2018年5月1日火曜日

196 尤度:主観と尤もらしさ

 これまで何度か必要に迫られて統計学を学んできました。どうも科学的プロセスで、因果関係などの論証には、十分に効力発揮できないと思っていました。そんな時、ベイズ統計に出会いました。

 科学では、事実・観察をしたり、あるいはデータを集めて、そこから何らかの仮説を証明するという作業をおこないます。これが科学をおこなうための一般的な論理過程、論理構造であります。仮説検証のためには必要な手続きなのですが、これは帰納法となります。得られたデータから規則性(ここでは法則と呼びましょう)を、帰納法で導き出そうするものです。
 この法則は、一般化されたものに見えますが、枚挙的帰納法と呼ばれ、法則が保証しているのは、データの範囲、集めたデータの限りでは、という「ただし書き」が常に付きます。枚挙的帰納法から得た法則は、自然界には斉一性が働いているという、前提が必要になります。自然の斉一性を正当化するには、帰納的に調べていくしかありません。これは循環論法となっており、証明不能です。
 このような帰納法の弱点は、たったひとつの反例が出てきたら、法則は否定されたことになります。法則を破棄するか、それともその反例に合わせて法則を変更してツギハギ状態の法則にするしかありません。帰納法を常用する自然科学には、ここに弱点、限界があります。つまり、証拠がいくら増えても、正しさを保証することも、証明することもできないのです。
 百歩譲って、いろいろな法則が成立しているとしましょう。もし法則が適用可能なら、○○という条件では、□□が起こる、ということです。法則の適用範囲(○○)を調べることも可能でしょう。もし適用できない範囲がわかれば、法則の適用限界を把握することにもなります。このような使い方は演繹法となります。演繹法をうまく使うことで、まだ得られていないデータや、まだ起こっていない現象などを予測することができます。あるいは、出てきたデータが、なぜそのような値をもっているのか、その由来を知ることができます。
 演繹法にも問題があります。当たり前のことですが、法則の適用範囲であれば適用でき、それ以外では利用できません。ただそれだけです。演繹からは、新しい法則を見つけ出すことはできないのです。ただ実用するだけで、そこには創造性がないのです。
 「○○という条件では、□□が起こる」という言い方をしたのですが、見方を変えると、○○は原因で□□は結果です。因果関係とも言い換えられます。帰納法は因果関係を見出す方法です。演繹法では、因果関係を利用して原因から結果を、結果から原因を知ろうとしたり、法則の検証したり、拡大解釈を試したり、限界を決めたりすることができます。帰納法は時系列を守って適用されましたが、演繹法は時系列を行ったり来たりできるものです。
 結果から、「未知の法則」を仮定して、原因を探ることをアブダクション(abduction)と呼んでいます。これは演繹法の飛躍的な帰納法の適用ともいえます。ただし、未知の法則は、研究者が根拠もなく仮定するものです。そこには、不確かさや主観が入ってくるので、非常に非科学的、非論理的です。さらに、因果関係の時系列を乱すものでもあります。アブダクションという方法論としてあったしても、論理的はまったくおかしなもので、論理的保証はありません。
 ところが、科学では未知の法則を「作業仮説」として、時々用いています。作業仮説は、研究者の裁量次第、思いつきでも、思い込みでもいいのです。作業仮説はスタートに過ぎないのです。科学の現場では、よく使われていますが、論理的には間違った方法です。ですから、なかなか論文に現れないものとなります。
 アブダクションは、最終的に帰納法によっては法則化はされていくのですが、その過程には、問題があります。ただし、飛躍的創造性を生み出す手法でもあり、セレンディピティ(serendipity)と呼ばれているものです。セレンディピティもアブダクションの一種で、古くから科学者は用いてきました。
 私は、アブダクションにおける、このような主観的な「もっともらしさ」や、なんとなくの「確からしさ」などを追求するための方法論が必要性だと考えていました。このような内容は、以前にもこのエッセイで述べたことありました。なかなか進展もできず、なかなか学問として方法論にならないだろうなと思っていました。
 ところが、ベイズ統計というものの存在を知りました。実は統計学を学んでいる時、ベイズ統計の用語や式はみていました。深くは理解せず、考えていませんでした。ベイズ統計には、尤度(ゆうど、likelihood)と呼ばれるものがあります。尤とは、「尤(もっと)もらしさ」という意味です。尤度とは、観察された結果から、原因がどうであったかを推測するもので、その尤もらしさを表す値のことです。ベイズ統計には、尤度の他にも、事前確率(prior probability)、事後確率(posterior probabilit)、主観確率(Subjective probability)など、それまでの科学や統計学にはない概念が使われています。非常に興味がでてきました。
 ベイズ統計は、実は古くからあり、そして時々必要に迫られて使われてきました。近年、特に21世紀に入ってから注目されている学問分野です。ベイズ統計の基本は、ベイズの定理です。言葉でいうと、
  事後確率は事前確率と尤度の積に比例する、
というものです。事前確率は原因、事後確率は結果、尤度とは尤もらしさです。結果は原因ともっともらしさの積、で求められるということです。考えてみると当たり前です。どんな可能性(尤もらしさ)でも、その確率に応じた、結果の可能性があるはずです。このような考えた利用できるのは、非常に便利です。
 さらに、事前確率が不明の場合は、「理由不十分の原則」で、適当にあるいは主観的に値を入れていいというものです。それで何らかの結果が得られれば、その結果を次の事前確率して計算してしまえば、次の事後確率はよりもになります。このような考えを「ベイズ更新」といいます。実験や観察では次々とデータでてきます。それを順次、計算に組み入れていけば、理論の確からしさが確かめられるということです。これは数学的にも、いろいろ証明されてきており、自然科学では非常に有用な方法であるともいます。
 従来の統計学では、主観などはいることはなく、確率も客観確率となります。また、全体を見渡して統計を扱うので、実験の量も組み合わせも、最初に決めれた、一定量、決めた計画どおり進めなければ終われないのです。しかし、ベイズ統計では、気軽にスタートして、計算で満足できる評価がでれば、そこで終わっていいという保証がえられるのでのす。非常にいいものです。もちろんいろいろ批判はあるようですが、実用性は非常に高いようです。
 私は勉強中なので、ベイズ統計の本質は、まだ十分理解できていないかもしれません。しかし、そこに非常に大きな可能性を感じています。なにより、人の考える生理にあった方法論でもあります。あるいはついつい経験的にやってきたことが、確からしいという保証がえられるのです。これから、ベイズ統計に、もう少し深入りしていこうかと思っています。

