例外は、稀なものであまりないものです。多数の現象が起これば、時として例外に接することがあります。その多くは、何らかのミスによるものでしょう。しかしその中に、真実を含む例外もあるかもしれません。それを見抜きアウトプットするには、「まつろわぬ」心が必要なのかもしれません。
自然の事物や現象を調べるときに、計測、計量などの測定をして数値化していきます。得られたデータは、いろいろな単位を用いて示されます。この単位ですが、いろいろなものをはかるとなれば、多数の単位が必要になります。でも、すべての単位が必須ではなく、基本となる単位を組み合わせることで、できる単位もあります。例えば密度は、質量を体積、つまり長さの三乗で割れば求められるので、より基本の単位として、質量と長さがあればいいわけです。そのような単位を基本単位、基本単位からできているものを組み立て単位と呼びます。
自然界の規則性でも、同じようなことが起こっています。いろいろな規則、法則がありますが、それらの規則を導き出せる、あるいはより基本的な、原則、原理ともいうべきものもあります。基本原則を見つけ出すことも、自然科学、いや人類の知的活動で、大きな目標ではないでしょうか。
そこには大きな落とし穴があります。
多数の法則や基本的な原則があったとしても、そこには少数の例外が存在することがあります。そのような例外は、単純に測定ミス、装置の欠陥、人的ミスなど、さまざまな要因があるはずです。そのようなミスは、どんなに科学技術が進んでも起こりえます。
最近の有名な例として、CERN(欧州合同原子核研究所)で観測され、2011年9月23日に発表された、光速より速いニュートリノが見つかったというニュースです。OPERAという研究者グループから実験によって光より速いニュートリノが見つかったと発表されました。これは相対性理論、つまり科学の常識を覆す結果なので、OPERAの多数の共同研究者で慎重に議論して、検証も繰り返して公表に至りました。ところが、再度チェックをしところ、GPS(衛星利用測位システム)時計をつなぐ光ケーブルに接続不良があることがわかりました。その結果、時間同期に問題が発生していたため、測定精度が不十分だったことが判明しました。研究者たちは、2012年6月に結果を取り下げました。この例外の発見は、人為的ミスによるものでした。
とろが、自然は面白いもので、人為的ミスではない、本当に存在する例外からみつかることがままあります。その例外は、当然、従来の説を変更して説明すべきです。時には、基本的原理や原則が覆ることもあります。これは、科学革命やパラダイム転換などと呼ばれるものです。古くは天動説から地動説への転換、ニュートン力学から相対性理論への転換、地向斜論からプレートテクトニクスへの転換などが、パラダイム転換に当たります。
パラダイム転換のような大発見は、天才、秀才、偉大な者によってなされることのように思えますが、その発端は、予想外、想定外の出来事、ときにはささやかな出来事の発見からです。重要なことは、そのようなささやかな規則性の破れを見つけられるかどうか。そしてその例外を信じられるかどうか。その疑問を口にし、真摯に取り組めるかどうかが重要になります。先ほどの例に出したOPERAの人たちのことは、残念な結果に終わりましたが、謙虚に事実を受け入れ、勇気を持って発表をしました。これは、科学者として素晴らしい姿勢であったと思います。
原則を信じている人たち、原則から生まれる研究の牽引者、つまりはバリバリと研究をしている多くの主流派の研究者は、原理、原則に反するささやかな規則の破れを、例外と無視したり、失敗と見なしたりして、取り上げないことも多いでしょう。これは先入観、あるいは常識というべきもので、だれもが陥ってしまう大きな罠でもあります。そんな罠から逃れるのは、たやすいことではありません。
ここで話は全く変わります。
「まつろわぬもの」という言葉をご存知でしょうか。「まつろわぬもの」とは、漢字表記すると「服わぬ者」あるいは「奉ろわぬ者」と書きます。「服従しないもの」という意味です。「まつろわぬ」は、もともとは大和時代や奈良時代の上代の言葉で、第二次大戦中にも使われていたようですが、今ではほとんど聞かない言葉です。
大和時代には、各地の地域国家の中で、近畿地方の奈良盆地を中心として、いくつかの有力氏族が連合して大和朝廷が成立しました。渡来系の人たちも朝廷側に加わっていきました。ところがまだ日本が完全に統一されていたわけではないので、大和朝廷に従わない者や批判的な勢力がありました。例えば、地方の豪族や迫害され大和を追われた出雲にいった一族などは、「まつろわぬもの」なりました。また、東北や北海道など大和朝廷の勢力が届かない地域に住んでいた人たちも、「まつろわぬもの」となりました。
特に、年貢や税金など利害がにかかわる政策、もともと持っていた自分たち固有の風習や習慣を否定しされて中央集権的な仕組みを押し付けられる、などがあれば、反感を持つ人は少なからずいたはずです。
「まつろわぬ」とは、中心勢力や主流派に対抗するときに用いられる言葉です。このような変化は、大和時代だけでなく、大きな政変、変革、価値観の転換などがあると、いつでも起こることなのかもしれません。ところが、時間がたち、主流派が勢力を増し続け、支配が継続すると、「まつろわぬもの」たちは、反対勢力、批判派から、時間とともに傍流、少数派になっていきます。やがて「まつろわぬもの」も、強制的にあるいは無意識に「まつろうもの」たち ですから、そして殆どの人たちが「まつろう」ものなっています。
主流派は、それなりの知力(学力、学歴)、地位(職、栄誉)、財力(給与、研究資金、先端の研究装置)をもって、成果を上げ続けられるプラスのスパイラスを形成します。そして、その立場から、ものごとをみていくことになります。主流派は常識をつくり続け、常識の中核をなします。
大きな変革、改革の芽は、常識の破れ、つまりささやかな例外からはじまります。そんな例外を「まつろわぬもの」は、見ぬくことができるはずです。そんなささやかな「まつろわぬ」ことを見ぬく眼力を備えること。「まつろわぬ」現象を見つけた時、「まつろわぬもの」となり、常識に反することにも真摯に取り組み、アウトプットする勇気を持つことが、人類の大きな一歩になるでしょう。それは、大きな転換につながるでしょう。
「まつろわぬ」心もつことは、大変ですが、大切でもあります。そんなことをふと考えました。
・エール・
今回のエッセイの裏話を。
もともと「まつろわぬもの」については
いつか書く予定がありました。
もうひとつ、私は、以前から、政府の原子力政策への
方針、姿勢に疑問を感じていました。
そこに、先日、原子力政策の中心に位置するポストへ就いた
人から挨拶状がきました。
古くから付き合いのある知人で、
何度か共著論文を書いたこともあります。
人格的にも信頼している人物ですし、
反骨、批判精神のある人でもあります。
挨拶状をみて、その人の今後、
そのポストでの大変さを思っていました。
その思いと、今回のエッセイは、
間接的、あるいは隠喩的ですが
私の心のなかで大きく連動しました。
これは、その知人への私からの
エールになればと思っています。
届かないかもしれませんが。
・冬到来?・
先週末は暑かったのですが、
一気に寒くなりました。
そして、近郊の山々が白くなりました。
初冠雪でした。
里にもミゾレやアラレが降りました。
また、積雪まで至っていませんでが。
もう、寒い日には当たり前にストーブをたいています。
里の積雪も、いつあってもおかしくないほどの寒さです。
2014年11月1日土曜日
2014年10月1日水曜日
153 斉一説の破れ:多様な未来の選択
過去の地層や岩石には、その時代にしか見つからない、固有のものがあります。その原因の多くは科学的に解明され必然性がありますが、それは斉一説に基づかないものです。化石からみている生物の進化も、斉一説を破っているのです。
今回は、斉一説(uniformitarianism)というものを考えていきます。斉一(せいいつ)とは、整い、そろっている、一様であるいう意味です。斉一な考え方をすることが斉一説でが、歴史的な意味合いを持った言葉です。斉一説は、地質学で生まれてきたものですが、その後自然科学や社会に大きな影響を与えたものです。
科学における斉一説とは、物理化学的な原因に基づいた自然現象は、起こった時間、時期、時代に関係なく、今も昔も同じ原因が出現すれば同じ結果が起こっていたという考え方です。
少々難しい言い方をしましたが、水が凍るのは、気温が0℃を下回った時です。その現象は、どの時代でも同じように起こっているというものです。斉一説をとらない考えだと、過去の現象は「今とは違った条件で起こった」という考えで説明してしまえます。
例えば、過去に氷河期があっということが、地質学的証拠から判明したとしましょう。氷河期の原因は地球の平均気温が低かったからだと考えるのが、斉一説の考えです。斉一説を採らない考えでは、かつては水の凍る温度が今より高く15℃だったとか、地球の表層は水以外の凝固点の高い液体の海があったとか、条件にこだわることなく、原因を示すものです。昔は今とは違うとか、偶然、超自然の作用、神の力など、自由に前提をもうけて説明していくことになり、科学的とはいえません。
氷河や氷の例を挙げると、科学的でない方の説明は不自然だとか、荒唐無稽なと思えますが、日常ではめったに経験しない非常に稀な自然現象であれば、このような考えが普通におこなれていたことがありました。例えば、火山噴火や大規模な地震や巨大津波、大災害などはまさに天変地異というべき現象、さらに地球形成や生命誕生、化石の形態変化などは、神のなしたことなどと説明されてきました。心情的に理解できる原因でもあります。
地層から出てくるある種類の化石(例えばアンモナイト)は、地層の種類が違うと、形が異なった化石がみつかるということがわかってきました。このような現象は、今の考えでは、時代が違う地層なので、進化した別の生物だという考えで説明されています。ところが、宗教的な考えでは、生命の誕生は神様がおこない、生物の進化や生物の種類の違いは、聖書に書かれているノアの大洪水のような天変地異が何度か起こったためだという考えで説明されていました。地層形成も天変地異として説明されてきました。
天変地異説(あるいは激変説、catastrophism)はキリスト教社会では普通の考えでしたが、17から18世紀には産業革命にともない、土木工事や鉱業採掘がヨーロッパ各地でおこなわれ、化石や地層に関する知識が増えてきました。その結果、それまでの化石や地層に関する激変説では説明できない証拠や現象がいろいろ見つかってきました。ハットン(James Hutton、1726.6.14-1797.3.26)は、地層の形成メカニズムを斉一説の考えで説明しました。その考えを整理して広めたのが、ライエル(Charles Lyell、1797.11.14-1875.2.22)でした。
斉一説の出現により、地層の形成メカニズムや化石の意味が理解されてきて、近代の地質学が確立されてきました。近代地質学により地層と化石が理解され、地球が経てきた時間が長いことがわかってきました。その時間が、ダーウィン(Charles Robert Darwin, 1809.2.12-1882.4.19)の生物進化の根拠となりました。
西洋の科学は、キリスト教の呪縛から逃れ、斉一説に基づいた考え方で、自然界の理解がされるようになってきました。それが今の科学や技術の進歩につながっています。ですから、現代の科学では、激変説、あるいは不可知の原因は、極端に忌諱(きい)してしまう傾向が現代でも残っています。
斉一説というひとつの考えが長く使われてくると、多様な自然現象のなかには、激変説で説明すべきこと、つまり斉一説の破れも見つかってきました。
その好例が、恐竜の絶滅です。今では、中米のメキシコのユカタン半島に隕石が落ちたため、地球規模の大絶滅が起こったというものです。この時も地質学者から激しい反論がありましたが、今ではほとんどの地質学者は隕石説を支持しています。このことは、斉一説の現代科学に、激変説が組み込まれたことになります。
斉一説の破れは、意識されることはありませんでしたが、地質学ではいろいろな事例がありました。限られた時代だけに産出するストロマトライト(化石の一種)や縞状鉄鉱層、堆積性ウラン鉱床、赤色砂岩などの堆積岩があることが知られています。これらの岩石は、時代を特徴づけるものとして認識されていました。時代固有の岩石の存在は、その時代になんらかの環境変化が起こったことを意味します。その変化は、その時代にだけで不可逆なものです。実はこのような岩石は、斉一説を破っているという重要な意味があったことに、気づかれていませんでした。
