2018年1月1日月曜日

Monolog 192 夢のはなし:若い頃の私に

 今年は、少々長い夢の話ではじめましょう。年齢のせいでしょうか、過去を振り返ることも多くなりました。過去の自分の生き方を考え、今の自分のあり方、残された時間の使い方を、考えるようになりました。

 初夢とは、元旦に見る夢のことです。元旦は大晦日が終わった0時からはじまります。大晦日には夜更かしをしていることも多く、元旦になってから寝る人もいることでしょう。その時に見た夢は、初夢とはいわないそうです。元旦の夜から2日にかて見るのを、初夢というそうです。私はこのエッセイを2017年の年末に書いています。ですから、2018年の初夢は、まだ見ていません。以前見た夢で、妙に記憶に残っているものがあります。それを紹介していきましょう。
 それは、若い時の私自身を、高所から見ている自分がいるという不思議な夢でした。博士課程の大学院生の頃でした。研究を進めることにもがき苦しみ、将来に不安を抱えて、こんな生き方、こんな日々を過ごしていいのかという不安に苛まれている時期でした。その時期は、研究テーマに強く興味があり、少しずつですが成果を挙げていました。しかし、周りのいろいろな大学院生と比べると不安がありました。すごく優秀で能力のある先輩たち、こつこつと成果を挙げ続けている同輩、すごく精力的に研究を進めている後輩たちもいました。周りの優れた大学院生たちをみていると、研究者としてやっていけるのかという不安を抱えている時期でもありました。
 話題が変わります。
 このエッセイは、2002年1月からはじまりました。16年目となりました。その間に、博物館から今いる大学に転職をしました。そして、少し前に還暦も迎えました。転職の前と、還暦前後など人生の節目節目で、人生を深く考えることになりました。いずれの時も、生活の安定した時期でもあったのですが、今後の自分の生き方を、深く考えたり、岐路であったり、人生設計を再考することにもなりました。
 それまで自分のやってきたことや興味を持ってきたテーマを振り返り、自身の今後の進む方向を考えました。自分にどのような能力があり、自身にはどのような研究に向いているのか、これまでのキャリアを活かしながら、自分の興味も満たすものは何か、という過去と今、そして将来について考えました。
 大学院生(夢で見た時代の自分)の時、研究の面白さと大変さ、そしてその道で食べていくことの難しさにも気づいた頃でした。地質学で自分が興味をもって分野で、能力と適正があるのかに疑問が生じていました。また、研究者として定職を手に入れる大変さ(オーバードクター問題があった時期)も感じていました。特別研究員の頃は、先端の研究を進めていく楽しみを味わっていましたが、一方では世界を一流の研究者を相手にする時の体力、精神力の消耗の激しさも感じていました。
 その後、博物館の学芸員として勤めることになり、これからも地質学も進めていく覚悟を決めたのですが、職務上、市民への地質学に関する科学教育を行う必要性がありました。科学教育も片手間ではできるものではなく、それなりに精力も時間をかける必要ありました。そんな時、科学教育で新しい試みをしてみたいというテーマもでき興味を覚えてきました。さらに、科学教育を進めるにあたって、他の学芸員や地域の人々と共同研究として研究することの楽しさ、新しい研究手法(インターネットの利用、障害者と連携、子どもへの長期教育など)を使うことへの興味も生まれました。地質学とは全く違った、科学教育という新しい分野で、研究をしていくことへの好奇心も湧いてきました。
 大学の教員に転身するとき、年齢的にこれが最後の転職となる考え、どのような地域、どのような環境で、何をするかを、深く考えました。
 地域として、私は都会が嫌なので、自然の残っている田舎で職を探しました。ただし家内との相談が必要で、都会と田舎の折衷した地域となりました。
 環境としては、学生がいて教育の実践ができるところ、理系ではなく人文系の大学が希望でした。なぜ人文系かというと、次の地質哲学を始めたいということがあったからでした。
 何をするかは、地質学と科学教育の他に、新たな研究分野として、地質哲学(地質学が扱っている素材、概念への深い思索)を進めたいと考えていました。ですから、科学(地質学)、教育(科学教育)、哲学(地質哲学)という3つの大きな興味を並行して進めていくことが、残された研究者人生でのライクワークとなるテーマにしたいと考えました。
