2003年11月1日土曜日

22 災害と倫理:北海道の被災地を調査して(2003年11月1日)

 紅葉真っ盛りの10月上旬に、日高山脈を横断してきました。行きは西から東に日勝峠を越えていき、帰りは東から西に狩勝峠を越えてきました。横断の目的は、河川の地質調査でした。いろいろ考えたすえの調査行でした。

 今年、2003年の北海道の夏は、冷夏でした。それに加え、日高や十勝地方は、8月10日の台風10号、9月26日の十勝沖地震がありました。この地域は、繰り返し、大きな災害にみまわれたのです。そんな地域を調査することに、私は、躊躇していました。
 災害は誰にとっても嫌なことです。そんな災害を防いだり、事前に予測したるするために、科学、あるいは学問は重要な役割を果たします。
 地震はなかなか正確な予測できません。1993年の北海道南西沖にしろ、1995年の兵庫県南部にしろ、2001年の芸予にしろ、2003年の宮城県北部にしろ、予想してないところで地震が起き、大きな被害を出しました。今回の十勝沖では、マグネチュード8.0という大きさに比べて、専門家も驚くほど、被害が少なかったのです。それは、予想外の幸運でした。
 火山噴火は、日本ではかなり予測できるようになりました。そして、人災がだいぶなくなってきました。人が火山噴火で直接死ことは、かなり減ってきました。そして、火山噴火に伴う防災も進んできています。
 台風も同様に、かなり精しく予測できるようになってきました。ですから、ある程度台風には備えることができます。
 ところが、北海道のようにほとんど台風の被害を受けることがないような地域では、どんなに人間が防災を知っていても、滅多にないことなので防災の効果を発揮できないこともあります。これは明らかに人災です。
 また、数年あるいは10年に一度の台風が襲来すると、今まで自然物があまり受けたこと状態におかれるため、予想以上の被害を受けることがあります。沖縄など、台風が年に何度も来るようなところでは、台風で大規模な自然災害は起こりません。ところが北海道では、同じような台風でも今回のような大災害になります。そんな時、自然が受けた被害が、そのまま人間の生活に被害を与えることもあります。今回の台風で、北海道にはそんな被害が多く見られました。
 そんな被災地である日高と十勝地域を10月10日から13日まで4日間、調査してきました。調査の目的は河川の地質調査でした。私のここ数年の研究テーマとして、北海道の一級河川、13個をすべて調べることにして予定を組んでいました。その一環でした。
 計画では、今年の秋には、日高の沙流川、鵡川を調査する予定でいました。ところが、台風10号の襲来で、両川は大きな被害を出しました。沙流川では、行方不明者1名がまだ見つからないまま、約2ヶ月たった10月6日に捜索が打ち切られました。台風の被害から復旧してない道路がありますし、漁業ではいまだに被害が出ています。
 沙流川と鵡川はそんな被災地なので、私は予定していた調査を来年に延期するつもりでいました。被災者に対して、学術的調査とはいえ、自分の興味で調べることは、失礼だと思っていたからです。実は、同じ思いを有珠山でしたことがありました。
 2000年11月に、私は個人的に有珠山を訪れました。2000年3月の有珠山の噴火から、7ヶ月くらいしかたっていないころでした。7月末には避難指示の解除がなされ、8月末には避難所がすべて閉鎖されました。しかし、噴煙がもくもくと立ち上がる中、やはり洞爺湖温泉も、温泉街特有の華やかさもなく、どこか落ち着かないような不穏さがありました。
 そして、忙しく復興や冬の準備をしている人たちを見ていると、いくら研究のためとはいいながら、自分自身の興味の延長で被災地を見ることに羞恥を覚えました。そんな気持ちをもって有珠山の噴火の被災地に赴いた自分が恥ずかしくなり、何もみずに、すごすごと引き返した経験がありました。
 多くの火山学者は、自分が研究してる火山の噴火は、一生に一度も経験できないような現象です。ですから、火山学者は、自分の研究地域の火山でなくても、自分の研究の参考にするために、火山が噴火を起こすと調査に行くことがあります。そして、研究者は研究者のネットワークで、一般の人が立ち入れないところも入り調査することができます。もちろん研究をして、火山予知や防災に役立つようにすることは必要不可欠です。そして、研究者として経験を積み、知識を増やすことも大切です。
 それもすべて了解した上で、研究者としての倫理を問いたいのです。研究者としてというより、人間としての最低限のモラルといっていいかもしれません。研究とはいえ好奇心に基づく行動と、人間としてモラルの間のどこで線を引くかという問題です。研究者といえども人間です。自分に興味があるから、出かけていくのです。でも、研究のために必要なことと、興味本位、いってみれば野次馬根性の間のどこに一線を引くか、越えてはいけない一線がどこかにあるはずです。私自身、その整理をせずに有珠山にでかけ、引き返す羽目になったのです。
 今回も、台風の被災地である鵡川と沙流川の調査は、8月中はやめるつもりでいました。それは、自分の心の整理ができなかったからです。9月中旬くらいまで迷いながら、やっと結論を出しました。調査に行こうと決心しました。
 被災地を、自分の地質学者としての目でみて、何らかの形でアウトプットする必要性を感じたからです。その決心のきっかけとなったのが、北海道の地質学者ためのメーリングリストでのあるメールでした。
 十勝沖地震では、札幌でも液状化現象がおこり、傾いた家がでたこともあり、ニュースになっていました。だれか専門家が調査しているだろうと、みんな思っていたのでした。しかし、だれも調査していないことに産業技術総合研究所北海道センターの地質学者のOさんは気づかれました。液状化現象を、Oさんが記録するために、急遽現地に赴き、調査されました。そして緊急の調査の内容は、地質学者にメーリングリストとホームページを使って公開されました。
 これは、非常に重要なことだと感じました。直後でないと収集できない情報を、専門家でないと収集できない情報を、記録として残すことは大切です。公的機関の人間としてOさんが、それを責務と考え、急遽調査され、報告されたことは、素晴らしいことだと思います。このような情報は今度の対策に不可欠なデータとなるはずです。
 このメールとホームページをみて、私がもっている地質学者としての能力を使うべきであると考えました。そして、地質学者として、自分のできる方法で記録を残すべきではないかと考えました。今回の被災地には、他の地質学者が入っていはずです。しかし、私のような見方で被災地を見ている地質学者がいないかもしれません。そうならば、私しかとれないデータがあるかもしれません。
 もともと、私は、その周辺を調査するつもりでした。その機会を利用して、地質学者として、記録に残すことが大切だと思い直したのです。もちろん、公式に行くわけではありません。個人の研究というレベルで行きます。いってみれば興味の延長線です。でも、その記録をしっかりとデータとして残し、公開していけば、その情報は、どこかで、だれかの役に立つ可能性があります。
 もし、誰も調査していない地域や情報、見方がそこに含まれているのなら、その情報は重要な意味を持つかもしれません。ですから、被災地の人に配慮しながら、専門家の目で、記録することが大切だと思いました。
 私は、沙流川と鵡川を河口から最上流まで、十勝川を中流から上流まで、川沿いの地質学的調査をしました。私は、人と川のかかわりにも興味があります。そんな視点で、被災地の川と人、そして人の営みを駆け足ですが見てきました。
 そして感じたことは、2ヶ月たったいまでも、思った以上に台風の爪あとは残っているということでした。
 河川沿いの道路や遊水地の施設は、まだ破壊されたままものがかなりありました。道路では鵡川中流域の川沿いにある富内から福山間を通ろうと予定していたのですが、まだ復旧されないまま通行止めになっていました。遊水地はひどいままでした。遊水地ですから、洪水時には水没し、破壊される可能性があります。覚悟の上の施設だからそれはそれでいいのですが、やはり、その被害の状況をみると、水害の恐ろしさ、威力に恐怖を覚えます。河川内の木々は、なぎ倒され、流木がからまっていました。河口付近やダム湖にたまった流木は、周辺に山積みされたままになっていました。そんな生々しい災害現場を見せ付けられました。海に流れ込んだ流木が魚網にかかり、目的のシシャモより流木のほうが多くかかるという事態も起きています。
 しかし、人々はたくましく生きていました。これが救いでした。
 私が泊まった宿泊施設では、被災地であるにも関わらず、通常の営業をしていました。十勝では芽室町に泊まったのですが、チェックインをした後、一枚の紙を渡されました。余震がまだ多発しているために、地震があった時の注意が書かれていました。私が住んでいる江別でも、震度1程度ですが、未だに余震を感じることがあります。被災地の宿泊施設では、大きな地震があれば余震は当たり前というように通常の営業していました。
 でも、この宿泊施設は、地震前は連休のため満室で予約できなかったのです。地震が起こってから予約を入れると空き室が2つも出ていたのです。顔には出してなかったのですが、かなりのキャンセルによる被害があったと思われます。台風でも同じような被害があったでしょう。
 観光地は、すでに観光地の顔を取り戻していました。その裏には、まだ被害さめやらぬ現場を見て見ぬ振りをしている観光客、被害を当たり前として受けて止めて営業をしている観光業の人々、そして懸命に復旧をしている土木業の人々、さまざまな顔が見えました。
 みんな災害以前のような昨日を取り戻すために、今日を働き、明日のために復旧をしていました。そんな人々たくましさを、見せ付けられました。