・勉強中・
ベイズ統計に関する本を読んでいます。
計算方法については、入門書をいくつか読みました。
ベイズ統計の思想や哲学を理解するための本も
いくつか読んでいます。
なかなか難しい哲学なのですが、
そこには今までの科学的論証には足りなかったものが
ありそうな気がしています。

・家族サービスも・
いよいよゴールデンウィークです。
今日は間の平日ですが、私は現在調査中です。
このエッセイは送信予約しています。
道南地方の調査にでいていますが、今日帰宅します。
ゴールデンウィーク後半は
通常通りに仕事をするのですが、
家族サービスも必要でしょうね。

2018年4月1日日曜日

195 三友:実利とノスタルジー

 友人関係には、現在進行中のもの、実利関係で結びついているもの、実利がなく過去からの付き合いのもの、いろいろな関係があります。実利のない関係は、なかなか居心地がいいですが、注意も必要です。

 地質調査には、ひとりでこつこつとおこなうものと、グループや共同で組織だっておこなうものとがあります。目的に合わせて用いられます。私は、現在では、ひとりでおこなう調査ばかりをおこなっています。自分の現在の研究テーマが、ひとり露頭や石に向きあって考えていくことが中心になっているからです。まれに友人たちと調査をおこなうこともありますが、それは現在のメインテーマとはなっていません。
 以前は、非常の大きな学術研究や海外調査のメンバーとして加わったり、自身が代表になっておこなった共同研究や海外調査などもありました。目的を同じくした人たちと共同研究をすることは、ひとりではできない広範囲や作業量、データ量などをこなしたり、メンバーの多様な専門性を活かしたより広範で学際的な研究もおこなえます。共同研究でないとできないものテーマも多数あります。
 最近は非常に大きな国際的な共同研究が、いくつもおこなわれるようになりました。論文でも、数十人が著者として名前を連ねることも珍しくありません。そんな巨大研究プロジェクトは、マネジメントする人たちは、非常に大変な苦労をしているだろうなと思います。それでないとできないような研究もあるのです。巨大な望遠鏡や、実験装置などを開発したり惑星探査をしたりするような研究は、大人数にならざるえません。
 共同研究をおこなうとき、同じような専門性を持った人たちなら、気の合った人たちを選びます。つまり、その研究に達成するために、その人の専門性や技量もさることながら、一緒に研究を進めていける人たるかどうかが、重要になります。
 巨大プロジェクトはさておいて、比較的少人数での共同研究、あるいは共同作業を考えましょう。他の人と何かをおこなうとき、そのメンバーをどのような基準で選ぶか、ということが今回の話題です。相手の専門性や能力は、共同する場合、重要になります。でも、相性の悪い人とは、共同研究は多分うまくいかないでしょう。なんとか進めても、精神的に非常に疲れたものになるでしょう。人数が少なければ少ないほど、相性の悪い人との共同は、難しくなるでしょう。しかしそれなりの専門性や能力がない人とは、共同作業はできません。
 ある人が他の人と共同研究をする場合です。Aさんは、専門的能力が秀でているが、自分とは相性が悪い。Bさんは、専門能力はそれほどではないが、まあまあ相性が合う。このような選択であれば、テーマに緊急性や実利性が強ければAさんを、それほどでなければ多くの人はBさんを選ぶでしょう。では、もうひとりCさんがいて、専門能力は一番劣っているが、一番相性が合うとしましょう。Aさん、Bさん、Cさんのうち一人を選ぶとすると、誰を選ぶでしょうか。
 実利的に考えればAさんを、気持ちよく共同研究をしたい人はCさんを選ぶでしょう。折衷案がBさんでしょうか。共同研究の目的、あるいは達成の優先度や切迫感、期間にも左右されるでしょう。早急に確実な成果を求められているのならAさん、成果も必要だが、あるていど長い研究期間が必要の場合はBさんでしょう。萌芽的なテーマで、非常に長い期間に及び、共同での野外調査などもあり、あれこれ相談しながら試行錯誤、修正しながら研究が進めなければならないのなら、Cさんでしょう。
 人対人の付き合いは、難しいものです。「持つべきものは、友」という言葉があります。私も、友人は大切だと思います。でも、そこに上で述べたような、利害や成果がからでくると、選択は悩ましく、どろどろした打算が芽生えてきます。最近の研究には、そのようなものが多くなってきているような気がします。ですから私は、個人できる研究を専らとしています。
 一般的な友人関係を考えてきましょう。私は高校を卒業してから、立場や職業、住居を転々と変えてきたので、長い付き合いしている人は、限られています。近所付き合いから発展したものはありません。しかし、最近、同窓会や定年、還暦などで、同世代の友人たちと連絡を取りあうようになってきました。私だけでなく、SNSの普及により、今まで連絡を取り合っていなかった友人たちと、連絡が取り合えるようになった方いるのではないでしょうか。昔懐かしい友人は、いいものです。でもその多くは、SNSやメール連絡が中心しているのではないでしょうか。
 私は、大学の学部の同期で、いち早く?還暦を迎えた仲間がいて、その人を中心に連絡を取り合うようになりました。そして、同窓会のメールでの連絡網が復活して、同窓会での飲み会も実現しました。今年の秋にも、また同窓会がありそうです。そんな友人関係は、自分にとって実利的な関係がないので、居心地のいいです。個人的に合う合わないのようなものがあるでしょうから、同窓でも合わなければ、連絡をスルーすればいいわけです。メールはそんな疎遠さを生み出すこともできます。
 一般に、どんな友人が良くて、どんな友人が良くないのでしょうか。孔子は、益者三友と損者三友としていっています。益者三友とは、役に立つ友人のことです。その三友とは、
  友直 友諒 友多聞 益矣
  直(なお)きを友とし、諒(りょう)を友とし、多聞(たぶん)を友とするは益なり
といっています。これは、直きは正直なこと、諒は誠実なことで、多聞は博学のことです。そんな人を友とすること、自分の益となるといっています。
 損者三友とは、
  友便辟 友善柔 友便佞 損矣
  便辟(べんぺき)を友とし、善柔(ぜんじゅう)を友とし、便佞(べんねい)を友とするは、損なり
といっています。便辟とは体裁のことで、善柔とは人当たりがいいが誠意のないこと、便佞とは言葉巧み、口がうまいことです。そんな友人は損者となるといいます。
 孔子はもっとなことをいっていますが、ある人にとっては、損者かもしれませんが、別の人にとっては、益者となっているかもしれません。ある時は益者となり、またあるときは損者となることあるでしょう。研究という実利面があっても、Aさん、Bさん、Cさんの例のように、損者であっても、うまが合う方を選ぶこともあるでしょう。まして、研究などという実利的な絡みがないところでの友人関係は、もっと多様な選び方をされるでしょう。
 古い友人とは、ついつい思い出話に浸っていき、現実逃避になってしまいそうで、少々注意が必要です。過去のノスタルジーの世界は、なかなか居心地のいいところなので、長居をしなようにしなくては。

