし、束縛時間は限られています。
校務さえ順調にこなしていけば
研究時間がたっぷりと確保できます。
今年も、2月から3月かけては、
本執筆を集中的に進めてこうと考えています。

・雪まつり・
札幌の雪まつりが、今週末からはじまります。
先日も札幌駅前のデーパの地下に入ったら、
非常に多くの人がいました。
ですから、雪まつりには、もっと多くの人が
訪れることになりそうです。
子どもが小さい時は
雪まつりにもでかけていましたが、
今では夫婦でテレビで特集を見る程度です。
長時間外にいるのは、寒さが堪えます。
歳ですから仕方がありませんね。
健康を最優先にしていましょう。

2024年1月1日月曜日

264 色とりどりの時間

 明けましておめでとうございます。一年のはじまりに、時間について考えました。見方により、いろいろな時間がありそうです。色とりどりの時間があることを見ていきましょう。それにしても、時間は難題です。


 元旦には、新しいカレンダーや手帳、日記に変更したりする人もいるでしょう。一年の計画を考える人もいると思います。昨年がいい年でなかったなら、今年こそはと心機一転を考える人もいるでしょう。昨年がいい年だった人ならば、今年も同じように過ごせるように願うでしょう。
 暦で一年は元旦からはじまり、大晦日で終わります。12月31日24時、あるいは1月1日0時をもって、年号が替わります。同じ年号でも、ある人にとっては大きな節目の年になり、ある人にはいつもと変わりない年もあります。同じ時間の流れも、人によって違って見える「異なる時間」となります。
 人は、毎年ひとつずつ年齢が増え、変化していきます。そのため、同じような似た時間であっても、同じ時間では決してありません。だから、新たな年が迎えることに期待できるのです。子どもは、精神的にも肉体的にも、日々は成長しています。若者も、心身ともに着実に成長しています。ただし、成長の程度は、努力によって変わってきます。年をとってくると、成長は少なく、衰えが目立ちます。高齢になると老化が進行していきます。同じ時間でも、過ごし方によって変化の度合いは変わってくるはずです。成長や変化という考えを導入すると、人に実際に流れている時間は、同じものではなくなります。「不可逆な時間」があることがわかります。
 とはいっても、日常生活では、月、週、日などで区分されて、繰り返されます。曜日や一日の生活にはルーティンがあり、曜日や一日のパターンが同じように繰り返され、巡っているようにみえます。時間が循環しているように見えます。日常生活では「循環する時間」があります。
 話を変えて、自然科学で扱う時間を考えていきましょう。
 そもそも物理学的には、時間は厳密に定義され、時計のように正確に刻まれ、流れていきます。また、物理の法則、例えば運動方程式に現れる時間には、流れる方向は関係はありません。どの向きにも時間が流れても、法則に変化はありません。「可逆な時間」となっています。可逆な物理的時間は、「現在」を原点として、どの方向に時間軸はのばせて、行き来も自由です。過去も未来も関係なく、自在に行き来できる「無色透明な時間」があります。
 化学反応のように、変化を伴う現象では、一方向にしか進みません。時間を循環させようとしても、変化したものを同じ状態に戻すことはできません。逆向きに反応させようとすると、エネルギーを注ぎ込まないとなりません。つまり、時間の流れが、一方向にしか流れない「不可逆な時間」になっています。
 自然界に存在するものに、変化が起こらない不変のものはあるでしょうか。対象となる自然は、地球上の存在、もしくは宇宙空間内の存在です。地球は今から45億年前にできたことを、宇宙空間に存在するすべての物質は、ビックバンによってはじまったことを、科学は明らかにしました。物質だけでなく、時間も空間も、すべてがビックバンからはじまりました。この世の森羅万象に、はじまりがあることになります。現在、どんなに不変に見えるものがあっても、地球やビックバンという「時間のはじまり」がありました。
 自然界には、「時間のはじまり」から流れる「不可逆な時間」があり、そこには熱力学の法則が適用できます。エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)で、どんなに同じ状態に見えても、時間がたって状態が変化すれば、エントロピーが変化していることになります。
 以上のことから、物理法則のような抽象化された不変には、可逆の時間、無色透明の時間が存在しています。一方、人や生き物、変化を必然的に伴っている現象、自然界には、「はじまり」があり、そこから不可逆に流れる時間です。
 社会生活での時間を考えると、一週間や一日の似たルーティンで「循環する時間」あるように見えますが、取り戻せない時間があることも知っています。ある日の失敗を、翌日に取り返すことはできません。ある週にサボったたら、その一週間分のスケジュールが遅れてしまいます。似た時間が繰り返されていますが、逆戻りはしません。そこには「不可逆な時間」が流れていることになります。
 このような不思議な時間をみていくと、同じようなところ(一日、一週間、一年など)を巡る「螺旋状の時間」があり、螺旋の方向にも別の時間軸として不可逆な時間があるように見えます。
 本来であれば、この螺旋状内の時間軸と螺旋軸方向の「螺旋を貫く時間」は、階層の異なったものになるはずですが、それぞれの時間には区分はなさそうです。「階層化できない時間」なのでしょうか。時間を巡る思索を進めると、混乱していきます。これについていは、今後も考えを深めていきたいと考えています。
 時計によって時間を計測していると、無色透明な循環する時間があるように見えますが、不可逆な螺旋状の時間と、それを貫くはじまりがあり、階層化できない時間もあります。時間は不可解な存在です。