・倫理ということ・
 この文章は、実は別の目的で書いたものです。しかし、ある公的組織は、この文章の内容は、その組織と共同でおこなっている研究者を批判しているという意味にも取れるというので、「検閲」にかかり却下されました。
 私は、もちろん彼らの公的立場というものもわかります。そして担当の人も、私が主張しているように、良識ある研究者ばかりだけでなく、自分の興味が講じて、ついつい被災者に対して配慮を怠る研究者もいることも理解しています。お互いわかった上での立場の違いが現れた結果、「却下」となりました。
 でも、この原稿を没にするのは癪なので、このメールマガジンで紹介することにしました。私は、今でもこの文章の立場は間違っていないと思っています。
 実はこの文章、かなり自制して書いています。研究者とはいえ、意図してはしないでしょうが、無意識に被災者への配慮を怠っていないかという、自分自身の自戒をこめた文章なのです。たとえばアンケート調査で、被災者に立ち入ったことを聞いてはいないか。災害の様子を記録するために、個人の土地や家屋を配慮なく調査、撮影していないか。もしかするとそんな行為に対して、被災者は、いやな思いをしているのではないか。そんなことを配慮しているだろうか。
 その地を訪れる人はだれであれ、被災者には配慮するというのは、倫理などという難しい言葉を出さなくても、常識の範疇ではないでしょうか。でも、研究、仕事などという大義名分ができた時点で、そんな配慮がどこかへいってしまってないでしょうか。もともとは好奇心に発する研究心もあるはずです。もしちろん、公務としてしなければならない研究、あるいは研究者もいます。でも、直接その公務に近い研究ではない人は、好奇心のほうが勝ってないでしょうか。
 それを考えたとき、私は、有珠山から逃げ帰って、今回はあえて出かけてという経緯があったのです。それをこの文章では、自戒として紹介したのです。研究者でもこのような倫理が問われるのですから、マスコミに従事するする人は、もっと配慮が必要なはずです。多くの人が加熱したマスコミの無礼さ、無配慮、被災者の困惑すらネタにしてしまう傍若無人さ、こんなこんな報道はみていて不愉快になります。それは、私からいまさら言うべきことではなく、多くの人が感じていることでしょう。
 ここまでにしましょう。これ以上いうと愚痴になってしまいそうです。

・写真・
 このエッセイに対しては、ホームページで写真を公開しています。これは、上でいったホームページで公開する予定だったものです。興味ある人は、
http://www1.cominitei.com/monolog/terraincognita/22.html
をのぞいてみてください。
 写真は、鵡川上流の紅葉、鵡川河口の流木、沙流川河口近くの陥没した道路、沙流川河口近くの樹木、沙流川中流二風谷ダムの流木、沙流川中流のなぎ倒された木です。

2003年10月1日水曜日

21 自然を守る心:北アイルランドにて(2003年10月1日)