・新年度・
いよいよ新年度なります。
大学も新入生を迎え、学年をひとつ上がった学生となります。
最近は、大学のスケジュールもタイトになり、
我が大学では4月の初日に入学式がおこなわれます。
そして1週間でガイダンスをすませて、
翌週からは講義がはじまります。
学生も慌ただしいですが、教員も慌ただしくなります。
もう少し落ち着いて、
新年度のスタートができればいいのでしょうが、
そうもいかないようです。
これからは、ますますタイトになることあっても、
のんびりという時代には戻りそうもありませんね。

・夏靴夏タイヤ・
今年は、北海道では久しぶり雪解けも早いです。
暖かい日も多くなってきます。
全国的な傾向でもありますが、
今年は、暖かさと寒さの変動が激しいようです。
靴ももう夏グツに変えます。
車ももう夏タイヤでもいいかもしれません。
近々変える予定です。

2018年3月1日木曜日

194 不確かさの楼閣

 科学は、信頼性のあるもののように思っています。しかし、すべてのものが必ずしも確かではなく、「不確かさ」はどこにでも紛れ込んでいます。「不確かさ」への心構えも、持っているべきでしょう。

 「空気のような存在」という言葉は、ごく普通に使っています。そのもの(人)は存在するけれども、その存在を感じさせないという意味です。空気は地球の大気を構成している酸素が2割、窒素が8割の気体のことをいいます。でも、酸素の起源や二酸化炭素の行方などを調べている専門家にとって、地球の空気、大気は決して「空気のような存在」ではありません。
 日常的に使っている言葉には、自身の関心をもっている言葉が入っていると、ついつい気になってしまいます。中には専門語もあり、その分野の研究者にとっては気になります。
 例えば「溶けたマントルからきたマグマ」という間違いをよく聞くのですが、それは明らかに間違いで、地質学者にとっては気になります。マントルは固体の岩石からできています。ただ特別な条件ができた場合にのみ、岩石が溶けてマグマができることがあるのです。「宇宙に生命はいるのか」という言葉もよく聞きます。これは宇宙に生命の存在を問うものですが、宇宙に生命は存在します。地球は、宇宙の中に存在します。地球には生命がうじゃうじゃいます。ですから、「宇宙に生命はいる」は問うまでもない質問なのです。でも、先程の「宇宙に生命はいるのか」という問いは、地球生命を除いて「いるのかいないのか」を問うているのでしょう。ですから、正確には「宇宙の地球外生命はいるのか」という問いにすべきでしょう。宇宙という言葉の扱いは、どうもいい加減な気がします。
 では本題です。「それは誤差の範囲だ」という言葉は、日常でも使っています。統計学では誤差を厳密に扱っています。ですから、統計学を学んでいる人や専門家には、「それは誤差の範囲だ」と気軽にはいってほしくないはずです。数値や分析値を扱うような立場の人は、つねに誤差が気になります。
 私も統計の専門家ではないのですが、誤差は気になります。誤差というより、統計にはかからない不確かさ全般でしょうか。
 岩石学では、岩石のいろいろな成分の化学分析をし、分析値を用いて研究を進めていきます。例えば、ある露頭でえられた岩石と、他の露頭や他の地域の岩石と比較検討をおこないます。また、化学的類似性から形成場を類推することなどもよくします。
 分析値を扱う時は、注意が必要になります。同じ岩石できている露頭で試料をいくつかとって分析しても、分析値はある程度のばらつきが生じます。これは自然物の分析では、必ず生じるものです。自然は理想的ではなく、なんらかの不均質さがあります。あるいは分析は人や機械を介しておこなうので、そこに不確かさが紛れ込みます。同じ露頭から同じ岩石とみなされる試料を多数とって大量に分析していくと、ある統計的なばらつき(正規分布)で分析値が集まっていきはずです。そのときの平均値が、もっと信頼できる値(岩石の化学組成)となるはずです。ただし、分析値の正規分布には幅があり、平均値の誤差として判明しているので、その誤差が分析もしく岩石組成の精度となります。その誤差は、先程いった不確かさに由来しています。実は、統計処理できない不確かさが一杯紛れ込んでいます。
 まず、毎回こんな分析をして検討を加えることはありません。研究テーマがそこにはないからです。露頭を代表していると考えられる試料ひとつを採取します。もちろんいくつもタイプがあれば、多数採取することもあります。このような作業を露頭ごとに繰り返して、調査地域の代表的な岩石のすべて集めて、分析できる試料にしていくことになります。その作業量が、かなりのものになります。それを考えると、露頭の試料選択は慎重におこないますが、代表となる一個としたくなります。その試料は、研究者自身の判断で、見た目で、経験上一番いいと思えるものを選ぶことになります。
 自然の露頭には、必ず変質や風化が起こっています。そんな部分は避けて採取したり、分析の前に除去していきます。でも、本当に除去できているかという不安はあります。時には、代表的な露頭が、すべての分析に適した岩石ばかりとは限りません。風化が激しい、変質が激しい露頭であっても、そこにしかないタイプの岩石だとすると、試料として採取し分析するしかありません。もちろんできるだけ本来の岩石の組成になるように、変質や風化部分は除去していきます。統計的に処理したとしても、本当に正規分布になっているかどうか不安もあります。正規分布だったとしても、誤差が大きくなったり、その試料がたまたま端の方の試料だったらという疑念が常にあります。でも分析精度を正規分布しているかどうかを、毎度チェックすることは不可能です。
 私は、そんな岩石を相手にしていたので、分析値の信頼性には常に悩まされていました。自然物の分析値に適用する場合、自然物から分析に至るまでの間に「不確かさ」が必ず紛れ込んでいます。統計処理する以前の段階での「不確かさ」です。統計的に評価できない「不確かさ」のある分析値で、どの程度を差異とし、どの程度を同等、類似とするかが悩ましい判定となります。
 それでも、分析誤差、あるいは統計的誤差の範囲内で一致している場合は同じとしていいいでしょう。多数の中の一つになっていくのですから。ところが、化学組成が似ているという範囲から外れる場合が問題になります。ある岩石の分類の定義の範囲の外ですが、その違いがわずかだったり、ある化学組成にだけ明らかに誤差以上の差異が認められる場合です。
 その成分が変質や風化で動きやすいものであれば、検討に加えるべきではないでしょう。もし動きにくい成分で明らかな違いがあれば、「違う」と判断するでしょう。でもその違いの「不確かさ」の評価はできていないのです。それを論文では記載で明示していて、研究者の倫理には則っていたとしても、そこには「不確かさ」が紛れ込んでいるので、不安が残ります。
 その違いから、何故違いが生じたのかという、原因を探る研究になることもあります。その原因を前例、典型として、他の地域の岩石全体の成因を考えいく研究者がでてきます。その成因を利用して、このタイプのマグマの成因論として一般化していくという研究者もいることでしょう。親ガメ(最初の判断)の上に、子ガメ(地域の岩石全体に成因)の上に、孫ガメ(マグマの成因の一般論)へと話が進むのです。いつしか「不確かさ」が、見えなくなっているのかもしれません。本当にその論理は、信頼できるのでしょうか。
 信頼できそうな岩石試料を用いた化学組成で、ほとんどの成分が同じでも、どれかひとつの成分で全く違うものが見つかったら、違いがあることにして議論を進めていきます。その違いはどうしてできたのかが、問題となるわけです。主成分では同じでも、微量成分や同位体組成が明らかに違う場合は、その原因を追求することは、岩石学では重要視されて研究が進みます。でもそこにもきっと何らかの「不確かさ」が紛れ込んでいるはずです。
 多くの自然科学では、どこかに「不確かさ」を持ちながら議論が進められていきます。別の人や別のところで、同じような作業によって検証されていけば、その「確かさ」は増していくのでしょうが、その作業は人海戦術となります。自然物を対象にした科学には、そのような難しさと「不確かさ」があります。
 科学とは人の営みでもあるので、人が作り上げていくものでもあります。自然の科学とは、不確かさに満ちた楼閣であることを、心しておかなければなりませんね。

