2024年6月1日土曜日

269 冥王代へはアブダクティブ斉一説を

 前回、「時間のらせん」と「アブダクティブ斉一説」という考え方を紹介しました。いずれもあまり詳しく紹介できませんでしたが、特にアブダクティブ斉一説の紹介は不十分でした。今回は少し詳しく説明していきましょう。


 前回「時間のらせん」と「アブダクティブ斉一説」という考え方を紹介しました。まずは、少し再度復習しておきましょう。
 時間には、過去から一方向に流れるという「時間の矢」という見方がありました。これはエントロピー増大という熱力学的な法則に基づくもので、不可逆な時間があるという見方です。また、自然界には、繰り返し起こってる似たような現象にようにみえるようものが多々あります。そこには繰り返される「時間の環」という見方がありそうです。場面によって、いずれかが正しく見えることがあります。両者を合体させることで、「時間のらせん」という見方ができるのはないかというものでした。
 次に「アブダクティブ斉一説」についてみていきますが、まずは斉一説から紹介していきましょう。
 地質学では斉一説という考え方もあります。現在起こっている自然現象は、同じ条件ならば、過去にも起こっているはずだ、というのが斉一説です。自然科学の多くの法則は、斉一説の前提を用いて、過去や未来など、検証できない時代へも適用され、演繹されています。斉一説は、過去や未来の自然現象へ適用するには、帰納法が過去や未来にも適用できるという前提が必要です。帰納法が成立するためにには、斉一説が成り立つ前提に必要になります。これはパラドクスになっています。時間の不可逆性のため、いずれも成立しません。斉一説は、論理的には間違った使用法となります。
 しかし、斉一説は、強力で有力なの方法論なので、いつでも使える当たり前の手法だと思われています。ですから、斉一説の適用には、注意が必要になります。
 時間の矢と時間の環、あるいは時間のらせんも、過去に遡るほど、時間の矢の直線性は不鮮明になり、時間の環も不明瞭になっていきます。時間のらせんも、あちこちがばらばらにほどけていくように見えます。斉一説は、論理的には問題がありますが、現在に近い環境や条件があるような場合には、適用しても大きな間違いはなさそうなので、実用されています。
 ところが、地球のはじまり(冥王代と呼ばれる45.6億から40億年前の時代)のような、激変が予想される時期への斉一説の適用は難しそうです。
 例えば、地球形成初期には表層が岩石が融けてマグマの海(マグマオーシャン)がありました。地球の最初期には、マグマオーシャンの状態か、固化した地表であった可能性もあります。
 また、冥王代中頃(43.7 ~ 42.0 億年前)に小惑星帯などから大量の隕石の爆撃(後期重爆撃と呼ばれています)によって、大気や海洋もできたと考えられています。その頃、地球の大気は二酸化炭素が主体で酸素がなく、大気圧もかなり高かく、月も近く回っており潮汐作用もなかり強かったと考えられます。地球の表層の環境が、現在とは大きく異なっていました。
 その後、大気と海洋が表層にでき、プレートテクトニクスもはじまるようになりました。ところが、プレートテクトニクスのはじまった時代には、まだ大陸はなく、海の中の列島(海洋性島弧とよばれています)が多数あった時代となります。そこでは、現在の大陸と海洋がある状態でのプレートテクトニクスでの斉一説は適用できません。
 過去になるほど、不可逆な時間の影響で、斉一説の適用には危険性が大きくなり、やがて適用限界がくるはずです。そのような冥王代の地球に、現在の地質現象からえられた斉一説の適用には、かなりの注意が必要になります。
 そこで、「アブダクティブ斉一説」のいう新しい方法論が有効ではないかと考えています。アブダクティブとは、アブダクション(abudction)のことで、帰納や演繹というよく知られている科学の方法ではなく、限られた事実(結果や原因)から自由に仮説を立てて、その仮説を演繹しながら検証していく方法です。ときには、根拠がなくても自由な発想で仮説を立てて、検証に入ることもあります。検証によって、より適切な仮説へと修正していくことになります。ベイズ統計でもこの考え方を利用しています。ですから、方法論としては実用されているものです。
 アブダクションを斉一説に組み込んで、「アブダクティブ斉一説」として使っていこうというのが、現在考えている方法論です。
 例えば、冥王代にあったマグマオーシャンでは、マグマの結晶分化作用で構築された火成岩岩石学の原理を注意深く適用すれば、マグマオーシャンの固化の様子を推定できます。マグマオーシャンで、揮発成分がない時期と後期重爆撃後に揮発成分が加わった時期でも、無水と含水の状態での岩石の溶融過程とマグマの固化過程も推定することができます。
 また、プレートテクトニクスのはじまった時代の海洋性島弧では、島弧形成論や現在の島弧で起こっている構造侵食作用を適用することが可能です。冥王代の大陸の岩石が見つからず、40億年より古い砕屑説ジルコンにしか見つからないのは、島弧と構造侵食で説明できそうです。
 単純な斉一説の適用が困難であっても、冥王代の地球環境を考慮することで、アブダクティブ斉一説の適用を試みることができそうです。そのような視点で、時間のらせんを解明していこうと考えています。

・野外調査の予定・
5月の野外調査は予定通りに
進めることができました。
まずは、北海道の南に2回向かいました。
6月には、北部と中部にでかける予定です。
今年度で退職なので、
公的な調査は最後の年になります。
効率を考えて北海道を中心に巡ることにしました。
コロナ禍の時期から北海道を中心に巡りました。
昨年度前半はサバティカルだったので
四国を中心に巡りました。
どの地域も地質学的には魅力があります。
住んでいるところに近いところは
何度も出かけられるので、
天候で予定通り観察できなくても
次回の調査が簡単に組めるのがいいところです。
前期の予定はすでに組みましたが、
後期は、前期の予定をこなしたあとに
考えてから組んでいきます。

・自然を味わう・
北海道は春の花が終わり
初夏の花と新緑の季節になりました。
エゾハルゼミの鳴き声も聞こえてきました。
大学の森にはウグイスが住み着いたようで
毎日ウグイスの鳴き声が響いています。
いい季節になってきました。
大半は研究室と講義室で過ごしていますが、
朝夕の行き帰りに自然を味わっています。
それでも都会での列車通勤を考えると
自然をたっぷりと味わっています。