2002年5月1日水曜日

04 地質学とは(2002年5月1日)

 私が地質学に携わって、四半世紀になります。短いような、長いような期間です。しかし、今まで私は、「地質学とはどんな学問か」ということについて、深く考えたことがありませんでした。今後、そのあたりを深く考えていきたいと思っています。とりあえず、今回は、地質学とはなにか、地質学と他の自然科学とはどう違うのかを考えてみます。
 まず、地質学を、どう定義すべきでしょうか。その点について、少し考えてみます。
 色々な定義の仕方があると思うますが、ここでは、次のように定義してみましょう。
「地質学とは、時間、実物、野外、実験、という要素からなる」
と。
 以下、その要素について、少々考察してみましょう。
 まず、「時間」についてです。
 地質学における「時間」とは、過ぎ去った一度限りのものです。そこには、全く等質の繰り返しや、これから来る時間(未来)は含まれません。
 もし、過去における法則(地質学の法則)が、「時間」において普遍的なものであれば、その法則を未来へ外挿できるかもしれません。つまり、地質学は、「過去の時間」における法則を見出す学問ですが、そこから普遍性を導き出せば、その法則は、一気に「未来の時間」に適用できる可能性が生じるのです。過去の事象に関する科学が、未来学の一翼を担える可能性があるのです。それも、かなりの論理的にです。
 たとえば、プレートの動きを観測していくと、年間何センチメートル、どの方向に移動している、ということが正確に測定することができます。それは、過去から現在まで続いている地質現象です。
 この現象は、未来に対する永続性の保障は、今のところありません。しかし、この運動は、未来にわたって(永遠とはいわないが、プレート全体の運動を考えれば、どの程度継続可能かも推定できるでしょう)継続すると推定できます。この推定は、かなりの確実性があると考えられます。
 その推定を前提に、プレートの移動が予測できます。予測は、数百万年、数千万年の単位の予測となります。さらに、プレートの移動よって、大陸配置が変われば、気候や地質現象(火山、地震、造山作用など)の様式も変化します。当然、それも、予測可能です。
 このような「未来の時間」での予想を、地質学はなしうるのです。しかし、このような研究を前面に出しておこなっている研究者は少ないようです。
 つぎに、「実物」です。
 地質学における「実物」とは、過去に形成された岩石、過去に起きた現象、過去に生きた生物(古生物)などのことです。
 地質学として利用できる「実物」になるには、いくつかの条件を満たす必要があります。それは、「実物」が、すべて過去のもので、手にできるのは、その一部しかないからです。
 「実物」は、形成時にまず、断片化がおこります。断片化に堪えなければなりません。あるいは、断片化されても、もとの「実物」に関する情報を保存していなければなりません。さらに、「実物」は、時間を経ても残りうるものでなければなりません。
 つぎに、「実物」は、地質学的変動に耐えねばなりません。続成作用、変成作用、造山運動、風化、削剥などの地質学的変動を受けても、変化、破壊、消失することなく、現在まで残らなければなりません。
 最後に、幸運でなければなりません。「実物」が存在しても、それをしかるべき時期に、しかるべき人に、発見されなければなりません。「実物」に書きこまれた情報が、読み取りたい人に、読み取りたい時期に、読み取るための技術によって、読み取れなければならないのです。
 これらのどれかが欠けても、たとえ重要と思われる「実物」が発見されても、「実物」の有効利用はできないのです。そのために、重要だと思われる「実物」は、人類の共有の資産として、永久保存される必要があるのです。その機能を持つのが、博物館でしょう。
 次ぎの要素は、「野外」です。
 「野外」は、フィールドとも呼ばれます。地質学における「野外」とは、野外で「実物」を調査し、採集することを意味します。野外調査には、有効な「実物」を得るために、独自の方法があります。
 求めている情報が、どの「実物」に入っているのかを事前に知っているか、あるいは見当をつけなければ、有用な「実物」を採集できません。なにせ、その気になれば「実物」は大量にあるのです。そのためには、それなりの知識や経験が必要です。
 野外では、「実物の産状」を読み取る必要があります。産状とは、「他の実物」との時間の前後、上下などの相互関係、構成物の量比、空間的位置、分布などのことで、「野外」でしか得られない情報です。「実物の産状」を調べるにも知識や経験が必要です。
 以上のような意味で、地質学において「野外」は、習熟を要する科学であるといえます。
 最後は、「実験」です。
 地質学における「実験」とは、野外で採集した「実物」から情報を読み取る作業です。その手法は多様です。代表的なものとして、化学分析、詳細観察、再現実験、計算機実験などがあります。
 化学分析には、完全手作業による湿式分析や、各種の装置を利用した機器分析があります。機器は、科学技術、特に電子技術とコンピュータの進歩、普及に伴って、分析の精度や簡便さは格段に向上しました。
 物資を詳細に調べるには、拡大する技術が不可欠です。昔は、肉眼や虫メガネ(ルーペともいう)で、その後は顕微鏡で、今や電子顕微鏡、トンネル顕微鏡、原子間力顕微鏡などというものまであります。その拡大能力は、原子を一つ一つみることができるまでになっています。
 再現実験は、天然の「実物」や合成の「実物」から、それが形成されるための条件を推定したり、決められた条件で合成物がどのような相や性質を持つかを、実験室で調べるものです。
 計算機実験は、長い時間を計算機で短縮したり、非常に短い時間をゆっくり再現させたり、超高温、低温や超高圧にしたりなど、実験室ではできない、計算機でしかできない実験領域でその能力を発揮します。それと、失敗を気にせず何度でも繰り返すことも可能です。
 「実物」から、「野外」と「実験」で読み取った情報が、地質学における基礎データとなります。基礎データを時間軸に沿って並べ、何らかの規則性が見えてきたとき、新たな理論が生まれるのです。その理論は、時間に特異性をもつ地質学の固有のものとなるのでしょう。そして、そんな理論の積み重ねが、地質学の新転地を切り拓くでしょう。