 10ヶ所以上の応募の末、30人以上の応募者をくぐり抜けて、今の大学に運良く就職できました。でも世の中は、なかなか思い通りに進みません。
 大学では、似た分野で興味を持つ人がいなかったので、共同研究という形態はとれないことがわかってきました。一人で研究を進めることになりました。もちろん理系の設備はないので、純粋な地質学をすることはもともと諦めていました。そのかわり、地質学もシンプルな野外調査を中心としたものを考えていましたが、そのテーマは大学の生活が落ち着いてからとしました。このような状況で大学の教員としての生活が始まりました。
 テーマは考えた結果、博物館で進めてきた自然史学に基づいたものをすることにしました。素材としては、石や砂です。それらが存在する川(一級河川を中心)、海岸、火山(活火山を対象)としました。川原の石や川、海などにある砂を扱うことにしました。これらは地質学的素材ですが、これまで研究対象にあまりならないものでした。しかし自然史学の対象としては、一番ふさわしいものと思えました。
 地質哲学という、だれも考えていない分野を進めていこうと張り切ってました。それは、地質学で重要な成果をもたらした地層や露頭を見ることで、地質学的概念を深く考えていきたい思っていました。
 このような研究の興味を継続して、大学に来て15年が過ぎたとき、還暦を迎えました。そこでまた、自身の行先を深く考えました。大学教員として残された8年間を、いかに過ごすかということでした。
 研究論文は、これからもテーマのある限り書き続けるのですが、それを集大成していきたいと考えました。できれば毎年成果をまとめて本を執筆していこうと考えました。無謀かもしれませんが、とにかくやってみようと思いました。出版は、PDFの電子書籍にすれば、手軽に公開もできます。また少しの部数であれば、少額でオンデマンド印刷できることも知りました。成果を本にしていくことが、還暦になった時に考えたことでした。
 ライクワークとして「地質学の学際化プロジェクト」として可能な限り出版していこうと考えました。昨年度(2016年)には、第1巻地質哲学1「地質学における分類体系の研究」、そして昨年度末には第2巻総説(科学教育1)「自然史学の確立と自然史リテラシーの育成を目指して」を出版することができました。幸い研究費がついて製本して上梓することができました。
 本一冊をまとめるのは大変な作業なのですが、内容は自分の興味をもって進めてきたことなので、楽しい作業でもあります。そしてなにより、個人でも、ライフワークの成果を出版できる時代になったことは、非常にありがたいものです。
 さて、最初の以前見た夢に、話はもどります。
 若かりし頃の自分を見ていた私は、夢の中で、自分自身に向かって「そのまま進めばいいんだ」と届くはずのない声をかけていました。そして、「悩むことも大切だ」とも、声をかけていました。悩んでいること、そこには深く考えるという姿勢があります。「それが大切なんだ」と。そして、目が覚めました。その夢は、今もはっきりと覚えています。
 地質学の研究としては、興味が変わってきたこともあって、ほとんど学界に貢献できませんでした。しかし、興味を持っていることを一所懸命におこない、成果を出し続ければいいのです。興味を持っているものが変わってきても、一所懸命にやり続ければいいのです。そうすれば、一生楽しめることを、若い時分に伝えたかったのです。
 今までの人生の経験から、私は科学的な新知見を見出すことより、新しことを取り込み、面白いと思えることは、長く継続することをしてきました。科学教育の一環として、文章を書くことに楽しさを覚え、熟練してきました。興味のあることを、わかりやすく文章化していくという能力が身につきました。
 優れた才能のある研究者たちには、かなわないことはわかりました。しかし、幸いなことに自身の得意とすることを見つけることができました。それは大学院の時代に、なにより地質学の道を進むこをと諦めなかったこと、努力を継続してきたこと、深く悩むことで深く考える力が身についたからでし。さらに、何度も転身して新しいことを始めるのが楽しくなったこと、書くことができるようになったことでした。現在の自分は、若い頃から歩んできた集大成として、存在しているのだということを教えてくれる夢でした。
 夢の中の若い頃の自分と、今の自分、そしてこれまで人生を振り返るという昨年みた私の夢の話でした。