例えば、太古代から原生代にかけてだけに見つかるアノーソサイト、太古代に特徴的に産するコマチアイトは、いずれも火成岩の一種です。アノーソサイトもコマチアイトも、今よりも高温のマントルでマグマが形成されたとされています。ある時代に達成された条件で不可逆な変化が起こり、ある現象(この場合マグマの形成)が起こったものです。現代では決して起きない現象です。これは、斉一説の破れといえますが、その原因は納得できるものです。できたての地球は高温であったのが、時間とともに地球が冷却し、マントルも冷却しています。この地球の冷却が、ある時代固有の岩石を生み、斉一説の破れをもたらしているのです。それてその破れは連鎖して、不可逆な変化が地球に行き渡ることもあるでしょう。
宗教的な原因は否定をしているのですが、生命の誕生、生物の進化は斉一説を破っているのです。すべてはある条件が整った時の一度限り、あるいはその時期、その場限りの不可逆な出来事だったのかもしれないのです。どこか重要なポイントで条件がそろわなかったら、今とはまったく違った世界になっていたかもしれません。
しかし、斉一説の破れは、予定調和ではない、その時、その場でいろいろな選択や組み合わせが起こり、多様な未来を生み出すことになります。
もうひとつ地球の同じ条件の惑星があったとしたら、生命の誕生、生物の進化は、起こったのでしょうか。現在の地球生物と同じような自然体系が出現したでしょうか、それとも想像も出来ないような奇異な自然体系になっていたでしょうか、あるいは不毛の惑星でしょうか。その答えは、斉一説の破れの彼方にあるのでしょう。
斉一説は、宗教の呪縛から逃れるため、激変説に対抗するためだけでなく、科学の進歩に重要な役割を果たしてきました。しかし、その考えにこだわり過ぎるのは、逆に後退をもらたすかもしれません。現代のように斉一説の存在を意識せず、無意識にその破れを見つけ、真の因果関係を探ることの方が重要なのでしょう。
・アイディア・
斉一説は、以前にもこのエッセイでも
何度か取り上げたのですが、
夏に論文書いている時に、
斉一説の破れということを思いつきました。
斉一説は地質学において重要な考え方です。
激変説の復活としてK-T境界の隕石説が有名になったのですが、
激論を交わすことなく知られてきた、
ある時代固有の地層は岩石、生物進化、そして生命誕生すらも
斉一説の破れとみなすことができます。
そんな思いつきをしたことが、今回のエッセイとなります。
なかなか面白いアイディアだと思いませんか。
・生きるということ・
今年の夏休みはあっという間に終わった気がします。
私の夏休みは通常は前期の成績提出(お盆明け)から
後期の講義がはじまる(9月下旬)までです。
しかし、今年は、気付けば、9月の後期の授業がはじまっていました。
そんな年もあるかもしれませんが、
年々大学の校務が忙しくなっている気がします。
これは、大学だけでなく、どの会社、組織、社会でも
同じことが起こっているのかもしれません。
経済発展が滞るということは、
このようなガンマンをすることなのかもしれません。
それは必要なことだと思えます。
生きるために必死なること、失敗すると生活に支障をきたし、
時には生死にかかわるという生き方が必要だということです。
すべての生物が日々直面していることでもあります。
私たちも生きることに切実になるべきなのでしょうね。
今回は、斉一説(uniformitarianism)というものを考えていきます。斉一(せいいつ)とは、整い、そろっている、一様であるいう意味です。斉一な考え方をすることが斉一説でが、歴史的な意味合いを持った言葉です。斉一説は、地質学で生まれてきたものですが、その後自然科学や社会に大きな影響を与えたものです。
科学における斉一説とは、物理化学的な原因に基づいた自然現象は、起こった時間、時期、時代に関係なく、今も昔も同じ原因が出現すれば同じ結果が起こっていたという考え方です。
少々難しい言い方をしましたが、水が凍るのは、気温が0℃を下回った時です。その現象は、どの時代でも同じように起こっているというものです。斉一説をとらない考えだと、過去の現象は「今とは違った条件で起こった」という考えで説明してしまえます。
例えば、過去に氷河期があっということが、地質学的証拠から判明したとしましょう。氷河期の原因は地球の平均気温が低かったからだと考えるのが、斉一説の考えです。斉一説を採らない考えでは、かつては水の凍る温度が今より高く15℃だったとか、地球の表層は水以外の凝固点の高い液体の海があったとか、条件にこだわることなく、原因を示すものです。昔は今とは違うとか、偶然、超自然の作用、神の力など、自由に前提をもうけて説明していくことになり、科学的とはいえません。
氷河や氷の例を挙げると、科学的でない方の説明は不自然だとか、荒唐無稽なと思えますが、日常ではめったに経験しない非常に稀な自然現象であれば、このような考えが普通におこなれていたことがありました。例えば、火山噴火や大規模な地震や巨大津波、大災害などはまさに天変地異というべき現象、さらに地球形成や生命誕生、化石の形態変化などは、神のなしたことなどと説明されてきました。心情的に理解できる原因でもあります。
地層から出てくるある種類の化石(例えばアンモナイト)は、地層の種類が違うと、形が異なった化石がみつかるということがわかってきました。このような現象は、今の考えでは、時代が違う地層なので、進化した別の生物だという考えで説明されています。ところが、宗教的な考えでは、生命の誕生は神様がおこない、生物の進化や生物の種類の違いは、聖書に書かれているノアの大洪水のような天変地異が何度か起こったためだという考えで説明されていました。地層形成も天変地異として説明されてきました。
天変地異説(あるいは激変説、catastrophism)はキリスト教社会では普通の考えでしたが、17から18世紀には産業革命にともない、土木工事や鉱業採掘がヨーロッパ各地でおこなわれ、化石や地層に関する知識が増えてきました。その結果、それまでの化石や地層に関する激変説では説明できない証拠や現象がいろいろ見つかってきました。ハットン(James Hutton、1726.6.14-1797.3.26)は、地層の形成メカニズムを斉一説の考えで説明しました。その考えを整理して広めたのが、ライエル(Charles Lyell、1797.11.14-1875.2.22)でした。
斉一説の出現により、地層の形成メカニズムや化石の意味が理解されてきて、近代の地質学が確立されてきました。近代地質学により地層と化石が理解され、地球が経てきた時間が長いことがわかってきました。その時間が、ダーウィン(Charles Robert Darwin, 1809.2.12-1882.4.19)の生物進化の根拠となりました。
西洋の科学は、キリスト教の呪縛から逃れ、斉一説に基づいた考え方で、自然界の理解がされるようになってきました。それが今の科学や技術の進歩につながっています。ですから、現代の科学では、激変説、あるいは不可知の原因は、極端に忌諱(きい)してしまう傾向が現代でも残っています。
斉一説というひとつの考えが長く使われてくると、多様な自然現象のなかには、激変説で説明すべきこと、つまり斉一説の破れも見つかってきました。
その好例が、恐竜の絶滅です。今では、中米のメキシコのユカタン半島に隕石が落ちたため、地球規模の大絶滅が起こったというものです。この時も地質学者から激しい反論がありましたが、今ではほとんどの地質学者は隕石説を支持しています。このことは、斉一説の現代科学に、激変説が組み込まれたことになります。
斉一説の破れは、意識されることはありませんでしたが、地質学ではいろいろな事例がありました。限られた時代だけに産出するストロマトライト(化石の一種)や縞状鉄鉱層、堆積性ウラン鉱床、赤色砂岩などの堆積岩があることが知られています。これらの岩石は、時代を特徴づけるものとして認識されていました。時代固有の岩石の存在は、その時代になんらかの環境変化が起こったことを意味します。その変化は、その時代にだけで不可逆なものです。実はこのような岩石は、斉一説を破っているという重要な意味があったことに、気づかれていませんでした。
例えば、太古代から原生代にかけてだけに見つかるアノーソサイト、太古代に特徴的に産するコマチアイトは、いずれも火成岩の一種です。アノーソサイトもコマチアイトも、今よりも高温のマントルでマグマが形成されたとされています。ある時代に達成された条件で不可逆な変化が起こり、ある現象(この場合マグマの形成)が起こったものです。現代では決して起きない現象です。これは、斉一説の破れといえますが、その原因は納得できるものです。できたての地球は高温であったのが、時間とともに地球が冷却し、マントルも冷却しています。この地球の冷却が、ある時代固有の岩石を生み、斉一説の破れをもたらしているのです。それてその破れは連鎖して、不可逆な変化が地球に行き渡ることもあるでしょう。
宗教的な原因は否定をしているのですが、生命の誕生、生物の進化は斉一説を破っているのです。すべてはある条件が整った時の一度限り、あるいはその時期、その場限りの不可逆な出来事だったのかもしれないのです。どこか重要なポイントで条件がそろわなかったら、今とはまったく違った世界になっていたかもしれません。
しかし、斉一説の破れは、予定調和ではない、その時、その場でいろいろな選択や組み合わせが起こり、多様な未来を生み出すことになります。
もうひとつ地球の同じ条件の惑星があったとしたら、生命の誕生、生物の進化は、起こったのでしょうか。現在の地球生物と同じような自然体系が出現したでしょうか、それとも想像も出来ないような奇異な自然体系になっていたでしょうか、あるいは不毛の惑星でしょうか。その答えは、斉一説の破れの彼方にあるのでしょう。
斉一説は、宗教の呪縛から逃れるため、激変説に対抗するためだけでなく、科学の進歩に重要な役割を果たしてきました。しかし、その考えにこだわり過ぎるのは、逆に後退をもらたすかもしれません。現代のように斉一説の存在を意識せず、無意識にその破れを見つけ、真の因果関係を探ることの方が重要なのでしょう。
・アイディア・
斉一説は、以前にもこのエッセイでも
何度か取り上げたのですが、
夏に論文書いている時に、
斉一説の破れということを思いつきました。
斉一説は地質学において重要な考え方です。
激変説の復活としてK-T境界の隕石説が有名になったのですが、
激論を交わすことなく知られてきた、
ある時代固有の地層は岩石、生物進化、そして生命誕生すらも
斉一説の破れとみなすことができます。
そんな思いつきをしたことが、今回のエッセイとなります。
なかなか面白いアイディアだと思いませんか。
・生きるということ・
今年の夏休みはあっという間に終わった気がします。
私の夏休みは通常は前期の成績提出(お盆明け)から
後期の講義がはじまる(9月下旬)までです。
しかし、今年は、気付けば、9月の後期の授業がはじまっていました。
そんな年もあるかもしれませんが、
年々大学の校務が忙しくなっている気がします。
これは、大学だけでなく、どの会社、組織、社会でも
同じことが起こっているのかもしれません。
経済発展が滞るということは、
このようなガンマンをすることなのかもしれません。
それは必要なことだと思えます。
生きるために必死なること、失敗すると生活に支障をきたし、
時には生死にかかわるという生き方が必要だということです。
すべての生物が日々直面していることでもあります。
私たちも生きることに切実になるべきなのでしょうね。
2014年9月1日月曜日
152 そゞろ神と柵
人の心には、旅に誘うそゞろ神が住んでいるようです。いつもで自由に旅にでられる人は、そうそういないでしょう。それなりの「しがらみ」もあり、簡単に旅には出れないようです。そゞろ神としがらみの話題です
私は、例年9月上、中旬には野外調査にでています。場所はさまざまですが、自分の研究の一環として、野外で岩石を観察するような調査を毎年計画しては出かけています。北海道ではお盆が過ぎて、秋風が吹く季節になると、旅に出たくなる気持ちが強く湧いてきます。私にとっては、野外調査が旅にあたります。
さて、「柵」は「さく」と読むことが一般的ですが、「しがらみ」という読み方もります。「しがらみ」とは、流れを堰き止めておくための杭で竹や木をを渡したもので、そこから「さく」という意味も生まれたようです。もともとは堰き止めるためのものという意味のようです。
「さく」は外から入るものを拒むように思えますが、外に出ようということを制限するという機能もあります。その機能に着目すれば、「しがらみ」という意味も理解できそうです。
ここで、また話はかわり、柵から奥の細道へと話題は移ります。