 北アイルランドの地質調査をしてきました。アイルランドは独立した国ですが、島の北東部が北アイルランドとしてイギリスに属しています。宗教上問題によるためです。
 北アイルランドへ行ったのは、世界遺産として有名なジャイアンツ・コーズウエイ(Gaint's Causeway)を訪れるためでした。そこは、アイルランドの北部の小さな田舎町、ブッシュミルズ(Bushmills)の郊外にありました。ブッシュミルズからジャイアンツ・コーズウエイまでかつては鉄道が走っていました。現在は、夏場は観光用として、小さな蒸気機関車が客車を数台引いて、数kmの道を走っていました。
 ジャイアンツ・コーズウエイは、柱状節理が有名で、世界遺産になっています。そのため多くの観光客が訪れます。
 柱状節理とは、石の規則正しい割れ目のことです。マグマが冷え固まるとき、少し縮みます。その収縮によって、節理とよばれる割れ目ができます。熱い溶岩が流れて固まるところでは、柱状節理ができることがあります。溶岩の上側と下側は早く冷えるため不規則な割れ目のとなりますが、中心部ではゆっくりと冷えるので、柱状節理ができます。
 柱状節理は、鉛筆を束ねたような角柱状の柱を並べた形になっています。また、水平方向にも割れやすくなっていて、その水平方向に6角形の断面を持っています。柱状節理のあるところでは6角柱状のサイコロような石がころがっています。ジャイアンツ・コーズウエイの節理の柱は、30から50cmの直径のもので、人には少々大きいですが、巨人の敷石としてちょうどいいのかもしれません。コーズウエイとは、石ころなどを敷いた昔の舗装道路のことです。
 ジャイアンツ・コーズウエの柱状節理は、海岸沿いで、人が訪れやすい状態で広がっています。もちろん自由に登ることもできます。昼間は多くの人が訪れます。私は、人の多い夕方と、人のまったくいない朝の二度訪れました。そして、巨人の柱状節理を満喫しました。
 イギリスは、日本と似たスケールの国土で、それほど大きくありません。しかし、国全体が牧草地化されているため、大きな森林地帯があまりありません。そんなイギリス国内を見ていると農業、牧畜の国であると思えます。そしてなにより、国民が、がつがつすることなく、儲けることより、可能な限り自給が前提で、労働の楽しみ、生きることの楽しみ方を彼らは知っているのではないかという気がします。金銭的より精神的豊かさを感じます。
 ただし、これはベルファースト(北アイルランドの首都)のような都会ではなく、北アイルランドの田舎の話ですが、ちょっと考えすぎでしょうか。
 ジャイアンツ・コーズウエ周辺の海岸線をいくつか調査したのですが、きれない砂浜は、地質が堆積岩に変わっているところにあります。火成岩のところは、岩場です。現状の海岸の状態と地質とか対応して、非常にわかりやすくなっています。
 広い砂の海岸があるところでは、大きな駐車場があって、トイレやシャワーなどの施設があり、海遊びができる環境が整っています。もちろん、施設のないところもあります。どこでも共通しているのは、海岸には、海の家も、防波堤や護岸などの人工物がなにもない、きれいな砂浜が広がっていることです。なんだかほっとします。でも、日本にも、かつてはこんな砂浜がいたるところにあったのです。今では人工物で作り変えられたコンクリートの殺伐とした海岸線となっているところが多すぎます。北アイルランドでは、多くの海岸線は自然のまま守られているのです。
 観光用として保存されている古城のビジターセンターの脇の小さな土産物屋に、変わったパンフレットがありました。それは、風力発電の施設を作ることに反対するパンフレットでした。日本だと環境に配慮したいいものという先入観で、風力発電はいいことだと思ってしまうでしょうが、こちらでそんな施設にも反対するひとがいるのです。
 反対の理由は、風力発電の施設自体が、景観や自然環境を変化させるからです。コンピュータで現在の景色に風車の乱立する景色を合成してパンフレットに示し、こうなっていいのですかと問いかけています。風力発電の是非はともかく、今のままの自然を維持しようとする努力が、地元の人たちが継続的に行っているような気がします。これは、見習うべき点ではないでしょうか。
 イギリス人は、牧畜をするためにかつては広がっていた森をすべて切ってしまいました。ですから、今では、もともとイギリスの自然は、あまり残っていません。そのせいでしょうか、「今」の現状の自然を守るために、彼らは常に努力をしています。そして、そんな「今」の自然を、心から楽しんでいます。
 イギリスでは、自然道を歩く人がたくさんいます。私も調査で海岸沿いの8kmほどの自然道を歩いているとき、何組も、長距離を歩いている人たちをみました。また、海岸線沿いを車で順番に止まりながら調査をしていると、延々と歩いているのグループを何組か見かけました。しかも彼らの多くは驚くほど軽装です。二人で歩いてるときも、小さなリュックをどちらかが持っていて、もう片方は手ぶらというような軽装なのです。それで、朝から夕方まで歩くのです。信じられないほど長距離を、身軽に歩いています。疲れたら、B&B(Bed and Breckfastという朝食つきの宿屋)がいたるところにあるので、そこで泊まればいいのでしょう。朝食を宿でしっかりと食べ、昼食は軽くすまし、夕食は町で食べればいいのです。2、3日の散策すら軽装で可能なようです。
 ナチュラル・トラストの地図をみたら、イギリスのいたるところに、そのような自然道があります。イギリス人は、自然の中を一日歩くのです。自然道は、PathとかWalkなどと呼ばれています。ナチュラル・トラストが、中心となって整備していて、わかりやすいルートになっています。自然の中を、あるいは民家の敷地の中を、牧場の中を、道路わきを、街中を縫って歩きます。わかりにくいところには、人が歩いているマークとwalkという文字が看板として立っています。車で道路を走っていると、路地や牧場など、驚くほどたくさんの看板を見かけます。
 観光名所、観光施設もなにもないところにも看板はありました。彼らは、ありのままの自然、田舎を満喫するのです。そんな休日を楽しんでいるのです。だから、そんなすばらしい「今」の自然を、イギリス人は守りたいのでしょう。
 イギリスには住んだことがないのですが、この国の田舎には、短期間でも、のんびりと滞在することは、いいことかもしれません。都会生活で汚れた心を洗い、忘れていた自然とのかかわりを教えてくれるような気がします。

・街の色・
 昨年と今年のイギリス訪問で、イギリスのイングランド、ウェールズ、北アイルランド、スコットランドの4つの国(Nation)を駆け足で巡ったことになります。そして、国ごとに、やはり個性があり、よさも違っていました。
 ひとつ面白ことに気づきました。
 イギリスの家は石がその建築材料として使われています。石は重い建築材料なので、手近なところからとってきて使われます。ということは、その地域の石の性質を石材はあらわしています。
 スコットランドは、旧赤色砂岩なので赤系統の町。北アイルランドの北部は、玄武岩とチョークなので、黒と白系統の町。ウェールズはスレートなので、灰色系統の町。イングランドは、金に任せていろいろな石が使われていますが、砂岩や素焼きレンガ(テラコッタ)などが多く多様な色をもっています。
 石は似た色あいで同じ岩石名をついていても、よく見ると個性があり違いがあります。たとえば、スレート葺きの屋根は、みんな同じようにみえますが、近づいてよく見ると、ひとつとして同じものがありません。街全体が似たような素材でつくられていると、それ自体が街の色合いとなり、落ち着いた感じを与えます。
 こんな石造りの町の中にあって、コンクリート造りの建物は味気なく見えます。やはり、伝統や歴史だけでなく、その街をじっくり眺めると、その町のありようとして、どのような建物がふさわしいかは、だれもがなんとなく感じるような気がします。
 そんな中にマクドナルドなどのけばけばしい看板はふさわしくありません。もちろんマグドナルドは、イギリスの都会でもたくさん見かけますが、その町の雰囲気を壊さないようにおとなしい色になっています。規制されているせいでしょうが、それは当たり前のことをしているような気がしました。

・平穏と不穏・
 北アイルランドでは、IRA(アイルランド共和軍)がゲリラ戦をしていると不穏なところだという先入観がありました。また、イラク戦争においてはイギリスも参戦していたので、テロの対象となるのではないかと心配していました。
 外務省の資料によれば、今は一応平穏になっているようです。1997年7月にIRAはテロ活動を停止を宣言し、1998年4月に北アイルランド和平合意(グッドフライデー・アグリーメント)が成立し、1999年12月には、英国からの権限委譲を受け北アイルランド議会が発足しました。
 その間、IRAの平和路線を不満として、過激派グループが活動しており、いろいろトラブルがあったようですが、2001年5月には、北アイルランド自治政府の権限が再開しました。2001年9月11日に、米国で同時多発テロ事件が起こりましたが、イギリスで具体的なテロ事件は起こっていません。しかし、IRAの過激派グループはテロ活動を放棄したわけではないようです。
 そんな北アイルランドにいったわけですが、物騒なところはありませんでした。町でも警官やパトカーを見かけることがほとんどありませんでした。でも、そんな先入観を持ってみているせいでしょうか、いくつか目に付くことがありました。
 ひとつは警察署の物々しさです。金網の柵に囲まれた中に警察署があります。そして監視カメラや夜間照明がついて、物々しい、異様な景観となっています。田舎の警察署でもそんな状態でした。
 もうひとつは、人々のサイレンに対する過敏な反応です。レストランで昼食をとっているとき、パトカーのサイレンがなりました。すると店にいた人が、ひどく驚いて、きょろきょろしていました。ロンドンや日本ではよくあることなで、たいして気にしませんが、ここでは、みんなびっくりする出来事なのです。

・アイルランドの食・
 アイルランドには、スタウトとよばれる濃厚な黒ビールの生産地です。なかでも一番有名なのがアイルランドのダブリンに本社のあるギネス(Guinness)ビールです。グラス一杯を1パイント(pint、568ml)といいます。
 いちど注ぎ、泡が一段落したら、グラスに満たします。表面にきれいな細かい泡が1、2cmの厚さで覆い、飲み終わるまでその泡が消えないようなものがいいようです。
 私は、日ごろはお酒は飲まないようにしていますが、イギリスにいるときは、毎日1パイントのギネスを夕食前に飲みました。それからイギリスの料理を味わいました。これはなかなか病みつきなってしまいます。
 昔からアイルランドの朝食には、さまざまな料理がならぶようです。わたしが、泊まったところでは、どこでも、ベーコン、ソーセージ、ベークドトマト、卵、揚げパン、トーストなどなかなかボリュームがありました。ほかにも、フルーツ、ヨーグルト、ジュース、シリアルなどが自由にとれるようになっていました。
 朝から、重たい朝食ですが、私は、もともと朝型の生活をしていますので、重たい朝食でも、問題はありません。私は、朝5時から6時に起きていますので、8時前後に食べる朝食ですから、空腹です。日本から行くと時差ぼけにもあまりならずに、すぐこの生活パターンになれます。
 しかし、最近は、こうした朝食をとる人は少なくなり、軽い朝食がこのまれているようです。

