2022年8月1日月曜日

247 虹の解体:センス・オブ・ワンダーは深く

 自然の謎を科学的に解明していくと、その自然からは、詩情が消えていくのでしょうか。詩情は消えることはなく、センス・オブ・ワンダーは、より深くなっていくのではないでしょうか。

 地質学では、野外調査が重要な手段となっています。野外にでかけて露頭を見ること、岩石に触れることから、地質情報や試料を収集していきます。地質情報や試料は、いろいろな室内実験を通じて深く解析、分析されていきます。そして、自然の謎を解明していきます。
 地質学は、自然科学の中でも、野外調査を通じて、自然に直接接することが多くなります。地質調査は、今では、3Kの仕事になるのでしょう。しかし、地質学者の多くは、野外調査は大変ですが、やりがいや、魅力を感じています。多分、海岸の連続露頭に圧倒されて、山の道路の切り通しの岩石に触れながら、あるいは沢を歩きながら、自然にセンス・オブ・ワンダー(sense of wonder 驚きの気持ち)を感じているからではないでしょうか。地質学という学問的興味はもちろんであるですが、それ以上に、地質学が対象としている自然への畏怖が生まれているからではないでしょうか。
 リチャード・ドーキンスの著書に「虹の解体」があります。副題の「いかにして科学は驚異への扉を開いたか」が、本来の書物の内容、あるいは主張したかったことでしょう。この書で「虹の解体」という言葉を主題として用いたのは、「詩人ジョン・キーツらは、“虹の持つ詩情を破壊した”とニュートンを非難した」ことへの反論をするためとしています。
 「虹の解体」という言葉は、キーツ(Keats)の詩集「Lamia, lsabella, The Eve of St. Agnes, and Other Poems」の中の「Lamia」の「PART II」に、その節があります。【本文の最後にキースの詩(英文)と、拙いですが対訳をつけました】
 キーツは、虹を科学的に解体していったことで、虹のきれいさや「詩情」、荘厳さが、なくなっていったと詩の中で述べています。虹の「織り方」を「定規と線」で謎を解くことで、平凡なものにしてしまったと、書きました。哲学(自然科学全般の指しているのでしょう)は、荘厳なる虹の魅力をなくしていった、と考えていました。
 虹を解体したのは、ニュートンでした。「光学」の実験をして、太陽光(白色光)をプリズムを通すことで、虹のような光に分けられることを実験で示しました。そこから、光や虹の原理を、科学的に解き明かすことになりました。
 プリズムを通して光を解体するように、科学では、ものごとや謎を調べていく時、単純な要因や要素に解体していき、仕組みや原理を探究していくという方法論をとります。「要素還元主義的方法論」と呼びます。それぞれの要素を解明していきながら、全体像を探究していく方法です。現在の科学は、要素還元主義的方法で、自然現象を解体していきます。現在のほとんどの科学的手法は、要素還元的主義に従っているでしょう。
 キーツは、虹の解体で、虹の荘厳さが消えていくと考えました。科学の要素還元的なやり方で、自然が解体されることを嫌ったようです。ただし、詩で表現されているので、本当の気持ちかどうかは不明ですが。
 ドーキンスは、イギリス人で有名な生物学者で、一流の教養人でもあります。ですから、キーツの詩もよく理解していたはずです。そのドーキンスが、キーツが詩で、「虹を解体」したとして、科学を非難(?)したことへの反論を試みています。虹が解体されても、詩情も消えることなく、センス・オブ・ワンダーはあるのだと、科学の素晴らしさを擁護しています。
 ドーキンスと同感です。自然は解体していったとしても、その先には姿形を変えた、新しい自然が広がっています。自然は、限りなく広く、奥深く、解体してもさらなる謎を提示し、荘厳さと保っています。自然は、解体しても自然であり続けます。
 科学は自然の中の多くの謎を明らかにしてきました。しかし、自然の謎は増えはしても、減ることはありません。自然は、多層構造や複雑な相互関係をもっています。
 それぞれの階層のどこにおいても、上位や下位の階層と相互作用が起こります。例えば、露頭は岩石から、岩石は鉱物から、鉱物は元素から形成されています。岩石同士の関係が、露頭の産状を生み出しています。鉱物の組み合わさり方、織りなすつくりが岩石組織を形成しています。それぞれが上下の階層と複雑に関係しています。
 ひとつの階層の中においても、他の要素と相互作用をしています。例えば、岩石を構成している鉱物では、岩石が形成されるとき、隣接する鉱物同士で、元素のやり取りには一定の関係があります。このような関係を、元素の鉱物間の分配係数と呼びます。岩石全体としても、全体の化学組成、温度、圧力、酸素濃度などの条件によって、分配係数の変化が起こります。それを逆手に取って、分配係数の変化から、温度や圧力を推定することができます。
 自然には複雑な仕組みが働いています。同じ階層でも多数の要素が複雑に相互作用をして、それらが多層的にさらに複雑な関係を生み出しています。ですから、自然のひとつの謎を解き明かしても、謎は尽きないはずです。
 ドーキンスの「虹の解体」をさらにオマージュして、「地質学的野外調査の解体: 地質学への新しい方法論の導入」という本を執筆中です。地質学における野外調査を解体していくことで、新たな世界が拓かれていくであろうことを、新しい方法論を導入することで、自然へのさらなる「センス・オブ・ワンダー」が生まれると考えたからです。
 さて本当に、野外調査は解体できるのでしょうか。解体できなくても、「センス・オブ・ワンダー」は残っているはずです。もし解体できたとしたら、きっと「センス・オブ・ワンダー」はもっと深まっていると信じています。現在、鋭意執筆中です。

【付録】
キーツ(Keats)は生前に3冊の詩集を出版しています。その最後の3冊目が25歳の時に出版した詩集「Lamia, lsabella, The Eve of St.Agnes, and Other Poemsは」の中の「Lamia」の「PART II」に次の一節があります。独自に訳しています。

Do not all charms fly
  すべての魅力が飛ぶのではないか?
At the mere touch of cold philosophy?
  冷たい哲学に触れるだけで、
There was an awful rainbow once in heaven:
  天国にはかつて荘厳なる虹があった。
We know her woof, her texture; she is given
  私たちは、その横糸やその織り方を知っている。彼女は与えられる
In the dull catalogue of common things.
  平凡なものというくすんだ一覧になっていく。
Philosophy will clip an Angel's wings,
  哲学は、天使の翼を切り取り
Conquer all mysteries by rule and line,
  定規と線ですべての謎を征服する
Empty the haunted air, and gnomed mine-
  精霊が飛ぶ空や、そして精霊の住む山もカラになる
Unweave a rainbow, as it erewhile made
  虹を解体する、かつて作られたように
The tender-person'd Lamia melt into a shade.
  優しい人、ラミアは陰に溶けていく。

(WIKISOURCE
https://en.wikisource.org/wiki/Keats;_poems_published_in_1820/Lamia
より)

・盛夏・
7月は涼し日が続いていたのですが、
下旬からはやっと暑い日が来ました。
北海道の短いの盛夏の訪れです。
湿度が低ければ北海道らしい夏になるですが、
湿度が高いと本州と変わらない夏となります。
今年はどうなるでしょうか。

・例年の忙しさ・
いつものことですが、
8月は例年忙しく過ごしていますが、
今年も同様です。
上旬は、定期試験、採点、面接練習がはいっています。
8月中は卒業研究の添削がずっとつづきます。
後半には集中講義と校務出張と研究出張が
重なっていきます。
その合間に、本の執筆、推敲を進めていきます。
まあ、休むは定年になってからでいいでしょう。
走れるうちは走っていきましょう。