松尾芭蕉の「奥の細道」では「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」という出だしの文章は、有名です。「奥の細道」は、松尾芭蕉が、元禄2(1689)年3月27日に江戸を出発して、東北から北陸をまわり、9月6日に美濃の大垣を出るまでの約150日間の紀行文を俳句をまじえて記したものです。その後も、芭蕉は旅を続け、元禄4年(1691年)に江戸に帰ってきました。
「奥の細道」の冒頭から少し後段にあたることに「そゞろ神の物につきて心をくるはせ・・・」という文章がありますが、ご存知でしょうか。ここの「そゞろ神」とは、心を惑わし、誘惑する神様のことです。「物につきて」とは、そゞろ神が自分にとり憑いて「心をくるわせ」るのです。そゞろ神が誘惑するのは、旅へのいざないです。旅にでるように、芭蕉にとり憑いてきたのです。そして芭蕉は「片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず」といって旅にでるのです。
人は、同じ所にじっとしていると、体を動かしたいとか、外に出たいとか、自然の中に出たいという気持ちが、ふと湧くことがあるようです。このような不思議な気持ちを、昔の人は、そゞろ神に憑かれたといったようです。うまい喩えです。芭蕉だけでなく、私にも旅に出たくなるような気持ちになることがあるよくあります。そんな時は、私もそゞろ神に憑かれたのでしょう。
そゞろ神に取り憑かれることはあったとしても、実際に旅に出るという行動に移れるかどうかは別です。置かれている社会的条件、人間関係などによって、旅にでたい気持ちがあったとしても動けない人もいると思います。いや多くの人が、思い立って旅にでれるような状態ではないでしょうか。そんな現状に縛ることを「しがらみ」というのでしょう。
でも、そゞろ神の力が強ければ、そんな「しがらみ」すらも断ち切って、旅立つ人もいるのでしょう。芭蕉もそんな一人だったのかもしれません。要領のいい人は、「しがらみ」の目をくぐり抜けて、旅に出ても、同じ居場所に何事もなく戻ってくるのでしょう。私も、後者を心がけています。そのため事前に根回しや準備をして、「しがらみ」をくぐり抜けて出かけます。でも、こんな準備を整えているようでは、そゞろ神が入り込む余地がないのではと思ってしますが。
科学技術が進み、大抵のことは、ネットで知ることができるようになりました。テレビ、スマートフォーン、パソコンなどでみる世界は、あくまでも間引かれた情報であって、二次元の画面を通じての間接的体験にしかなりません。そこには実体験が欠如しています。生(なま)や実物、現実などによる実体験は、何事にも代えがたいもであることは、誰もが知っています。ですから、いつか、どこかでリアルな実体験をしなければな、精神のバランスが取れなくなります。
私は、研究のために石や砂を系統的に収集し、日々の通勤路でも自然を記録し自然回帰を心がけています。これも、リアルへの渇望を埋めるための行為なのかもしれません。そのようなリアルへの接触を心がけている私のところにも、そゞろ神は現れます。リアルへの接触体験だけでは満たされない気持ちが強くわき起こる時、そゞろ神が出てくるのです。
最近、校務で泊りがけの旅もよくします。与えられた仕事の旅では、そゞろ神は納得しません。そのような「しがらみ」にまみれた旅ではなく、心から自然に入り込める自発的な旅をしなければ、そゞろ神は治まりません。現代のそゞろ神とは、バーチャルからリアルへの離脱では決して埋められない、旅による実体験を促す神なのかもしれません。
ですから、私は、少なくとも一年に一度は「旅」に出るようにしてます。調査と称して、石や露頭を見ながら、自然の中へ非日常への旅をするのです。今年も、9月3日から1週間、野外調査にでます。この旅に早く行きたいと、私のそゞろ神は強く誘います。そゞろ神は、日常の実体験では得られない非日常の「旅」での体験を要求するのです。「そゞろ神の物につきて心をくるはせ」て旅に出ます。
・旅を終えても・
旅に出たらで出たで、それなりの苦労はあります。
芭蕉も「奥の細道」の最後の「大垣」の段でも述べているように
「旅の物うさもいまだやまざる」という気分になり、
早く帰りたくなったりします。
ところがです、旅から疲れて戻っててき、
自宅でほっとすると、またそゞろ神が顔を出して、
別の旅に出たくなります。困ったものです。
これも含めて旅の楽しみなのでしょうね。
・天気ばかりは・
月はじめの台風に
先週からの低気圧と、
日本各地で大雨の被害がでました。
幸い私はいろいろ行事があったのですが、
雨には降られたのですが、
大過なく雨をやり過ごすことができました。
問題は9月の調査なのですが、
天気ばかりは、
そゞろ神も頼みにもできませんからね。
私は、例年9月上、中旬には野外調査にでています。場所はさまざまですが、自分の研究の一環として、野外で岩石を観察するような調査を毎年計画しては出かけています。北海道ではお盆が過ぎて、秋風が吹く季節になると、旅に出たくなる気持ちが強く湧いてきます。私にとっては、野外調査が旅にあたります。
さて、「柵」は「さく」と読むことが一般的ですが、「しがらみ」という読み方もります。「しがらみ」とは、流れを堰き止めておくための杭で竹や木をを渡したもので、そこから「さく」という意味も生まれたようです。もともとは堰き止めるためのものという意味のようです。
「さく」は外から入るものを拒むように思えますが、外に出ようということを制限するという機能もあります。その機能に着目すれば、「しがらみ」という意味も理解できそうです。
ここで、また話はかわり、柵から奥の細道へと話題は移ります。
松尾芭蕉の「奥の細道」では「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」という出だしの文章は、有名です。「奥の細道」は、松尾芭蕉が、元禄2(1689)年3月27日に江戸を出発して、東北から北陸をまわり、9月6日に美濃の大垣を出るまでの約150日間の紀行文を俳句をまじえて記したものです。その後も、芭蕉は旅を続け、元禄4年(1691年)に江戸に帰ってきました。
「奥の細道」の冒頭から少し後段にあたることに「そゞろ神の物につきて心をくるはせ・・・」という文章がありますが、ご存知でしょうか。ここの「そゞろ神」とは、心を惑わし、誘惑する神様のことです。「物につきて」とは、そゞろ神が自分にとり憑いて「心をくるわせ」るのです。そゞろ神が誘惑するのは、旅へのいざないです。旅にでるように、芭蕉にとり憑いてきたのです。そして芭蕉は「片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず」といって旅にでるのです。
人は、同じ所にじっとしていると、体を動かしたいとか、外に出たいとか、自然の中に出たいという気持ちが、ふと湧くことがあるようです。このような不思議な気持ちを、昔の人は、そゞろ神に憑かれたといったようです。うまい喩えです。芭蕉だけでなく、私にも旅に出たくなるような気持ちになることがあるよくあります。そんな時は、私もそゞろ神に憑かれたのでしょう。
そゞろ神に取り憑かれることはあったとしても、実際に旅に出るという行動に移れるかどうかは別です。置かれている社会的条件、人間関係などによって、旅にでたい気持ちがあったとしても動けない人もいると思います。いや多くの人が、思い立って旅にでれるような状態ではないでしょうか。そんな現状に縛ることを「しがらみ」というのでしょう。
でも、そゞろ神の力が強ければ、そんな「しがらみ」すらも断ち切って、旅立つ人もいるのでしょう。芭蕉もそんな一人だったのかもしれません。要領のいい人は、「しがらみ」の目をくぐり抜けて、旅に出ても、同じ居場所に何事もなく戻ってくるのでしょう。私も、後者を心がけています。そのため事前に根回しや準備をして、「しがらみ」をくぐり抜けて出かけます。でも、こんな準備を整えているようでは、そゞろ神が入り込む余地がないのではと思ってしますが。
科学技術が進み、大抵のことは、ネットで知ることができるようになりました。テレビ、スマートフォーン、パソコンなどでみる世界は、あくまでも間引かれた情報であって、二次元の画面を通じての間接的体験にしかなりません。そこには実体験が欠如しています。生(なま)や実物、現実などによる実体験は、何事にも代えがたいもであることは、誰もが知っています。ですから、いつか、どこかでリアルな実体験をしなければな、精神のバランスが取れなくなります。
私は、研究のために石や砂を系統的に収集し、日々の通勤路でも自然を記録し自然回帰を心がけています。これも、リアルへの渇望を埋めるための行為なのかもしれません。そのようなリアルへの接触を心がけている私のところにも、そゞろ神は現れます。リアルへの接触体験だけでは満たされない気持ちが強くわき起こる時、そゞろ神が出てくるのです。
最近、校務で泊りがけの旅もよくします。与えられた仕事の旅では、そゞろ神は納得しません。そのような「しがらみ」にまみれた旅ではなく、心から自然に入り込める自発的な旅をしなければ、そゞろ神は治まりません。現代のそゞろ神とは、バーチャルからリアルへの離脱では決して埋められない、旅による実体験を促す神なのかもしれません。
ですから、私は、少なくとも一年に一度は「旅」に出るようにしてます。調査と称して、石や露頭を見ながら、自然の中へ非日常への旅をするのです。今年も、9月3日から1週間、野外調査にでます。この旅に早く行きたいと、私のそゞろ神は強く誘います。そゞろ神は、日常の実体験では得られない非日常の「旅」での体験を要求するのです。「そゞろ神の物につきて心をくるはせ」て旅に出ます。
・旅を終えても・
旅に出たらで出たで、それなりの苦労はあります。
芭蕉も「奥の細道」の最後の「大垣」の段でも述べているように
「旅の物うさもいまだやまざる」という気分になり、
早く帰りたくなったりします。
ところがです、旅から疲れて戻っててき、
自宅でほっとすると、またそゞろ神が顔を出して、
別の旅に出たくなります。困ったものです。
これも含めて旅の楽しみなのでしょうね。
・天気ばかりは・
月はじめの台風に
先週からの低気圧と、
日本各地で大雨の被害がでました。
幸い私はいろいろ行事があったのですが、
雨には降られたのですが、
大過なく雨をやり過ごすことができました。
問題は9月の調査なのですが、
天気ばかりは、
そゞろ神も頼みにもできませんからね。
2014年8月1日金曜日
151 演繹時代での理念の崩壊
科学の世界では、理念は帰納により構築されます。理念は尊重され、理念に沿った法則の体系が構築されていきます。演繹の時代になり、時が進むと、最初の基本理念は忘れられ、乱用がはじまります。そんな姿を日本の政治に見ました。
現行憲法は、占領国であったアメリカが、日本のそれまでの天皇制のもとの軍国主義を、新たに象徴天皇と民主主義という体制に変えるために生まれたものです。憲法を順守して、為政者を規制しながら主権者である国民の権利を守ることが、立憲的民主主義の本来の姿といえます。
憲法自身には、改定する方法も内包されていました。それに則ることで変更も可能だったのですが、日本では、憲法を変更することなく使ってきました。70年近く修正することなく使ってきたためでしょうか、改憲を望む声はいつもあるのですが、改憲することがタブーになっているかのようです。
改憲がタブーなのでしょうか、憲法の解釈を変えてきました。そして2014年7月1日には、集団的自衛権が行使できるという解釈を、内閣の方針して決定されました。今後、国の方針になっていきそうです。将来、ことがあった時、違憲判決がでそうですが。
この解釈で考え方を変更するという方法は、だれがみても憲法9条に反するものであることはわかります。憲法9条の改憲論者も、この解釈には反対する人も多いようです。何より問題は、書かれていないことは、自由に解釈していいという姿勢です。憲法の基本理念を踏みにじり、逸脱しているのではないでしょうか。一部の権力者によって憲法を自由に解釈していくことを「外見的立憲主義」といいます。明治憲法(大日本帝国憲法)やドイツのビスマルク憲法などがその典型です。現行憲法もそうなっていきそうです。
さて、ここから科学の世界の話になります。考えたいのは、ある原則や理念が導かれる時と、時間が経過して、その原則や理念がさまざまな場面で運用されになっていくときの、原則や理念の変容についてです。
まずは、原則や理念が導き出される時の話からです。多数の事実、データがあるとき、そこから何らかの規則性、法則を導くことを、帰納といいます。帰納といっても、見方、解釈によって、いくつもの法則が生まれることもあるでしょう。