・あらぬところへ・
元旦のエッセイなので、
それらしき内容にすべく書きはじめました。
現在書いている論文では、
地球や生命の「はじまり」について考察をしています。
その一番中心の概念を
今回のテーマにするつもりで書きはじめました。
その書き出しは
「歳のはじめに、「はじまり」について考えていきます。」
というものでしたが、
まったく違う内容になっています。
このエッセイでは、事前に
いくつかのネタを用意しています。
「はじまり」と「時間の階層化」などがありました。
1月なので、「はじまり」にして書きはじめました。
詳細については、よく考えるべき内容もあり、
書きながら考えていくものもあります。
「はじまり」というテーマも
考えながら書くつもりではじめました。
ところが、「時間の階層化」へと移っていきました。
実は、「時間の階層化」は全く違った内容を
思い描いていたテーマなのですが
あらぬところにたどり着いてしまいました。

・正月休み・
このエッセイは、年末に書いて配信しました。
長い冬季休業期間があったので
落ち着いて考えることができます。
そんな静かな時間に考えても、
まだ混乱しています。
この混乱を整えるためには、
十分に考える時間も必要なようです。
正月三ヶ日はゆっくりと休んで
頭をリセットしましょう。
いい考えが浮かんでくるかもしませんね。

2023年12月1日金曜日

263 危機回避:事前対処と不可避と

 危機を回避するためには、事前に予測して対処しておく必要があります。それでも不可避の危機は訪れます。予想外の危機があることも、予想しておく必要があります。


 今年は、4月から9月までサバティカルで四国で過ごしました。2010年にも1年間、同じところに滞在しました。今回は、家内も同伴しました。家事は家内が担ってくれたので、半年でしたが、研究に専念でき、充実したサバティカルになりました。
 サバティカルの期間は、半年間と限られていたので、送る荷物もできる限り、少なくしました。幸いにも、最近まで住まれていた家をお借りしたので、電化製品(テレビ、洗濯機、冷蔵庫、オール電化のコンロ、エアコン、扇風機など)や家具調度(タンス類、テーブル、ベッドなど)も使える状態で残してあったので、それをお借りすることにしました。そのため、衣類や食器など身の回りのもの最低限を送ることですみました。
 研究のための商売道具ともいうべき、執務室での研究で利用するパソコンなどのICT関係の機材、また野外調査で利用する撮影機材などは、どうしても必要になります。執務室で使うICT機材(パソコン、プリンター、インターネット用のルータなど)は最小限にしました。野外調査で利用するものは、いつもの使うものをそのまま持っていきました。ただし、実際に野外で移動中にも使うものなので、それほど多くはありませんでした。
 9月30日に帰札して、10月1日(幸い日曜日だったので助かりました)には大学に復帰し、すでに開講されていた後期の講義を、すぐにスタートしなければりません。後期がはじまって2回分あった講義はリモートにして、1回分の講義は補講にして別の日に講義を実施しました。
 ICTも10月からの講義に支障をきたさないように配慮しました。大学のメインのパソコンはそのまま置いておき、戻ってきてすぐに講義が再開できるようにしました。大学のノートパソコンと自宅で使っていた小型パソコンをもっていくことました。自宅のパソコンは、ほぼ毎日大学の研究室に出ているので、実際に使う機会はあまりないので、そのまま使いました。もしトラブルがあっても、ノートパソコンが代替として利用できます。大学でデスクトップパソコンが壊れた時も、そのような対処をしました。大学のノートパソコンが壊れても、大丈夫です。以前は講義のPowerPointのためにこのノートパソコンを用いていたのですが、今では講義室に据え付けてあるノートパソコンを用いることにしました。大学に戻ってきてもすぐに講義が再開できるように、そのままにしてサバティカルに臨みました。
 ただし、大学でのバックアップ用の外付けハードディスク(曜日ごとに別のハードディスクにするので7台)のうち、最も古い外付けのものと小型のポータブルハードディスクだけをもっていくことにしました。サバティカル中にバックアップのために、小型のポータブルハードディスクを買い足しました。
 大学では、多数のハードディスクを使っています。これまで、ハードディスクが何度か壊れた苦い経験があります。その時は、DVDなどのバックアップがあったので被害は最小でしたが、復元できないデータもでてきました。過去のメールが復元できないのは、困りました。
 現在でも、自身の論文や著書のデータはDVDに保存しています。動画をたくさん撮っている人は膨大なデータになるでしょうが、野外調査ではデジカメによる画像が主なので、容量はそれほど多くはなりません。それでも、毎回の調査では数千枚の画像を撮影しますので、DVDでの保存は、手間もかかるので、ハードディスクにしています。現在保存しているデータの総量は5テラバイトになっています。
 現在、曜日ごとに、異なった外付けハードディスクにデータをバックアップすることにしています。データのバックアップの意味もあるのですが、他にも小さな危機回避になています。しょっちゅうあるのですが、別のファイル名にして保存すべき時に、元のファイルに上書きしてしまうことがあります。また削除した部分が、後で必要になったりすることも度々あります。アプリケーションを終了していても、1週間以内ならデータは復元できます。外付けハードディスクシステムのお陰で、何度も助かっています。
 ハードディスクは少しでも不調に見えたら、使わないようにしています。買い替えと時は、将来を考えて多い目の容量のものを買い足してきました。多くのバックアップル用の外付けハードディスクを使っているのは、そのような理由からです。
 危機というと大げさかもしれませんが、トラブル回避には、以前から非常に注意を払っています。なぜなら、何度も失敗をを重ねてきたからです。失敗が大きいほど、時間や労力、精神的な負担、経費もかかることにもなるからです。かつて起こったトラブルを教訓として、次回から起こらないように、最大限の注意を払うようになりました。「転ばぬ先の杖」で、慎重すぎることはないと考えています。
 一番困るのは原因不明のトラブルです。先日も講義中にパワーポイントを使おうと思って、スライドショーをスタートしたのですが、スライドショーにした途端、動かくなくなりました。パソコンを再起動したら、なんとか動くようになり、講義が再開できました。同じ教科で、次の講義でも、再度同様の症状が発生しました。その時は、再起動してもダメでした。パソコンの得意な学生に助けてもらって、いろいろいじってもらっているうちに、なんとか動くようになりました。
 その時は、原因は不明でしたが、学生の操作を思い出して、思い当たった原因がありまし。それへの対処として、三度目がないようにUSBにそのメモをぶら下げるました。今度はトラブルへの対処できればといいのですが。
 トラブルや危機の回避には注意を払っていますが、それでもトラブルは起こります。想定していないからトラブルになるので、そんなトラブルへの対処は、その場での臨機応変の対処しかありません。ICTやその他のテクノロジーが進んで便利になってきた分、対処も多様に複雑になってきました。トラブルがあっても、被害が最小限になるように、その場で対処を考えるしかありません。最終的な危機回避は自分でするしかありません。
 今年は、大学教員として最後のサバティカルという大きなイベントがありました。その際大きなトラブルはありませんでした。それが危機への準備や対処のためなのか、幸運によるものなのか、それとも想定していたトラブルがもともと起こりにくいものだったのか、それはわかりません。しかし、無事でしたので、それがなによりです。

