2007年12月1日土曜日

71 テセウスの船:同時性と同一性(2007.12.01)

 地質学では同時性と同一性が、悩ましい問題となることがあります。そのような問題を表す言葉として同時異相というものがあります。今回は、同時異相について考えていきます。

 皆さんは、テセウスの船というものを御存知でしょうか。
 テセウスの船は、1世紀から2世紀にかけて活躍したギリシアの著述家プルタルコスが著したギリシアの伝説の中に、登場する話です。
 テセウスは、クレタ島にいたミノタウルスを倒し、アリアドネの糸を頼って迷宮から抜け出しました。そして、助けた若者と共に、船でアテネに引き上げてきました。そのときテセウスらが乗ってきた船が、後の時代まで残されていました。時がたつと共に、船をつくっていた木材が腐ってきたので、新しい木に置き換えられながら、船は保存されていました。このテセウスの船の木材が、順次新しいものに入れ替えられていって、もしすべて新しい木材で置き換えられたら、果たしてこの船は、テセウスの船と呼べるのでしょうか。
 プルタルコスは、全部の部品が置き換えられたとき、その船が同じものといえるのかという疑問を投げかけています。このテセウスの船は、同一性を考えるための一種のパラドクスとして知られるものです。
 地質学では、自分が調査している地域内に見つかった同じような地層があったとき、それが同一で連続した地層であることを示さなければならないことがあります。地層の同一性を示すには、いろいろな方法があります。
 例えば、地層を構成する岩石が同じであること、地層から産する化石が同じ種類のものであること、地層の時代が同じであること、上か下の地層で特徴あるものを見つけてそれを鍵にして対比することなど、いろいろな同一性の手がかりから証明していきます。
 しかし、これらの証明法は、間接的で傍証というべきものです。論理的には、同一であることを直接示しているわけではありません。一番確実な証明方法は、一つの地層を、比べたい地点まで、追跡していくことです。一つの地層が見える限り追跡しています。もし露頭が地下で見えなくても、現在の技術をもってすれば、ボーリングなどをすれば、見ることができます。もし断層などがなくて、大地が連続しているならば、地層を追いかけていけば、最終的に目的の地点まで地層が連続しているかどうか確認できるはずです。
 まあ、現実的あるいは技術的にはそのような追跡は困難ですから、両地点の間に露頭をできる限り見つけて、そこで連続性を追いかけることになります。追跡のときに手がかりになるのが、化石や特徴を持った地層です。このような特徴的な地層を、鍵層(key bed)と呼びます。
 鍵層にはいろいろなものが使われますが、一番有効なものとして、特徴的な火山灰層があります。特徴的な火山灰層とは、ある火山のある時代の噴火によって放出されたものという意味です。火山灰の堆積は、地質学的には同時とみなせる現象です。ですから、火山灰の鍵層は、同一時間面つまり同時性を示すものなのです。
 もし、2つの火山灰層に挟まれた地層があるなら、2つの火山活動の間に溜まったものですが、厳密には同時とはいえませんが、かなり限定された期間に溜まった地層とみなせます。ですから、同一性を証明するために、鍵層は非常に重要な手がかりとなります。
 2枚の鍵層があり、その2つの間の地層を比べたとします。地層には特徴的な化石も含まれているとしましょう。ただし、比べたい両地点の間の関係は、不明です。
 さて、2つの地点で地層を比べたところ、2つの鍵層が両地点から見つかりました。しかも、間の地層からも同じ化石も見つかりました。しかし、自然現象では、時々不思議なことが起こります。比べたい地層がみるからに違うものだったのです。さて、この地層は同一といえるのでしょうか。
 地質学的には、同一としていいような証拠があり、しかし同じとするには、地層の内容が違いするぎるという場合です。実は、このようなことは、距離が離れた地層の対比をする場合には、よくあることなのです。
 これは、テセウスの船のパラドクスと似ていると思いませんか。このパラドクスを解くには、地層のでき方を理解していく必要があります。
 一般に一つの地層は、土砂が海底に流れ込んでできます。土砂が流れ込むと、傾斜のゆるい海底では土石の流れは弱まり、やがては流れがとまり、一枚の地層ができます。地層の形成は、短時間に限られた範囲で堆積します。似たように時期に、別の川で発生した土石流が、同じ堆積場に流れ込んだ場合、上の例のような地層の関係ができます。これは、地質学においては、それほど特別な現象ではありません。なぜなら、堆積場がそのような環境であることが多いからです。