2003年9月1日月曜日

20 専門情報の普及(2003年9月1日)

 経済が低迷している世の中ですが、IT産業だけが、好調な売れ行きを示しています。これは、多くの人の需要が、いまだに健在であるからでしょう。コンピュータの売れ行きは落ち着いているようで、多くの人にコンピュータはいきわたってきたらかでしょうか。あとは、更新の需要、子供や新社会人での需要、教育現場での需要が主要なものになるのかもしれません。
 なかでも、携帯電話の普及とその高性能化には目を見張るものがあります。動画撮影、100万画素クラスの映像を撮れるもの、電子メールの送受信、インターネットに接続できるもの、まさにウェイラブル・パソコンとも呼ぶべきものとなっています。
 今やパソコンや携帯電話にしても、インターネットに接続できることが不可欠な機能になりつつあります。インターネット環境も、常時接続、固定料金制が定着し、通信のスピードもパソコンでは64kbが普通になり、8Mbや12MbのADSLが普及し、100Mbの光ファイバーも使われはじめてきました。
 こうなると、以前の課金制のように使用時間や通話料を気にすることなく、心行くまでインターネットの世界を楽しむことになります。もし、なにか趣味や興味を持っているものがあると、それをインターネットで調べていくと、実にさまざまな情報を接することになります。興味が深まれば、深まるほど、接する情報は、高度で専門性の高いものになってきます。
 趣味だけでなく、社会人として公の業務で、日本だけにとどまらない活動や仕事、海外や外国人との接触が多くなってきているのではにでしょうか。あるいは、社会的要請により、一般市民も、さまざまな学問が複合した学際的、全地球というような総合的な考え、学識が必要となっています。
 多くの人がさまざまな場面で、今までになかった分野の専門知識、あるいは最先端の知識、幅広い知識が必要となってきました。そのような場面に対応するには、市民も新たな学識を教養として吸収していく必要があります。そんな機会が、以前より多くなったのではないでしょうか。
 そんなとき、従来は専門書や論文などから情報を得て身につけていました。しかし、近年では、インターネットを通じた情報も重要な役割を果たすようになってきました。ところが、インターネットの情報は、玉石混交となっており、必ずしも市民自身の知識レベルにあったもの、つまり必要とするレベル、理解できるレベルの情報が供給されているとは限りません。むしろ、自分にあった情報は少ないのかもしれません。つまり、平易すぎるか、難解すぎるかです。市民の要求を満たす情報が、なかなか手に入りにくいということです。
 情報を供給する側を見ると、専門情報は専門家が発信することになります。そして、最先端の科学技術による情報は、専門家から専門家向けに発信されていす。それは、いまではインターネットを通じて行われることが多くなっています。そんな専門情報は、誰でも利用できるということを謳って公開されていることも多いのですが、煩雑な手続きや解読専用のソフトの使用、英文の専門家向けのマニュアル、会員登録など、多くのバリアがあり、気軽に市民が利用できるとは限りません。
 このように未加工の一次情報を市民が簡単に閲覧できる状態になっています。でも、そんな一次情報を利用できるのは、専門家がほとんどで、市民にはなかなか利用できるものではありません。
 つまり、専門情報を発信する側は、多くの専門情報を専門化向けに公開しています。利用できる技量、知識があれば、市民でもそれは利用可能となっています。つまり、専門的とはいえ、多くの情報は供給されいるのです。その情報は、市民でも希望すれば利用することが可能ですが、現実としてむつかしいのではないでしょうか。となる、市民の要求は、結局、満たされないことになります。
 供給される情報が充分あるのに、その情報が市民にわかるかたちに加工されることがないために、要求を満たさないのです。このようなアンバランスをなくすには、専門家が、市民のためにわかりやすく情報を発信していく、つまり市民への科学普及、科学教育をしていくしかないのです。各専門分野において、科学普及をもっとしなかればならない、という当たり前の結論にたどり着きます。
 現代では、学問は多くの分野に細分されています。最先端の特殊な分野では、非常に小数の専門家しかいないこともあります。そんな分野の科学教育をするには、少数しかいない専門家のだれかが、市民向けに解説をしなければならないのです。それが無理なら、やや専門が違っても、その情報を利用できる立場の人が、市民にわかる形に解読していくということをしなければならないのです。
 そのような方法論は、商業ベースでおこなわれる書籍のかたちでは、不可能でしょう。なぜなら、市民の要求も多様化しているため、一つの専門分野の情報を必要としている市民は、商業ベースにのるほど、多くないかもしれないからです。そんなとき、インタ-ネットの世界でその需要を満たせばいいと考えています。
 専門家の科学普及をインターネットでおこなえばいいのです。インターネットのホームページやメールマガジンなどを利用すれば、小数の需要にも対応化のです。商業ベースには乗らないものも、このようなシステムなら解決できます。
 インターネットが招いた高度情報化による問題は、インターネット内で解決できるのです。このような方法論は、なにも新しいものを必要としません。心有る専門家が、必要なのです。そんな専門家が、市民のために専門情報をわかりやすく解説すればいいのです。そこでは金銭は動きません。インターネット特有のボランティア精神が発揮されるのです。専門家も、ボランティア精神の恩恵をインターネットから得ているはずです。そもそもインターネットの発祥自身にもボランティア精神があふれていたのです。その精神を継承すればいいのです。
 こんな精神は、日本古来の「思いやり」、「無私」というような言葉で表されていた精神を、今、思い出せばいいのです。私は、インターネットで情報を発信するようになって、このような心を多くの人から学びました。こんな心を、より多くの人に広めたいと考えています。ぜひ、あなたも、そんな心を思い起こしてください。

・私の実践・
 私は、ERSDACと共同で、ASTERという資源探査衛星が撮影した画像を利用して、地質学的な視点での地球の見方を紹介しています。これも、私は、無償でおこなう科学教育であると考えています。そして、なにより私自身が面白いと思っています。そして、その私の面白いと思っていることが、日本のどこかのだれかの役に立っていればいればいいと思います。
 いまの世の中は、成果や結果を求めすぎます。地道に、心をこめて、どこかのだれか、お互い名も知らないもの同士が、知識や好奇心をやり取りすることは可能だと思います。そしてお互いそれを心を基準ですればいいのではないでしょうか。
 もしろん、このメールマガジンもそのつもりです。

・光ファイバーへ・
 夏前に、新居へ引っ越しました。同じ市内の違う町です。今まではインターネットをするのにADSLを使っていました。しかし、今回引っ越したところは、ADSLが使えません。いまさらISDNにもどる気がしません。それに、我が家にとってはADSLの大きな利点としてIP電話の利用がありました。我が家は長距離通話をすることが多く、IP電話の威力を発揮していました。電話代だけで、ADSLのもとが取れるほどです。ですから、新居でもADSLとIP電話が使えればと思っていましたが、だめになりました。
 そうなると選択肢は、光ファイバーを利用したBフレッツにするか、昔のままの電話とISDNにするかです。そこで思案の末、Bフレッツにすることにしました。それが先日開通し、IP電話、インターネット、無線LANという今まで自宅で構築していたのと同じ通信環境が整いました。
 Bフレッツは公称100Mb/sですが、実測すると40Mb/sほどです。これでも、ADSLの4倍から10倍ほどのスピードがでています。でも実際には、このスピードで通信できるわけではなく、回線のどこかに遅いところが大抵あるので、もっと遅くなるのが現状です。でも、充分早く、大学より快適なほどです。
 それに、光ファイバーにすれば、今後ADSLよりは道具として長持ちしそうです。
 スピードの増加に伴って、月々の通信費がADSLに比べて3倍ほどになります。これは痛いです。でも我が家は携帯電話は以前、一時使っていましたが、今ではやめていますので、その使用料を考えると、それほど高くなってないかもしれません。
 でも、考えると通信費やそれに関する装置も非常に安くなりました。電話代だって、昔と比べると各段位に安くなりました。多分、今やアメリカ合衆国より通信費は安くなったのではないでしょうか。これは、通信の利用が爆発的に多くなったための効果だと思います。