・風呂の改装・
サバティカルから戻った日、風呂を入れようと、
お湯を風呂桶に入れはじめました。
ところが風呂桶から水が大量に漏れていきました。
我が家の風呂は、木製の風呂で、普段は、
乾燥防止に水を少し残していました。
半年間、不在になるので、水を抜いていました。
乾燥して、木の隙間が広がったようです。
何度も水を入れて、木を膨らましたのですが、
少しはましになったのですが、漏れています。
業者に来てもらいましたが、修復不能でした。
風呂全体を改装することになりました。
希望を出して、仕様を決めて、
先日ショールームにいきました。
12月中旬に施工となります。
それまではしかたがないので、
シャワーで過ごしています。

・雪景色・
北海道では、もう何度が寒波が来襲しました。
その際、雪も何度か降りました。
11月下旬の寒波は強くて
北海道の各所で雪になりました。
わが町でも、結構な積雪があり、
一面、雪景色となりました。
冷え込みも何度かあり、本格的な冬が到来しました。
それでも今回の雪は、根雪には少々早そうです。
いったん溶けそうですが、
春先のようなベチョベチョ状態に
ならなければいいのですが。

2023年11月1日水曜日

262 普遍の時間の淘汰:マグマミキシング

 ささやかな痕跡的な違いをもとに、普遍的な考えを抽象していくことは、科学の醍醐味です。普遍的な考えが残るかどうかは、時間の淘汰に耐えていくことが必要になります。


 もうかなり昔のことですが、博士論文の執筆の頃を、ふと思い出しました。当時は持っている限りの体力も精神力もつぎ込んで、研究を進めていきました。長期にわたる野外調査、何度も他の施設にいって大量の化学分析をするなど、いろいろと努力を積んできました。
 博士論文の執筆の大詰めの半年間ほどは、大学の研究室に週の半分以上は泊まり込んでいました。大変でしたが、充実した日々でした。しかし、もう二度とできないでしょう。
 理系の研究室は、だれかが実験をしていることが多いので、まるで不夜城のように、建物のどこかには灯りがついていました。それでも、週末や月曜日、特に年末年始などは、夜が更けると、灯りの数は少なっていきました。
 日にちや曜日感覚がなくなったかのように、研究に打ち込む日々でした。今では、そのような体力や精神力はなくなりました。その代わり、要領はよくなっており、短時間での集中を、毎日こつこと重ねることで、研究を進めていく方法を取るようになりました。
 さて、その博士論文のテーマですが、論文3編分ほどの内容から構成されていました。中でも、縁海でできたオフィオライトでマグマミキシングを見出したことが、重要な成果だと考えています。
 素材であるオフィオライトとは、昔の海洋地殻を構成していた岩石です。縁海とは、沈み込み帯の先に日本のように火山列島(地質学では島弧と呼ばれています)ができます。列島の大陸側に海(縁海)できます。縁海でできたオフィオライトであることを示した。マグマミキシングとは、種類の異なったマグマが、マグマだまりの中で混じり合うことです。縁海のオフィオライトでマグマミキシンがあったことを明らかにしました。
 調査地域は、玄武岩が広く、他にも斑レイ岩やカンラン岩が変化した蛇紋岩が分布していた地域でした。玄武岩を中心に研究を進めていました。ただし、古い時代の岩石なので、変成作用や変質作用を受けているので、もともともっていた化学組成とは、かなり変わってしまっています。そこで着目したのは、変成・変質でも変動しにくい化学成分と、残されている結晶(残存鉱物)を用いることで、火成岩としての特徴を調べていきました。
 オフィオライトは、約3億年前ころの海洋地殻であることが年代測定でわかりました。日本列島がまだ存在しない時代の海洋地殻ですが、島弧の後ろ側に広がっている縁海でできた火山岩で、マグマだまりでマグマミキシングが起こっていたというのが結論でした。
 典型的な海洋地殻や島弧の岩石は、化学的に区別がつけることもできます。そして変成・変質を受けていない島弧の火山岩では、マグマミキシングが見つかっていました。オフィオライトで縁海起源であること、そこでマグマミキシングが起こっていることなどは、当時の化学分析の精度ではわかっていませんでした。広域に地質調査した結果、明らかな海洋地殻(東側)、明らかな島弧(中央)、そして不確かながら縁海の痕跡が見つかりました。