・オフィオライト・
オフィオライトと呼ばれる岩石は、海洋底にあったものが、
陸地に持ち上げられた古い岩石群です。
私が研究していたものは、2億8000万年前ころの
古生代ペルム紀前期に形成されたものでした。
変成、変質、風化があり、激しいものもありました。
あるタイプの岩石は、特にひどいものでした。
でもその違いを、露頭では見分けることができずに、
顕微鏡で観察することでわかりました。
偶然に見つかったものでした。
そのタイプの岩石が、この地域のオフィオライトの
成因において重要な役割を果たしました。
多くの成分の分析を、その岩石でおこないました。
変成などで動きにくい、確からしいものだけで評価して、
成因論を組み立て、一般論化しました。
今でも、その成因論は正しいと思っていますが、
不確かさが、紛れ込んでいるのは確かです。

・梅はまだか・
3月になりましたが、北海道はまだ雪の中です。
以前住んでいた神奈川県の西部は、梅の名所があちこちにあり、
3月ともなる多くの人出となっていることでしょう。
神奈川から離れてもう16年になります
子どもたちは、生まれは神奈川ですが、
北海道で育ちとなります。
寒いところは嫌で、温かいところ、
本州志向が強くあるようです。
幸い小さい頃から、あちこち連れて行ったので、
ひとつの地域に固執することはなく、
好きなところを見つけて、出かけることことにも、
移住することにも、抵抗はないようです。
これは私も持っていた性質なので
子どもにも伝わったようです。

2018年2月1日木曜日

193 若者よ、失敗を恐れるな、糧となる

 どんなに偉人、天才と呼ばれた人であっても、皆同じような苦労や失敗をしています。失敗を恐れず、立ち向かうことです。失敗こそが今後の人生で大きな糧となります。これは自身で経験から学ぶことなのでしょう。

 大学の教員をしていると、常に若者と接すっしています。若者が大学の4年間での学びを手助けするのが、教員の仕事でもあります。しかし、大学に来る若者の中には、実家を離れての一人暮らしの自由さで弾けていくもの、新しい友人関係やクラブやサークル、趣味など興味のあることにのめり込むもの、アルバイで得たお金に魅力を感じているもの、そんな若者も結構な比率で見かけます。学生は、大学では学びという本業があるので、そのような目先の楽しいものについついのめり込んで、本業をなおざりにする若者もいます。それがもしかすると将来の本業になることもあるかもしれません。でも、なぜ大学にいるのでしょうか。高い授業料はなんのためなのか。アリストテレスは、「私は敵を倒した者より、自分の欲望を克服した者を勇者と見る。自分に勝つことこそ、もっとも難しいことだからだ」といっています。目先の楽しさは、人生においての大敵になります。それに打ち勝ち、本業に向かうことこそ、大学生の本分でしょう。
 大学は最高学府なので、学びの手助けをするのが、教員の主たる仕事です。しかし近年では、多くの時間を、挫けそうな若者に手を差し伸べるために費やしているように思えます。それは、決して無駄ではなく、若者が成長し、変化し、立ち直っていくのを見るのが、やり甲斐にもなり、楽しみでもあります。もしかすると、失敗体験は、その若者にとって、学問以上に、重要な人生の学びになるかもしれません。アインシュタインも「失敗をしたことがない人間は、新しい挑戦をしたことがない人間である」といいます。私も、挑戦することが重要で、失敗を恐れてチャレンジしないと、何も得られないことも学んできました。
 若者は、大学の4年間で、それぞれの目標に向けて、いろいろな学びや経験を積みながら、成長して、卒業していきます。大学の学びが、今後の人生でどの程度役に立つかわかりませんが、若い時苦労して得たものは、将来きっと役に立つと思います。ゲーテはいいました「若くして求めれば、老いて豊かである」と。私も、長い人生で多くの失敗をしてきました。その苦労は現在の自分を支えています。
 大学の教員の目は、常に在学中の若者に向かいます。その繰り返しが、大学教員の日常となります。私自身は変わらないのですが、若者が常に変化していくので、常に新鮮な気持ちにさせられます。ただし、私は着実に年齢を重ねていきます。気づかぬうちに還暦も過ぎてしまいました。
 私が教員として若者たちに接する時に誇れることは、多様な失敗を経験している点にあるのはないかと思います。年齢とともに失敗は多くなるので、これが、老人の誇れる点です。現在の若者の悩みと同じものはないのですが、多数の失敗経験があると、そこには似た経験があります。ですから、そちらにいくと失敗するよ、というアドバイスはできます。それでも、どの選択をするのかは、若者自身に託されています。苦労しない側、逃げる側に失敗が多くあるので、ついつい若者はそちらを選択してしまいます。そして、失敗をします。アインシュタインは、「常識とは、18歳までに積み重なった偏見でしかない」といっています。私もそうでした。でもそこから、何を学ぶか、が重要です。
 私の失敗体験から些細な余談を。忘れ物とスケジュール管理のミスです。修士課程に卒業式の日にちを間違えて会場にいったこと、免許の書き換えにいって免許証を忘れていったこと。手痛い失敗は、二度としたくないので、防止策を講じました。忘れ物をなくすために、身につけるもの(財布:常に免許証はここに、スマホ、カギ類、ペン)は、いつも衣類の同じポケットに入れること、帰宅後、それらは、自宅でいつも同じところ保管し、自宅を出る時に同じポケットに入れることにしています。スケジュールは、自作のカレンダーにすべてを記入し、管理してます。カレンダーは、ノートと共に常に持ち歩くようにしています。記憶に頼ることは止めて、記録で対応することにしました。デジタルにしようとしましたが、うまくいきませんでした。余談でした。
 私にとっても大学の4年間は、将来もわからないのですが、受験から開放され、好きなことを学びたいという気持ちに溢れてました。しかし、なかなか自力では学べませんでした。4年間の大学の生活の中でも心に残っていることは、大変な思いが多かったのですが、学びの苦労と楽しみと師との出会いがありました。大学での学びに対しては、それなりの努力をしました。学びの苦労の末の楽しみの体験が、私を研究者の道へと導きました。考えると学びの苦労と楽しみは、苦労することが方が多く、楽しみの方が少なかったと思います。ゲーテは「『やる気になった』というだけでは、道半ば」といいます。苦労して、努力を継続した先に楽しみがあります。そして、何人かの師との出会いも重要でした。学部時代、修士課程時代、博士課程時代、オーバードクター時代、特別研究員時代、博物館時代、それぞれの時代に師に会いました。その出会いで学問の面白がさ継続され、その道を進むことができました。
 学ぶために苦労することに、どうも麻薬的な魅力を感じているようです。そして今の私の学びでは、日常的に苦労を継続することが当たり前になり、楽しみの方を感じるとすぐに、次の苦労を求めているような気がします。大学の後期の授業終わった当たりから、苦労しながら研究することが楽しみになってくる時期です。毎日が、研究できることでワクワクしています。一種の躁状態なのかもしれません。
 若者は、4年間の大学生活の後、期待と不安に胸を一杯にしながら、社会にでていきます。若者にとっては、大学とは人生のいち場面、長い人生の一部にしかすぎません。しかし、その期間での学び、失敗の経験、仲間と師との出会いは、私にとっては、非常に重要なものになっています。私は、その大学生だけでなく、さまざまな時代、多くの師に手助けをいただきました。私が大学教員になり、若者と接するようになったのは、師への恩を若者へと返していくことになっているのかと思うようになりました。
 若者よ、失敗をすることは、痛い。だが、それを恐れてはいけない。アインシュタインはいう「チャンスは、苦境の最中にある」と。