2003年8月1日金曜日

19 地質学的時間(2003年8月1日)

 人間の歴史における時間と地球の歴史における時間は、人間の時間が速く流れ、地質学の時間がゆっくりと流れると思ってしまいます。ゆっくりとしたことが地球の日常的出来事であるということです。しかし、視点を変えていくと日常的が二転三転していきます。

 岩石や地層の形成に要した時間は、一般には長い年月がかかっているように思われます。しかし、必ずしもそうではありません。多くの岩石や地層は、地質学的な時間で見れば、ある時に、ある作用によって、非常に短い時間、つまり人間が見ても「あっという間」にできたといってもいいような時間で形成されているものがあります。それは例外的ではなく、かなりの量に及びます。
 そんな例をいくつか紹介しましょう。
 ごくわかりやすい例では、溶岩です。溶岩は火山が噴火して流れ出たマグマが固まったものです。このようなマグマが固まる現象は、非常に短い時間で起こります。海底でも溶岩の活動があります。海底は地表よりもっとはやくマグマが固まります。海底は玄武岩のマグマでできていることを考えると、その量は、地表の7割が「あっという間」の出来事の繰り返しでできたことになります。
 地層は、数百年や数千年に一度しか起こらないような大洪水や大地滑りなどによって、大量に運ばれてくる土砂によって形成されます。非常に稀な大洪水や大地滑りでも、その現象自体は、数時間や数日の時間で起こり終わってしまう現象です。地質学的な見方をすれば、まさに「あっという間」の現象です。
 地層の積み重なったガケを見たことがあると思います。多くの教科書では、それらの地層がたまるには、長い時間かかったと説明されています。しかし、見方によっては、それほどの時間を要せず、あっという間にできたともいえます。
 あるガケを想定しましょう。50メートルの厚さの地層が見えるガケがあるとしましょう。そのガケは、平均すると1メートルの厚さの地層からできているとしましょう。つまりここには、50枚の地層があるわけです。さて、この地層をためるのにどれくらいの時間がかかるのでしょうか。
 地層ができるのには、例えば5,000年に一度の大洪水や大地滑りなどの現象によってできるとしましょう。するとこのガケ全体をつくるには、5,000年×50枚で、25万年の時間がかかったことになります。かなりの時間がかかってできたことになります。
 つぎに、物質をためるだけの時間が考えましょう。上で述べたように、一つの地層をつくるために必要な土砂は、ほんの数日の事件でできます。例えばその事件を1週間、7日間かかるとしましょう。その地層が50枚あるのですから、7日×50枚で、350日です。つまり、約1年分の時間があれば、この地層をつくる物質が集めることができることなります。いいかえると、この地層をつくっている物質は1年分の時間で集まったもの、あるいは1年分の時間しかここには記録されていないことになります。まさに「あっという間」の出来事となります。
 この「あっという間」というの非常に情緒的な表現ですが、地質学的に時間差が検出できないという意味です。年代測定では、調べる時代や測定方法によりますが、「あっという間」とは、古い時代では数万年、新しい時代では数百年の時間は、検出限界以下、つまり誤差範囲といえます。
 ここまでは、地層を物質といいう面からみてきましたが、時間という面から見ると、地層はまったく別の見方ができます。時間でみるときに大切なのは、物質のないところです。地層と地層の間の、ものがほとんどない境界にあたるところに、じつは時間が詰め込まれているのです。
 地層というのは、往々にして、物質面からしか見ませんが、時間という面から見るとまったく様相を異にします。時間から見ると、地層として見えているところは、つまりは、物質に置き換えられているところは、ささやかな一部にすぎず、時間の本体は、物質に見えてない部分にあります。
 地層の中に流れている時間の本質は、大部分が物質をためない穏やかな時間、つまり「日常」なのです。数百年や数千年に一度のような非日常的時間が、地層の物質的部分を構成しています。日常的時間は物質に置き換えられないのです。ですから、地層の物質面からは、日常を読み取るではなく、非日常を読み取ることになります。
 地質学では、地層の中から見つかる構造、岩石片、化石などから、その当時の歴史や環境を読み取ります。でも、これは、非日常的現象でできた非日常的時間を地層から読み取っているのです。地質学者でも、この事実をついつい忘れてしまっています。地層から読み取れのは、当時の日常的なものだと勘違いしてしまっているのです。地層の中の物質には、非日常が織り込まれ、物質になっていない境界部に日常が織り込まれているのです。
 視点を広げると、逆の結論がでてきます。累々と続く地層は、数百年や数千年に一度のような稀な現象でも、地質学的時間で見ると、何度も繰り返し起こっていることを示しています。もしかすると、上で述べたような議論は、人間の時間スケールでのものであって、地質学的時間で見ると、人間にとって非日常的現象が、日常的現象になっているのかもしれません。地層は地球の時間では日常的現象としてつくられたものとみなすことも可能です。
 さらに視野を広げると、またまた逆の結論がでてきます。上で述べたガケも地球の表層のごく一部に過ぎません。地層をためるという現象も、地球全体に及ぶ現象ではなく、局所的におこるものです。地層をためる場とは、同時代の地球では、陸の近くの海だけで、それは地球の表層のほんの一部なのです。ということは、この地層の形成自体が、局所的な一時代、一地域の特殊なものに収斂させられるかもしれません。つまり、日常的というとり非日常的なものといべきなのです。
 などなど、視点を変えることによって、日常と非日常の判断が、次々と入れ替わります。さてさて、「日常的」とは、「非日常」とは、いったい何を意味するのでしょうか。わからなくなてきました。

・初心と感謝・
 この「Terra Incognita」は、今回で19号になります。毎月はじめに発行しています。御存知かもしれませんが、この月刊メールマガジン「Terra Incognita」には、前身があります。それは、「地球のつぶやき」というもので、不定期に、ある特定の人だけに発行していました。50名まで限定のメーリングリストで発行していました。その「地球のつぶやき」は7号発行しました。これも、ホームページに公開しています。その第1号は、2001年9月20日に発行されています。やく2年前のことになります。
 このエッセイを書きながら、その当時、あるいは「Terra Incognita」の初心を思いこしていました。
 私は、この「Terra Incognita」を書くのを楽しんでいます。少し高度な地質学あるいは哲学的内容になっていますが、自分のいちばん面白いと思っているところを盛り込んだものです。内容としては、今までの地質学が気づいてない視点、見落としている視点など、あるいはどうでもいいことにこだわりながら書き続けています。自分自身で、深く、しつこく考えています。これは、私自身のオリジナルな考えです。
 もしかするとピンとはずれなこと、もしかすると非常識な考えかもしれません。もしかすると同じことをどこかで誰かが言っているかもしれません。でも少なくとも、私は、それを知りませんので、独自に考え出したものです。
 インターネットの発達した現在、情報は氾濫しています。ですから、がんばって探せば、必要な情報はどこかにあります。あるときは、その情報量に圧倒される程充実したものがあります。もちろん、私もインターネットを重要は情報源としてます。
 こんなインターネット時代で重要なことは、オリジナリティ、独創性の発信ではないでしょうか。自分しか創り出せないものを発信する。これがインターネットにおけるアイデンティティではないでしょうか。もちろん、独創性を発信することだけでが、独創性の確立、確認ではないでしょう。独創性の発揮は、なにもインターネットだけが発信手段ではありません。人それぞれさまざまな方法があっていいと思います。でも、インターネットは手軽な情報発信装置です。ですから、私は、自分の方法として、いまのところインターネットが重要な手段となっています。
 私がメールマガジンとして発行しているのは、自分自身の考えをまとめ、独りよがりでなくするために、読者を想定しています。それは不特定ひとりでいいのです。そんな読者にたいして私の考えを発表しています。反応はなくていもいいのです。購読している人がいるという事実が、私の不特定ひとりの読者の前提となっています。もちろん、意見、議論は大歓迎です。
 私のわがまま考えを聞いてくださっている方々、ありがとうございます。これからも御支援よろしくお願いします。御支援といっても、購読し下さるだけでいいのですよ。