・年賀状・
明けまして、おめでとうございます。
皆さんは、年賀状をそれくらい書かれているでしょうか。
今でも私は、紙の年賀状を出しています。
少しずつ減らしているのですが、
今年から、縁の薄くなりそうな方には、
今後年賀状を出さない旨の年賀状をお送りしました。
今まで出していた多くの人に、
その年賀状を送ることにしました。
人生の終わり方を考えたためです。
もし気になるようでしたら、
ホームページを見ていただければ
その一部を公開しています。

・一所懸命・
人生を考えるということは、
納得のできる生き方をすることだと思います。
でも、納得は後にすることですから、
今は、与えられた条件で、
一所懸命に考えるしかありません。
その結果がどうであろうと、
次の段階、条件で、一所懸命を
繰り返していくしかありません。
それが私の生き方となりました。

2017年12月1日金曜日

191 硬さと柔らかさ、強さと弱さ:石とロボット

 常識はずれのものがあると、最初は驚いたり、不思議に思ったりします。やがて無視したり、それは例外だと忘れてしまうでしょう。しかし、例外を真摯に見つめることで、新たな発見があるかもしれません。

 石は硬いものです。では、石なのに、ぐにゃぐにゃ曲がるようなものがあったとすると、それは意表をつく、信じられないものとなるはずで。実際に、コンニャクのように柔らかい石があります。名前もそのままに、「こんにゃく石」と呼ばれています。英名はイタコルマイト(Itacolumite)と呼ばれています。
 イタコルマイトは、ミナスジェライス州オルト・プレート地区にある「イタコロミ(Itacolumi)山」で見つかったことから付けらたものです。岩石としては、砂質片岩と呼ばれるものですが、石英と雲母が多い片岩で、片理の発達しているものが、よりよく曲がります。曲がりやすいという特徴があるので、撓曲(とうきょく)石英片岩とも呼ばれています。産地では、このこんにゃく石が重要な資源として採掘しています。地域の建築資材として利用されています。
 私たちは、石は固いものという常識、先入観を持っています。しかし、このようなこんにゃく石の仕組みを解明して、それを技術として応用できれば、人類にとって、役に立つ素材になることもあるでしょう。
 岩石は、金属元素と非金属元素が強く結合した鉱物からでてきます。ですから、工業素材の分類でいえば、セラミックの一種といえます。セラミックは、金属と高分子と並ぶ、三大材料の一つになります。元素の組み合わせが、いろいろとできるので、多様な素材が開発されています。例ば、古くは陶磁器、れんが、タイル、セメント、ガラスから、現在では電子用、切削用、研磨用、生体用の素材、あるいは合成宝石など、いろいろなものが利用されています。
 セラミックには、熱に強く、硬いという特徴があります。しかし、その特徴は裏返すと、もろさと、加工のしにくさという欠点にもなります。自然界のセラミックである岩石でも、こんにゃく石のような撓曲性を持っているものがありました。硬くて丈夫なセラミックに、このような撓曲性を持たせられれば、新しい素材になるのではと考えられます。
 名古屋工業大学太田敏孝先生は、そのような考えて新素材を開発しています。こんにゃく石は、風化により粒同士を接着する鉱物が溶出し、主成分である石英(二酸化ケイ素、SiO2)の小さな粒が残っている状態であります。石英大きさは数百μmで、約10%が隙間となっているため、ぐにゃぐにゃと曲がると考えられています。この構造をセラミックにするために、熱膨張率の大きい鉱物と小さいものを組み合わせて焼き固め(焼結)、こんにゃく石のような隙間をつくり出すことができ、曲がるセラミックスができました。
 例外、意表をつくものを知ることにより、新しい素材、ものづくりへとつながりました。
 意表をつくものとして、もうひとつ紹介したいのは、「弱いロボット」です。豊橋技術科学大学の岡田美智男先生たちの研究室では、弱いロボットが開発されています。先生たちが製作したいろいろなロボットが動画で紹介されています。それらのロボットの素振りや動作は、どこか面白くて、何故か心を動かされます。
 例えば、ゴミを見つけて近寄るですが、人に近づいて頭を下げるだけの「ゴミ箱ロボット」があります。人がゴミを拾って頭のゴミ箱に入れると、お辞儀をするだけです。でもその振る舞いが何故か人の心を誘います。おどおどしてティッシュを配りたいのだけれでなかなか渡せない「iBones」ロボットには、ついついティッシュを貰いに行きたくなります。ただ手をつないであるだけの「マコのて」のロボットだが、思い通りには動かないのだが、しばらく手を繋いでいるとなんとかく歩き方がわかってくきます。四角い立方体の「トウフ」は、声をかけるとはっきりしないが、なんとなくモゴモゴと返事を返してくれます。「ペラット」と呼ばれるロボットは、ふらふらとした動きで近づいてくるのですが、なにもしません。大きなひとつの目玉の「muu」というロボットは、幼児のようにたどたどしく話すが、聞きづらい発音ですが、近づいて聞きたくなるような様子があります。
 他にも、いろいろと人の心をくすぐるロボットが紹介されています。なかなか面白いものです。これらのロボットに共通することは、生産的なことをしないことです。「ゴミ箱ロボット」なら、ゴミを拾うロボットにしたほうが、効率的です。でも弱いロボットは、生産性がないので、なぜ心を動かされます。もしかすると、そこには人の心の琴線に関する、何らかの答えがあるのかもしれません。
 そもそもロボットというものは、人を助けたり、人以上に飽きることなくルーティンを正確に永遠と継続してくれます。AIは、人が知っていることはもちろん、まだ人が知り得ない答えを見つけることができるようになってきました。これらのロボットは、行動や思考の「強さ」を生み出してます。生産性、効率に特化して、心を動かすことはありません。一方、弱いロボットは、なにもしないのですが、人の心を動かします。心の謎を、弱いロボットから発見ですことができるかもしれません。
 日常生活する上で、常識は必要で、多量の情報処理や細かい判断を省くことができます。日常生活でルーティン的なことは、ほとんど意識することなくこなしていくには、常識は必要になります。しかし、自然界にさえでも、こんにゃく石のように意表をつくものや予想外のことがありました。稀なことでしょうが、それを調べることとで、新しいものづくりへとつながりました。例外的なものを調べることで、本質を理解する役に立つことがあったのです。
 人が生み出した弱いロボットから、今までの効率や生産性、解や答えなどとは違った方向性として、心を感じさせる研究が期待されます。まだ、答えはでていませんが、研究者は心を探る新しい手段を手にしたようです。非常識、意表をつくもの、例外を捨て置くのではなく、例外をよく知ることで、新しい何かを見つけようとする気持ちが重要なのかもしれませんね。