 根拠としたのは、残っている結晶(単斜輝石とクロムスピネル)の各種の化学分析でした。あるタイプの玄武岩で、残っている結晶の成分(クロム)の濃度が、外から中心に向かって、多くなったり少なくなったりを繰り返していることがわかりました。波状累帯構造と呼ばれるものです。
 マグマのクロムの成分に変化があったことを意味します。クロムは一番最初に結晶に配分される成分なので、増えるということは、新たにマグマが供給されてきたことを意味しています。ある程度結晶を出したマグマ(分化したマグマ)に新しいマグマ(未分化のマグマ)が供給されると、クロムを含んだ結晶(クロムスピネル)が再度できはじめたり、輝石のクロムの濃度が増えたりします。輝石のクロムの組成変化も、それで説明できました。
 他に、残っている輝石の結晶を分離して、同位体分析(ストロンチウム同位体組成)をしました。年代測定(Rb-SrとNd-Sm年代測定)をするためでもあったのですが、ストロンチウム同位体は変成・変質を受けますが、残っている結晶であれば、影響を排除できます。
 マグマからできた輝石の同位体組成は、マグマの性質を反映しています。マグマはマントルの性質を反映しています。ストロンチウム同位体が、現在の海嶺の玄武岩と比べると、海水の影響を受けていることがわかりました。これは沈み込みの影響で、縁海のマントルに海水成分が加わったと考えました。
 このような分析の結果から、縁海でのマグマミキシングという結論にたどり着きました。考え方は間違っていないはずですが、分析結果については、正しいかどうかは、不安は残るところです。当時の鉱物分離や化学分析の限界に近いところでえた結果からの判断でした。
 岩石の砕いて、汚れているところをすべて除去しています。分離した輝石は、極力、変成・変質した部分は除去していました。少ない試料の量での分析になってしまいました。ですから、分析精度のぎりぎりのところでえたデータの判断となっています。しかし、その結晶の分析精度は保証できます。
 しかし、試料の汚染部分をすべて除去したと思っていますが、見えないものが残っていた可能性も拭いきれません。試料の汚染の不確かも考えると、限界に近いところで判断となります。もしろん、現在の装置や技術をもってすれば、白黒の決着はついたはずです。当時の状況としては、致し方ないものだと思います。
 研究結果は、学問の時流や技術水準を反映しています。ある地域の地質学的素材をもとにしていますが、普遍的一般論を導くという点は、達成できていると思います。しかし、その成果は、時間の淘汰には耐えられませんでした。
 地質学的見方は、もっと大局的な現象に着目しています。多様な島弧の形成メカニズムや地球史上の島弧の役割や位置づけの理解という捉えかたに変わりました。
 島弧でのマグマミキシングは、今では常識になりました。縁海にもいろいろな条件のものがあります。化学組成の微妙な差より、島弧の火成岩の存在と沈み込み帯で形成された高温高圧変成岩の存在が、今では重要とされています。地質帯を代表する岩石の地質学的配置という大局によって決定されていきます。とはいっても、地質学的配置すらも必ずしも当てにならないほど、大地の変動は激しいものですが。
 研究においては、痕跡的な違いに着目して、そこから地質学の普遍性を抽象していくことが、重要であり、醍醐味でもあります。ですから、ささやかな痕跡も疎かにできません。一方、大局的見方が、普遍性を駆逐して、すべてに優先することもあります。
 博士論文では、ささやかな痕跡にこだわりながら、普遍化していきました。この方法論は正しいものでした。しかし、今では、そんな普遍性からの結果より、大局が優先されています。これは地質学の学問における時間の流れが、このような普遍性を重要としなかったのでしょう。
 当時の状況で、あれだけの野外調査をして、あれだけのデータをだし、あんなささやかな痕跡に気づき、そして普遍化をしてきたことは、十分な評価に値すると思います。当時の努力と成果をほめてやりたいと思います。しかし、当時の結果は、時間の淘汰に耐えられませんでした。