帰納したばかりの法則は、すべてのデータを上手く説明できず、例外もいろいろ出てくることもあります。初期の法則は、いずれも未成熟で、いろいろ不備な点も多々あるでしょう。法則ごとに長所、短所もあるでしょう。しかし最終的に、ある法則に収斂したり、選択されていきます。選択にあたっては、よりよいもの、あるいはより使いやすいものなど、いろいろな理由があるでしょうが、最終的にその法則の根底にある基本的な考え方である原則や理念が、受け入れられるかどうかにかかっています。
受け入れやすい法則とは、シンプルでわかりやすい、そして美しいものではないでしょうか。複雑で難しいものもなかにはありますが、やはり人にとってわかりやすさが一番でしょう。複雑なものは、一部の専門家しか利用できなくなるでしょう。
より多くの賛同者に選択された法則は、その基本的な考え方である理念を受け入れられたことになります。短所や不備は、理念に基づいて、修正、補正されていくことになります。このような状態に達すると、その法則は発展していくことになります。多くの賛同者や初学者も、この理念を学ぶようになります。
その分野の全体が理念を受け入れ、利用するようになります。理念を構成しているいくつもの法則が、色々なとろこで演繹的に利用、応用されていくことになります。条件や場合にあわせて、法則も幾通りの方程式や規則、条件が付随してくることもあります。理念は、より厳密に、より精密に、より使いやすく、そして強固なものへとなっていきます。
やがて、その理念は他分野にも利用され、研究され、広い分野での常識となっていくことになります。ここで示したような基本的な考え方である原則や理念を、トーマス・クーンはパラダイムと呼びました。
パラダイムの初期であれば、例外的なデータも、法則や条件を修正、変更することで吸収することができ、より良い法則をつくるための助けとなっていきます。しかしパラダイムの晩年には、法則の修正の効かないほどの例外がでてくることになります。やがて科学者たちは、辻褄の合わない法則がひねり出したり、例外には目をつぶったり、パラダイムへの反論を力でねじ伏せたりすることがあります。
時代が進むと、より多くの例外的なデータや事実がでてきます。中には理念を否定しかねないような、重要な例外も出てきます。そんな時に、トーマス・クーンによれば、パラダイム・シフトが起こるとされています。パラダイム・シフトとは、今までのパラダイムとはまったく違った新しい考え方が出現して、従来のものでは説明できない致命的な例外をすっきりと説明できるものです。それが次なるパラダイムへと成長していくことになります。
このようなパラダイム・シフトを含む科学の変革を、クーンは科学革命と呼びました。パラダイムを転換していくことが、科学の健全な姿ではないかと思えます。
地質学でも科学革命がありました。地向斜造山運動論からプレートテクトニクスへの変更がその例となります。ただし、地向斜造山運動は、核となるような論理体系がないため、パラダイムとみなしにくく、パラダイム・シフトが適用できないという人もいます。でもわかりやすいので、ここでは地質学のパラダイム・シフトの例とします。
地向斜造山運動論は、主に地上の情報によって構築されていました。ところが第二次大戦後、海洋調査が進み、海底の地形や海底の試料の入手、地磁気データなど、今までにないデータが大量にでてくるようになりました。すると、膨大な例外データがあり、地向斜論は説明できなくなりました。やがて海底が移動しているという事実も見つかりました。そして、一気にパラダイム・シフトが起こりました。
1970年代以降、プレートテクトニクスは成長していき、完成度を増していきました。ところが、プレート運動の重要な要素であるマントル対流の実態が不明であったため、表層部の運動が精緻になったのですが、地球深部に不安を抱えていました。
地震波トモグラフィの出現によって、地下深部の温度分布が推定できるようになり、プルームテクトニクスが生まれました。プレートテクトニクスが、より広義のプルームテクトニクスに取り込まれ、それまでの不備が解消されるようになりました。
これはパラダイム・シフトではありませんでした。プレートテクトニクスを否定するのではなく、今まで不明であった深部を加えた、もと理念が拡大し発展させた、大きな帰納が起こったことになります。プルームテクトニクスは、若い理論で、まだ不明な部分もあります。現在構築中のパラダイムだといえます。
ここまで見てきたように、パラダイムが演繹の時代になると、もともとの理念が変容していくことが起こります。注意しないと、パラダイムに反しない解釈をいろいろおこない、都合のいいように法則をつくっていくということも起こるかもしれません。そこでは、基本精神は消えて、辻褄合わせののみが横行していきます。これは、パラダイム崩壊の予兆となるでしょう。
科学は事実と論理に基づくフェアーな世界に見えますが、人が行なう営みでもあるので、そうではないこともよくあります。感情や利害がからむと、人の行動には、科学的でない振る舞いが当たり前におこります。捏造、剽窃などはその現れです。
帰納から生まれた理念がパラダイムとして成立し発展します。パラダイムが演繹の時代になると形骸化して理念がどこかにいってしまいます。この理念の崩壊が、日本の憲法にも起こっているように見えます。一票の格差に対する違憲判決、立法の暴走は、三権分立を蔑(ないがし)ろにしているようにみえます。三権を監視するはずのメディアが、権力に擦り寄っているいるように見えます。これは、憲法というパラダイムが終末にむかっているように見えるのは、私だけでしょうか。もしパラダイムの末期であれば、次に来るのは、革命になります。それが無血革命であればいいのですが・・・・
・忙しい夏休み・
いよいよ8月です。
暑い夏がになっていますか。
7月下旬には、北海道も暑かったり、涼しかったり、
はたまた蒸し暑かったりと
めまぐるしく天候の変わる日々が続いています。
大学は8月上旬まで前期があります。
教員はお盆明けまで仕事が続きます。
本来は暑いから夏休みがあるはずなのに
一番暑いときに重要な試験や採点などがあります。
もう少し、のんびりとしたいのですが、
なかなか難しいものでしょうね。
・校務で気分転換・
今年の夏休みも家族での予定はありません。
子ども達が、中・高校生でクラブや遠征で忙しいのと、
私の校務が多いためであります。
夏休みは講義がないぶん、
気持ちの上では開放感があります。
今までやりたくてできなかったこともいろいろあります。
それをやりたいのですが、
疲れてできなくなりそうなのが心配です。
また8月下旬からは、毎週土・日曜日に、
地方への大学のキャラバンがあります。
調査や家族旅行なら楽しいのですが、
校務だと、なかなか落ち着きません。
それでも気分転換と思うことにしましょう。
現行憲法は、占領国であったアメリカが、日本のそれまでの天皇制のもとの軍国主義を、新たに象徴天皇と民主主義という体制に変えるために生まれたものです。憲法を順守して、為政者を規制しながら主権者である国民の権利を守ることが、立憲的民主主義の本来の姿といえます。
憲法自身には、改定する方法も内包されていました。それに則ることで変更も可能だったのですが、日本では、憲法を変更することなく使ってきました。70年近く修正することなく使ってきたためでしょうか、改憲を望む声はいつもあるのですが、改憲することがタブーになっているかのようです。
改憲がタブーなのでしょうか、憲法の解釈を変えてきました。そして2014年7月1日には、集団的自衛権が行使できるという解釈を、内閣の方針して決定されました。今後、国の方針になっていきそうです。将来、ことがあった時、違憲判決がでそうですが。
この解釈で考え方を変更するという方法は、だれがみても憲法9条に反するものであることはわかります。憲法9条の改憲論者も、この解釈には反対する人も多いようです。何より問題は、書かれていないことは、自由に解釈していいという姿勢です。憲法の基本理念を踏みにじり、逸脱しているのではないでしょうか。一部の権力者によって憲法を自由に解釈していくことを「外見的立憲主義」といいます。明治憲法(大日本帝国憲法)やドイツのビスマルク憲法などがその典型です。現行憲法もそうなっていきそうです。
さて、ここから科学の世界の話になります。考えたいのは、ある原則や理念が導かれる時と、時間が経過して、その原則や理念がさまざまな場面で運用されになっていくときの、原則や理念の変容についてです。
まずは、原則や理念が導き出される時の話からです。多数の事実、データがあるとき、そこから何らかの規則性、法則を導くことを、帰納といいます。帰納といっても、見方、解釈によって、いくつもの法則が生まれることもあるでしょう。
帰納したばかりの法則は、すべてのデータを上手く説明できず、例外もいろいろ出てくることもあります。初期の法則は、いずれも未成熟で、いろいろ不備な点も多々あるでしょう。法則ごとに長所、短所もあるでしょう。しかし最終的に、ある法則に収斂したり、選択されていきます。選択にあたっては、よりよいもの、あるいはより使いやすいものなど、いろいろな理由があるでしょうが、最終的にその法則の根底にある基本的な考え方である原則や理念が、受け入れられるかどうかにかかっています。
受け入れやすい法則とは、シンプルでわかりやすい、そして美しいものではないでしょうか。複雑で難しいものもなかにはありますが、やはり人にとってわかりやすさが一番でしょう。複雑なものは、一部の専門家しか利用できなくなるでしょう。
より多くの賛同者に選択された法則は、その基本的な考え方である理念を受け入れられたことになります。短所や不備は、理念に基づいて、修正、補正されていくことになります。このような状態に達すると、その法則は発展していくことになります。多くの賛同者や初学者も、この理念を学ぶようになります。
その分野の全体が理念を受け入れ、利用するようになります。理念を構成しているいくつもの法則が、色々なとろこで演繹的に利用、応用されていくことになります。条件や場合にあわせて、法則も幾通りの方程式や規則、条件が付随してくることもあります。理念は、より厳密に、より精密に、より使いやすく、そして強固なものへとなっていきます。
やがて、その理念は他分野にも利用され、研究され、広い分野での常識となっていくことになります。ここで示したような基本的な考え方である原則や理念を、トーマス・クーンはパラダイムと呼びました。
パラダイムの初期であれば、例外的なデータも、法則や条件を修正、変更することで吸収することができ、より良い法則をつくるための助けとなっていきます。しかしパラダイムの晩年には、法則の修正の効かないほどの例外がでてくることになります。やがて科学者たちは、辻褄の合わない法則がひねり出したり、例外には目をつぶったり、パラダイムへの反論を力でねじ伏せたりすることがあります。
時代が進むと、より多くの例外的なデータや事実がでてきます。中には理念を否定しかねないような、重要な例外も出てきます。そんな時に、トーマス・クーンによれば、パラダイム・シフトが起こるとされています。パラダイム・シフトとは、今までのパラダイムとはまったく違った新しい考え方が出現して、従来のものでは説明できない致命的な例外をすっきりと説明できるものです。それが次なるパラダイムへと成長していくことになります。
このようなパラダイム・シフトを含む科学の変革を、クーンは科学革命と呼びました。パラダイムを転換していくことが、科学の健全な姿ではないかと思えます。
地質学でも科学革命がありました。地向斜造山運動論からプレートテクトニクスへの変更がその例となります。ただし、地向斜造山運動は、核となるような論理体系がないため、パラダイムとみなしにくく、パラダイム・シフトが適用できないという人もいます。でもわかりやすいので、ここでは地質学のパラダイム・シフトの例とします。
地向斜造山運動論は、主に地上の情報によって構築されていました。ところが第二次大戦後、海洋調査が進み、海底の地形や海底の試料の入手、地磁気データなど、今までにないデータが大量にでてくるようになりました。すると、膨大な例外データがあり、地向斜論は説明できなくなりました。やがて海底が移動しているという事実も見つかりました。そして、一気にパラダイム・シフトが起こりました。
1970年代以降、プレートテクトニクスは成長していき、完成度を増していきました。ところが、プレート運動の重要な要素であるマントル対流の実態が不明であったため、表層部の運動が精緻になったのですが、地球深部に不安を抱えていました。
地震波トモグラフィの出現によって、地下深部の温度分布が推定できるようになり、プルームテクトニクスが生まれました。プレートテクトニクスが、より広義のプルームテクトニクスに取り込まれ、それまでの不備が解消されるようになりました。
これはパラダイム・シフトではありませんでした。プレートテクトニクスを否定するのではなく、今まで不明であった深部を加えた、もと理念が拡大し発展させた、大きな帰納が起こったことになります。プルームテクトニクスは、若い理論で、まだ不明な部分もあります。現在構築中のパラダイムだといえます。