・人の心を誘う・
弱いロボットに興味ある人は、
研究室のインタビュー記事とロボットの動画を
https://article.researchmap.jp/tsunagaru/2015/10/
でみることができます。
不思議なロボットたちが他にもいろいろあります。
実用性はないのですが、
どこか人の心を誘います。

・忙しいとはいうな・
今年も最後の月となります。
今年は例年以上に忙しい年となりました。
ということを、毎年、年末に
いっているような気がします。
でも、来年以降数年間は
ますます忙しくなりそうな予感があります。
まあ、来年ことをいうのはやめにしましょう。
今を精一杯、できるこをできる範囲で
進めていくしかないでしょう。

2017年11月1日水曜日

190 すべてのわざには時がある

 日々の多忙さに初心を忘れてしまいそうな時、多すぎる選択肢に悩むような時が多々あります。それらを個別に考えるより、自身の方針に基いてパッと決めてしまっていることが、私にはよくあります。それ名言に託すことができます。

 私は常々、心がけていることがあります。当たり前のことかもしれませんが、仕事は優先度に基いて進めることです。忙しくなればなるほど、雑多なことが次々と押し寄せてきて、それをこなすことに埋没してしまって、本来自身がしたいことを忘れてしまうことがあります。そんなとき、優先度の高いものから、済ませていくことです。同じようなことを述べている著名な研究者がいます。生物学者でノーベル賞受賞した利根川進さんが、
   選択するということは優先度をつけることであり、
   エネルギーの分散を極力避けることである
といっています。
 ここ数年、役職についてから校務が忙しくなり、この心がけどおり進めることが、非常に重要になってきています。校務を最短時間ですませることによって、自分の研究時間をなんとか確保できるようになります。そのかわり、細切れの空き時間でも、研究や論文執筆をしなければなりません。
 長い間このような心がけを継続していると、それが習い性になってしまい、意識することさえなくなっていきます。それぞれのことがらの判断より、手帳には優先度をつけることが当たり前になっています。以前の自分の仕事の仕方と比べると、使える時間が一杯あったなあ、としみじみと思ってしまうこともあります。
 でも私には、研究することが一番の望みであり、現在の職場に来たのも、それを実現するためであったのです。そんな初心を忙しさのあまり忘れてしまいそうです。日々の限られた時間を精一杯生きていなかければならないのです。ガンジーは、
   明日死ぬかのように生きよ。
   永遠に生きるかのように学べ。
と、述べています。同感です。
 私の研究の仕方は、大学にいるときと野外調査では、だいぶ違っています。大学では、野外調査で収集したデータ整理や解析、先行研究を学びながら、考えること(思索)が重要になっています。その思索の過程や結果を、論文としてまとめていくことが、現在の主な手法となっています。ですから、以前は頭を研究モードにして時間をかけなければ、深く考えることができませんでした。しかし、頭の切り替えさえできれば、細切れの時間でも研究を進めることができるはずです。忙しくなってきてからは、隙間時間でも思索を深めることできるようになってきました。
 野外調査ではどうでしょうか。一つの地域を長期に渡って調査を続けるという手法は取らなくなりました。それでも、年に少なくとも一度、できれば二度は、野外調査に出るようにしています。それを実行するために学内の研究費を獲得することで、少々忙しくても「行かなければならない」という必然的状況を生み出すようにしてます。研究費が当たらなければ、別の研究費や自費でも野外調査に出るようにしています。
 野外調査では、研究テーマの展開に合わせて、観察や検証できそうな地質体を定め、典型的な地層やできれば露頭が出る地点を先行研究から定め、じっくりと観察することにしています。現在は、層状チャートが調査の対象となっています。時代や地質区分の違うものや、重要な証拠がでた地層や露出などを探し求めて調査します。そして望みの、あるいは理想の露頭が見つかれば、そこを心ゆくまで観察します。重要な露頭だとわかった時は、同じ調査期間で日にちを変えて見に行ったり、別の時期に再訪したりします。
 そんな露頭は、お気に入りになり、何かの機会があれば、あるいは機会を作ってでも、何度も訪れることになります。このようは研究スタイルをとるようになって、各地にそんなお気に入り露頭がいくつもできてきました。
 お気に入り露頭は、アプローチのいいところもあるのですが、アプローチの大変なところもあります。天気のいい時、潮を引いている時など、時期や時間帯を狙って行かなければならないところもでてきます。もちろんいつでもOKのところあります。でも初めて行くときは、そのような条件もわからないところも多く、行ってみてはじめて、最適条件が分かるところもあります。
 私が野外調査をしている時の考え方は、旧約聖書の「コヘレトの言葉」に、
   天が下のすべての事には季節があり、
   すべてのわざには時がある
という言葉のとおりだということに気づきました。「コヘレトの言葉」には、他にも「石を集めるに時があり」や「捜すに時があり」などと、28の場面での「時」が示されています。この文章を読んで、野外調査をしている時に自分の心持ちにピッタリだと思える名句が、いくつも見つかったのです。これを野外調査の時の、座右の銘になると考えました。
 こちらが準備をしていけば、「時」への対応が可能なものもあります。例えば干満であれば、あらかじめ潮位表などを調べていけば、干潮時に訪れることも可能です。またその日の天候に左右されるところなら、予備日を設けておけば、対応可能になるわけです。今まで、そのようにして野外調査をしてきました。
 それでも想定外があります。台風などで長い期間、海が荒れることもあります。そんなあっさりと諦めることにしています。「捜すに時があり」です。別の機会に再度行けばいいのです。そんな気持ちにさせるほどの露頭かどうかが問題です。
 たまたま行ったところが、すばらしい露頭であったこともあります。あるいは、以前にも来ていたのですが、目的が違うので別の見方をしていて、興味がわかなかったところです。ところが、別の目的でいったら、その素晴らしさを感じた露頭もあります。「石を集めるに時があり」だったのでしょう。でも、苦労の末たどり着いた露頭が素晴らしいものであったときは、その感動もひとしおのものとなり、お気に入りになります。
 お気に入り露頭で、何度も行きたいと思っているもの、あるいはチャレンジしたものがいくつもあり、中には、一度しか行けてないところ、二度しか行けてないところなど、思いのつのる露頭もあります。「すべてのわざには時がある」と思い、次の機会にかけることにしています。
 野外調査は自然が相手です。自然に対しては、「すべてのわざには時がある」として、あるがままを受け入れる素直な気持ちになれます。机の前はでは、カリカリと優先度に基いて時間を惜しみながら研究をしているのですが、野外では大らかな気持ちで自然に対応しています。今の私はそんな両極端に見える気持ちで、忙しさで挫けそうな心のバランスを保っているのかもしれません。
 座右の銘とは、自分がものごとを考える時、自分の考えの指針としたり、戒めとする言葉です。現在の私の座右の銘は、「優先度」と「すべてのわざには時がある」になっています。