・詮なきこと・
このようなエッセイを書いていたのは、
ノスタルジーではありません。
ある時点で重要だとされていることが
時間の淘汰に耐えられるかどうかは
その時点では判断できないものです。
どの程度の手間をかけて、取り組むべきテーマかは
その時の研究動向から判断すべきでしょう。
現時点なら、ささやかな痕跡より、
大局から攻めていくでしょう。
今の技術ならもっと精度よくデータだせるはずです。
過去の成果を、現在の基準で評価をするのは
詮なきことでしょうね。

・野外調査・
先月末に道東調査に出ているので、
このエッセイは、予約配信をしています。
今年は、雪が早く峠に降っています。
峠越えが心配になります。
もう一度野外調査を予定しているのですが、
峠越えのないように、
今月中旬の野外調査は、道南にしました。
これが今シーズン最後の調査となります。
山間部での調査もあるので、雪が心配です。
まあ予定を立てる時は、雪まで予想できません。
あとは与えられた天候で、
できる範囲で調査をするしかありません。

2023年10月1日日曜日

261 由来と展開:descentとevolution

 "descent"は「由来」という意味です。"evolution"は「進化」ですが、もとは「展開」という意味に使われていました。サバティカルを終える当たり、由来と展開、そして進化とマグマの本質について考えていきます。