・非常識な論理派・
 私は、エッセイでも書いたのですが、地質学を専門としています。しかし、それだけでなく、もっと広い分野、視点で、その地質学の特性を考え、発言してきたいと思っています。あるいは、地質学という視点で、ある分野のある考え方、ある資料を見たらどう見えるか。そんなことをしていきたいと考えています。
 例えば、それは、環境問題、自然教育、自然史観、自然哲学、人間倫理、生命倫理、自然倫理、環境倫理、地球倫理など、「夢は大きく」です。
 そのためには、地質学を知らなければなりません。それは、単に地質学の研究をするというだけでなく、地質学の本質、根源、根本にかかわるようなことを、突き詰めて、あるいはこだわって、考えていきたいと思っています。
 そんな思考のプロセスの断片を、このエッセイで表現できればと思っています。その答えは、全く非常識なものになるやもしれません。あるいは意図して非常識なものを提示するかもしれません。もちろんそこには地質学的論理があるものです。
 しかし、その非常識な考え方が間違いだとはかぎりません。もしかすると、その非常識な考えの中に、次のブレークスルーのきっかけになるものがあるやもしれません。大発見や大発明は、非常識なところから生まれることが多いのは、歴史が証明していることです。
 非常識であるかどうかより、多様性、つまりは多様な視点での議論を、まずは受入れる必要があります。一種のディベート、ブレインストーミングです。そんなことを常にしているべきです。それができないと、本当に重要な提案がそのなかにあるかもしれないのに、それをみすみす見過ごすことだってあるかもしれません。
 そんなことにならないように、皆さんも、私の非常識な意見に、賛成しろといいませんが、耳を傾けて下さい。
 非常識派から、最後に一言。常識や非常識で、提案を判断するのではなく、そこで展開されている論理で、判断して下さい。常識派の多くの意見は、誰かが言ったことを前提にしています。その誰かがいったことは、別の誰かが言ったことだったりまします。そんな意見より、論理として筋の通っている新しい提案のほうが重要ではないでしょうか。
 自分自身への戒めを一つ。非常識な論理派を目指せ。なぜなら、常識の非論理派よりまさり、常識の論理派より有用だから。決してなるなかれ、非常識の非論理派。


・新しいメールマガジンの発行・
 先月から、新しいメールマガジンを発行しました。それは「Terraの科学-Club Geoの冒険-」という週刊誌です。内容は、大学教養程度の「地球科学」の内容を、2年間にわたって講義していく予定です。内容はレベルを落とすことなく、小学生にも理解できるようにを目指します。もし興味おありでしたら、一度購読してみて下さい。
申し込みは、
http://www1.cominitei.com/lecture/regis.html
からです。
 ちなみに私は、「Terra Incognita」以外に「地球のささやき」
http://www1.cominitei.com/earth/regis.html
と、「Dialog2」
http://www1.cominitei.com/dialog2/regist.html
という週刊誌を発行しています。もし興味おありでしたら、購読してみて下さい。