・頑張れ、若者たち・
2月です。大学も後期試験が終わりました。
2月から3月にかけて、大学4年生が公式行事は
卒業式だけです。
ただし、実際には4年生は、いろいろことに向かっています。
ある時は、卒業旅行や最後の自由を謳歌します。
それは、大学生活を最後まで味わいつくそう
としているのでしょうか。
企業の研修に参加したり、
教員となるものは、スキルを少しでも身につけようとします。
社会に出る時に不安を少しでも解消するためでしょうか。
どんな2ヶ月を過ごしても、
若者には、4月は同時にきます。
そこからは大学や教員の助けはありません。
自身の力で生きていくことになります。
頑張れ、若者たちよ、と、
この時期いつも思ってしまいます。

・ジレンマ・
一人の人間に与えられた時間や
できることは限られています。
大学教員が、問題を抱えた若者に真摯に対応するということは
それだけ多くの時間と精力を、
ひとりに注ぎこむことになります。
その分、他の若者への時間や精力が減ってきます。
もし、少しの手助けをしてあげるだけで、
大きく変われるかもしれない若者が多数いるかもしれません。
時間や精力の配分のジレンマに常に悩まされます。
答えのないジレンマなのでしょうね。

2018年1月1日月曜日

192 夢のはなし:若い頃の私に

 今年は、少々長い夢の話ではじめましょう。年齢のせいでしょうか、過去を振り返ることも多くなりました。過去の自分の生き方を考え、今の自分のあり方、残された時間の使い方を、考えるようになりました。