ここまで見てきたように、パラダイムが演繹の時代になると、もともとの理念が変容していくことが起こります。注意しないと、パラダイムに反しない解釈をいろいろおこない、都合のいいように法則をつくっていくということも起こるかもしれません。そこでは、基本精神は消えて、辻褄合わせののみが横行していきます。これは、パラダイム崩壊の予兆となるでしょう。
科学は事実と論理に基づくフェアーな世界に見えますが、人が行なう営みでもあるので、そうではないこともよくあります。感情や利害がからむと、人の行動には、科学的でない振る舞いが当たり前におこります。捏造、剽窃などはその現れです。
帰納から生まれた理念がパラダイムとして成立し発展します。パラダイムが演繹の時代になると形骸化して理念がどこかにいってしまいます。この理念の崩壊が、日本の憲法にも起こっているように見えます。一票の格差に対する違憲判決、立法の暴走は、三権分立を蔑(ないがし)ろにしているようにみえます。三権を監視するはずのメディアが、権力に擦り寄っているいるように見えます。これは、憲法というパラダイムが終末にむかっているように見えるのは、私だけでしょうか。もしパラダイムの末期であれば、次に来るのは、革命になります。それが無血革命であればいいのですが・・・・
・忙しい夏休み・
いよいよ8月です。
暑い夏がになっていますか。
7月下旬には、北海道も暑かったり、涼しかったり、
はたまた蒸し暑かったりと
めまぐるしく天候の変わる日々が続いています。
大学は8月上旬まで前期があります。
教員はお盆明けまで仕事が続きます。
本来は暑いから夏休みがあるはずなのに
一番暑いときに重要な試験や採点などがあります。
もう少し、のんびりとしたいのですが、
なかなか難しいものでしょうね。
・校務で気分転換・
今年の夏休みも家族での予定はありません。
子ども達が、中・高校生でクラブや遠征で忙しいのと、
私の校務が多いためであります。
夏休みは講義がないぶん、
気持ちの上では開放感があります。
今までやりたくてできなかったこともいろいろあります。
それをやりたいのですが、
疲れてできなくなりそうなのが心配です。
また8月下旬からは、毎週土・日曜日に、
地方への大学のキャラバンがあります。
調査や家族旅行なら楽しいのですが、
校務だと、なかなか落ち着きません。
それでも気分転換と思うことにしましょう。
2014年7月1日火曜日
150 バーナム効果:心地よい言葉
人は、自分には甘いとこがあるのですが、自分の欠点には厳しい面ももっています。そんな人の両面性をくすぐる罠があります。厳しさの中にも自尊心をくすぐるような言葉は、ついつい受け入れてしまいます。そんな誘い言葉には、心理学的は働きがあるようです。
次に示した項目は、ある専門家に共通する特徴です。これらは、真剣に職務に取り組んでいる人に当てはまるのではないでしょうか。
・独自の考えを持ており、十分な根拠のない意見は聞き入れない。
・弱みを持っていても、普段は克服できる。
・使われず生かしきれていない才能をかなり持っている。
・他人から好まれたい、賞賛されたいと思っているが、自己を批判する傾向にある。
・外向的社交的で愛想がよいときもあるが、内向的で用心深く遠慮がちなときもある。
あなた自身で、思い当たる項目があったでしょうか。何かにこだわりを持っている人には、当てはまるはずです。もう一度、読みなおして下さい。
これらの項目が意味することは後で示しますが、ここには実は重要な本質が隠れています。
さて、話題は変わります。今度は、人のタイプ分けの話です。
日本では、血液型による性格判断、出身地による県民性のタプ分けなどをして、人を区分して会話の一助にすることがあります。まあ話しの短所や接ぎ穂としてはいいかもしれませんが、そんな単純な区分を嫌う人には逆効果のこともあるでしょう。
でも例えば、「あえて言うと、あなたは、イヌ派ですか、それともネコ派ですか」というような他愛もない会話なら、あまり気にせずに対応する人も多いのではないでしょうか。そして、「ネコ派の人は・・・」、あるいは「イヌ派の人は・・・」と、それぞれの性格についてや性格の違いについて、話題にしてしまうのではないでしょうか。
しかし、よく考えると、イヌ派ネコ派の区分は、人を2つのタイプに分けるだけの非常に単純な区分で、1億人を2つに分けて、その区分を話してどうしようというのでしょうか。どちらも嫌い、どちらも好きだいう人も、どのちらにも関心がない、などいろいろな心持ちの人もいるので、それをあえて二分するのは、あまりに乱暴すぎます。また、イヌ派かネコ派かというの背景には、好きか嫌いかという、漠然とした心の問題があります。気持ちを、好きか嫌いかの二分法的に答えを出せるとは限りません。
二分法であるなら、客観的にはっきりと分けられる、男か女かのような区分であればどうでしょうか。性別は、生物学的にはっきりとしていますので、なんらかの違いが表われます。それをもとに、男だから、女だから、というカテゴリーで、性格づけ、特徴付けや二分法にそぐわない区分を、導入してしまうことは、無意識にやっているのではないでしょうか。ある場面では「女性だからそのような心遣いできたのだ」といったり、「力仕事はやはり男性だな」とか、性別を配慮しているようですが、人間の多様性には配慮されているようには見えません。男性でも細やかな心遣いができる人も、女性でも大雑把なの人もいます。男性でも力仕事が苦手な人もいますし、女性でも力仕事の得意な人もいます。明瞭な生物学的な違いに基づくものですら、このような状態なのですから、タイプ分けには注意が必要です。
血液型は4種類ですし、医学的にもはっきりとした区分が存在します。それでも、そこで性格の区分を導入すると、そこには危うさが伴ってきます。
4つの区分で少ないのなら、47都道府県なら多数の区分がありますし、そこに暮らしている人は、気候風土や食生活を反映した何らかの共通性を持つことや統計的な違いはあるでしょう。しかし、その差を人の性格まで延長して県民性にするのは行き過ぎではないでしょうか。
人のタイプ分けは、ある第三者を想定して当てはめるということがなされています。限られた体験、事例からの類推は、判断を誤る可能性があります。性格や特徴は曖昧な表現でなされます。自分の虚栄心に訴えるような内容は、誰にでもついつい受け入れてしまいがちです。そのような危険性は、冷静に考えれば、誰でもわかることです。
私が研究者として、最初にあげた項目を読むと、自分自身のこととして考えれば思い当たることがあります。実は、研究者だけでなくても、誰にでも当てはまることではないでしょうか。誰にでも当てはまる「当たり障りがなく」、「嫌な面も」もあるが「前向きな」内容であれば、ついつい信じたり、自分のことだと思ってしまいます。
何らかの権威や先入観を入れて、自分自身のこととして考えるように導くと、ついついひかかってしまうのではないでしょうか。このような誰もが心当たりがあるような項目を、あなたのことですよと言いながら並べたらどうでしょう。それが上記の項目でした。
上の項目は、アメリカの心理学者のフォアラー(Bertram Forer)が心理学の学生した実験を少し修正したものでした。
フォアラーは、ある心理分析の結果であると伝え、その項目が自分に当てはまるかどうか尋ねました。すると、多くの学生は、自分に当てはまると答えています。フォアラーの実験は1948年ものでしたが、その後も何度も繰り返し行われ、今でも当てはまるという結果になっています。
上の項目は、読者の皆さんも、自分に当てはまると思われたはずです。これらの項目は、フォアラーが新聞にでていた星占いから、星座を無視して適当に抜き出した文章だったのです。これは、何を意味しているのでしょか。
項目は、だれにでも当てはまるものなのに、自分にだけ特別だと思えるような内容であること、長短両面を持っているものだが前向きにに捉えられる内容になっている、という表現になっています。つまり、誰もが、自分に当てはまると思えるように書かれているのです。さらに、これは専門職や真剣に職務に取り組んでいる人には当てはまるという先入観を抱かせるような文章を付けました。
誰にも当てはまるのに、自分のことだと思ってしまうような心理学的な現象を、最初に調べた研究者の名前からフォアラー効果(Forer effect)と呼んだり、バーナム効果ともいいます。特に事前になんらかの調査をして、その後に調査に基づいているかのように装ってコメントすれば、誰にでも当てはまる曖昧な文言であれば、自分のことのように思ってしまいます。
バーナム効果は、いろいろなところに潜んでいます。特にCMや営利目的、詐欺などでは、巧みに利用されています。権威や尊敬を集めたり、営業をうまくしたり、言葉で人を動かすことが得意な人は、意識しようがしまいが、悪意であろうが善意であろうが、このようなテクニックを使っているのかもしれません。星占いの言葉であったことからわかるように、人は、昔からこのようなテクニックを使ってきたのです。
実害の有無が問題ではなく、今では、人には心理的にこのような誘導にかかりやすいことがわかってきました。あとは、自分がそのような誘導にかからないことですが、これがなかなか難しいのでしょうね。自分に心地よい他人の言葉は、注意が必要なのでしょうね。
・誰にでも当てはまるものがある・
バーナム効果のバーナムとは、アメリカの興行師でした。
バーナムはジョージ・ワシントンの元乳母という黒人奴隷の女性、
ジョイス・ヘス(Joice Heth)を引き取りました。
もし乳母であることが本当なら、
160歳を超えていることになります。
バーナムはヘスを見世物として、興行に利用しました。
他にも障害者を利用した興行をしていました。
ヘスのような存在に少し情報を付加して
巧妙な宣伝をすることで興行を成功に導きました。
心理学者のミール(P.E.Meehl)は、
バーナムがいった、「誰にでも当てはまるものがある」
という言葉にちなんで、命名したものだそうです。
・夏の青空・
6月中旬は天候が不順な日も多かったのですが、
下旬からやっと夏らしい青空が戻ってきました。
そして、いよいよ7月です。
北海道も暑くなってきました。
ただし、本州のような梅雨はないので過ごしやすいです。
先日、網戸を張り替えました。
初めての経験でしたが、
必要な道具をホームセンターで購入してきたら、
案外簡単に張り替えることができました。
破れたり汚れているものから、
新しい網戸にすると網戸越しでも
心地よい青空が見えます。
次に示した項目は、ある専門家に共通する特徴です。これらは、真剣に職務に取り組んでいる人に当てはまるのではないでしょうか。
・独自の考えを持ており、十分な根拠のない意見は聞き入れない。
・弱みを持っていても、普段は克服できる。
・使われず生かしきれていない才能をかなり持っている。
・他人から好まれたい、賞賛されたいと思っているが、自己を批判する傾向にある。
・外向的社交的で愛想がよいときもあるが、内向的で用心深く遠慮がちなときもある。
あなた自身で、思い当たる項目があったでしょうか。何かにこだわりを持っている人には、当てはまるはずです。もう一度、読みなおして下さい。
これらの項目が意味することは後で示しますが、ここには実は重要な本質が隠れています。
さて、話題は変わります。今度は、人のタイプ分けの話です。
日本では、血液型による性格判断、出身地による県民性のタプ分けなどをして、人を区分して会話の一助にすることがあります。まあ話しの短所や接ぎ穂としてはいいかもしれませんが、そんな単純な区分を嫌う人には逆効果のこともあるでしょう。
でも例えば、「あえて言うと、あなたは、イヌ派ですか、それともネコ派ですか」というような他愛もない会話なら、あまり気にせずに対応する人も多いのではないでしょうか。そして、「ネコ派の人は・・・」、あるいは「イヌ派の人は・・・」と、それぞれの性格についてや性格の違いについて、話題にしてしまうのではないでしょうか。
しかし、よく考えると、イヌ派ネコ派の区分は、人を2つのタイプに分けるだけの非常に単純な区分で、1億人を2つに分けて、その区分を話してどうしようというのでしょうか。どちらも嫌い、どちらも好きだいう人も、どのちらにも関心がない、などいろいろな心持ちの人もいるので、それをあえて二分するのは、あまりに乱暴すぎます。また、イヌ派かネコ派かというの背景には、好きか嫌いかという、漠然とした心の問題があります。気持ちを、好きか嫌いかの二分法的に答えを出せるとは限りません。