2003年7月1日火曜日

18 証拠と論理(2003年7月1日)

 地質学は、自然科学の一分野です。ですから、科学である限り、証拠と論理に基づいて、その論理体系は成り立っているはずです。しかし、証拠と論理によってなりたっている世界は、本当に正しいのでしょうか。そして、本当に正しい世界を見つけるにはどうすればいいでしょうか。

 セールスマンや言葉巧みな人のいうことにつられて、ついついその誘導にはまってしまうことがあります。ものごとを深く考えていても、どうしても、自分自身でそのわなにはまってしまうことや、あるいは、他人をだますためにその論理を意図的に利用することもあります。簡単な場合は、その論理のおかしさ、矛盾を見抜くことができますが、複雑な論理、あるいは、説得力のありそうな証拠、上手な話術、などが展開されると、ついついはまってしまいます。これは、誰でも陥るわなですし、だれもが逃れなれないものなのかもしれません。
 こんな例を出しましょう。恐竜の化石の発掘現場を見せられたとします。そこには、恐竜が横たわっている化石があります。そして、その恐竜のお腹には付近には、まるでその恐竜が守っていたように、卵の化石があります。こんな化石が見つかったとしましょう。
 この化石のでかた(産状)は、恐竜が子育てをしていたという有力な根拠、証拠となります。もし子育てしていた恐竜がいたとしたら、子供の教育をしていた、つまり、かなり高度な社会性を持っていた可能性があります。それが草食性の恐竜であれば、そのような社会性は、肉食性の恐竜から自分たちや仲間を守るために、群れとしてして行動をしていた可能性があります。肉食性の恐竜、つまり攻める側かららすると、これらの防御を打ち破って、食料にするには、ティラノザウルスのように、巨大で強力になるか、小型のものは、チーターのようにスピードで対処するか、オオカミのように群れをなして戦略で立ち向かうでしょう。
 などという、論理が展開されることがあります。でも、これは、たった一つの化石の発掘から展開されたものです。もし、この化石という証拠の解釈が間違っていたらどうなるのでしょうか。すべてのストーリーつまり論理は破綻してしまいます。
 化石となるときには、土砂に卵や恐竜が埋まらなければなりません。ですかた、たまたま卵の殻のあるところに、まったく関係のない恐竜の死体が埋まって、それが発掘されたとしらどうでしょうか。あるいは、化石になった恐竜は基本的には、草食性なのですが、卵なども食べることがあり、実はその卵をたまたま食べにきたとき、土砂に埋まったのだとしたら、どうでしょうか。上で展開した論理は、成り立ちません。あるいは、後者の場合だと、まったく逆の違う論理を立てなければなりません。
 これは、比較的簡単な例でしたので、反対の解釈がすぐに了承できますが、もっと、複雑に入り組んでいると、どうでしょうか。あるいは、別の証拠がたくさん提示されたら、どうなるでしょうか。実は、いったん信じてしまうと、あるいは信じれば、信じるほど、その論理からは抜け出しにくくなります。まして、そこに利害や、自分の心情などが絡んできると、もはや、反証を挙げた側を、根拠なく批判してしまうこともあるでしょう。
 これを強烈におこなたものが、洗脳でしょう。そこまでいかなくても、思い込み、確信、信念、常識などは、もしかすると、このような状態にあるのかもしれません。
 洗脳状態に陥らないようにするには、どうすればいいのでしょうか。やはり、証拠に対しては証拠、論理に対しては論理で対処するしかないようです。今まである証拠を根拠にしていたとき、その証拠を否定するような証拠が出てきたとき、どちらの証拠が、より証拠能力があるか、あるいは別の論理を用いれば、両者の一見矛盾する証拠を説明することができないか。論理的に考えて、今まで信じていた論理がおかしいとわかれば、間違った論理を捨てる勇気が必要です。そんなチェックを、常に行えるこころの柔軟性が必要です。あるいは、この柔軟性がなくなったら、もはや洗脳されていることになります。
 その教義と運命を共にするか、常に、正しいものを求めて、正しいほうへ転進できる姿勢を持ち続けるか。これは、その人の活き方にかかわることです。これ以上は、他人がとやかくいうものではないでしょう。それ以上いって、介入すると、こんどは、自分が押し売り、洗脳する側なります。
 さて、このような論理ですが、論理ですべて解決できるでしょうか。論理とは、皆がこれは絶対正しいということ(公理、原理、前提、仮定など)から出発して、正しい手順で証明されたことだけで構築されるものです。そんな論理的に組み立てられた世界(体系、システム、系など)は、もちろん正しいはずです。
 ところが、そんな世界が、その世界の中では、正しことは(無矛盾である)判定することができないとわかったのです。それも、数学のある分野でのことでした。
 ゲーデルという数学者は、ある数学体系では、どんなに論理的に積み上げられた世界であっても、その世界の中では、無矛盾ということが判定できないということを、数学的証明したのです。大変なことになりました。この証明は、「ゲーデルの不完全性定理」と呼ばれ、その数学の分野では、この証明の正しいことがわかっています。そして、その「不完全性定理」の世界は、いろいろなところで見つかるようになってきました。
 昔から知られている例として、自己言及のパラドックスというものがあります。
「この文章は、ウソである」
というよなものです。相互言及というものもあります。
A氏「B氏の言うことは、正しい」
B氏「A氏の言うことは、ウソである」
さて、これらの文章は正しいでしょうか。短い文章ですから、その異常さに簡単に気づきます。このようなパラドックスを、より論理的に、より深く考えていったのが「ゲーデルの不完全性定理」です。つまり、論理的に正しいものだけでできている世界でも、このようなパラドックスが含まれていることが証明されたのです。
 このようなパラドックスが、複雑な論理体系の中に仕込まれていたら、複雑でなくても、巧みに論理の中に組み込まれていたら、見抜けないかもしれません。数学という非常に論理的な世界でも、なかなか見抜けなかったほどですから。
 論理的に考えるということにも、限界があるということです。では、論理や証拠にだまされないようにするには、どうすればいいでしょうか。いまのところ、人類は、「完全」な論理の体系を手にしていません。数学の世界で不完全を見抜いたのも、やはり論理でした。ですから、論理と証拠を用いるという方法が、いちばんいいようです。この論理と証拠によって、論理体系のおかしさが判明しました。ですから、面倒かもしれませんが、「不完全」かもしれませんが、論理と証拠を用いるのが一番確実でしょう。そしてろの論理と証拠を扱うのは、人間です。それも不完全な人間です。ですから、論理と証拠を頼りにして、騙されながらも、こりずに、心の柔軟性を失うことなくいることが大切なようです。やはり、最後はこころの持ちようでしょうか。

