計画的にものごとを進めることは、重要だし、達成する可能性を上げるためにも、必要不可欠でしょう。計画的に進める上で、人を育てることは、重要ですが、これほど難しいものはないかもしれません。
なにかを成し遂げるとき、目的に応じた期間で計画を立てます。私の周りだけでしょうか、最近はどうもいろいろな場面で、計画作成を命じられることが多いように思えます。もちろん何かを成すならば、強制的であっても、計画がないよりは、あったほうがいいでしょう。
特に長期に渡るもの、複雑なもの、多人数での進めるものには、計画は不可欠です。強制された計画でも、集団として取り組んでいたり、業務として厳しいノルマがあれば、十分な効果は得られるでしょう。
では、個人のレベルで計画を考えると、どうなるでしょうか。
そもそも個人がやる気もないのに、他者から計画を義務付けられ、実施を強制されたら、どれだけ実効性があるでしょうか。特に創造性を強要されたら、本当にいいものが生まれるでしょうか。形だけのもの、とりあえずのものしかできないのではないでしょうか。
計画もなく、ものごとを遂行することは可能でしょうか。計画を立てないと、ものごとはなかなか進まないものです。個人であっても、自主的に立てた計画を持ったほうがいいはずです。ところが、自主的に立てた計画であっても、実施できるかどうかは、個人の気の持ちようや、状況にも依存するでしょう。
私は、若い時からいろいろ計画を立ててきました。さんざん失敗してきたせいでしょうか、歳を経るにつれ、実効性のある計画を建てられるようになってきたように思えます。ただし、時には無謀だと思いながら、自分への動機付けのつもりで計画を建てることもあります。これは、自己弁護でしょうか。
次に、計画の立て方を考えていきましょう。
計画には、その期間によって、長期、中期、短期の区分ができるでしょう。この期間の区分は相対的なものであって、場面によって違ってくるでしょう。
例えば、それぞれの一日の仕事の場合です。一日でも、この3つの区分が可能です。一日でも、いろいろな仕事があるはずです。仕事の手間にしても、数分でできるもの、1時間ほどかかるもの、数時間かかるものなど、いろいろがあります。そんな時は、一日の全体の仕事量と、その仕事の重要度、あるいはこなすに必要な集中度も重要になるでしょう。そんな区分をしてから、仕事に取り組んだほうがいいでしょう。私は朝型なので、集中して行うべきものは、朝、早めにスタートして、頭が働くうちに終わらすようにしています。午後は、作業量や時間がかかるのですが、集中力があまりいらないものに取り組むように心がけています。
仕事の中には重要度の低いものがあります。時間に余裕があるときは、ついついだらだらと進めがちで、集中すれば一日で終わるはずのものも、終わらなかった経験は、だれもであるのではないでしょうか。気づいたら締め切りが目前だったりとか。仕事は計画的に進めていくべきでしょう。
例えば、一週間ほどの野外調査の場合です。目的地までの移動に二日かかるとすれば、正味は五日分が調査日となります。その中には、調査地域内での移動時間も含みます。私は欲張らずに、一日に一、二地点の重要ポイントを定めて見るようにしています。また、全体として優先順位をつけ、最優先のものをできるだけ最初に調べるようにします。もし、天気が悪かったり、条件が悪ければ、再度調査できる可能性を残しておくためです。それでもだめなときは、別の機会に、再度訪れるようにしてます。
では、年や一生のように長い期間に及ぶ計画は、どのように立てればいいのでしょうか。ある教えがあります。「三樹の教え」と呼ばれるものです。「管子」(かんし)で示された考え方です。
一年之計、莫如樹谷
十年之計、莫如樹木
終身之計、莫如樹人
というもので、読み下すと、
一年の計、谷(穀)を樹う(う)るに如(し)くはなし
十年の計、木を樹うるに如くはなし
終身の計、人を樹うるに如くはなし
となります。
農村に暮らす人の考え方なのかもしれませんが、ここから学ぶべきことは、期間に応じて目指すものを変えるべきである、ということではないでしょうか。一年で収穫(達成)できるもの、10年で収穫できるものを考えろ、ということです。さらに重要なところは、最後の一文にあるのではないでしょうか。生涯をかけて、人を育てる重要性を説いています。人材の育成は、なかなか難しい目標です。
教員は、人を育てるのが仕事です。私は大学の教員ですが、小・中・高校の教師、各種の塾や講座の先生、など人に教える職業は多様です。長くひとつ場で経験を積むと、職場やクラブ、なんらかの組織に後輩や後進が出現し、育てる必要性が生まれるはずです。あるいは質問に対する回答であっても、答えるときは教える立場になるはずです。多くの場面で教える側、先生は、生じます。それに見合った教わる側、学生も多数いることになります。