 1991年から城川、西予と関わりをもって、今年で32年になります。人生の半分は、関わってきたことになります。城川を第二のふるさと思っています。そして、2010年4月からの1年間のサバティカルと、2023年4月からの半年間のサバティカルを経て、結びつきはより強いものとなってきました。
 これまでの人生を考えても、出身地の京都、現住所の北海道を除くと、城川が非常に長く過ごしてきた地となります。生まれ故郷は自身が「由来」した地ですが、大人になって関わってきた地として城川を契機に「展開」してきたことも多々ありました。サバティカル期間最後のエッセイとして、「由来」と「展開」について考えていきます。
 ダーウィン(C. R. Darwin、1809-1882)は、1859年に出版された「種の起源」で、進化論を展開していきました。「種の起源」と呼ばれていますが、英語版では、"On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life"(自然選択という方法、または生存競争の中で好ましい種の保存による種の起源について)というタイトルです。自然選択と生存競争を種の展開に重要で、種の由来にもなります。
 現在、「進化」を意味する英語は"evolution"ですが、「種の起源」の中では、「進化」の意味では用いていませんでした。同じ意味のことは、"descent with modification"(変化を伴う由来)を言葉を用いていました。ダーウィンには「The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex」(人の由来と性淘汰)(1871年)という著書もあり、"descent"という言葉を重視していたようです。
 "descent"の語源は、ラテン語の"descendere"になります。その意味は「降りる」という意味ですが、運動としての下降だけでなく、起源や家系を追跡するという意味でも使用されています。一方、"evolution"は、ラテン語の"evolve"をもとにしている言葉で、その意味は巻いてある巻物を開いて展開していくことで、現在の英語でも「展開」などの意味で使われています。
 それまで生物学では、"evolution"という語は、生物の発生の前成(ぜんせい)説において用いられていました。前成説とは、種子や卵の中に、生物の構造があらかじめ存在しており、構造に基づいて発生していくというものです。まるで小さな生物が「展開」していくように大きくなっていくように考えられました。前成説とは、事前に定められた方向に向かって進んていくことになります。
 その後、17世紀から18世紀にかけて顕微鏡で生物の微細構造が観察されてきて、前成説は否定されました。ダーウィンは、生物は自然選択により変化していくと考えていたので、"evolution"という語は、あまり使わなかったようです。
 ダーウィンと同時代のスペンサー(H. Spencer、1820-1903)が、「種の起源」を読んで、自然選択を適者生存(survival of the fittest)と言いかえたり、「進化」の意味で"evolution"を用いました。また、"evolution"を生物の「進化」だけでなく、拡大解釈していろいろな場面で使い、現在のような意味を持つようにしました。ダーウィン自身は、「種の起源」の第6版でやっと用いています。
 さて、地質学の話になります。
 "evolution"=「進化」という用語が定着してくると、いろいろな分野で用いられるようになってきます。"evolution"=「進化」で、地質学で真っ先に思い浮かぶのは、カナダの地質学者ボーエン(N. L. Bowen、1887-1956)が1928年に書いた、"The Evolution of the Igneous Rocks"(火成岩の進化)という本です。この本では、マグマの「進化」について述べられています。
 ボーエンは、火成岩の多様性をひとつの原理で説明しようとしました。もともと玄武岩質マグマがすべての火成岩のはじまりと考えました。地下深部で形成された玄武岩質マグマが上昇してきて、温度が下がっていきます。すると、結晶ができてきます(晶出といいます)。結晶の形成とともに、マグマの組成も変化していきます。このような変化が進んでいくと、マグマの組成が、ケイ酸(SiO2)成分が増えていきます。例えば、火山岩では、玄武岩→安山岩→デイサイト→流紋岩へという変化、深成岩では斑レイ岩→閃緑岩→花崗岩という変化になることが、ひとつの原理で説明できます。
 結晶として、カンラン石(Mg2SiO4-Fe2SiO4、最初はMgが多い組成となります)がマグマから晶出したします。カンラン石の組成で結晶の分が取り除かれれば、残されたマグマの組成はが変化していきます。ただし、カンラン石のように同じ結晶であっても、その組成が連続的に変化していくもの(固溶体と呼ばれてます)では、マグマと反応しながら変化していくこともあります。別の結晶(輝石、角閃石、黒雲母など)でもマグマと反応しながら、晶出が連続的に起こります。
 カンラン石(オリーブ色)のような有色の鉱物だけでなく、無色鉱物でも同様に反応が起こります。斜長石(CaAl2Si2O8-NaAlSi3O8)内でも、CaAlとNaSiと置き換わりながら(パーサイト置換と呼ばれます)、連続的に変化していきます。有色鉱物でも無色鉱物のいずれの反応も、ケイ酸成分が多くなる変化となり、自然界で知られている一般の火成岩の変化と対応しています。
 ボーエンは、マグマと各種の結晶の間で起こる変化を反応原理(reaction principle)、あるいは反応系列(reaction series)と呼びました。反応原理によって、マグマの組成が変化していくことを、"descent of magma"(マグマの変化)と呼び、"liquid line of descent"(マグマの組成変化の経路、残液変化曲線)と呼びました。
 ここで"descent"は、マグマの組成変化が、反応に用いられるMgやCaの量を中心に考えると「下降」、あるいはマグマ(liquid)の量は減少していくので「下降」という意味に捉えることも可能です。しかし、ケイ酸成分の増加、結晶の増加という相反する現象も起こっています。ですから、「由来」や系統の意味合いで捉えるべきでしょう。
 現在では、火成岩が詳しく調べられ、ボーエンの反応原理がすべてのマグマで起こるわけではないこと、また一通りの反応ですべてのマグマ系列の種類が説明できないこと、マグマの中で固溶体を持つ別の結晶が連続的に反応できないこともあること、条件によって晶出する結晶の種類がいろいろと分岐することなど、一筋縄ではいかないことがわかってきました。
 しかし、反応原理の「原理」は今でも健在です。固溶体とマグマの反応も、多くの火成岩で確認され、マグマの組成変化が晶出によって起こるという原理は、現在でも生きています。
 今では自身の"descent"「由来」の半分は、城川になってきたました。また、城川での"evolution"=「展開」は、後半生においては非常に重要な意義をもってきました。これまでの研究者人生の総括として、2016年から「地質学の学際化プロジェクト」の萌芽は、最初のサバティカルにありました。そして、2度目のサバティカルでは、2024年に発刊予定の「地質学の学際化プロジェクト」の最終巻のための中心論文のひとつと、その草稿を準備しました。このプロジェクで、"evolution"=「進化」できたかどうかは不明ですが、少なくとも"evolution"=「展開」はしていると自負できます。それも城川のおかげです。

・サバティカル終了・
サバティカルが9月末で終了しました。
これが西予市城川町では、
最後の長期滞在になります。
街やジオアミュージアムに
どの程度貢献できたかは不明ですが、
少なくとも、私は、
多くの成果を残すことができました。
それについては別の機会にしましょう。

・進化とマグマ・
今回、進化とマグマについて取り上げたのは、
この半年間で考えていた重要な概念は、
生物の起源と地球の起源です。
それそれにに関わる重要な概念として、
進化とマグマがあります。
サバティカルを終えるに当たり、
それの重要な概念について考えました。