 初夢とは、元旦に見る夢のことです。元旦は大晦日が終わった0時からはじまります。大晦日には夜更かしをしていることも多く、元旦になってから寝る人もいることでしょう。その時に見た夢は、初夢とはいわないそうです。元旦の夜から2日にかて見るのを、初夢というそうです。私はこのエッセイを2017年の年末に書いています。ですから、2018年の初夢は、まだ見ていません。以前見た夢で、妙に記憶に残っているものがあります。それを紹介していきましょう。
 それは、若い時の私自身を、高所から見ている自分がいるという不思議な夢でした。博士課程の大学院生の頃でした。研究を進めることにもがき苦しみ、将来に不安を抱えて、こんな生き方、こんな日々を過ごしていいのかという不安に苛まれている時期でした。その時期は、研究テーマに強く興味があり、少しずつですが成果を挙げていました。しかし、周りのいろいろな大学院生と比べると不安がありました。すごく優秀で能力のある先輩たち、こつこつと成果を挙げ続けている同輩、すごく精力的に研究を進めている後輩たちもいました。周りの優れた大学院生たちをみていると、研究者としてやっていけるのかという不安を抱えている時期でもありました。
 話題が変わります。
 このエッセイは、2002年1月からはじまりました。16年目となりました。その間に、博物館から今いる大学に転職をしました。そして、少し前に還暦も迎えました。転職の前と、還暦前後など人生の節目節目で、人生を深く考えることになりました。いずれの時も、生活の安定した時期でもあったのですが、今後の自分の生き方を、深く考えたり、岐路であったり、人生設計を再考することにもなりました。
 それまで自分のやってきたことや興味を持ってきたテーマを振り返り、自身の今後の進む方向を考えました。自分にどのような能力があり、自身にはどのような研究に向いているのか、これまでのキャリアを活かしながら、自分の興味も満たすものは何か、という過去と今、そして将来について考えました。
 大学院生(夢で見た時代の自分)の時、研究の面白さと大変さ、そしてその道で食べていくことの難しさにも気づいた頃でした。地質学で自分が興味をもって分野で、能力と適正があるのかに疑問が生じていました。また、研究者として定職を手に入れる大変さ(オーバードクター問題があった時期)も感じていました。特別研究員の頃は、先端の研究を進めていく楽しみを味わっていましたが、一方では世界を一流の研究者を相手にする時の体力、精神力の消耗の激しさも感じていました。
 その後、博物館の学芸員として勤めることになり、これからも地質学も進めていく覚悟を決めたのですが、職務上、市民への地質学に関する科学教育を行う必要性がありました。科学教育も片手間ではできるものではなく、それなりに精力も時間をかける必要ありました。そんな時、科学教育で新しい試みをしてみたいというテーマもでき興味を覚えてきました。さらに、科学教育を進めるにあたって、他の学芸員や地域の人々と共同研究として研究することの楽しさ、新しい研究手法(インターネットの利用、障害者と連携、子どもへの長期教育など)を使うことへの興味も生まれました。地質学とは全く違った、科学教育という新しい分野で、研究をしていくことへの好奇心も湧いてきました。
 大学の教員に転身するとき、年齢的にこれが最後の転職となる考え、どのような地域、どのような環境で、何をするかを、深く考えました。
 地域として、私は都会が嫌なので、自然の残っている田舎で職を探しました。ただし家内との相談が必要で、都会と田舎の折衷した地域となりました。
 環境としては、学生がいて教育の実践ができるところ、理系ではなく人文系の大学が希望でした。なぜ人文系かというと、次の地質哲学を始めたいということがあったからでした。
 何をするかは、地質学と科学教育の他に、新たな研究分野として、地質哲学(地質学が扱っている素材、概念への深い思索)を進めたいと考えていました。ですから、科学(地質学)、教育(科学教育)、哲学(地質哲学)という3つの大きな興味を並行して進めていくことが、残された研究者人生でのライクワークとなるテーマにしたいと考えました。
 10ヶ所以上の応募の末、30人以上の応募者をくぐり抜けて、今の大学に運良く就職できました。でも世の中は、なかなか思い通りに進みません。
 大学では、似た分野で興味を持つ人がいなかったので、共同研究という形態はとれないことがわかってきました。一人で研究を進めることになりました。もちろん理系の設備はないので、純粋な地質学をすることはもともと諦めていました。そのかわり、地質学もシンプルな野外調査を中心としたものを考えていましたが、そのテーマは大学の生活が落ち着いてからとしました。このような状況で大学の教員としての生活が始まりました。
 テーマは考えた結果、博物館で進めてきた自然史学に基づいたものをすることにしました。素材としては、石や砂です。それらが存在する川(一級河川を中心)、海岸、火山(活火山を対象)としました。川原の石や川、海などにある砂を扱うことにしました。これらは地質学的素材ですが、これまで研究対象にあまりならないものでした。しかし自然史学の対象としては、一番ふさわしいものと思えました。
 地質哲学という、だれも考えていない分野を進めていこうと張り切ってました。それは、地質学で重要な成果をもたらした地層や露頭を見ることで、地質学的概念を深く考えていきたい思っていました。
 このような研究の興味を継続して、大学に来て15年が過ぎたとき、還暦を迎えました。そこでまた、自身の行先を深く考えました。大学教員として残された8年間を、いかに過ごすかということでした。
 研究論文は、これからもテーマのある限り書き続けるのですが、それを集大成していきたいと考えました。できれば毎年成果をまとめて本を執筆していこうと考えました。無謀かもしれませんが、とにかくやってみようと思いました。出版は、PDFの電子書籍にすれば、手軽に公開もできます。また少しの部数であれば、少額でオンデマンド印刷できることも知りました。成果を本にしていくことが、還暦になった時に考えたことでした。
 ライクワークとして「地質学の学際化プロジェクト」として可能な限り出版していこうと考えました。昨年度(2016年)には、第1巻地質哲学1「地質学における分類体系の研究」、そして昨年度末には第2巻総説(科学教育1)「自然史学の確立と自然史リテラシーの育成を目指して」を出版することができました。幸い研究費がついて製本して上梓することができました。
 本一冊をまとめるのは大変な作業なのですが、内容は自分の興味をもって進めてきたことなので、楽しい作業でもあります。そしてなにより、個人でも、ライフワークの成果を出版できる時代になったことは、非常にありがたいものです。
 さて、最初の以前見た夢に、話はもどります。
 若かりし頃の自分を見ていた私は、夢の中で、自分自身に向かって「そのまま進めばいいんだ」と届くはずのない声をかけていました。そして、「悩むことも大切だ」とも、声をかけていました。悩んでいること、そこには深く考えるという姿勢があります。「それが大切なんだ」と。そして、目が覚めました。その夢は、今もはっきりと覚えています。
 地質学の研究としては、興味が変わってきたこともあって、ほとんど学界に貢献できませんでした。しかし、興味を持っていることを一所懸命におこない、成果を出し続ければいいのです。興味を持っているものが変わってきても、一所懸命にやり続ければいいのです。そうすれば、一生楽しめることを、若い時分に伝えたかったのです。
 今までの人生の経験から、私は科学的な新知見を見出すことより、新しことを取り込み、面白いと思えることは、長く継続することをしてきました。科学教育の一環として、文章を書くことに楽しさを覚え、熟練してきました。興味のあることを、わかりやすく文章化していくという能力が身につきました。
 優れた才能のある研究者たちには、かなわないことはわかりました。しかし、幸いなことに自身の得意とすることを見つけることができました。それは大学院の時代に、なにより地質学の道を進むこをと諦めなかったこと、努力を継続してきたこと、深く悩むことで深く考える力が身についたからでし。さらに、何度も転身して新しいことを始めるのが楽しくなったこと、書くことができるようになったことでした。現在の自分は、若い頃から歩んできた集大成として、存在しているのだということを教えてくれる夢でした。
 夢の中の若い頃の自分と、今の自分、そしてこれまで人生を振り返るという昨年みた私の夢の話でした。

・年賀状・
明けまして、おめでとうございます。
皆さんは、年賀状をそれくらい書かれているでしょうか。
今でも私は、紙の年賀状を出しています。
少しずつ減らしているのですが、
今年から、縁の薄くなりそうな方には、
今後年賀状を出さない旨の年賀状をお送りしました。
今まで出していた多くの人に、
その年賀状を送ることにしました。
人生の終わり方を考えたためです。
もし気になるようでしたら、
ホームページを見ていただければ
その一部を公開しています。

・一所懸命・
人生を考えるということは、
納得のできる生き方をすることだと思います。
でも、納得は後にすることですから、
今は、与えられた条件で、
一所懸命に考えるしかありません。
その結果がどうであろうと、
次の段階、条件で、一所懸命を
繰り返していくしかありません。
それが私の生き方となりました。

2017年12月1日金曜日

191 硬さと柔らかさ、強さと弱さ:石とロボット

 常識はずれのものがあると、最初は驚いたり、不思議に思ったりします。やがて無視したり、それは例外だと忘れてしまうでしょう。しかし、例外を真摯に見つめることで、新たな発見があるかもしれません。