ある場面であなたは、先生として、本当に人を育てているといえるか、ということを問われている気がします。先生側は一生懸命に教えていたとしても、教わる側は、身についていない場合も多々あるはずです。一方、教師の何気ない一言が、学生には重要な教えとして伝わることもあるかもしれません。あるいは、教えの場では気づかなかったとしても、後々に響いてくる場合もあるかもしれません。私には思い当たることがあります。多くの教育現場で、似たことが起こっているのではないでしょうか。
一人の人を手塩にかけて育てるということは、現在社会では少なくなったように思えます。短時間、長くても数年の単位での教えの場面が多くなりました。ですから、教える側は、いかなる時も手を抜くことなく、精一杯に励み、教える努力を怠ってはならないのです。
では、人を教える人がいない場合、この「三樹の教え」は無用のものでしょうか。そうではないと思います。他人を育てるのではなく、自分を育てると読むことが可能でしょう。一生をかけて、自分を育むのです。これは、誰にでも適応可能です。
しかし、これはなかなか難しいことには変わりはないのですが、自分にとって自分は一番大切なものでしょうから、欺くことのできない存在です。取り組む姿勢、集中度、本心がわかり、いつもサボってないかを監視し、いくつになっても見守ることができます。努力はすべて自分に跳ね返ってきます。
自分を育てるためには、一生かけて取り組むべき作業です。そのためには、10年の計、1年の計が必要になるのでしょうね。
・管子・
現在の中国の山東省を中心にして、
昔、斉(せい)という国(紀元前1046年から386年)がありました。
斉は有名な太公望によって建国されました。
その斉の第15代の王、桓公を補佐する宰相として
管仲(かんちゅう)がいました。
管仲に由来する書物として
「管子」(かんし)があります。
その中に「三樹の教え」が説かれています。
重要な教えは、時を越えて残るのでしょうね。
・野外調査・
9月4日から10日まで野外調査に出ます。
上で述べた例がそのまま当てはまります。
6泊7日ですが、移動に2日、調査は正味5日間です。
泊まるところはすでに確保しています。
大分から宮崎、熊本にかけて移動しながら
野外調査を進めていきます。
最重要ポイントは、数カ所があり、
それに次くものもいくつかあります。
今回は移動範囲が広いので
重要ポイントが時間が足りないときは、
翌日に再度みることにしています。
それでも足りない時は、次回とします。
天候だけは、どうしようもないので、
悪天候の時は、諦めて、次なる機会を待ちます。
2015年9月1日火曜日
2015年8月1日土曜日
163 はじまりの石:成因のジレンマ
地球の「はじまりの石」はどんなものか、という素朴な疑問について考えています。多分、その石は地球には残っていません。今は亡き石がどのようなものかについて、思いを巡らせています。真夏の夜の夢として、見てください。
最近、昨年書いた論文から派生した課題について考えています。考えがまとまったら、来年度に報告する予定です。その課題とは、地球に最初にできた岩石はどのようなものか、ということです。いいかえると、地球の「はじまりの石」は、どんなものかという問いです。論文を書いていた時は、簡単に答えが出たように思えました。ところが、論文を書きながら、かなり複雑であることとわかってきました。ですから、趣旨の違うその論文では深入りしせずに、次なる課題としました。
地球の岩石の成因や多様性の形成のプロセスは複雑ですが、その素過程はかなり解明されてきました。もちろん、まだわかっていないことも、いろいろありますが。
古い岩石を考える場合、深刻な問題があります。地球深部が本当に予測通りなのか、過去に起こったことが本当に推定されたシナリオや原因だったのか、などは、なかなか実証できないことがあります。地質学には、科学的、あるいは論理的に、実証不可能なことを探るという難さが、宿命としてつきまといます。そこには、確からしさを増すことはできても、証明が完結しないというジレンマがあります。これは、時間経過、あるいは歴史性を内在する自然科学、人文科学のどの分野にもある悩みだと思います。
さて、「はじまりの石」です。「はじまりの石」とはどんなものかということについて、石の名前を定めるのではなく、もっと単純に成因を探るところからスタートしました。石の成因には、火成岩、変成岩、堆積岩の3つがありす。私は、「はじまりの石」は火成岩だと考えました。その理由は、地球の形成過程を考えるとそうなったからです。
地球は、材料物質である隕石が、衝突、合体して形成されました。形成直後の地球は、隕石の混合物であったはずです。これは、地球をつくった石が集まったもので、地球固有の石ではありません。そして、混合物を3つの成因に区分すると、一種の堆積岩になるのでしょうか。ただし、集積の過程を考えると、そこには変成作用や火成作用も働いていたはずです。成因で考えると、堆積岩の中に、変成岩や火成岩も混じっていることになります。