2023年9月1日金曜日

260 単純さと多様性の混沌

 いろいろな仕組み、からくりには、単純さと多様性が行き来しているようです。ここでは、生物の基礎となるDNAからアミノ酸、タンパク質、さまざまな場面で、単純さと多様性が混沌として混在しています。


 生命起源について考えています。生物学は専門ではないので、生物の仕組みの基礎から学んでいくことになります。教科書をみると、生物の遺伝情報やタンパク質合成の仕組みや原理は、かなり解明されてきています。ところが、生命の起源に関しては、まだ規則性すらわかっていません。
 生物学というひとつの学問においても、分野によっては進展の程度が異なっているようです。研究分野では、創成のころはわかっていることもあまりなく、研究者も少ない状態です。その後、その分野で注目を浴びるようになると、多くの記載データも研究者も集まりだし、大きな分野に成長しています。このような研究分野での進展は、次にような、似たような段階を経ていくように見えます。
 まったくの手探りの分野の創成状態(前科学)からはじまります。やがて記載方法が定まり多様性を把握されていき、多様性の中の規則性を見出し、例外を規則性を修正しながらよりいいものにしていく段階(通常科学の開始=パラタイムの成立)になります。ところが、規則性を修正(変則性)しても説明できない例外が見つかる段階(危機)になります。例外が増えていき上位の規則性の修正でも説明できない段階(危機の深刻化=異常科学)になってきます。やがてまったく新しい規則(パラダイム)を見つける段階(科学革命)となります。このような科学の発展過程として、トーマス・クーンが提唱した「科学革命」と呼ばれるものです。
 生物学における生物の仕組みでは、基本的な規則性がわかってきているので、通常科学(パラダイム)がはじまっていますが、まだまだ例外が見つかり、規則性を修正している段階に見えます。ところが、生命誕生に関しては、基本法則もまだ見つかっていない、まったく手探りの前科学の段階のように見えます。
 生命起源を考えるには、生命の仕組みがどうしてできたのかを考えていくことになります。ここでは、生物が利用する化合物、タンパク質の多様さを生み出す仕組みを考えていきましょう。
 タンパク質は、非常に多くの種類があります。大腸菌では4000から5000種が利用され、酵母菌では6000から7000種になるとされています。ヒトでは、2万から2万5000種と推定されています。ところが、地球生命では、20種のアミノ酸から、すべてのタンパク質ができていることがわかっています。
 アミノ酸の特徴は、アミノ基(NH2)とカルボキシル基(COOH)を持った有機分子です。アミノ酸は、中心の炭素に結合している多様な側鎖(R基または側鎖基と呼ばれています)をもっています。この側鎖の違いが、アミノ酸の特徴や性質の違いとなります。20種のアミノ酸が、地球生物では利用されています。
 アミノ酸が基本単位(モノマー)となり、アミノ酸が連なることで、ポリペプチド鎖(アミノ酸鎖)を形成してタンパク質となります。タンパク質の構造は立体的になり、いろいろな性質を持つようになります。20種のアミノ酸が組み合わさることによって、タンパク質の多様性ができていきます。
 アミノ酸は、生物がもっている遺伝情報に基づいて形成されていきます。生物学の基本となる遺伝情報は、デオキシリボ核酸、略してDNAと呼ばれる細胞内の分子に記録されています。
 DNAからアミノ酸を経由してタンパク質までの道筋、あるいはタンパク質の多様性を生む原理はわかってきています。ただし、あくまでも原理であり、多くの組み合わせの中から、なぜそのようなアミノ酸やタンパク質が選択されてきたのか、その理由は必ずしもわかっていません。
 次に、生物の遺伝情報の記録の方法をみていきましょう。DNAは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種塩基(ヌクレオチドと呼ばれています)からできています。ただし、RNAの場合は、チミンの代わりにウラシル(U)が使われています。塩基同士が対になっているのですが、アデニンとチミン(ウラシル)、グアニンとシトシンが常に繋がる仕組みがあります。この仕組みは、情報保存だけでなく、複製や修正に役立ちます。
 DNAのATGCの4つの塩基は、2進法で考えると、2桁あれば、00、01、10、11として4つの塩基に対応できます。2進法で2桁は、情報科学では2ビット(bit)と呼ばれて入ります。2ビットで4種の塩基が表現できることになります。このように数学的にDNAを情報と捉えることもできます。
 別の見方もできます。4つの塩基がn個並んでいるとすると、その並びの組み合わせは、4のn乗が可能になります。4のn乗を、4^nと表記しましょう。塩基が2個の連なりなら4^2=16通り、3個なら4^3=64通りの組み合わせになります。
 実際には、3つの塩基が連なりが基本単位となり、コドン(codon)と呼んでいます。組み合わせは、64通りになります。今ではコドンの意味はわかっています。