二分法であるなら、客観的にはっきりと分けられる、男か女かのような区分であればどうでしょうか。性別は、生物学的にはっきりとしていますので、なんらかの違いが表われます。それをもとに、男だから、女だから、というカテゴリーで、性格づけ、特徴付けや二分法にそぐわない区分を、導入してしまうことは、無意識にやっているのではないでしょうか。ある場面では「女性だからそのような心遣いできたのだ」といったり、「力仕事はやはり男性だな」とか、性別を配慮しているようですが、人間の多様性には配慮されているようには見えません。男性でも細やかな心遣いができる人も、女性でも大雑把なの人もいます。男性でも力仕事が苦手な人もいますし、女性でも力仕事の得意な人もいます。明瞭な生物学的な違いに基づくものですら、このような状態なのですから、タイプ分けには注意が必要です。
血液型は4種類ですし、医学的にもはっきりとした区分が存在します。それでも、そこで性格の区分を導入すると、そこには危うさが伴ってきます。
4つの区分で少ないのなら、47都道府県なら多数の区分がありますし、そこに暮らしている人は、気候風土や食生活を反映した何らかの共通性を持つことや統計的な違いはあるでしょう。しかし、その差を人の性格まで延長して県民性にするのは行き過ぎではないでしょうか。
人のタイプ分けは、ある第三者を想定して当てはめるということがなされています。限られた体験、事例からの類推は、判断を誤る可能性があります。性格や特徴は曖昧な表現でなされます。自分の虚栄心に訴えるような内容は、誰にでもついつい受け入れてしまいがちです。そのような危険性は、冷静に考えれば、誰でもわかることです。
私が研究者として、最初にあげた項目を読むと、自分自身のこととして考えれば思い当たることがあります。実は、研究者だけでなくても、誰にでも当てはまることではないでしょうか。誰にでも当てはまる「当たり障りがなく」、「嫌な面も」もあるが「前向きな」内容であれば、ついつい信じたり、自分のことだと思ってしまいます。
何らかの権威や先入観を入れて、自分自身のこととして考えるように導くと、ついついひかかってしまうのではないでしょうか。このような誰もが心当たりがあるような項目を、あなたのことですよと言いながら並べたらどうでしょう。それが上記の項目でした。
上の項目は、アメリカの心理学者のフォアラー(Bertram Forer)が心理学の学生した実験を少し修正したものでした。
フォアラーは、ある心理分析の結果であると伝え、その項目が自分に当てはまるかどうか尋ねました。すると、多くの学生は、自分に当てはまると答えています。フォアラーの実験は1948年ものでしたが、その後も何度も繰り返し行われ、今でも当てはまるという結果になっています。
上の項目は、読者の皆さんも、自分に当てはまると思われたはずです。これらの項目は、フォアラーが新聞にでていた星占いから、星座を無視して適当に抜き出した文章だったのです。これは、何を意味しているのでしょか。
項目は、だれにでも当てはまるものなのに、自分にだけ特別だと思えるような内容であること、長短両面を持っているものだが前向きにに捉えられる内容になっている、という表現になっています。つまり、誰もが、自分に当てはまると思えるように書かれているのです。さらに、これは専門職や真剣に職務に取り組んでいる人には当てはまるという先入観を抱かせるような文章を付けました。
誰にも当てはまるのに、自分のことだと思ってしまうような心理学的な現象を、最初に調べた研究者の名前からフォアラー効果(Forer effect)と呼んだり、バーナム効果ともいいます。特に事前になんらかの調査をして、その後に調査に基づいているかのように装ってコメントすれば、誰にでも当てはまる曖昧な文言であれば、自分のことのように思ってしまいます。
バーナム効果は、いろいろなところに潜んでいます。特にCMや営利目的、詐欺などでは、巧みに利用されています。権威や尊敬を集めたり、営業をうまくしたり、言葉で人を動かすことが得意な人は、意識しようがしまいが、悪意であろうが善意であろうが、このようなテクニックを使っているのかもしれません。星占いの言葉であったことからわかるように、人は、昔からこのようなテクニックを使ってきたのです。
実害の有無が問題ではなく、今では、人には心理的にこのような誘導にかかりやすいことがわかってきました。あとは、自分がそのような誘導にかからないことですが、これがなかなか難しいのでしょうね。自分に心地よい他人の言葉は、注意が必要なのでしょうね。
・誰にでも当てはまるものがある・
バーナム効果のバーナムとは、アメリカの興行師でした。
バーナムはジョージ・ワシントンの元乳母という黒人奴隷の女性、
ジョイス・ヘス(Joice Heth)を引き取りました。
もし乳母であることが本当なら、
160歳を超えていることになります。
バーナムはヘスを見世物として、興行に利用しました。
他にも障害者を利用した興行をしていました。
ヘスのような存在に少し情報を付加して
巧妙な宣伝をすることで興行を成功に導きました。
心理学者のミール(P.E.Meehl)は、
バーナムがいった、「誰にでも当てはまるものがある」
という言葉にちなんで、命名したものだそうです。
・夏の青空・
6月中旬は天候が不順な日も多かったのですが、
下旬からやっと夏らしい青空が戻ってきました。
そして、いよいよ7月です。
北海道も暑くなってきました。
ただし、本州のような梅雨はないので過ごしやすいです。
先日、網戸を張り替えました。
初めての経験でしたが、
必要な道具をホームセンターで購入してきたら、
案外簡単に張り替えることができました。
破れたり汚れているものから、
新しい網戸にすると網戸越しでも
心地よい青空が見えます。
2014年6月1日日曜日
149 インテリジェンスの源泉
現代社会はITの普及により、手間さえ惜しまなければ、大量の情報をえることができます。しかし、大量の情報の中から有用な情報を得るためには、見識や知性が必要になります。このような知の構造は昔からあるものですなのですが、身につけるのは難しいようです。
2013年10月25日「特定秘密の保護に関する法律(秘密保護法と呼ばれています)」が制定されました。まだ施行されていませんが、制定後1年以内に施行されるはずです。この法案の制定にあたっては、秘密となにかということに関して、いろいろな議論がわき起こりました。国家として秘密はあるだでしょうし、国家政策上、秘密情報を守ることも必要なことだと思います。しかし、もっと重要なのは、秘密から抽出される国家の命運を左右するほど重要な情報が漏ないことです。そのためには、秘密保護も必要になるでしょう。
一方、日本のような民主国家、あるいは立憲主義国家は、主権者である国民に対して、情報開示をする義務があります。そして一時的に秘密にすべき期間があったとしても、その期間が過ぎれば、すべての情報を開示されるべきでしょう。ところが、情報を開示するか秘密にするかの境界は、なかなか難しいものです。判断をするには、それなりの見識、知性が必要だと思います。
情報を読取る能力や知性を持った人は、漏れてくるささやかな情報から、有用な情報を抽出して、秘密にされている重要な情報を読み取ってしまうかもしれません。隠す側と読み取る側は、情報の探りあいでイタチごっこになっていくでしょう。いわゆる諜報戦となります。
国家の維持、情報管理だけ考えるのであれば、できるだけ情報は公開しない方がいいのはわかります。しかしそれは、現代の民主国家の姿には反する方向に向かっていくように見えます。その兼ね合いをきめるのにも知性が必要でしょう。
アメリカの諜報機関である中央情報局のCIAは、Central Intelligence Agencyの略号です。CIAで用いられているintelligenceという単語は、通常は「知性」という意味で使われます。しかしCIAのような使用法では、intelligenceは、「諜報」や「情報」という意味で用いられています。「情報」は、英語ではinformationになります。
informationとintelligenceの違いはどこにあるのでしょうか。なぜ日本語では、両者が混乱して使われているのでしょうか。
informationは「情報」で、ただ単なる情報にすぎず、そこでは全く加工されていないものが大半で、ありとあらゆる情報をさしています。現代社会では道具やITの進歩により、労力さえかければ大量の一次情報の収集は可能となりました。一方、intelligenceは、「知性」という意味の他に、加工された情報という意味があります。行間(inter)を読む(lego)という意味合いがあるともされています。つまり、intelligenceは、informationから意味ある情報、抽出された重要な情報、選りすぐりの情報となります。情報抽出には、確たる「知性」が必要となります。本来、秘密保護法で守るべき秘密は、なんでもかんでものinformationではなく、intelligenceやそれに近いものだけのはずです。その境界は不明瞭ですが、境界を見極めるのが知性です。
さて、話題は地質学の研究手法に移ります。
地質学では、自然の中にある石や地層などを野外で調べて、そこから必要な情報を読み取っていきます。読み取るときに重要なことは、野外でしか収集できない情報を、もれなく読み取っておくことです。野外調査では、試料も採取します。試料は、実験室でさらに深く、野外では読み取れない情報を探っていくのに用います。試料を計測、測定したり、分析したりして、情報を読み取っていきます。野外から室内までの情報収集を通じて、自然から可能な限り情報を読み取っていきます。
ある露頭を例して考えてきましょう。
露頭を構成している岩石をみて、どのような種類の岩石があるかを見極めます。種類を決めるにしても、野外ですから、肉眼による観察、小さいものをみるときにはルーペを使用します。限られた手段ですが、肉眼と経験は、簡便さと迅速さはなかなかのものです。岩石の特徴から、岩石を区分し、分類していきます。区分されたそれぞれの岩石が、露頭内でどのよう特徴や構造をもっているのかを調べてきます。各岩石が、どのような関係をもって接しているのかを見極めます。そして、境界の関係や地層の構造を走行、傾斜などを測定することで、三次元的に記録していきます。
ここまでは、加工されていない「生」の一次情報になります。一次情報から、室内実験に移ってきます。露頭毎の構造情報は、一枚の地形図に整理して、岩石や地層の分布を地形図上で表現してきます。それが地質図となってきます。見えている境界は実在のもの、見えてない境界は推定によって描かれ、地域全体の地層や地質の関係を考慮し、地下の分布までを考えた地質断面図が加えられた地質図が完成します。
ここまで作業では、露頭からえた情報は一次情報で、地形図に集積され、実在の関係をしめされのが二次情報になり、推定が加えらた完成された地質図は、研究者の知性による抽出と解釈が加えられた一種の思想図となります。
室内実験では、野外でえた試料に対して加工してきます。岩石の薄片を作成して顕微鏡を用いて詳細な組織を観察していきます。野外で決めた岩石名を、確認したり、細分していきます。鉱物が岩石内の組織の特徴から岩石に関する微小部分による特徴を記載していきます。さらに、岩石の化学組成の分析、鉱物の量比の測定、鉱物組成の分析、微量な成分、同位体組成、年代測定などをしていきます。より詳細な一次情報を加えてきます。
これらの一次情報を、解析、統計などで、二次情報に加工、抽出していきます。その過程で統計値や分散図などので視覚的に情報を理解してくこともよくなされます。
すべての情報の最終的な形として、地質図の解釈だけでなく、その解釈に整合的な岩石の形成プロセス、冷却過程、多様性形成メカニズム、起源物質の推定などの、より深い自然の秘密を解読していくことになります。地質学はこのようなプロセスを経て、研究目的を達成していきます。それが、自然の神秘を垣間見ることになります。
さて、地質学の研究手続きとして、一次情報をえて、二次情報に加工していき、最終的な目的である自然の秘密を読み取るという作業は、informationからintelligenceを抽出作業になっています。ですから、意味あるintelligenceの抽出をできるかどうかが、研究の成否を決めるのです。そして、抽出されたintelligenceの価値が、研究の成果を決めるのです。
地質学では、野外調査は人が額に汗して労力と忍耐力で一次情報を得ていきます。室内実験も多大な作業量を伴うことが多く、機械化もされているので力ではなく、気力と忍耐力さえあれば、大量の一次情報を得ることも可能になってきました。つまり一次情報は、人が労力を使って大量に集める必要があります。これは、時代を越えて必要な作業となっています。
