2026年5月1日金曜日

294 科学と信仰への言及:ワインバーグの原典を求めて

 科学的な言説は、一次資料となる原著論文や著書にたどり着ければ、それを拠り所にできます。科学者自身が、信じていることや信条を述べるのは、学術論文ではありません。そのような言説には、俗説が生まれやすいようです。


 著名な科学者が述べたとされる俗説があります。他の科学者が引用していても、誤った俗説である可能性があります。科学者の引用が独り歩きしていくことがあり、やがて意味の異なった俗説となることがあります。原典が学術論文でない場合、次々と引用され、孫引きされ、時には言い換えられたり、意訳されたりすることで、やがて原典の意図や意味が不明になっていくこともあります。その例を紹介するため、今回は、話題が点々としていきます。
 まずは、科学の世界の話からはじめましょう。物理学の世界では、4つの力として、重力、電磁気力、弱い力、強い力があることが知られています。
 重力は、もっとも弱い力ですが、その及ぼす範囲に限りがありません。重力波は見つかっていますが、重力をグラビトンと名付けられた粒子は未発見です。電磁気力は、電荷や磁力をもったものの間や、電場や磁場のあるところで働く力です。重力より強い力となります。化学結合も、電磁気力によるものであり、フォトンが媒介します。
 弱い力(弱い核力、弱い相互作用ともいう)は、原子核の中で働き、短い距離だけで作用し、素粒子の崩壊を引き起こりします。W+、W-、Zボソンと呼ばれる素粒子が媒介します。弱い力と呼ばれていますが、重力や電磁気力より強く、次の強い力と比べると弱いためです。強い力は、原子核の中でも、陽子や中性子を構成しているクォークや、その他の核子の結につけるもので、短い距離でしか作用しませんが、もっとも強いものとなっています。媒介しているのは、グルーオンと呼ばれる素粒子です。
 これら4つの力を、ひとつに統一的に説明する理論が、現在の物理学の重要な目標になっていますが、まだ完全なものはできていません。
 アメリカの理論物理学者のワインバーグ(Steven Weinberg, 1933-2021)は、電磁力と弱い力を、「電弱統一理論」で統一的に説明しました。これは、ゲージ理論と呼ばれています。特別な条件(高エネルギー状態)になると、弱い力が電磁力として振る舞うことを、理論的に示しました。このゲージ理論の確立で、ワインバーグはノーベル物理学賞を受賞しています。その他の重力と強い力を加えた統一理論は、まだ完成していません。
 さて話題が変わって、科学者の宗教観についてです。このワインバーグが語ったとされる
【A】Science doesn't make it impossible to believe in God, it just makes it possible not to believe in God.
(科学は神を信じることを不可能にはするものではない。ただ、神を信じないことを可能にするだけである。)
という言葉が、ネット名言集の中にあることを知りました。なかなか意義深い言葉です。信仰や神を直接批判することなく、科学と信仰や神との関係を示しているようです。そのような意図を反映して、意訳をすると、『科学は、信仰や神を否定することはないが、信仰や神がなくてもいいようにした』という意味になりそうです。
 ワインバーグは、どのような文献や場で語ったのか、その出典や原典を探すことにしました。
 すると、ある著名な物理学者の文献で、ワインバーグの言葉として引用していました。科学者が引用しているので、かなり確実な情報といえそうです。しかし、これは原典ではありません。
 そこで、ワインバーグが科学と宗教に関する似た考え方が示されている原典、あるいは著作を探しました。多数あったのですが、そのうちの次の2つが近い表現となっています。
【1】To Explain the World: The Discovery of Modern Science(2015年)
“science has nothing to say one way or the other about the existence of God … its goal is to find explanations … that are purely naturalistic.”
(科学は、神の存在について、肯定も否定もなにもいうことはできない・・・科学の目標は、純粋に自然主義的な説明を見つけることにあるからだ。)
という表現が見つかりました。
【2】Cosmic Questions: American Association for the Advancement of Science(AAAS)(1999年)