・含蓄を感じる言葉・
「コヘレトの言葉」は旧約聖書の一部あるものです。
名言が多い書だとされています。
宗教色を抜く聖書や仏教の経典には、
日常生活に十分使える名言があります。
私のような不可知論者にも、
この文章は含蓄を感じます。

・台風22号・
ジェット気流が北に上がっているので、
台風の経路が遅い時期まで
日本を通過しているようです。
先日は、温帯低気圧になった台風22号の影響で、
北海道も大荒れになりました。
雨はそれほど激しくはなかったのですが、
風が強くて、雨まじりの嵐で大変でした。
いつもの通り、大学に歩いてきましたが、
通勤時にも荒れていたので、
ズボンがぐっしょりと濡れました。
遅い時期の嵐に翻弄されてました。

2017年10月1日日曜日

189 継続と転身:三日三月三年

 継続することは重要で、誰もが唱え、そして実践してきているはずです。しかし、目指しているものからの転身、転向することも、重要となることもあるずです。転身経験が武器になることもあるはずです。私の経験を紹介しましょう。

 よく4年生の学生に言う言葉があります。「続けなさい」と。就職先として選んだところで、少なくとも3年間は経験を積むようにしたほうが、キャリアになるよ、といっています。「三日三月三年(みっかみつきさんねん)」という言葉があると伝えます。これは、芸事修行の心構えを説いた言葉のようです。3日我慢できれば、三ヶ月は耐えられる。三ヶ月耐えられれば、3年は継続できる。3年継続できれば、その体系の概要を把握できる。このような意味でしょう。
 3年の「3」のとい数値が意味を持つのではなく、日、月、年という、それぞれ違った継続が、意味を成すということです。それだけの継続をしてみなさいということです。
 それは、自身の今までの体験に大きく関わっているからだと思っています。
 私は、大学教員として、あるいは研究者として、これまで15年、今の職場で働いてきました。今後も多分、この職を継続していくことだと思います。大学教員としては15年ですが、大学院を卒業して研究者としては、30年ほどを過ごしてきました。しかし、振り返ると、研究者としてテーマや対象としてきたことが、点々と変わってきました。これから自分の話をしていきます。
 大学で学部生になってから専門科目を学ぶことで地質学に興味を覚えて、学部で卒業論文をはじめてから、研究というものをもっと深めたいと考えました。その時は日高山脈のオフィオライトを研究していました。主な手段としては、野外調査と岩石記載が中心でした。
 大学院(修士課程)に入学すると、指導教員が変わり、私は日高山脈を続けたかったのですが、テーマは同じですが、対象地域の変更がありました。地域が岡山北部舞鶴構造帯のオフィオライトになりました。手段は野外調査と岩石記載のほかに、岩石鉱物のいろいろな化学分析を行っていきました。
 博士課程でも大学と指導教員を変わったのですが、これは自分自身でテーマを拡大して継続していくことにしました。手段は同じでしたが、調査地域を最大に拡大して、西南日本内帯舞鶴構造帯のオフィオライトを対象しました。
 その後、特別研究員として、環境や自分の意識を変革するために、別の組織で全く別のテーマで研究をすることにしました。岩石の鉛同位体の超精密測定の確立でした。
 いずれも地質学における研究として、それなりに成果を挙げてきたかと思っています。しかし、特別研究員から博物館の学芸員となったとき、転機が訪れました。博物館では、研究だけでなく、教育も重要だとということを気付かされたからです。博物館では、当初、私は研究を進めることを主眼にしてました。ところが、博物館の業務として市民への科学普及活動、科学教育に携わっていくうちに、重要だということがわかってきました。重要性に気づいたのですが、教育学や科学教育学の訓練を全く受けていなので、やりかたが全くわかりません。教育学や科学教育の専門書はありますが、博物館の科学教育に関するものは殆どありませんでした。でも、現場ではいっぱい実践が行われていました。
 そこで、私なりの科学教育を試みてみようと思い、教育も実践とともに、研究の一部と考えようと思いました。幸いそれまで地質学を研究テーマと10年近く進めてきたので、地質学を素材とした教育をすればいいと考えました。そのようにして地質学と地質教育として、研究と教育を実践してきました。
 博物館は、古くからあった県立博物館を、まったく新しく改組して自然系博物館を新設することになっていました。ですから、従来からあった博物館の学芸員とともに、新設博物館の準備室の所属としても働きました。その間3年でした。新規開館後は、準備室の兼務がなくなり、学芸員として勤務になりました。
 私の気持ちの中では、当初、研究が主で教育が従での意識でしたが、研究と教育が同等になり、やがて教育の比率が大きくなってきました。そして博物館での科学教育が面白くなってきました。
 しかし、それまで、数年ごとにテーマや所属を変更してきたためでしょうか、博物館がオープンして5、6年ほどたったとき、研究と教育のバランスが教育に大きく傾いていった状態を感じて、それらのバックボーンとして哲学が重要ではないかと考えるようになってきました。そして、当時の私のように「研究<<教育」という研究者がいてもいいのですが、私の理想としては、「研究=教育=哲学」を併せ持った研究者が理想ではないかと考えるようになりました。既存の科学体系でいうと「地質学=科学教育=科学哲学(地質)」ということになります。
 博物館での経験から地質学のより大きな「自然史学」という視座で体系していこうと考えています。できれば、今後、地質学を中心とした「地質哲学」に力を入れたいと思いました。実は「地質哲学」という体系はありません。私が独自に構築していきたいと考えています。ですから、私の目指す体系は、「自然史学=自然史学教育=自然史学哲学」となります。これら全体を「現代版自然史学」の体系化として、さらには理想的研究者像として「現代版自然史哲学者」を目指したいと考えています。夢は大きすぎますが。
 新しいことをするとき、これまで環境が変わってきたり、変えてきました。物理的に居住地や職などを変わったのです。テーマを変えるだけでは、大きな刺激にならず、環境が変わることが大きな要因となるからだと思います。環境が変われば、自身を追い込みながらも、新たなモチベーションを生み出すことになると考えました。それが今から15年前でした。
 大学では、「研究=教育=哲学」として、哲学も重要な位置づけで、研究と教育でも成果を出しつづけることを目標にしています。細々とながらですが、成果を出し、地質哲学でも論文を書くようになってきました。まだまだ道は遠いですが、やりがいを感じています。
 ここまで述べてきたように、私は、数年の単位でテーマや環境を変えてきました。しかし、転身する時は、前のキャリアを最大限に利用してきました。これは処世術でもあるのですが、自分の人生における経験を活かす生き方ことは重要だと考えているからです。キャリアが長く、そして変化に富んだものであればあるほど、他に誰ももっていないキャリアになっていきます。
 もし、自分の選んものが、すぐに嫌になるようなら、それは自分が本当にやりことでないことでないかもしれません。あるいはやりたいことかもしれませんが、自分には向いていないのかもしれません。合わないことなら3日でやまてしまうのでしょう。でも三ヶ月続くようなら、3年は継続してみる価値があるはずです。「三日坊主」や「石の上にも三年」という言葉も同じような教訓なのでしょう。学生たちには私の思いが、どの程度届いているのでしょうかね。

・教職希望・
大学4年生はほぼ就職決めていますが、
教職希望の学生は、まだ発表がないので、
不安な学生もいるはずです。
でも、教員を目指すことを決めたのであれば、
正式採用がだめなら臨時採用で先生の道に進むことです。
それが、自分の信念にあった生き方のはずです。
でも若者も悩みが多いのです。
本当に先生としてやっていけるか。
本当に自分に先生が向いているか。
そんなとき、正式採用より臨時採用で経験していくことも
良いのかもしれませんね。
決して人生を遠回りしたわけではないはずですから。

・ストーブ・
北海道は9月末に一気に寒さが増しました。
初雪の便りも聞こえます。
わが町から見える山並みにはまだ冠雪はみられませんが。
でも、朝夕は冷え込みむようになりました。
我が家では、ストーブを炊きはじめました。
今年の秋は一気に来ています。

2017年9月1日金曜日

188 規矩不可行尽

 昔の賢者たちは、多くの名言を残しています。その名言は、現在においても十分役立つものも多々あります。「規矩不可行尽」という名言を、現在の社会情勢に適用していくと、どのようなことが見えるでしょうか。