現代ではコンピュータやアプリケーションの発達で、ルーチンワークであれば、あまり頭を使うことなく二次情報は得ることができます。アウトプットである論文や作図などもコンピュータのアプリケーションで簡単になってきました。ですから、研究者の腕のみせどころは、最終的な研究目的であるintelligenceにおける価値の抽出にかかっています。
informationからintelligenceを抽出作業は、労力と知性が必要です。秘密でも研究でも、一次情報は人の労力によって得られ、最終的なintelligenceの抽出とその価値は人の「知性」が成否を決めることになるのでしょう。これは今も昔も変わらない営みです。人の労力と知力が知の源泉といえます。
・折り返し地点・
早いもので、もう6月です。
北海道は、5月初旬は好天がつづいたのですが、
寒さが残っていました。
後半はあまり天気が良くない日が続きましたが、
気温は暖かく初夏めいてきました。
大学は、前期の講義も半ばになってきした。
新入生もやっと落ち着いてきたように見えます。
これからは私自身が落ち着いて研究に取り組みたいところですが、
・教育実習・
教育実習への訪問指導が毎週入ってきます。
先日、私には最初の訪問指導にいってきました。
これから、毎週あります。
それが実は問題で、休講を可能な限り少なくしながら
進めていく必要があります。
でも、これは誠意をもって
物理的にできる範囲でやるしかありません。
2013年10月25日「特定秘密の保護に関する法律(秘密保護法と呼ばれています)」が制定されました。まだ施行されていませんが、制定後1年以内に施行されるはずです。この法案の制定にあたっては、秘密となにかということに関して、いろいろな議論がわき起こりました。国家として秘密はあるだでしょうし、国家政策上、秘密情報を守ることも必要なことだと思います。しかし、もっと重要なのは、秘密から抽出される国家の命運を左右するほど重要な情報が漏ないことです。そのためには、秘密保護も必要になるでしょう。
一方、日本のような民主国家、あるいは立憲主義国家は、主権者である国民に対して、情報開示をする義務があります。そして一時的に秘密にすべき期間があったとしても、その期間が過ぎれば、すべての情報を開示されるべきでしょう。ところが、情報を開示するか秘密にするかの境界は、なかなか難しいものです。判断をするには、それなりの見識、知性が必要だと思います。
情報を読取る能力や知性を持った人は、漏れてくるささやかな情報から、有用な情報を抽出して、秘密にされている重要な情報を読み取ってしまうかもしれません。隠す側と読み取る側は、情報の探りあいでイタチごっこになっていくでしょう。いわゆる諜報戦となります。
国家の維持、情報管理だけ考えるのであれば、できるだけ情報は公開しない方がいいのはわかります。しかしそれは、現代の民主国家の姿には反する方向に向かっていくように見えます。その兼ね合いをきめるのにも知性が必要でしょう。
アメリカの諜報機関である中央情報局のCIAは、Central Intelligence Agencyの略号です。CIAで用いられているintelligenceという単語は、通常は「知性」という意味で使われます。しかしCIAのような使用法では、intelligenceは、「諜報」や「情報」という意味で用いられています。「情報」は、英語ではinformationになります。
informationとintelligenceの違いはどこにあるのでしょうか。なぜ日本語では、両者が混乱して使われているのでしょうか。
informationは「情報」で、ただ単なる情報にすぎず、そこでは全く加工されていないものが大半で、ありとあらゆる情報をさしています。現代社会では道具やITの進歩により、労力さえかければ大量の一次情報の収集は可能となりました。一方、intelligenceは、「知性」という意味の他に、加工された情報という意味があります。行間(inter)を読む(lego)という意味合いがあるともされています。つまり、intelligenceは、informationから意味ある情報、抽出された重要な情報、選りすぐりの情報となります。情報抽出には、確たる「知性」が必要となります。本来、秘密保護法で守るべき秘密は、なんでもかんでものinformationではなく、intelligenceやそれに近いものだけのはずです。その境界は不明瞭ですが、境界を見極めるのが知性です。
さて、話題は地質学の研究手法に移ります。
地質学では、自然の中にある石や地層などを野外で調べて、そこから必要な情報を読み取っていきます。読み取るときに重要なことは、野外でしか収集できない情報を、もれなく読み取っておくことです。野外調査では、試料も採取します。試料は、実験室でさらに深く、野外では読み取れない情報を探っていくのに用います。試料を計測、測定したり、分析したりして、情報を読み取っていきます。野外から室内までの情報収集を通じて、自然から可能な限り情報を読み取っていきます。
ある露頭を例して考えてきましょう。
露頭を構成している岩石をみて、どのような種類の岩石があるかを見極めます。種類を決めるにしても、野外ですから、肉眼による観察、小さいものをみるときにはルーペを使用します。限られた手段ですが、肉眼と経験は、簡便さと迅速さはなかなかのものです。岩石の特徴から、岩石を区分し、分類していきます。区分されたそれぞれの岩石が、露頭内でどのよう特徴や構造をもっているのかを調べてきます。各岩石が、どのような関係をもって接しているのかを見極めます。そして、境界の関係や地層の構造を走行、傾斜などを測定することで、三次元的に記録していきます。
ここまでは、加工されていない「生」の一次情報になります。一次情報から、室内実験に移ってきます。露頭毎の構造情報は、一枚の地形図に整理して、岩石や地層の分布を地形図上で表現してきます。それが地質図となってきます。見えている境界は実在のもの、見えてない境界は推定によって描かれ、地域全体の地層や地質の関係を考慮し、地下の分布までを考えた地質断面図が加えられた地質図が完成します。
ここまで作業では、露頭からえた情報は一次情報で、地形図に集積され、実在の関係をしめされのが二次情報になり、推定が加えらた完成された地質図は、研究者の知性による抽出と解釈が加えられた一種の思想図となります。
室内実験では、野外でえた試料に対して加工してきます。岩石の薄片を作成して顕微鏡を用いて詳細な組織を観察していきます。野外で決めた岩石名を、確認したり、細分していきます。鉱物が岩石内の組織の特徴から岩石に関する微小部分による特徴を記載していきます。さらに、岩石の化学組成の分析、鉱物の量比の測定、鉱物組成の分析、微量な成分、同位体組成、年代測定などをしていきます。より詳細な一次情報を加えてきます。
これらの一次情報を、解析、統計などで、二次情報に加工、抽出していきます。その過程で統計値や分散図などので視覚的に情報を理解してくこともよくなされます。
すべての情報の最終的な形として、地質図の解釈だけでなく、その解釈に整合的な岩石の形成プロセス、冷却過程、多様性形成メカニズム、起源物質の推定などの、より深い自然の秘密を解読していくことになります。地質学はこのようなプロセスを経て、研究目的を達成していきます。それが、自然の神秘を垣間見ることになります。
さて、地質学の研究手続きとして、一次情報をえて、二次情報に加工していき、最終的な目的である自然の秘密を読み取るという作業は、informationからintelligenceを抽出作業になっています。ですから、意味あるintelligenceの抽出をできるかどうかが、研究の成否を決めるのです。そして、抽出されたintelligenceの価値が、研究の成果を決めるのです。
地質学では、野外調査は人が額に汗して労力と忍耐力で一次情報を得ていきます。室内実験も多大な作業量を伴うことが多く、機械化もされているので力ではなく、気力と忍耐力さえあれば、大量の一次情報を得ることも可能になってきました。つまり一次情報は、人が労力を使って大量に集める必要があります。これは、時代を越えて必要な作業となっています。
現代ではコンピュータやアプリケーションの発達で、ルーチンワークであれば、あまり頭を使うことなく二次情報は得ることができます。アウトプットである論文や作図などもコンピュータのアプリケーションで簡単になってきました。ですから、研究者の腕のみせどころは、最終的な研究目的であるintelligenceにおける価値の抽出にかかっています。
informationからintelligenceを抽出作業は、労力と知性が必要です。秘密でも研究でも、一次情報は人の労力によって得られ、最終的なintelligenceの抽出とその価値は人の「知性」が成否を決めることになるのでしょう。これは今も昔も変わらない営みです。人の労力と知力が知の源泉といえます。
・折り返し地点・
早いもので、もう6月です。
北海道は、5月初旬は好天がつづいたのですが、
寒さが残っていました。
後半はあまり天気が良くない日が続きましたが、
気温は暖かく初夏めいてきました。
大学は、前期の講義も半ばになってきした。
新入生もやっと落ち着いてきたように見えます。
これからは私自身が落ち着いて研究に取り組みたいところですが、
・教育実習・
教育実習への訪問指導が毎週入ってきます。
先日、私には最初の訪問指導にいってきました。
これから、毎週あります。
それが実は問題で、休講を可能な限り少なくしながら
進めていく必要があります。
でも、これは誠意をもって
物理的にできる範囲でやるしかありません。
2014年5月1日木曜日
148 メンター:同行二人
ギリシア神話のメントールと、四国の遍路が使っている同行二人は相通じる心がありそうです。メントールはメンターとなり、現代の役割分担された師弟関係を意味しています。そのような関係は、西洋にも日本にも、古くからあり、今も生きているのでしょう。
メントールをご存知でしょうか。ギリシア神話にでてくる神様で、Mentorのことで、メントールの他に、メンテーあるいはミンターなどともして発音されることがあるようです。ホメロスの「オデッセイ」にも登場する神様です。
オデッセイは、有名な古代ギリシアの長編の叙事詩です。物語は、イタケーの王であり英雄でもあるオデッセウスが、放浪の旅をするというものです。長いトロイア戦争(神話の中の戦争)での勝利の直前から、物語がはじまります。
物語の最初、オデッセウスは、カリュプソーの島に囚われていました。その後島を出て、放浪の旅がはじまります。一方、オデッセウスの息子が、父を探す旅も語られていきます。
実はオデッセウスは島に囚われていたのですが、イタケーの国民たちは、死んだものだと思っていました。そのため、オデッセウスの妻ペーネロペーには、財産目当ての男たちがいい寄ってきました。
オデッセウスの2人の息子うち、テーレマコスは、母の苦境を救うべく、オデッセウスを探す旅に出ます。そこで、女神のアテナが、若きテーレマコスを苦境から救うために手助けをします。アテナは老人に姿を変えて、テーレマコスを導く為に登場します。アテナが姿を変えた老人は、オデッセウスの友人であるメントールでした。メントールは、テーレマコスと同行して、助けていきます。
メントールのこのような指導者としての働きにちなんで、メンター(Mentor)という言葉ができました。メンターとは、単なる指導者より、対話や助言などをしながら、本人の自発的で自律的な成長を促す役割ももった人のことをいうそうです。現在では、メンター制度やメンターシップなどの役割が設けられていることもあります。
私もある組織に請われてメンターに登録しています。その組織の若手が、メンターとして指名したら、私とメンターとしての役割を果たすことになります。金銭的な関係はなく、ボランティアで、手段もメールによるコンタクトとなります。残念ながら、まだ私をメンターとして指名する人はいません。ですから、私は、肩書だけの、指導をしていないメンターです。
それはさておき、メンターと普通の指導者との違いは、指導を受ける側が、自ら考えて行動できることを目指すことや、メンターシップではかなり強い師弟関係を結ぶことがあります。そのような点が、普通の指導者や教育係とは違っているところでしょうか。
さて、メンターです。私は現在のメンターの役割のことを考えながら、昔(私が学生や社会人の新人の頃)は、こんな役職はなかったなあと思いました。自分の周りの先生や上司、先輩(以下、指導者とします)で指導してくれる人は、全般的な指導をし、役割分担はありませんでした。指導者とは、公私に渡り師事することになりました。そこには指導者としての役割分担はありませんでした。ただ「指導者」でした。
現在社会では、指導者には、役割分担があり、内容ごとに方法論が示され、必要な研修、マニュアルなどが用意されています。おかげで指導者としての役職に戸惑うことも少なくなります。指導者にやる気があっても役割に対するノルマ、成果、評価などが問われ、役割からの逸脱がなかなかできません。