そこで私は、「はじまりの石」は地球の固有の石と限定しようと考えました。地球形成の後、衝突時の重力エネルギーの開放と揮発性ガスによる厚い大気により、地球表層は加熱され、温室効果が強烈に働き保温されることで、表層部が溶けてマグマオーシャンが一定期間、形成されたと考えられます。隕石の衝突がおさまると、重力エネルギーの供給がなくなり、地球は徐々に冷却してきます。やがてマグマオーシャンは冷え固まり、地面ができます。この地面を構成していたものが、「はじまりの石」になると考えました。
その石は、今は存在しませんので、実証はできません。しかし、マグマオーシャンの表層は固まれば火山岩になり、玄武岩や超塩基性岩(ピクライトとも)と呼ばれるようなものになるはずです。深部でゆっくり冷えたものは深成岩になり、斑レイ岩やカンラン岩になったと推定されます。つまり「はじまりの石」は、マグマからできた、火成岩だということは確からしく見えます。
このようなシナリオであれば、単純でいいのですが、マントルが問題となります。地球全体を考えると、マントルは地殻と比べると非常に多くの比率(体積、質量)を占めています。マントルを構成している岩石は、カンラン岩です。マントルが顔をだしているところ(アルパイン型カンラン岩やオフィオライト)や、深部でできたマグマが途中で取り込んできたマントルの捕獲岩(ゼノリス)、海洋深部掘削計画で掘られたものなどから、カンラン岩であることが、検証されています。
マントルは、隕石とは化学的に明らかに違ったものです。隕石に含まれていた鉄の成分は、核の形成に使われたため、抜けています。地殻の岩石も、マントルからマグマとして抜けていったものです。量的に考えて、マグマオーシャンはマントルの上部のほんの一部でしょうから、マントルの大部分は地殻形成には関与していないはずです。
隕石の混合物からマントルができるとき、鉄が大量に抜けていったことが重要です。ですから、マントルも地球固有の石ではないかと考えられます。ということは、「はじまりの石」の候補でもあります。
その前に、核の話をしておきましょう。核にも「はじまりの石」の候補があります。核は、地球では大きな比率を占めています。外核は液体ですが、内核は固体の鉄です。内核は、液相から形成された固相です。これは地震波探査からわかっています。
火成岩を広義(汎用的)に定義にすると、液相(マグマ)から固相(火成岩)ができる、といえます。ですから液体の鉄からできた固体の内核は、火成岩の一種と考えられます。そうなれば、「はじまりの石」と呼べるかもしれません。
では本題にもどって、マントルです。マントルでは、地球形成初期に、地球の化学的な再構成が起こりました。地震波のデータや捕獲岩、火山岩の化学組成をみると、マントルの比較的均質に見えます。地震波は大きなスケールでみていますので、詳細な不均質はみえていません。また、火山は小さなスケールで、さらに溶融や固化という過程を経たもの(火成岩)からみています。そのため、マントルに複雑な化学的多様性があったとしてもが、見えていない可能性があります。いずれにしても地球深部の多様性、複雑性があったとしても、現在の情報からは、うかがい知れないものとなります。しかし、得られている情報から、マントルはある程度の均質性があると考えられています。
均質なマントルは、地球初期に、地殻だけでなく核の成分が抜けて化学的再構成が起こった結果ですから、地球固有の石と考えられます。このような石は、「はじまりの石」と呼べるのではないでしょうか。
ところが、マントルの岩石は、3つの成因のどれにあたるか、よくわからないのです。
隕石の混合物から、鉄(多分液体として)が抜けていったと考えられます。マグマオーシャンは表層部分だけの出来事です。深い部分になる大半のマントルの石は、溶けてはいないはずです。マントルは、隕石の混合物から、固体のまま、ある成分が液相として選択的に抜けていったことになります。まあ、出がらし、抜け殻の石といえます。このようなタイプの石は、3つの成因には当てはまりせん。
ですから、マントルも「はじまりの石」と呼べそうですが、石の成因に区分できないというジレンマがあります。「はじまりの石」には、最初の地殻、内核、深部のマントルと、3つの候補が挙がってきました。少々迷っています。再度考えていきたいと思っていますが、なかなか面白いテーマではないかと考えています。
・蒸し暑さ・
いよいよ8月です。
北海道は、蒸し暑い7月末を過ごしました。
晴れても、湿度が高いため、
体力が奪われます。
しかし、夜には涼しくなるので、
睡眠が比較的とれるので、
なんとか体力維持ができます。
我が家には扇風機しかありませんので
帰宅後の夕方の蒸し暑さは、扇風機でしのぐしかありません。
大学では、うちわや扇子です。
・二次試験・