 石は硬いものです。では、石なのに、ぐにゃぐにゃ曲がるようなものがあったとすると、それは意表をつく、信じられないものとなるはずで。実際に、コンニャクのように柔らかい石があります。名前もそのままに、「こんにゃく石」と呼ばれています。英名はイタコルマイト(Itacolumite)と呼ばれています。
 イタコルマイトは、ミナスジェライス州オルト・プレート地区にある「イタコロミ(Itacolumi)山」で見つかったことから付けらたものです。岩石としては、砂質片岩と呼ばれるものですが、石英と雲母が多い片岩で、片理の発達しているものが、よりよく曲がります。曲がりやすいという特徴があるので、撓曲(とうきょく)石英片岩とも呼ばれています。産地では、このこんにゃく石が重要な資源として採掘しています。地域の建築資材として利用されています。
 私たちは、石は固いものという常識、先入観を持っています。しかし、このようなこんにゃく石の仕組みを解明して、それを技術として応用できれば、人類にとって、役に立つ素材になることもあるでしょう。
 岩石は、金属元素と非金属元素が強く結合した鉱物からでてきます。ですから、工業素材の分類でいえば、セラミックの一種といえます。セラミックは、金属と高分子と並ぶ、三大材料の一つになります。元素の組み合わせが、いろいろとできるので、多様な素材が開発されています。例ば、古くは陶磁器、れんが、タイル、セメント、ガラスから、現在では電子用、切削用、研磨用、生体用の素材、あるいは合成宝石など、いろいろなものが利用されています。
 セラミックには、熱に強く、硬いという特徴があります。しかし、その特徴は裏返すと、もろさと、加工のしにくさという欠点にもなります。自然界のセラミックである岩石でも、こんにゃく石のような撓曲性を持っているものがありました。硬くて丈夫なセラミックに、このような撓曲性を持たせられれば、新しい素材になるのではと考えられます。
 名古屋工業大学太田敏孝先生は、そのような考えて新素材を開発しています。こんにゃく石は、風化により粒同士を接着する鉱物が溶出し、主成分である石英(二酸化ケイ素、SiO2)の小さな粒が残っている状態であります。石英大きさは数百μmで、約10%が隙間となっているため、ぐにゃぐにゃと曲がると考えられています。この構造をセラミックにするために、熱膨張率の大きい鉱物と小さいものを組み合わせて焼き固め(焼結)、こんにゃく石のような隙間をつくり出すことができ、曲がるセラミックスができました。
 例外、意表をつくものを知ることにより、新しい素材、ものづくりへとつながりました。
 意表をつくものとして、もうひとつ紹介したいのは、「弱いロボット」です。豊橋技術科学大学の岡田美智男先生たちの研究室では、弱いロボットが開発されています。先生たちが製作したいろいろなロボットが動画で紹介されています。それらのロボットの素振りや動作は、どこか面白くて、何故か心を動かされます。
 例えば、ゴミを見つけて近寄るですが、人に近づいて頭を下げるだけの「ゴミ箱ロボット」があります。人がゴミを拾って頭のゴミ箱に入れると、お辞儀をするだけです。でもその振る舞いが何故か人の心を誘います。おどおどしてティッシュを配りたいのだけれでなかなか渡せない「iBones」ロボットには、ついついティッシュを貰いに行きたくなります。ただ手をつないであるだけの「マコのて」のロボットだが、思い通りには動かないのだが、しばらく手を繋いでいるとなんとかく歩き方がわかってくきます。四角い立方体の「トウフ」は、声をかけるとはっきりしないが、なんとなくモゴモゴと返事を返してくれます。「ペラット」と呼ばれるロボットは、ふらふらとした動きで近づいてくるのですが、なにもしません。大きなひとつの目玉の「muu」というロボットは、幼児のようにたどたどしく話すが、聞きづらい発音ですが、近づいて聞きたくなるような様子があります。
 他にも、いろいろと人の心をくすぐるロボットが紹介されています。なかなか面白いものです。これらのロボットに共通することは、生産的なことをしないことです。「ゴミ箱ロボット」なら、ゴミを拾うロボットにしたほうが、効率的です。でも弱いロボットは、生産性がないので、なぜ心を動かされます。もしかすると、そこには人の心の琴線に関する、何らかの答えがあるのかもしれません。
 そもそもロボットというものは、人を助けたり、人以上に飽きることなくルーティンを正確に永遠と継続してくれます。AIは、人が知っていることはもちろん、まだ人が知り得ない答えを見つけることができるようになってきました。これらのロボットは、行動や思考の「強さ」を生み出してます。生産性、効率に特化して、心を動かすことはありません。一方、弱いロボットは、なにもしないのですが、人の心を動かします。心の謎を、弱いロボットから発見ですことができるかもしれません。
 日常生活する上で、常識は必要で、多量の情報処理や細かい判断を省くことができます。日常生活でルーティン的なことは、ほとんど意識することなくこなしていくには、常識は必要になります。しかし、自然界にさえでも、こんにゃく石のように意表をつくものや予想外のことがありました。稀なことでしょうが、それを調べることとで、新しいものづくりへとつながりました。例外的なものを調べることで、本質を理解する役に立つことがあったのです。
 人が生み出した弱いロボットから、今までの効率や生産性、解や答えなどとは違った方向性として、心を感じさせる研究が期待されます。まだ、答えはでていませんが、研究者は心を探る新しい手段を手にしたようです。非常識、意表をつくもの、例外を捨て置くのではなく、例外をよく知ることで、新しい何かを見つけようとする気持ちが重要なのかもしれませんね。

・人の心を誘う・
弱いロボットに興味ある人は、
研究室のインタビュー記事とロボットの動画を
https://article.researchmap.jp/tsunagaru/2015/10/
でみることができます。
不思議なロボットたちが他にもいろいろあります。
実用性はないのですが、
どこか人の心を誘います。

・忙しいとはいうな・
今年も最後の月となります。
今年は例年以上に忙しい年となりました。
ということを、毎年、年末に
いっているような気がします。
でも、来年以降数年間は
ますます忙しくなりそうな予感があります。
まあ、来年ことをいうのはやめにしましょう。
今を精一杯、できるこをできる範囲で
進めていくしかないでしょう。

2017年11月1日水曜日

190 すべてのわざには時がある

 日々の多忙さに初心を忘れてしまいそうな時、多すぎる選択肢に悩むような時が多々あります。それらを個別に考えるより、自身の方針に基いてパッと決めてしまっていることが、私にはよくあります。それ名言に託すことができます。