 中国の宋の時代に、法演(ほうえん)(?~1104年)という禅師がいました。法演は、弟子の仏鑑が寺の住職になることが決まった時に、4つの戒(いまし)めを与えました。それを「法演の四戒」と呼んでいます。そのうち3番目が、
 規矩不可行尽 行尽人必之繁
 規矩(きく)行い尽くすべからず
 行い尽くせば人必ずこれを繁(はん)とす
というものです。規矩とは、規則のことです。あまりに規則を厳格に決めて、その通り実行しようとすると、人は息苦しくなってしまいます。また、規則さえ守っていれば、それ以上のことはしなくなります。このようなことを戒めとして、弟子に与えました。
 「法演の四戒」には、今回のエッセイとは関係がないのですが、他の3つは次のものを上げておきましょう。
1 勢不可使尽 使尽禍必至(勢い使い尽くすべからず 尽くせば禍(わざわい)必ず至る)
 勢いにのりすぎると、周囲に災いを生じる。
2 福不可受尽 受尽縁必孤(福受け尽くすべからず 受け尽くせば縁(えん)必ず孤(こ)なり)
 福を受け尽くすと、縁がなくなり孤立する。
4 好語不可説尽 説尽人必之易(好語(こうご)説き尽くすべからず 説き尽くせば人必ずこれを易(あなど)る)
 良いことばかりいっていると、周り人は深く考えなくなったり、感服しなくなる。
 いずれも、どんなに良いものであっても、度が過ぎると良くないということです。まさに「過ぎたるは猶及ばざるが如し」でしょうか。こちらの言葉は、孔子が弟子の師(子張)と商(子夏)の二人を比較して言った言葉で、中庸がいいという考えを示したものでした。
 さて、話題は変わります。
 近年、メディアの放送姿勢に対して、報道内容が偏っていることを指摘する声もあります。一方、権力側の報道規制や、メディア内での報道倫理などの規制も厳しくなって、報道の自由が束縛されているような状況を危惧する論調もあります。規制が進んでいくと、是々非々両面が生まれていきます。たしかに一昔前の自由な番組作りは、乱暴で一部の人や組織を根拠もなく批判したり、良識を欠くようなこともあったので、規制して抑制することは多くの人が納得するでしょう。
 規制が行き過ぎて、不自由になっていくのは問題です。現在の状況は、不自由で「統制」されているような気がするのは、私だけでしょうか。このようなメディアが置かれている状況は、もしかすると氷山の一角かもしれません。
 あちこちの分野や場面で、自由が制限されているように見えます。自由の規制が問題というより、規制が優先されたいる事態が長期化することにより、規制の中でしか発想することができなくなり、自由だけでなく、独創性、創造性も奪われているのではないかと危惧しています。
 例えば、研究において、起こっているように見えます。本来好奇心によって、自由にテーマを選んで、研究を進めていくのが理想です。でも、それは昔の話になったのでしょうか。かつて、研究者の中には、研究も教育もいい加減にしか行っていない人もいました。私もそのような大学教員を何人か見てきました。なんとかならないかと思っていました。
 そのような教員を反面教師にして、研究者たるもの、成果や業績を出すべきもの、と強く望まれくるようになりました。ここまで良いでしょう。しかし、本来優先すべき好奇心よりも、業績、論文になるものを優先して研究することが多くなっていきているようです。論文を量産することが、研究者のステイタスとなってきています。論文の数だけではだめで、引用数や重要度などを重視する風潮が強くでてきました。本当に現在重要な論文だけが、人類にとって有用な資産なのでしょうか。もっと長い目で、研究成果を蓄積するという視座はとれないでしょうか。
 業績を出している人は、少なくとも数の上での自己満足を得られます。しかし、研究が本人の好奇心に基づいて行われずに、成果を出すことのためにおこなわれているのは主客転倒です。研究者が、業績のために自分の心身を馬車馬の如く酷使して、走り続けさせているような状況になっていないでしょうか。走り続けている研究者は、マグロのように止まれば息絶えるという脅迫概念にの襲われながら、業績のために研究に明け暮れているということはないでしょうか。本当にその研究は、自分のすべきこと、自分が望んでいるものでしょうか。一度立ち止まって、研究者としての自分の来し方、行く末に思いを巡らしてはどうでしょうか。
 メディアは、研究の成果に対して、「それはどんな役に立つのでしょうか」と聞いてきます。それは、研究者が考える必要もあるのでしょうが、その成果を社会がどう利用するのかを考えるのは、市民と研究者をつなぐ、メディアが果たすべき役割ではないでしょうか。メディアももっと見識をもって研究を見ていく必要があるでしょう。そして、研究成果が社会にとって危険なものであれば、抑止する機能も持つべきでしょう。これは、政治や権力に対する抑止力と同じ構図でしょう。
 研究の分野を例に見てきましたが、いろいろな場面で、暗黙、あるいは明瞭な圧力、世論などで、規制が生まれてきています。その規制が、「良識」の範囲でなされ、健全なレベルであればいいのです。ただ、その「良識」は、人それぞれで違っています。どのあたりを規制のラインとするのかの兼ね合いが難しいところです。まして、「良識」という名のもとに、前例や「より良く」ということで、実質的に規制を強めていくのは、良識のないやり方ではないでしょうか。
 まさに「規矩不可行尽 行尽人必之繁」、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」です。
 規制には、悪い方向に進まない、多くの人に災いをもたらさないという視点が色濃くあります。そのようなマイナスを生まないという考えも必要ですが、規制を受ける側に不自由を強いるようでは、これも主客転倒です。好奇心を満たし、純粋な研究目的を達成し、創造性を生む方向に進むことが望ましいはずです。規制をするには、本当の良識が必要です。でも、本当の良識があれば、規制などいらないのかもしれませんが。

・賢者・
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という言葉は、
「論語」の「先進」の項にあるものです。
孔子の弟子である子貢が、他の二人の弟子である
師と商について、どちらが優れているかを問われた時の答えです。
師は「過ぎたり」、商は「及ばず」と評価しました。
子貢は、それなら師が勝っているのですねと尋ねると、
孔子は、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と答えました。
これは、やり過ぎも及ばずと同じということです。
昔の賢者は、短いやり取りで核心をついていますね。

・秋めいて・
9月になりました。
北海道は、お盆前後から、
一気にぶ涼しくなってきました。
8月下旬になるとさらに秋めいてきました。
夜は窓を閉め、タオルケットでは寒いので
薄い掛け布団に変えました。
暑いより、涼しいのは助かるのですが、
大学が休みのうちに
調査や研究を進めなければならないのですが、
野外調査は日程を入れれば、出ることになりますが、
研究の方が、校務に追われて滞っています。

2017年8月1日火曜日

187 AIとの付き合い方

 近年のAIの進歩は著しく人の楽しみの世界へも侵入してきました。AIとどう付き合っていくかは、人の問題です。AIを否定するという方法もあるかもしれませんが、うまく付き合っていくことが、今後は必要でしょうね。