教員採用試験の一次試験の結果がでました。
学科の一次試験の成績はまずまずですが、
問題の二次試験があります。
模擬授業や集団面接、一般面接、
実技などがあります。
その対策を教員はボランティアで
代わりばんこに行なっています。
あとは、学生本人の努力となります。
最近、昨年書いた論文から派生した課題について考えています。考えがまとまったら、来年度に報告する予定です。その課題とは、地球に最初にできた岩石はどのようなものか、ということです。いいかえると、地球の「はじまりの石」は、どんなものかという問いです。論文を書いていた時は、簡単に答えが出たように思えました。ところが、論文を書きながら、かなり複雑であることとわかってきました。ですから、趣旨の違うその論文では深入りしせずに、次なる課題としました。
地球の岩石の成因や多様性の形成のプロセスは複雑ですが、その素過程はかなり解明されてきました。もちろん、まだわかっていないことも、いろいろありますが。
古い岩石を考える場合、深刻な問題があります。地球深部が本当に予測通りなのか、過去に起こったことが本当に推定されたシナリオや原因だったのか、などは、なかなか実証できないことがあります。地質学には、科学的、あるいは論理的に、実証不可能なことを探るという難さが、宿命としてつきまといます。そこには、確からしさを増すことはできても、証明が完結しないというジレンマがあります。これは、時間経過、あるいは歴史性を内在する自然科学、人文科学のどの分野にもある悩みだと思います。
さて、「はじまりの石」です。「はじまりの石」とはどんなものかということについて、石の名前を定めるのではなく、もっと単純に成因を探るところからスタートしました。石の成因には、火成岩、変成岩、堆積岩の3つがありす。私は、「はじまりの石」は火成岩だと考えました。その理由は、地球の形成過程を考えるとそうなったからです。
地球は、材料物質である隕石が、衝突、合体して形成されました。形成直後の地球は、隕石の混合物であったはずです。これは、地球をつくった石が集まったもので、地球固有の石ではありません。そして、混合物を3つの成因に区分すると、一種の堆積岩になるのでしょうか。ただし、集積の過程を考えると、そこには変成作用や火成作用も働いていたはずです。成因で考えると、堆積岩の中に、変成岩や火成岩も混じっていることになります。
そこで私は、「はじまりの石」は地球の固有の石と限定しようと考えました。地球形成の後、衝突時の重力エネルギーの開放と揮発性ガスによる厚い大気により、地球表層は加熱され、温室効果が強烈に働き保温されることで、表層部が溶けてマグマオーシャンが一定期間、形成されたと考えられます。隕石の衝突がおさまると、重力エネルギーの供給がなくなり、地球は徐々に冷却してきます。やがてマグマオーシャンは冷え固まり、地面ができます。この地面を構成していたものが、「はじまりの石」になると考えました。
その石は、今は存在しませんので、実証はできません。しかし、マグマオーシャンの表層は固まれば火山岩になり、玄武岩や超塩基性岩(ピクライトとも)と呼ばれるようなものになるはずです。深部でゆっくり冷えたものは深成岩になり、斑レイ岩やカンラン岩になったと推定されます。つまり「はじまりの石」は、マグマからできた、火成岩だということは確からしく見えます。
このようなシナリオであれば、単純でいいのですが、マントルが問題となります。地球全体を考えると、マントルは地殻と比べると非常に多くの比率(体積、質量)を占めています。マントルを構成している岩石は、カンラン岩です。マントルが顔をだしているところ(アルパイン型カンラン岩やオフィオライト)や、深部でできたマグマが途中で取り込んできたマントルの捕獲岩(ゼノリス)、海洋深部掘削計画で掘られたものなどから、カンラン岩であることが、検証されています。
マントルは、隕石とは化学的に明らかに違ったものです。隕石に含まれていた鉄の成分は、核の形成に使われたため、抜けています。地殻の岩石も、マントルからマグマとして抜けていったものです。量的に考えて、マグマオーシャンはマントルの上部のほんの一部でしょうから、マントルの大部分は地殻形成には関与していないはずです。
隕石の混合物からマントルができるとき、鉄が大量に抜けていったことが重要です。ですから、マントルも地球固有の石ではないかと考えられます。ということは、「はじまりの石」の候補でもあります。
その前に、核の話をしておきましょう。核にも「はじまりの石」の候補があります。核は、地球では大きな比率を占めています。外核は液体ですが、内核は固体の鉄です。内核は、液相から形成された固相です。これは地震波探査からわかっています。
火成岩を広義(汎用的)に定義にすると、液相(マグマ)から固相(火成岩)ができる、といえます。ですから液体の鉄からできた固体の内核は、火成岩の一種と考えられます。そうなれば、「はじまりの石」と呼べるかもしれません。