 私は常々、心がけていることがあります。当たり前のことかもしれませんが、仕事は優先度に基いて進めることです。忙しくなればなるほど、雑多なことが次々と押し寄せてきて、それをこなすことに埋没してしまって、本来自身がしたいことを忘れてしまうことがあります。そんなとき、優先度の高いものから、済ませていくことです。同じようなことを述べている著名な研究者がいます。生物学者でノーベル賞受賞した利根川進さんが、
   選択するということは優先度をつけることであり、
   エネルギーの分散を極力避けることである
といっています。
 ここ数年、役職についてから校務が忙しくなり、この心がけどおり進めることが、非常に重要になってきています。校務を最短時間ですませることによって、自分の研究時間をなんとか確保できるようになります。そのかわり、細切れの空き時間でも、研究や論文執筆をしなければなりません。
 長い間このような心がけを継続していると、それが習い性になってしまい、意識することさえなくなっていきます。それぞれのことがらの判断より、手帳には優先度をつけることが当たり前になっています。以前の自分の仕事の仕方と比べると、使える時間が一杯あったなあ、としみじみと思ってしまうこともあります。
 でも私には、研究することが一番の望みであり、現在の職場に来たのも、それを実現するためであったのです。そんな初心を忙しさのあまり忘れてしまいそうです。日々の限られた時間を精一杯生きていなかければならないのです。ガンジーは、
   明日死ぬかのように生きよ。
   永遠に生きるかのように学べ。
と、述べています。同感です。
 私の研究の仕方は、大学にいるときと野外調査では、だいぶ違っています。大学では、野外調査で収集したデータ整理や解析、先行研究を学びながら、考えること(思索)が重要になっています。その思索の過程や結果を、論文としてまとめていくことが、現在の主な手法となっています。ですから、以前は頭を研究モードにして時間をかけなければ、深く考えることができませんでした。しかし、頭の切り替えさえできれば、細切れの時間でも研究を進めることができるはずです。忙しくなってきてからは、隙間時間でも思索を深めることできるようになってきました。
 野外調査ではどうでしょうか。一つの地域を長期に渡って調査を続けるという手法は取らなくなりました。それでも、年に少なくとも一度、できれば二度は、野外調査に出るようにしています。それを実行するために学内の研究費を獲得することで、少々忙しくても「行かなければならない」という必然的状況を生み出すようにしてます。研究費が当たらなければ、別の研究費や自費でも野外調査に出るようにしています。
 野外調査では、研究テーマの展開に合わせて、観察や検証できそうな地質体を定め、典型的な地層やできれば露頭が出る地点を先行研究から定め、じっくりと観察することにしています。現在は、層状チャートが調査の対象となっています。時代や地質区分の違うものや、重要な証拠がでた地層や露出などを探し求めて調査します。そして望みの、あるいは理想の露頭が見つかれば、そこを心ゆくまで観察します。重要な露頭だとわかった時は、同じ調査期間で日にちを変えて見に行ったり、別の時期に再訪したりします。
 そんな露頭は、お気に入りになり、何かの機会があれば、あるいは機会を作ってでも、何度も訪れることになります。このようは研究スタイルをとるようになって、各地にそんなお気に入り露頭がいくつもできてきました。
 お気に入り露頭は、アプローチのいいところもあるのですが、アプローチの大変なところもあります。天気のいい時、潮を引いている時など、時期や時間帯を狙って行かなければならないところもでてきます。もちろんいつでもOKのところあります。でも初めて行くときは、そのような条件もわからないところも多く、行ってみてはじめて、最適条件が分かるところもあります。
 私が野外調査をしている時の考え方は、旧約聖書の「コヘレトの言葉」に、
   天が下のすべての事には季節があり、
   すべてのわざには時がある
という言葉のとおりだということに気づきました。「コヘレトの言葉」には、他にも「石を集めるに時があり」や「捜すに時があり」などと、28の場面での「時」が示されています。この文章を読んで、野外調査をしている時に自分の心持ちにピッタリだと思える名句が、いくつも見つかったのです。これを野外調査の時の、座右の銘になると考えました。
 こちらが準備をしていけば、「時」への対応が可能なものもあります。例えば干満であれば、あらかじめ潮位表などを調べていけば、干潮時に訪れることも可能です。またその日の天候に左右されるところなら、予備日を設けておけば、対応可能になるわけです。今まで、そのようにして野外調査をしてきました。
 それでも想定外があります。台風などで長い期間、海が荒れることもあります。そんなあっさりと諦めることにしています。「捜すに時があり」です。別の機会に再度行けばいいのです。そんな気持ちにさせるほどの露頭かどうかが問題です。
 たまたま行ったところが、すばらしい露頭であったこともあります。あるいは、以前にも来ていたのですが、目的が違うので別の見方をしていて、興味がわかなかったところです。ところが、別の目的でいったら、その素晴らしさを感じた露頭もあります。「石を集めるに時があり」だったのでしょう。でも、苦労の末たどり着いた露頭が素晴らしいものであったときは、その感動もひとしおのものとなり、お気に入りになります。
 お気に入り露頭で、何度も行きたいと思っているもの、あるいはチャレンジしたものがいくつもあり、中には、一度しか行けてないところ、二度しか行けてないところなど、思いのつのる露頭もあります。「すべてのわざには時がある」と思い、次の機会にかけることにしています。
 野外調査は自然が相手です。自然に対しては、「すべてのわざには時がある」として、あるがままを受け入れる素直な気持ちになれます。机の前はでは、カリカリと優先度に基いて時間を惜しみながら研究をしているのですが、野外では大らかな気持ちで自然に対応しています。今の私はそんな両極端に見える気持ちで、忙しさで挫けそうな心のバランスを保っているのかもしれません。
 座右の銘とは、自分がものごとを考える時、自分の考えの指針としたり、戒めとする言葉です。現在の私の座右の銘は、「優先度」と「すべてのわざには時がある」になっています。

・含蓄を感じる言葉・
「コヘレトの言葉」は旧約聖書の一部あるものです。
名言が多い書だとされています。
宗教色を抜く聖書や仏教の経典には、
日常生活に十分使える名言があります。
私のような不可知論者にも、
この文章は含蓄を感じます。

・台風22号・
ジェット気流が北に上がっているので、
台風の経路が遅い時期まで
日本を通過しているようです。
先日は、温帯低気圧になった台風22号の影響で、
北海道も大荒れになりました。
雨はそれほど激しくはなかったのですが、
風が強くて、雨まじりの嵐で大変でした。
いつもの通り、大学に歩いてきましたが、
通勤時にも荒れていたので、
ズボンがぐっしょりと濡れました。
遅い時期の嵐に翻弄されてました。