 一つの地層に注目すれば、周辺では薄くなってやがては消えていきます。逆に他方の地層が、だんだん厚さを増していくことがあります。このように地層がだんだん薄くなってやがてなくることを尖滅(せんめつ)と呼んでいます。時には、2つの地層が指を組ませたような入り組んだ関係(指交関係)になっていることもがあります。同時代に近くで溜まった地層で、両者の性質が違うものは同時性を持っていますが、同一性を欠いています。このような地層の関係を地質学では「同時異相」と呼んでいます。
 地層とは、無限に続いていくものではなく、どこかでやがては消えていくものなのです。しかし、両者を橋渡しをするような鍵層や化石があれば、同時性を手がかりにして、対比することが可能となります。
 このような地層の同時性と同一性の検証の繰り返しによって、その地域のある時代の特徴を編むことができます。それらの時代ごとの特徴を積み重ねていけば、その地域の地質学的歴史、つまり「地史」が出来上がっていきます。
 テセウスの船は、同一性を考えるためのパロドクスでした。同一性は同一律や自同律、同一原理などと呼ばれ、論理学では正しい思考をするために従うべき基本的な法則の一つとされています。
 同一性とは、AとBがあったとき「A=B」のことですが、古くから哲学では、重要な問題とされています。
 ライプニッツの考えによれば、識別できない2つの個体は存在せず、それを同一とするというもので、「不可識別者同一の原理」と呼んでいます。この原理は、Aの持つ全ての性質をBが持ち、またBが持つ全ての性質をAが持つとき、「A=B」が成り立つというものです。同一性は、神と人間を区別したり、実体を判別したりするために、非常に重要な役割をもってきました。
 一見当たり前のようにみえる同一性も、厳密に考えていくと、いろいろややこしい問題を含んでいることがわかります。テセウスの船のパラドクスへの答えも、考え方によって違ってきます。
 アリストテレスのテセウスの船に対する考えを紹介しましょう。アリストテレスは、事象の原因を4つに分け(四原因説)て考えました。その原因に基づいて解釈すれば、このパラドクスは解ける考えました。
 テセウスの船が「何であるか」(形相因)を考えるのであれば、設計などの本質が変わっていないため、「同じ」とみなされます。「何のためものか」(目的因)という点で考えれば、テセウスが使った船という目的は変わっていないので、「同じ」とみなされます。「誰がどのように作ったか」(動力因)とみれば、最初に船を作った職人と同じ道具や技法を使って修理(部品の置換)をしたのだから、「同じ」と考えることができます。ただ、「何からできているか」(質料因)と考えれば、時と共に材質が変わっているので、全部置き換われば、もはや「同一」とはいえなくなります。
 これが、アリストテレスの答えです。
 地質学では、「何からできいるか」という質料因や「何であるか」という形相因を問うものなので、同時性が保障されたとしても、同一性の証拠になりません。
 「同じ」というのは、一見当たり前のことに思えますが、よくよく考えると、そこには複雑な問題があるのです。

・心の余裕が必要・
いよいよ師走になりました。
今年も残すところ、あと1年となりました。
北海道は例年になく寒い冬を迎えています。
今年は、暑い夏と寒い冬でした。
特に原油の値上げという
北海道にはなかなか厳しい冬になります。
それでもなんとか私たちは暮らしています。
現状を、悲観的に捕らえてしまうのは、
私たちが経済に影響を受けすぎているためではないでしょうか。
経済にだけ極度に敏感になりすぎているようです。
季節の変化や自然の変化に
もっと目を向ける必要があるのではないでしょうか。
自然に目を向ける心の余裕が必要ではないでしょうか。
師走の初めにそんなことを感じています。

・困難さ・
今回紹介したのは、地質学でも地層だけの話です。
上で述べたように、地層においても、
同時性や同一性を厳密に認定するのは
なかなか困難な検証を必要とします。
火山岩や変成岩では、同時性や同一性は
もっと複雑な様相を呈します。
火成岩の同一性とは何なのか。
変成岩の同時性とはどの現象を指すのか。
なかなか判断できない
一筋縄でいかない困難さがあります。
大地の生い立ちを探るのは、一苦労です。
ですから、それを解いた感激は
何物にも変えがたいものなのです。