では本題にもどって、マントルです。マントルでは、地球形成初期に、地球の化学的な再構成が起こりました。地震波のデータや捕獲岩、火山岩の化学組成をみると、マントルの比較的均質に見えます。地震波は大きなスケールでみていますので、詳細な不均質はみえていません。また、火山は小さなスケールで、さらに溶融や固化という過程を経たもの(火成岩)からみています。そのため、マントルに複雑な化学的多様性があったとしてもが、見えていない可能性があります。いずれにしても地球深部の多様性、複雑性があったとしても、現在の情報からは、うかがい知れないものとなります。しかし、得られている情報から、マントルはある程度の均質性があると考えられています。
均質なマントルは、地球初期に、地殻だけでなく核の成分が抜けて化学的再構成が起こった結果ですから、地球固有の石と考えられます。このような石は、「はじまりの石」と呼べるのではないでしょうか。
ところが、マントルの岩石は、3つの成因のどれにあたるか、よくわからないのです。
隕石の混合物から、鉄(多分液体として)が抜けていったと考えられます。マグマオーシャンは表層部分だけの出来事です。深い部分になる大半のマントルの石は、溶けてはいないはずです。マントルは、隕石の混合物から、固体のまま、ある成分が液相として選択的に抜けていったことになります。まあ、出がらし、抜け殻の石といえます。このようなタイプの石は、3つの成因には当てはまりせん。
ですから、マントルも「はじまりの石」と呼べそうですが、石の成因に区分できないというジレンマがあります。「はじまりの石」には、最初の地殻、内核、深部のマントルと、3つの候補が挙がってきました。少々迷っています。再度考えていきたいと思っていますが、なかなか面白いテーマではないかと考えています。
・蒸し暑さ・
いよいよ8月です。
北海道は、蒸し暑い7月末を過ごしました。
晴れても、湿度が高いため、
体力が奪われます。
しかし、夜には涼しくなるので、
睡眠が比較的とれるので、
なんとか体力維持ができます。
我が家には扇風機しかありませんので
帰宅後の夕方の蒸し暑さは、扇風機でしのぐしかありません。
大学では、うちわや扇子です。
・二次試験・
教員採用試験の一次試験の結果がでました。
学科の一次試験の成績はまずまずですが、
問題の二次試験があります。
模擬授業や集団面接、一般面接、
実技などがあります。
その対策を教員はボランティアで
代わりばんこに行なっています。
あとは、学生本人の努力となります。
2015年7月1日水曜日
162 層に秘められた謎:層状チャート
日本列島には、全く違う環境、位置で形成された岩石が、多数集まって形成されています。まるで寄木細工のようです。寄木の重要な構成岩石として、層状チャートがあります。層状チャートは、一見、単純なチャートの繰り返しに見えますが、実はそこには解明されていない謎があります。
チャートという岩石があります。多分、多くの人が目にしたことがある岩石です。透明感がある硬い石で、赤っぽかったり、白っぽかったり、時には緑や黒色を帯びることがあります。大西洋の海岸沿いでは礫状のチャート(フリントと呼ばれています)が多いのですが、日本列島では層状になっているチャートが主な産状となります。このようなものは層状チャートと呼ばれています。縞模様がきれいだったり、見栄えのするものは、庭石などに利用されることの多い岩石です。
今回は、層状チャートの起源について紹介します。
まずはチャートの素材からです。層状チャートの素材は、海洋のプランクトンです。プランクトンが死ぬと、その死骸が沈んでいきます。沈む途中、あるいは海底で、プランクトンの体をくつっていた有機物は、すべて分解されていきます。プランクトンの中には、硬い殻を持った種類もいます。殻の材料は、炭酸塩(方解石)や珪酸塩(オパール)などが主なものです。
深海底では、有機物が分解しまい、残るのは硬い殻だけです。殻も海水の化学的条件によって溶けることがあります。珪酸塩の殻は、浅い深度(4000mまで)では溶けていきます。珪酸塩の溶ける深度は、珪酸補償深度(SCD)と呼ばれています。また炭酸塩の殻は、深い深度(深度5000mほど)で溶けて(炭酸塩補償深度、CCDと呼ばれます)しまいます。
珪酸塩は深いところでは溶けないので、深海底では炭酸塩だけが溶ける条件となります。このような化学的性質の違いの結果、深海底では珪酸塩の殻だけが残ることになります。深海底に堆積したプランクトンの死骸は、有機物や炭酸塩も溶けていき、珪質の堆積物だけが残り、固まればチャートができると考えられています。