 コドンがいくつか連なって、アミノ酸ができています。コドンの数は、1つの場合から6個の場合まであり、その組わせにより、多様なアミノ酸がつくれます。1つのコドン(メチオニン、トリプトファン)から、多いものだと6つのコドン(アルギニン、ロイシン、セリン)まであります。
 多様性の程度ですが、6つのコドンからなるであれば、3x6=18塩基なので、4^18=687億1947万6736の組み合わせになります。実際には、1個から6個までの選択も含みますので、さらにに多くの組み合わせができます。便宜的にここでは、4^18としておきましょう。塩基は2進数なら、全組み合わせは、36桁、つまり36ビットとなり、現在のパソコンの主流となっているのが32ビットから64ビットのCPUを搭載していますので、パソコンの処理能力の範囲になっています。
 ところが、地球生命では、アミノ酸は20種が利用されているだけです。多様な組み合わせが可能なのに、たった20種しか使われていません。単純なもので多様なものができます。その理由は、なぜなかのかはまだわかっていません。生命誕生の過程で、環境の中で「よりすぐり」のものが選ばれたのでしょうか。
 このようなアミノ酸とコドンの組み合わせの仕組みは、理解されてきています。コドンの機能として、メチオニン(AUG)は、タンパク質合成の開始を示す「開始コドン」と呼ばれています。また、タンパク質の合成終了は、UAA、UAG、UGAの3つのコドンの連なりが「ストップコドン」となります。この間の情報から、タンパク質の合成が進められます。
 その間に情報が生み出す多様性は非常に膨大になることは予想されます。ただし、これは組み合わせ、多様性形成だけの話です。生命体の細胞内では、絶えず、複数のタンパク質の合成しています。細胞では、必要なタンパク質の種類を判断し、その量やタイミング、働く部分など、すべてが調整されているので、非常に複雑なことをおこっていることがわかっています。それを情報処理になぞらえるのは、なかなか難しいものです。
 すべての情報は、DNAに記録されているはずです。ヒトのDNAは、2003年には解読されており、30億7984万3747塩基対だとわかっています。遺伝情報をタンパク質の合成とみなすと、最小単位はコドン1つで3塩基対、最大でコドン6個で18塩基対だとすると、遺伝情報は、10億から1億7000万程度、少なくとも1億程度の遺伝情報が記録可能となります。そこで多様な組み合わせがつくれます。
 ヒトの遺伝情報は、遺伝子としてDNAの中に書き込まれています。遺伝子を構成する塩基対の数は、数百から数千の塩基対を持つことがあります。もし、1000塩基対だとすると、DNAの中には、317万個の遺伝子を持てることになります。
 しかし、DNAには遺伝情報の記録に使われている部分(エクソン)と使われていない部分(イントロン)が大量にあると推定されています。そのうち、イントロンは、スプライシングと呼ばれるプロセスによって利用時には取り除かれるところ、繰り返しになっているリピート配列などもあります。イントロンがヒトのDNAの中で締めている比率は、80〜98%だとされています。300万個の遺伝子の内、60万から6万となります。これでも使用しているタンパク質合成のための遺伝子は十分記録可能です。
 ヒトの遺伝子の数は、推定によって変動することがありますが、およそ2万から2万5000と推定されています。ですから、DNAの情報には、タンパク質合成だけでなく、もっと多様な情報が記録されているはずです。
 ヒトのDNAには、非常に余裕をもって情報が記録されていることになります。一方、たった20種のアミノ酸から多様なタンパク質が利用可能なのですが、その一部しか使っていないことになります。まだ、DNAの中にもアソビ(イントロン)があり、自然の中で、「よりすぐり」が選ばれたのでしょうか。複雑さの中から単純さへの選択がなされています。
 ここでは、タンパク質の多様性の形成のメカニズムだけをみてきました。他にも細胞内にはいろいろな器官や組織もあります。そこでも固有や共通の仕組みが働いています。生命誕生には、それらのうちどれが必要不可欠だったのでしょうか。
 生命の仕組みの中には、単純さと多様性が混在しています。多様性から選択、選別される原理は、まだよくわからないことが多いようです。「よりすぐり」ではなく、「とりあえず」だったのかもしれません。単純さと多様性の混沌が、そこにはあるようです。

・生物学と地質学・
生物学は地質学と比べると、
非常の大きな学問分野です。
知識量も、投入資金、動く資本、また従事する人員も
桁が異なっていることでしょう。
学問内に単純さと多様性が混沌としている点は
共通しているようです。
学問の発展段階のパターンも似ているようです。
後進が大きな学問体系を学ぶのは
教科書はいろいろあっていいのですが、
その分裾野が広く、奥行きも深いので
学ぶことも多くなります。
しかし、そこには単純さと多様性が混在しています。

・残された目標・
いよいよサバティカル最後の月となりました。
このひと月の目標は、
野外調査が2回、帰省を1回します。
2冊の本の校正、1冊の本の編集、
そして、論文の執筆をしていきます。
1年間でやることを、半年間に詰め込みました。
なかなか大変ですが、
研究に専念できる最後のチャンスなので
できる範囲で進めていこうと考えています。