私が学生のころの先生たちは、個性的で、中には乱暴で粗暴な人もいました。あとで思えば、そんな人でも、先生とよばれる何かの秀でたところもありました。それは、研究者として修行を積んで、同業のコミュニティに立った時に、やっとわかることでした。その時、人とは奥深いものだと感じるときでもあります。
師事する側は、先生を選択できる場合も、できない場合もあります。師事する側は、それを天命とあきらめ、その先生の個性を飲み込んでいく必要がありました。その過程で先生を理解し、対処法を学んでいくことになります。
あるときは先生の言うがままに行動し、時に自分なりの変更、修正を試み、あるときは反論を試み、やがては共同で研究や仕事をこなすパートナーになっていきます。それが弟子としての成長になります。
一方、先生側からいえば、弟子は優秀に越したことありませんが、優秀の尺度は感覚的でもあります。単に勉学、学力だけでなく、行動力、慎重さ、持続力など多様な面での評価になります。どれかに秀でていれば、それを伸ばすことで優秀な弟子になっていきます。戦線側からすると、弟子の足りない部分に対して、不満や欠点も湧くでしょう。しかしこれも個性だと、飲み込むしかありません。
どんな弟子であれ、指導者となったからには、何らかの指導をしていかねばなりません。指導者の要求をどのようにこなすかが、先生側の本当の評価になります。
初学者であれば、まずは先生の指示を受けて、そのような行動や対処するかが重視されます。研鑽を積んでくれば、自分なりに学び、新たな方法や考えで、同じこと、より良いことをなす弟子も出てきます。時に生意気にみえたり、あるときはいうことを聞かないようにみえるかもしれませんが、成果がでるのであれば、認めるしかありません。
やがて弟子も一人前になり、共同研究者、ときには自分より優れた成果を出すこともあります。そんなときは、指導者という立場では嬉しくもあり、同業者としては悔しさもあり、思い半ばでです。でも総じて弟子の成長を喜ばしく思えるのでしょう。
師弟関係の深まりは、一般論で上記のようになりそうです。時には、師弟関係も破綻することもあるでしょう。でも、多くの師弟関係は、なんらかの形で成立し、継続ししていくことになります。人それぞれで、多様な師弟関係が構築されていくはずです。
指導者にはアテナが姿を変えたメントールのような要素をもった師弟関係もあったでしょう。日本にも古くからおこなわれている四国の巡礼の「同行二人」の言葉も、メントールのような存在を信じているいることになります。そこに新しくメンターという名称を与え、役割分担を明確化することは、やるべきこと、目指すべきことが明確化されます。無意識に行なっていたことを、意識的することは、効率的で公正なものになるでしょう。危険回避、役割責任の明確化は重要です。厳格化すること、限定をつけることは、失敗や危険性を避けるためにはいいかもしれません。
しかし、私には、役割の明確化は、師弟関係の結びつきを狭めていくように見えます。自由度の低下は、大きな可能性の芽を摘むことになっていないでしょうか。このような厳格化は、メンター制度だけでなく、現代社会が抱える問題でもあるようにみえます。
こんなことを危惧するのは、私にメンターの資質がないためでしょうか。それとも、私のメンターのイメージが違っているからでしょうか。師弟関係とは、個性と個性のぶつかり合いによって、その時その場で変化ながら成長していくもので、その変化への対応から学ぶことも多いのではないでしょうか。
・同行二人・
本文で使った「同行二人」という言葉は、
「どうこうふたり」とは読まず、
「どうぎょうににん」と読みます。
これは四国を巡るお遍路さんが
笠や首からぶら下げる袋に書いてある文言です。
一人で歩いていても、
共に歩いている人がいるという考え方です。
一緒にいるのは、弘法大師です。
弘法大師は見えませんが
メンターとして共に旅をしているように見えます。
日本には、精神的、宗教的に
このような自律的な考え方があったようです。
メンターや大師に対し
偽ることなく、本心で接しているはずです。
まさに、メントールとテーレマコスの関係ではないでしょうか。
そんな心持ちで、辛い旅を続けるのです。
そんなお遍路の姿を思い出すと、
私もまた旅に出たくなりました。
・ゴールデンウィーク・
ゴールデンウィークの中日ですが、
我が大学は、暦通りに授業は進みます。
しかし、うちの子どもたちの学校は、
29日から平日に代休を入れて連休にしています。
いいのか悪いのかわかりませんが、
長い休みには、新学期がはじまって一月後くらいには
いいのかもしれません。
新入生は、結構無理をしている人もいるかもしれません。
そんな人は、一息ついてリフレッシュできればと思います。
メントールをご存知でしょうか。ギリシア神話にでてくる神様で、Mentorのことで、メントールの他に、メンテーあるいはミンターなどともして発音されることがあるようです。ホメロスの「オデッセイ」にも登場する神様です。
オデッセイは、有名な古代ギリシアの長編の叙事詩です。物語は、イタケーの王であり英雄でもあるオデッセウスが、放浪の旅をするというものです。長いトロイア戦争(神話の中の戦争)での勝利の直前から、物語がはじまります。
物語の最初、オデッセウスは、カリュプソーの島に囚われていました。その後島を出て、放浪の旅がはじまります。一方、オデッセウスの息子が、父を探す旅も語られていきます。
実はオデッセウスは島に囚われていたのですが、イタケーの国民たちは、死んだものだと思っていました。そのため、オデッセウスの妻ペーネロペーには、財産目当ての男たちがいい寄ってきました。
オデッセウスの2人の息子うち、テーレマコスは、母の苦境を救うべく、オデッセウスを探す旅に出ます。そこで、女神のアテナが、若きテーレマコスを苦境から救うために手助けをします。アテナは老人に姿を変えて、テーレマコスを導く為に登場します。アテナが姿を変えた老人は、オデッセウスの友人であるメントールでした。メントールは、テーレマコスと同行して、助けていきます。
メントールのこのような指導者としての働きにちなんで、メンター(Mentor)という言葉ができました。メンターとは、単なる指導者より、対話や助言などをしながら、本人の自発的で自律的な成長を促す役割ももった人のことをいうそうです。現在では、メンター制度やメンターシップなどの役割が設けられていることもあります。
私もある組織に請われてメンターに登録しています。その組織の若手が、メンターとして指名したら、私とメンターとしての役割を果たすことになります。金銭的な関係はなく、ボランティアで、手段もメールによるコンタクトとなります。残念ながら、まだ私をメンターとして指名する人はいません。ですから、私は、肩書だけの、指導をしていないメンターです。
それはさておき、メンターと普通の指導者との違いは、指導を受ける側が、自ら考えて行動できることを目指すことや、メンターシップではかなり強い師弟関係を結ぶことがあります。そのような点が、普通の指導者や教育係とは違っているところでしょうか。
さて、メンターです。私は現在のメンターの役割のことを考えながら、昔(私が学生や社会人の新人の頃)は、こんな役職はなかったなあと思いました。自分の周りの先生や上司、先輩(以下、指導者とします)で指導してくれる人は、全般的な指導をし、役割分担はありませんでした。指導者とは、公私に渡り師事することになりました。そこには指導者としての役割分担はありませんでした。ただ「指導者」でした。
現在社会では、指導者には、役割分担があり、内容ごとに方法論が示され、必要な研修、マニュアルなどが用意されています。おかげで指導者としての役職に戸惑うことも少なくなります。指導者にやる気があっても役割に対するノルマ、成果、評価などが問われ、役割からの逸脱がなかなかできません。
私が学生のころの先生たちは、個性的で、中には乱暴で粗暴な人もいました。あとで思えば、そんな人でも、先生とよばれる何かの秀でたところもありました。それは、研究者として修行を積んで、同業のコミュニティに立った時に、やっとわかることでした。その時、人とは奥深いものだと感じるときでもあります。
師事する側は、先生を選択できる場合も、できない場合もあります。師事する側は、それを天命とあきらめ、その先生の個性を飲み込んでいく必要がありました。その過程で先生を理解し、対処法を学んでいくことになります。
あるときは先生の言うがままに行動し、時に自分なりの変更、修正を試み、あるときは反論を試み、やがては共同で研究や仕事をこなすパートナーになっていきます。それが弟子としての成長になります。
一方、先生側からいえば、弟子は優秀に越したことありませんが、優秀の尺度は感覚的でもあります。単に勉学、学力だけでなく、行動力、慎重さ、持続力など多様な面での評価になります。どれかに秀でていれば、それを伸ばすことで優秀な弟子になっていきます。戦線側からすると、弟子の足りない部分に対して、不満や欠点も湧くでしょう。しかしこれも個性だと、飲み込むしかありません。
どんな弟子であれ、指導者となったからには、何らかの指導をしていかねばなりません。指導者の要求をどのようにこなすかが、先生側の本当の評価になります。
初学者であれば、まずは先生の指示を受けて、そのような行動や対処するかが重視されます。研鑽を積んでくれば、自分なりに学び、新たな方法や考えで、同じこと、より良いことをなす弟子も出てきます。時に生意気にみえたり、あるときはいうことを聞かないようにみえるかもしれませんが、成果がでるのであれば、認めるしかありません。
やがて弟子も一人前になり、共同研究者、ときには自分より優れた成果を出すこともあります。そんなときは、指導者という立場では嬉しくもあり、同業者としては悔しさもあり、思い半ばでです。でも総じて弟子の成長を喜ばしく思えるのでしょう。
師弟関係の深まりは、一般論で上記のようになりそうです。時には、師弟関係も破綻することもあるでしょう。でも、多くの師弟関係は、なんらかの形で成立し、継続ししていくことになります。人それぞれで、多様な師弟関係が構築されていくはずです。
指導者にはアテナが姿を変えたメントールのような要素をもった師弟関係もあったでしょう。日本にも古くからおこなわれている四国の巡礼の「同行二人」の言葉も、メントールのような存在を信じているいることになります。そこに新しくメンターという名称を与え、役割分担を明確化することは、やるべきこと、目指すべきことが明確化されます。無意識に行なっていたことを、意識的することは、効率的で公正なものになるでしょう。危険回避、役割責任の明確化は重要です。厳格化すること、限定をつけることは、失敗や危険性を避けるためにはいいかもしれません。
しかし、私には、役割の明確化は、師弟関係の結びつきを狭めていくように見えます。自由度の低下は、大きな可能性の芽を摘むことになっていないでしょうか。このような厳格化は、メンター制度だけでなく、現代社会が抱える問題でもあるようにみえます。
こんなことを危惧するのは、私にメンターの資質がないためでしょうか。それとも、私のメンターのイメージが違っているからでしょうか。師弟関係とは、個性と個性のぶつかり合いによって、その時その場で変化ながら成長していくもので、その変化への対応から学ぶことも多いのではないでしょうか。
・同行二人・
本文で使った「同行二人」という言葉は、
「どうこうふたり」とは読まず、
「どうぎょうににん」と読みます。
これは四国を巡るお遍路さんが
笠や首からぶら下げる袋に書いてある文言です。
一人で歩いていても、
共に歩いている人がいるという考え方です。
一緒にいるのは、弘法大師です。
弘法大師は見えませんが
メンターとして共に旅をしているように見えます。
日本には、精神的、宗教的に
このような自律的な考え方があったようです。
メンターや大師に対し
偽ることなく、本心で接しているはずです。
まさに、メントールとテーレマコスの関係ではないでしょうか。
そんな心持ちで、辛い旅を続けるのです。
そんなお遍路の姿を思い出すと、
私もまた旅に出たくなりました。
・ゴールデンウィーク・
ゴールデンウィークの中日ですが、
我が大学は、暦通りに授業は進みます。
しかし、うちの子どもたちの学校は、
29日から平日に代休を入れて連休にしています。
いいのか悪いのかわかりませんが、
長い休みには、新学期がはじまって一月後くらいには
いいのかもしれません。
新入生は、結構無理をしている人もいるかもしれません。
そんな人は、一息ついてリフレッシュできればと思います。
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