層状チャートが層を成しているのは、チャートの間に薄い層が挟まって境界となっているためです。薄い層は、粘土岩です。この粘土岩は、赤色をしていて、頁岩状になっているので赤色頁岩と呼ばれます。境界には、何も挟まない(本当は見えないほどの細い層)で割れ目だけが形成されていることもあります。このような細粒の粘土は、大陸から風や海流に運ばれてきたものだと考えられています。
先ほどのチャートの起源を考えると、頁岩がたまっているときは、プランクトンが供給されていないことになります。季節変化や一時的な異常気象などでプランクトンの活動が急激に衰えれば、このような薄層ができるはすです。このような基本的な原理は、わかりやすく納得できるのものです。ところが、チャートの形成の速度を調べていくと、一筋縄ではいきそうもないことがわかってきました。
チャートはプランクトンの殻の集まりですから、化石の固まりのような岩石です。ただし、その後の変質、変成により、化石が消えて消えてしまっていることも多いのです。しかし、化石の種類によっては、年代がわかるもの(示準化石と呼ばれています)もあります。チャートは深海、あるいは海表面(プランクトンの生活場)、海洋全体の環境を記録している重要な媒体となります。それも、複雑な処理や分析装置をもちいる放射性年代測定とは全く違った方法での年代決定が可能になります。非常に優秀な記録媒体なのです。
示準化石により年代がチャートの正確に決められる層があります。連続した層状チャートで年代が決められた層が2つ以上あれば、その間の期間と層の数がわかれば、一層あたりの平均的な堆積速度が見積もることができます。
いくつかの地域、時代の層状チャートで求められた値が、1000年で数mmというものでした。古い時代の層状チャートからの値は、実際の深海底から採取された深海底の珪質堆積物の推定された値とも一致しているので、正しいと考えられています。頁岩の堆積速度も同じ程度、もしくはもっとゆっくりとしか堆積しないと推定されています。
層状チャートでは、チャートの厚さは数cmから十数cm、時には数10cmもありますので、チャート一層が堆積するのに、少なくとも数千年、時には数万年かかっていることになります。
通常はプランクトンが活動しているときはチャート層が堆積しており、数千年か数万年に一度くらいの頻度で、珪質の殻をもつプランクトン全種類がいなくなったことを意味します。珪質のプランクトンは放散虫で、植物性プランクトンを餌としており、自身も大型の動物の餌となります。海洋の生態系の基礎を担っています。頁岩の堆積時期は、チャートの堆積がおこっていないということです。堆積速度から考えられることは、海洋生態系の長期(数千年以上)にわたる停止、つまり大絶滅の記録とみなせるのです。
繰り返し大絶滅があったことになります。チャート層の数だけ、非常に頻繁に大絶滅が起こっているということです。これは、私たちの生物進化における絶滅観を変えるくらいの意味を持っていました。そんなに頻繁に大絶滅が起こっているとは、だれも想像していませんでした。
だたし、層の形成には他の説もあり、説によっては別の意味を見出すことになります。
ひとつは、層が深海底での地すべり、深海底タービダイトと呼ばれるものによって形成されたという説です。深海底タービダイトであれば、一度の地すべりで短期間(数時間から数日程度)で、チャートから頁岩までのひとセットの層ができるわけです。通常のタービダイトの形成メカニズムで説明できることになります。古い時代の層状チャートでは、タービダイトの構造があるという報告もあります。
もうひとつ説として、ミランコビッチサイクルによるプランクトンの大量発生によってチャートが一気にできるのだという説です。ミランコビッチサイクルとは、地球の天体としての周期(公転軌道の離心率の10万年周期、地軸の傾きの4万年周期、歳差運動の2.3万年周期)を計算して、太陽からの地球への放射の変動周期を総合的に見た結果です。そしてチャートにとって重要なのは、ミランコビッチサイクルの周期によって南極と北極の日射量が変動し、プランクトンが大量発生したと考えるわけです。つまり通常はチャートはあまり堆積せず、頁岩が堆積し、プランクトンの大量発生時にチャート層ができるという考えです。今までの見解と、まったく堆積速度が違ってきます。
この説の根拠となっているのが、宇宙から降り注いている小さいな隕石(宇宙塵と呼ばれます)です。単位面積あたりの量は少ないのですが、宇宙塵は定常的に降り注いでいます。深海底のような堆積速度の遅いところでは、宇宙塵は、一層から検出できるほどの量あります。
チャートと頁岩部分で宇宙塵の量が全く違うとことがわかりました。頁岩がチャートより10倍たくさん宇宙塵を含んでいるということです。チャートは2000年程度で堆積し、あとの2万年は頁岩が堆積していて、一層のチャートから頁岩の堆積期間は、2万3000年程度になり、このサイクルはミランコビッチサイクル(歳差運動)に対応しているとされています。