 将棋の世界では、藤井聡太四段の連勝がニュースになり、その行動が細々と報道されました。少々加熱にしすぎに見えます。一方、電王戦というものもその頃おこなわれていました。
 電王戦とは、コンピュータの将棋ソフトとプロ棋士の対戦です。将棋電王トーナメントというコンピュータの将棋ソフト同士の対戦による勝者と、叡王戦というプロ棋士の優勝した叡王です。叡王戦は全棋士参加棋の対戦で、正式なタイトル戦となっています。つまり、最強のプロ棋士という称号を持った人を選ぶことになります。
 2016年はソフトがponanzaで山崎隆之叡王(八段)が対戦しました。この対戦は先手後手を入れ替える二番勝負でした。2016年はponanzaが2連勝しました。2017年はソフトがponanzaで、プロ棋士は佐藤天彦叡王(名人)でした。この対戦でも、やはりponanzaが2連勝しました。また、他の将棋のタイトルホルダーとの公式な戦いは行っていません。たとえは羽生名人などとの公式対戦はまだありません。ですから、どちらが最強かの結論はまだ出ていません。将棋では、まだ完全な結論は出ていないのですが、多分近いうちに人間を越えていくでしょう。
 現代の情報科学は、一段と進歩が著しく見えます。中でも、ビックデータとデープラーニング(deep learning)などの手法を取り入れて、コンピュータ自身が試行錯誤で学んでいくAI(Artificial Intelligence)の進歩が話題になっています。AIがチェスと囲碁の世界では人を越えました。
 人の進歩のスピードには、生物として勝負にかけられる時間や、肉体的、精神的努力には限りがあります。また、人が脳を働かせている時間やスピードにも限界があり、疲れたり時間に追われるとミスもしていまうからです。ところがAIには、疲れるもなく、装置やソフトも日進月歩で進歩し、それを休みなく働かせることができ、ミスもしません。
 AIは、記録が残されている多数の対戦を短時間にすべて学ぶことができます。それらを学び終えて、もし足りないとすれば、AI同士の対戦をこなうことが可能です。そして対戦事例を指数関数的に増やすことも可能です。自身に学んでいくことができます。AIはゲームでは非常に強くなります。ですから、AIを人の訓練に用いるには打ってつけでしょう。
 AIが自学自習で学んたことには、人が知っていることも、もちろんあるでしょう。しかし重要なのは、AIの出す答えの中には、人が考えもしない、本当かなと思えるようなものもあることです。そのような予想外の考えや結論は、もしかしたら宝の山かもしれません。
 囲碁や将棋などAI対戦で、プロ棋士が今まで考えてもいない手を打つことがあることがわかってきました。その結論に至る理由や道筋は、まだわからないのですが、その手が、結果としてそれがいいことが、次々とわかってきました。そんなAIが予想外の答えを出す例が、多々でてきました。
 AIの予想外の結論で、もし有用なものがあれば、利用すれば役立つ場面もあるはずです。囲碁や将棋の手もそうですが、CT画像を用いたガンの早期発見などは、人の社会ですぐにも利用できる例でないでしょうか。
 ゲームという人が楽しむ世界にAIを導入すると、良き友人、相手として、自分にあったレベルの相手になってくれて楽しむことできるでしょう。しかし、AIの導入で身近な人の楽しみに対する考え方が変化するかもしれません。AIの将棋が、すべての一流のプロ棋士に勝って、最強になったとしましょう。囲碁や将棋を他の人と対戦して楽しむ人にとっては、ゲームとしての楽しさはそのまま維持できるでしょう。最強が人のプロ棋士からAIに変わっただけですから。
 競争意識と導入すると、すでに最強のAIが存在するという事実を抜きに、その競争を楽しむことができるかという問題です。たとえ人対人の対戦であっても、観戦を楽しむ人がどれくらい残るでしょうか。指した手の良し悪しを解説をするプロの存在は必要でしょうか。AIの答えを見たほうが優劣が明瞭でしょう。AIの将棋が強くなってきたことで、タイトル戦の楽しみ方が、今後の大きな課題になるでしょう。
 予想外の結論が、有用かどうかわからないようなもの、有用かもしれないがその対処が予想外の場合など、実施は慎重にならなければなりません。今まで人しか判断してこなかった政策判断や人物評価などに導入するのは、注意が必要です。因果関係などがはっきりしていないことへの導入も、注意が必要なります。
 もし、その関係にカオスなどの複雑系が存在していると、初期条件の小さな違いによって、結論が大き変わってくることがあります。またフラクタルのような構造があると、一見簡単な規則に思えるのですが、似て非なる類似が発生しているだけで、本当に起こるという保証もありまでん。
 人の行動が絡むと、さらにややこしくなります。AIの判断であるという付帯条件がつくと、ある人は完全に信用するかもれしれません。ある人はひねくれて想定外の行動、思考をすることもあるかもしれません。そんなとき、AIの想定した結論になるとは、限りません。もしかすると、そのような変化する条件をAIに入れてやると、次々と結論が変化することがあるかもしれません。
 AIの予想外の結論は、よく考えて取り入れなければなりません。チェスはIBM社が開発をしていました。囲碁をソフトを開発したGoolgeでした。いずれもその時代のIT化関係の巨人が人と費用をかけて開発してきました。Goolgeは、囲碁で人に勝ったことから目的を達成したとして、今後のその分野での開発を止めました。一方、将棋ソフルは市民が開発を進めてきました。これは、日本の特徴でしょうか。趣味を突きつめていくという方向性は、日本の国民性に合っているのでしょうか。日本の将棋ソフトのように集合知による開発は、今後の技術の世界で重要な考え方かもしれません。ただ、ひたすら目的のために手段だけを進めていくと、群衆心理が働き、過激な方向、行動へとなることもあるので注意が必要です。
 AIの将来を考えると人に危険性があるから、AIの開発を止めるという選択もあるかもしれません。Googleのような目的意識をしっかり定めて、終わりどきを見極めることも必要でしょう。AIは失敗した時の責任をとれないので、採用した人の責任になります。またAIの対処を採用することで、絶対的な信頼感が生じると、人の思考力が鈍っていくこと、思考停止が起こるのではないかという不安もあります。
 AIは有用です。これからもまだまだ進歩していくはずです。人はAIは、どのような付き合いをすればいいかを考えていく必要がでてきました。AIもやはり道具として捉えるべきでしょうか。あまりにも便利すぎる道具とのその付き合い方には、注意が必要です。気をつけないと、AIに使われていることがありそうですね。

・人の知恵・
もうご存しでしょうが、AIは人工知能とも呼ばれ、
「アイ」ではなく「エーアイ」と読みます。
かつては、AIはあまり使いものになりませんでした。
インターネットの発達、IT化、デジタル化により
良質のビックデータを入手することが可能になりました。
コンピュータの処理能力や並列処理などの技術も
格段に進歩してきました。
その結果、ビックデータの大量の処理処理も可能になりました。
それらを背景にして、デープラーニング、
深層学習という手法がでてきました。
AIの進歩は止められないでしょう。
AIとの付き合い方、AIの先のことを考えるという
人の知恵が重要となることでしょう。

・夏休み・
8月は北海道も暑いですが、
ここ数日は天候が悪く、蒸し暑い日が続いています。
大学は、定期試験の真っ最中です。
私が大学生のことは、7月下旬が夏休みで
9月に前期の残りがあり、テストもそのあとにありました。
しかし、最近は、夏休み前にすべて終わらせるために、
一番暑いときに、試験となっています。
教員はその後に採点、評価をします。
夏休みとは、なんのためだったのでしょうかね。