2003年6月1日日曜日

17 過去と記録(2003年6月1日)

 地質学とは、過去の地質現象で、現在に残されているものだけから、解読することが重要な作業となっています。しかし、その過去と記録の関係を考えてみると、どうも一筋縄でいかないもののような気がしてきました。

 現在とは、私たちとって、一度しか経験できないことです。過ぎ去った現在は、過去となります。過去は、2度とは繰り返されません。でも、幸いにも、私たちには、脳内に貯蔵された記憶というものによって、現在に過去を蘇らすことができます。
 しかし、脳内の記憶だけでは、あまりにも儚いものなので、私たちにとって大切なこと、重要なことは、記録として残します。私たち自分自身の最初の記録は、母がつけてくれた母子手帳の記録でしょうか。最近では、超音波エコーによる胎児の映像も残されています。この世に生を受ける前の自分の姿すら記録に残すことが可能なのです。これが私たち自身のはじまりです。
 母子手帳に医者や母が書いた文字から、超音波エコーの記録まで、自分の過去についての記録が残されるようになってきました。技術の進歩によって、親の記憶だけでなく、文字という記録になり、文字から画像となりました。なにも母子手帳だけの話だけでなく、私たちの記録は、写真という画像、8mm、ビデオ、最近ではデジタルビデオでしょうか、動画として、市民でも、よりリアルな記録を残す時代となりました。
 しかし、このような過去の記録でも、2人目、3人目の子供ともなると、記録の量はぐっと減っていきます。そして、結局は、入学式、卒業式、運動会、誕生会などの何らかの行事、事件、出来事があるときの記録となっています。考えてみると自分の記憶も、日常的のものより、非日常的な行事、事件、出来事がたくさん残っています。つまり、記録するという行為自体も、非日常的なことを主となっていきます。
 さて、こんな話からはじめましたが、記録から読み取る過去について考えて見ました。自分の生まれるより以前の出来事、つまり歴史、あるいは、文字ができる以前の歴史、ヒトとしての歴史、生命の歴史、自然界の歴史などを読み取るということは、はたして、どの程度、本当の過去をみているのでしょうか。そんなことをふと考えました。
 日本の歴史、、文明の歴史、人類の歴史、生命の歴史、地球の歴史、なんでもいいです。過去の記録しか残っていない時代を、その記録からたどるとき、過去の実体は、ほんの断片しか残されていません。
 その過去の断片も、記録に残ったものは、幸運であったものか、特別なもの、あるい特異なものであったはずです。いずれにしても、過去がそのまま残ることはありえないのですから、過去とは、「記録」という特殊なフィルターを通してしか見れないのです。
 また、その「記録」が読み取りにくいものであったら、どうでしょう。記録が、古文書、あるいは古代文字、土器のカケラ、骨の破片、地層の中の異変、岩石の中の小さな鉱物に、記録されているものだとしたら、だれでもが読み取れるものでは、ないはずです。特別な訓練を受けた、いわゆる専門家という人たちが、その記録の一部を「解読」できるに過ぎません。
 その「解読」は、完全なものとは限りません。一部しか読み取れなくても、そこから論理、推定、類推、推理、想像、でたらめ、思い込み、などによって、専門家は、ある「解釈」をします。彼らの「解読結果」、つまりあるひとつの「解釈」は、彼らの得意とする方法によって表現されます。
 そして、その「解読結果」が専門的であるなら、わかりやすく解説できる人によって、さらに「解説」されます。それは、教科書だったり、参考書だったり、普及書だったり、新聞だったり、テレビだったり、雑誌だったりします。そして、目に触れやすい、読みやすいメディアとなったものが、多くの人にとって、過去の記録となっていきます。
 過去は、多くのフィルターのもとに、現在の私たちの知るところとなるのです。もし、上で述べたどこかのフィルターに個性や特異性があると、過去の事実、真実よりも、そのフィルター自身を過去として、誤って読み取っていることもあるかもしれません。いや、もしかすると、大部分の過去は、そうかもしれません。自分自身の記憶だって、嫌なことは嫌なまま覚えるのではなく、いちばん気持ちが楽になるように記憶しているはずです。つまり、自分自身の記憶さえ、無意識のうちに改竄されているのです。同じ経験をしたもの同士が同じ記憶をもっているかというと、話してみると、結構違っているものです。
 自分の記憶ですら、そうですから、他人や時間、偶然というフィルターを通った記録が、過去の真実を伝えているとは、到底思えません。私たちの知ることのできる過去とは、このようなフィルターの集積、つまり本当の過去ではなく、虚構としての過去なのかもしれません。私たちは、過去を読んでいるつもりが、実は、フィルターを読んでいるにすぎないのかもしれません。
 ということは、過去を知ることとは、自分自身で、過去の記録を、意のままに、自分にいいように読み取ることが、いちばんの醍醐味かもしれません。こんなことをしても、過去は私たちに何も文句をいうわけではありません。せいぜいフィルターがクレームをつけるだけでしょう。

2003年5月1日木曜日

16 「本当のこと」と「信じること」(2003年5月1日)