後で述べた2つの異説はいずれも、違ったメカニズムで層形成がさなれていること、化石年代から見積もられた堆積速度は見かけのものであること、を主張しています。
それぞれの説に、証拠や根拠があります。今まで、最初に紹介した説で説明できると考えられていたのですが、どうもそう単純ではなさそうです。それぞれの成因の層状チャートがあるのでしょうか。もしそうなら層状チャートの産状を詳しく調べれば区別できるのでしょうか。それともそれぞれの成因が複合して起こっているのでしょうか。あるいは、層状チャートの成因はひとつで、それ以外の説は間違っているのでしょうか。
謎は、まだ解かれていません。今後に期待したのですが、層状チャートの謎解きは、今はあまり重要なテーマになっていないようです。
・天候不良・
北海道は夏の草の成長がはやく
牧草の一度目の刈り取りが終わりました。
もちろん、雑草の刈り取りも終わっています。
雑草は順調に伸びているのですが、
北海道では天候不順の日照不足と低温と、
農作物への影響が心配されます。
早く、北国らしい青空が
戻ってきてもらいたいものです。
・大学祭・
我が大学の大学祭が、今年から、
秋から夏に開催時期が変更になりました。
当初、学生たちは混乱をして、
一時は開催も危ぶまれました。
日程が一日減りましたが、
なんとか開催にこぎつけました
この間の週末に無事、終了しました。
7月からは、前期の終盤の講義が始まります。
あと少し頑張らねばなりません。
チャートという岩石があります。多分、多くの人が目にしたことがある岩石です。透明感がある硬い石で、赤っぽかったり、白っぽかったり、時には緑や黒色を帯びることがあります。大西洋の海岸沿いでは礫状のチャート(フリントと呼ばれています)が多いのですが、日本列島では層状になっているチャートが主な産状となります。このようなものは層状チャートと呼ばれています。縞模様がきれいだったり、見栄えのするものは、庭石などに利用されることの多い岩石です。
今回は、層状チャートの起源について紹介します。
まずはチャートの素材からです。層状チャートの素材は、海洋のプランクトンです。プランクトンが死ぬと、その死骸が沈んでいきます。沈む途中、あるいは海底で、プランクトンの体をくつっていた有機物は、すべて分解されていきます。プランクトンの中には、硬い殻を持った種類もいます。殻の材料は、炭酸塩(方解石)や珪酸塩(オパール)などが主なものです。
深海底では、有機物が分解しまい、残るのは硬い殻だけです。殻も海水の化学的条件によって溶けることがあります。珪酸塩の殻は、浅い深度(4000mまで)では溶けていきます。珪酸塩の溶ける深度は、珪酸補償深度(SCD)と呼ばれています。また炭酸塩の殻は、深い深度(深度5000mほど)で溶けて(炭酸塩補償深度、CCDと呼ばれます)しまいます。
珪酸塩は深いところでは溶けないので、深海底では炭酸塩だけが溶ける条件となります。このような化学的性質の違いの結果、深海底では珪酸塩の殻だけが残ることになります。深海底に堆積したプランクトンの死骸は、有機物や炭酸塩も溶けていき、珪質の堆積物だけが残り、固まればチャートができると考えられています。
層状チャートが層を成しているのは、チャートの間に薄い層が挟まって境界となっているためです。薄い層は、粘土岩です。この粘土岩は、赤色をしていて、頁岩状になっているので赤色頁岩と呼ばれます。境界には、何も挟まない(本当は見えないほどの細い層)で割れ目だけが形成されていることもあります。このような細粒の粘土は、大陸から風や海流に運ばれてきたものだと考えられています。
先ほどのチャートの起源を考えると、頁岩がたまっているときは、プランクトンが供給されていないことになります。季節変化や一時的な異常気象などでプランクトンの活動が急激に衰えれば、このような薄層ができるはすです。このような基本的な原理は、わかりやすく納得できるのものです。ところが、チャートの形成の速度を調べていくと、一筋縄ではいきそうもないことがわかってきました。
チャートはプランクトンの殻の集まりですから、化石の固まりのような岩石です。ただし、その後の変質、変成により、化石が消えて消えてしまっていることも多いのです。しかし、化石の種類によっては、年代がわかるもの(示準化石と呼ばれています)もあります。チャートは深海、あるいは海表面(プランクトンの生活場)、海洋全体の環境を記録している重要な媒体となります。それも、複雑な処理や分析装置をもちいる放射性年代測定とは全く違った方法での年代決定が可能になります。非常に優秀な記録媒体なのです。
示準化石により年代がチャートの正確に決められる層があります。連続した層状チャートで年代が決められた層が2つ以上あれば、その間の期間と層の数がわかれば、一層あたりの平均的な堆積速度が見積もることができます。