2017年7月1日土曜日

186 サイクロプス:神話の根拠

 架空の話と思われているものにも、世界各地に似た話があります。少々不思議な気がします。もしかすると、そこには何らかの事実に基づいた、根拠があるかもしれません。

 ギリシア神話に卓越した鍛冶技術をもつキュクロプス(Cyclops)がいるのですが、英語読みはサイクロプスとなり、日本でも英語読みの発音が知られています。ここでも、サイクロプスを用いましょう。
 サイクロプスは、ギリシア神話に登場する巨人です。神話によると、天空の神であるウラノスを父として、大地の神であるガイアを母にして、二人の間に3人の男の子がいましょうた。その3兄弟の一人としてサイクロプスがいました。兄弟は父に嫌われ、奈落に落とされました。その後、弟の一族であるクロノスが権力をにぎったのですが、奈落から出されませんでした。
 サイクロプスは、奈落で鍛冶屋として働いていたのですが、ゼウスらの時代になり開放されました。そのお礼として、ゼウスには雷霆(らいてい、激しい雷のこと)を、ポセイドーンには三叉の銛(もり)を、ハーデースには隠れ兜(かぶると姿が見えなくなる)を送ったとされます。その後も、サイクロプスは鍛冶業を続けたといわれています。
 サイクロプスは、巨人であるだけでなく、一つ目という特徴もあります。一つ目の巨人という非常に奇異な容姿を神話として作りだす昔の人の空想の力にはすごさものがあります。他にもサイクロプスだけでなく、いろいろ変わった姿の神や怪物などもいるので、空想が豊かだったのでしょう。
 サイクロプスですが、不思議な類似が、日本の神にも見られます。製鉄と鍛冶の神として、日本の神話にも、アメノマヒトツノカミ(天目一箇神)とアマツマラ(天津麻羅)がいるのですが、両者とも一つ目です。また、ダイダラボッチという大入道も、一つ目とされることがあるそうです。
 神話ですから、現実と関連がある必然性はありません。神話ですから、架空の話にすぎないはずです。でも、別の国に似たような異形の神がいるのは、偶然にしては不思議です。本当にその空想は偶然の一致でしょうか。
 もし、そのような神を思い浮かべるような何かの「キッカケ」があり、そしてその「キッカケ」が、あちこちにあるとすれば、それは単に架空ではなく、実在のものに起因することになるかもしれません。
 サイクロプスはさておき、動物の頭骨(頭蓋骨)に話題を変えます。
 専門的な話は抜きで、単純化して考えましょう。動物とはいっても多様ですから、哺乳類にしましょう。頭蓋骨は、いくつかの骨からできています。まず下顎の骨が分かれます。上顎側も、いくつかの骨からできていますが、多くが縫合線でくっついています。
 下顎と上顎の間が口に当たります。口は、頭蓋骨に空いた穴となります。他にも、頭蓋骨にはいくつかの穴があります。解剖学的には、多数の穴があるのですが、わかりやすいものとしては、目(眼窩、がんか)と鼻(鼻腔)、耳(内耳孔)の穴です。これらの穴の形や位置が、頭蓋骨の大きな特徴となり、生物種ごとの違いとなります。
 頭蓋骨の穴の位置やサイズが違っていると、目や鼻などを見誤ることもあるかもしれません。例えば、ゾウの頭蓋骨では、目が横に小さくついています。その代わり、目に当たる位置には、長いハナを支えるために大きな穴(鼻腔)がひとつ空いています。ゾウの頭蓋骨をはじめて見た人は、大きな目がひとつしかない生物のように見えたはずです。もちろんゾウですから、頭蓋骨のサイズは巨大になります。
 解剖学の知識のない人にとって、ゾウの頭骨の化石を発見したら、その骨から、どのような生物を想像するでしょうか。もちろんゾウの存在は知らないとします。見たことのない大きな頭蓋骨で、目の位置に大きな穴がひとつあいているだけの生物を思い浮かべます。それを、一つ目の巨人の頭蓋骨に見誤っても、仕方がないでしょう。
 実は、サイクロプスがゾウの頭蓋骨化石に由来するのではなかという説があります。もし、この説が本当なら、サイクロプスの神話に信憑性が生じることになります。
 単眼巨人のサイクロプス像が、ロンドン自然史博物館に展示されています。博物館のエントランスの一つにモニュメントとして飾られています。もちろん神話の一つ目の巨神ですから架空の姿です。なぜ、自然史博物館に神話の像が飾られているのか。実は、象徴的なモニュメントは、サイクロプスがゾウの頭蓋骨化石に由来するという人類の歴史を示しているのです。
 ゾウの頭蓋骨化石からサイクロプスへという考えを、一般化していけば、神話や伝説での、異形の神や怪物などは、単に架空ではなく、根拠があったのではないかと考えられます。巨神は、大型動物の化石に由来するのではないか。小人伝説は小さな動物化石から生まれたのではないか。未知の動物化石から怪物伝説が生まれたのか。そのような化石が見つかる地域では、似た異形の神が想像されるのではないでしょうか。
 次のステップとして、異形の神や怪物が、どのような生物の化石に対応していくのかを考えていくことになるのでしょうか。それは神話や化石の専門家におまかせしましょうか。

・西高東低・
ギリシア神話は、西洋においては基礎知識になるでしょう。
西洋の文献を読もうすると
神話の内容を前提にした話題も多々あります。
ですから教養として東洋人にとっても
ギリシア神話は基礎知識なります。
一方、東洋の文献では、
四書五経や古事記、日本書記の内容は
基礎知識として必要になるものも多くあります。
学校の授業では一部ですが、学んでいます。
では、西洋人にとって東洋の古典や神話は
基礎知識といえるのでしょうか。
東洋の文献を読む人には必要でしょうが、
それ以外に一般人には、
あまり必要ではないのでしょうか。
知識は西高東低になっているのでしょうか。

・時の過ぎゆくままに・
7月です。
今年も半分終わりました。
同じ言葉をあちこちで聞けます。
多分多くの人が、
時間の流れが速いとを思っているので
そんな感想がでるのでしょう。
私も例外ではなく、時の流れを速く感じています。
多忙なほど時間が速くなっていくようです。
時間を意識できないような日々を送っていると、
ふと振り返った時に、
過ぎた時間の長さに思い至るのでしょうか。