 まず、最初におことわりします。ここでは、「本当のこと」などというものなど、あるのかという議論はしません。「本当のこと」あるいは「本当のこと」に類するものがあるかもしれないという仮定をおきます。その前提のもとで、それを求める方法として、どれがいちばんいいものか、考えていきます。
 ある「本当のこと」があったしましょう。でも、その「本当のこと」を、すべての人が、信じるとは限りません。何を信じ、何を信じないかは、人がそれぞれ個別に判断していくものだからです。ある人が信じるものがあったとき、その信じるものは、ある人にとって「本当のこと」といえるものになるはずです。
 たとえば、ここに石ころがあるとしましょう。その石ころの中には、化石があります。その化石は、恐竜の歯の一部で、ティラノザウルスのものと同定されています。ティラノザウルスとは、ご存知のように、白亜紀後期に生存していたの肉食の恐竜のことです。
 ここまでが、ある専門家が太鼓判を押している「本当のこと」だとしましょう。でも、これを信じるかどうか、また別の問題です。すこし詳しく見ていきましょう。
 まず、石ころがあるところまでは、誰もが直接確認できることですから、真理としましょう。さらに、石ころの中に、人のものではないが歯のようなものがあるところまでは、これも、確認できるから真理としましょう。
 でも、石ころの中の化石についていは、それが化石というものかどうかは、別の判断が必要です。例えば、化石というものの概念を知っていたとしても、その概念が、この石の中にある異質なもの場合に適用できるかどうかが問題です。
 この場合は、化石と判断できたとしましょう。化石と判断できたとしても、これが、歯であるかどうかは別問題です。専門家でも、意見違ってくることだってありえます。いや専門家になればなるほど、いろいろん例外があることを知っています。ですから、この化石に関しては、素人や専門家の区別なく、異論が生じえます。つまり、ある専門家は、一見歯に似ているけれど、違う生物の化石の一部、例えば魚の骨の一部としましょう、であると判断したとしましょう。
 最初のティラノザウルスと判断した専門家が信じていることと、別の専門家が信じていることは違っています。つまり、考えが積み重なっていくにつれて、「本当のこと」というものが不確かになっていきます。
 疑う気になれば、この化石の入った石だって、どこから取ってきたものか不明だし、誰かが作った贋物かもしれません。ですから、「本当のこと」などというものは、最終的には、それを「本当のこと」だと思うかどうかに、収斂できるのかもしれません。
 最初に「本当のこと」があるという前提を設けました。しかし、その前提をここでは撤回しなければなりません。「本当のこと」などというものは、不確かで、最終的には、ある人が「本当のこと」と思うかどうかにかかっているのです。
 さらに「本当のこと」とについて考えを進めましょう。「本当のこと」とは、主観的にみるか、客観的にみるかか、よって、おおきくわかれていきます。
 主観的に「本当のこと」とは、「自分」が「本当と信じること」です。一方、客観的に「本当のこと」とは、「多くの人」が「本当と信じること」です。
 主観的に「本当のこと」とは、ウソであろうが、本当であろうが、自分が「本当のこと」と「信じること」です。その内容の評価は、自分の評価だけで、ほかの人がなんと評価しようと、関係ないわけです。
 例えば先ほどの化石の例でいえば、その化石がほとんどの専門家はティラノザウルスの歯の一部だと判断しました。でも、そうではなくじゃないという一人の専門家にとっては、自分の判断の方が「本当のこと」と信じているのです。
 本当の「本当のこと」は、どちらか、あるいは、別の生物の化石かも、あるいは誰かがいたずらで作った偽者かもしません。でも、それを知りえない人にとっては、本当の「本当のこと」は藪の中です。
 主観的に「本当のこと」とは、これ以上、議論は進めません。議論できなのというのは、否定するのではなく、それを認めているからです。個人の思想、信条の自由にあたります。そして、他者の主観的「本当のこと」を認めるということは、自分の主観的「本当のこと」を認めてもらうことにつながります。
 どんなに客観的と判断しても、最終的に自分が信じなければなりません。「信じる」ということは、最終的は主観的なものです。客観的に本当でなくても、客観的にウソでもいいわけです。本当だと思い込み、疑わなければ、それは「本当のこと」になるのです。つまり、客観的に「本当のこと」も、主観的に「信じること」にできないと、「本当のこと」とはならないのです。
 ちょっと、言葉上のいいまわしがむつしくなっていますが、個人の主観的「本当のこと」を認めるという前提がないと、客観的な「信じること」も存在できないと考えられるからです。
 では、客観的「本当のこと」とは、どのようにして評価すればいいのでしょうか。その方法として、
・証拠があるかどうか
・論理的に正しいかどうか
という調べ方があります。
 「証拠があるかどうか」とは、客観的「本当のこと」が、「事実」で裏づけされていることです。多くの人が認めるような「事実」という証拠をもっているかどうかです。
 ところが、「事実」とは、言い換えると「本当のこと」という意味です。でも、ここでは客観的「本当のこと」を考えているので、この「事実」とは、同義反復になってしまいます。つまり、あいまいになってしまいます。ですから、ここでは、「事実」とは、実験、実物、現象など、なんでもいいですから、他人が客観的に判断できるための証拠を提示することとしましょう。
 実験による証拠とは、第3者が追試(同じ実験を、別の人が、別のところで試してみること)をしても、同じデータや結果が出てくるものでないといけません。つまり、再現性があるものでなければいけないということです。
 実物による証拠とは、他人がその実物を手にでき、追試や分析できることです。1個しかない実物で、第3者が追試や分析できないのなら、客観的に評価するための写真、スケッチ、測定値などの定量的データを示すことで代用することもあります。
 現象による証拠とは、何度も起きることなら、第3者が追試や分析可能な再現性があるものでなければなりません。一度しか起きなかった現象や、めったに起きない現象ならなら、1個しかない実物と同じように、客観的に評価するための写真、スケッチ、測定値などの定量的データを示すことが必要です。
 客観的「本当のこと」は、証拠の提示をすることで確かめられます。証拠とは、再現性のあるものか、定量的データなどによって、第3者が同じデータを得て、第3者独自の判断できるようにすることです。そして、どの第3者からも、同じ結果がでてくれば、それは、客観的「本当のこと」となります。つまり、客観的真理といえます。
 もう一つの「本当のこと」を調べる方法は、「論論理的に正しいかどうか」です。あることやある考えが、論理という形式を満たせば、それは、「本当のこと」としていい、ということです。論理的であるかどうか、論理性をもつかどうか、という点だけを重視して、評価するのです。そして、多くの人が、論理的であると認めたら、それは、「本当のこと」となります。
 以上、まとめますと、客観的に「本当のこと」とは、「証拠の提示」と、「論理性」によって、見分けることができるのです。
 もし、すべての人が、「自分自身の信じること」をもち、それぞれが違っていたり、統一がとれてなかったり、ウソや、デタラメだったりすると、社会は成り立ちにくく、あるいは成り立たなくなります。社会的なレベルでは、ある共通する統一的な「信じること」が必要です。
 それは、常識、世間の目、法律、憲法などの、理性に訴えかけるような何かによって、トンでもないことを「信じない」ための、ハドメとして働いているのです。
 ところが、法律によって治められている社会で、「本当のこと」とされていることでも、別の時代、別の民族、別の国、別の社会では、「本当でない」「正しくない」、「間違っている」、「違反している」ということだってありうるのです。
 昔の日本では、今ではいけないようなことが正しいこと、今はよいことが悪いこととされていたときが、ありました。
 たとえば、生まれながらに身分の違いがあったり、侍は人を殺してもゆるされたり、戦争は正しいとしていたり、動物は食べてはいけない時代があり、犬が人間より大切にしなければならない、など、今とは違ったことをしていました。でも、その時代では、それは社会的に信じるべき「本当のこと」だったのです。
 社会的レベルの「本当のこと」は、どんな時代、どんな社会、どんな国、どんな民族にも通じる「本当のこと」とはかぎらないのです。
 もっと、普遍性をもった「本当のこと」があるはずです。普遍性とは、時代、社会、国、民族の違いも越えた、つまり、どんな時代、どんな社会、どんな国、どんな民族にも共通するのでなければなりません。普遍性とは、その時点で、一番「本当のこと」らしいことといえるものです。
 上で述べたように、「本当のこと」は、「証拠の提示」と、「論理性」によって、見分けることができることができます。ただし、それは、形式をみたしているだけの確かさであって、本当に「本当のこと」かどうかは、検証できません。それに本当の「本当のこと」があったとしても、長い時間を経て、歴史のなかで、多くの人が検証して、裏づけできなければなりません。本当の「本当のこと」の追求には、長い知的検証の期間が必要です。
 いろいろなレベルの「本当のこと」を考えてきました。ここでは、個人のレベルのほうが、劣っているように感じられたかもしれませんが、それは、違います。
 一人ひとりにとっては、いうまでもなく個人の「本当のこと」が、一番大切なものです。そして、普遍的「本当のこと」においても、個人の「本当のこと」が存在するから成立するのです。
 個人のレベルでは、何を信じても、何を信じなくても、それは、自由だということです。また、他人がなにをいおうと、自分の信じることを押しとおすこと、あるいは守ること、それが、個人のレベルでは重要です。社会的にもそれを守ることが大切です。なぜなら、それが、個人の自由を守ることにつながるからです。
 自分の「本当のこと」が、一番大切な「信じるべきこと」なのです。それは、人生において見つけるべき目標でもあり、もし見つけたとしたら、自分で一番は大切なこととして、なにをさしおいても優先すべきでこととなりうるのです。
 もし、個人レベルで、「何を信じればいいのか」という疑問が生まれたとき、ここで「本当のこと」追究につかった手法は役に立ちます。
 「本当のこと」に近づく有用なやり方は、上で述べたように、
・証拠があるのかどうか
・論理的であるかどうか
を充分、吟味することです。そうすれば、その時点で、個人のレベルにおいても、重要な意思決定の方法になるに違いありません。あとは、もはやそれは個人のレベルとなった自分の判断を「信じて」、その道を進むのみではないでしょうか。