"One of the great achievements of science has been, if not to make it impossible for intelligent people to be religious, then at least to make it possible for them not to be religious."
(科学の偉大な業績のひとつは、知的な人が宗教的であることを不可能にするまではいかなくても、少なくとも宗教的でなくてもよいことを可能にしたということだ。)
というものでした。探している言葉のそのままではありませんでした。以上のことから、【A】を直接語ったような出典は見当たらないようです。
 では、どうしてこの言葉が生まれたのでしょうか。【A】を詳しく見ていくと、最初の文章では、【A-1】「科学は、信仰や神を否定することはない」という主張が展開され、次では【A-2】「科学は、信仰や神がなくてもよい」という主張という2つの命題からできています。これら2つの命題の由来を見てきましょう。
 【1】で、科学は、肯定も否定もできない主張をしています。ここから、【A-1】の「神を信じること自体は排除されない」という命題が導かれます。また、後半では、科学の目標として、あくまで純粋に自然主義的な説明、つまり超自然的な力(神など)ではなく、物理法則で説明しようとすることであるという主張もしています。これは、科学の目標は自然現象に対して物理的な説明をしていくことです。ここでは、【A-2】の主張はありません。
 【2】では、科学(者)が宗教を否定することまではいかなくても、宗教的でなくてよいこと、つまり科学は宗教なしで成立することを主張しています。
 これらの言説から、【1】前半で「科学は、信仰や神を信じることは否定しない」という主張【A-1】ができ、【2】の「科学が宗教的でなくてよい」そして【1】後半の「科学の目標は自然現象に対して物理的な説明をしていくこと」とが結びつけ、2つの命題にして一文として統合し、わかりやすい文章にすると、
【A】Science doesn't make it impossible to believe in God, it just makes it possible not to believe in God.
となりそうです。この言葉は、ワインバーグが、直接語った出典は見つかりませんでしたのですが、科学は宗教とは独立しているが、自然の究極の法則に神秘性が感じている、という趣旨の発言を、各所でおこなっていたようです。
 ワインバーグのような著名な科学者は、思想信条を各所で述べていると、本人によって似た言説が多数生み出されていきます。学術的な原典ではないため、後世の人が、その言い回しを、伝言ゲームのように、もともととは異なったもの、より明確にされたものへと変化していくことがあります。信条的な言葉が、転々と引用されて、流布している言葉になっていったようです。後世の人が言い換えたり要約した「後世的パラフレーズ」だったのです。
 さらに検索していくと、「表現はオンラインで広く引用されていますが、その正確な一次出版物(書籍や論文のページ番号)まで示せる確証のある文献は見つかっていません。」という答えにたとどり着きました。
 インターネットでは簡単に調べることができて便利ですが、だれかがわかりやすくするために、変更して使ってしまうと、それが流布する危険性があります。そんなことが、身近な研究の場で起こったことなので教訓とすべてきでしょう。ネットを介して、簡単に風評やフェイクニュースが広まります。一次資料に当たることが重要だという戒めになります。自分自身が発信者になっていく可能性もあります。
 さてさて、もう一度立ち止まり、ここで示したワインバーグの原典は、本当に大丈夫なのでしょうか。ぜひ調べてみてください。

・知性や教養が試されている・
西洋の知識人や教養人は、
複雑な言い回しをよくします。
それが知性や教養の現れでもあるようです。
このような言い回しに慣れていないので
解読するのがなかなか大変です。
それを浅く理解すると
思わぬ罠にひっかかりそうです。
知識人の書く文章を読む側の
知性や教養が試されているのでしょうね。

・自転車整備・
北海道は、春の花が一斉に咲きだしました。
自宅の周辺の雑草も
一気に元気になりだしました。
先日、自宅の草むしりをしました。
また、久ぶりに自転車の整備をしました。
何年が使っていかなったのですが、
空気を入れて様子をみしてましたが、
大丈夫そうです。
天気のいい日に夫婦で
近場に自転車に乗って
花見にでかけてみようかと思っています。