いくつかの地域、時代の層状チャートで求められた値が、1000年で数mmというものでした。古い時代の層状チャートからの値は、実際の深海底から採取された深海底の珪質堆積物の推定された値とも一致しているので、正しいと考えられています。頁岩の堆積速度も同じ程度、もしくはもっとゆっくりとしか堆積しないと推定されています。
層状チャートでは、チャートの厚さは数cmから十数cm、時には数10cmもありますので、チャート一層が堆積するのに、少なくとも数千年、時には数万年かかっていることになります。
通常はプランクトンが活動しているときはチャート層が堆積しており、数千年か数万年に一度くらいの頻度で、珪質の殻をもつプランクトン全種類がいなくなったことを意味します。珪質のプランクトンは放散虫で、植物性プランクトンを餌としており、自身も大型の動物の餌となります。海洋の生態系の基礎を担っています。頁岩の堆積時期は、チャートの堆積がおこっていないということです。堆積速度から考えられることは、海洋生態系の長期(数千年以上)にわたる停止、つまり大絶滅の記録とみなせるのです。
繰り返し大絶滅があったことになります。チャート層の数だけ、非常に頻繁に大絶滅が起こっているということです。これは、私たちの生物進化における絶滅観を変えるくらいの意味を持っていました。そんなに頻繁に大絶滅が起こっているとは、だれも想像していませんでした。
だたし、層の形成には他の説もあり、説によっては別の意味を見出すことになります。
ひとつは、層が深海底での地すべり、深海底タービダイトと呼ばれるものによって形成されたという説です。深海底タービダイトであれば、一度の地すべりで短期間(数時間から数日程度)で、チャートから頁岩までのひとセットの層ができるわけです。通常のタービダイトの形成メカニズムで説明できることになります。古い時代の層状チャートでは、タービダイトの構造があるという報告もあります。
もうひとつ説として、ミランコビッチサイクルによるプランクトンの大量発生によってチャートが一気にできるのだという説です。ミランコビッチサイクルとは、地球の天体としての周期(公転軌道の離心率の10万年周期、地軸の傾きの4万年周期、歳差運動の2.3万年周期)を計算して、太陽からの地球への放射の変動周期を総合的に見た結果です。そしてチャートにとって重要なのは、ミランコビッチサイクルの周期によって南極と北極の日射量が変動し、プランクトンが大量発生したと考えるわけです。つまり通常はチャートはあまり堆積せず、頁岩が堆積し、プランクトンの大量発生時にチャート層ができるという考えです。今までの見解と、まったく堆積速度が違ってきます。
この説の根拠となっているのが、宇宙から降り注いている小さいな隕石(宇宙塵と呼ばれます)です。単位面積あたりの量は少ないのですが、宇宙塵は定常的に降り注いでいます。深海底のような堆積速度の遅いところでは、宇宙塵は、一層から検出できるほどの量あります。
チャートと頁岩部分で宇宙塵の量が全く違うとことがわかりました。頁岩がチャートより10倍たくさん宇宙塵を含んでいるということです。チャートは2000年程度で堆積し、あとの2万年は頁岩が堆積していて、一層のチャートから頁岩の堆積期間は、2万3000年程度になり、このサイクルはミランコビッチサイクル(歳差運動)に対応しているとされています。
後で述べた2つの異説はいずれも、違ったメカニズムで層形成がさなれていること、化石年代から見積もられた堆積速度は見かけのものであること、を主張しています。
それぞれの説に、証拠や根拠があります。今まで、最初に紹介した説で説明できると考えられていたのですが、どうもそう単純ではなさそうです。それぞれの成因の層状チャートがあるのでしょうか。もしそうなら層状チャートの産状を詳しく調べれば区別できるのでしょうか。それともそれぞれの成因が複合して起こっているのでしょうか。あるいは、層状チャートの成因はひとつで、それ以外の説は間違っているのでしょうか。
謎は、まだ解かれていません。今後に期待したのですが、層状チャートの謎解きは、今はあまり重要なテーマになっていないようです。
・天候不良・
北海道は夏の草の成長がはやく
牧草の一度目の刈り取りが終わりました。
もちろん、雑草の刈り取りも終わっています。
雑草は順調に伸びているのですが、
北海道では天候不順の日照不足と低温と、
農作物への影響が心配されます。
早く、北国らしい青空が
戻ってきてもらいたいものです。
・大学祭・
我が大学の大学祭が、今年から、
秋から夏に開催時期が変更になりました。
当初、学生たちは混乱をして、
一時は開催も危ぶまれました。
日程が一日減りましたが、
なんとか開催にこぎつけました
この間の週末に無事、終了しました。
7月からは、前期の終盤の講義が始まります。
あと少し頑張らねばなりません。
2015年6月1日月曜日
161 われは仮説をつくらず:仮説と時代
ニュートンは「プリンキピア」のあるところで、「われは仮説をつくらず」という有名な言葉を用いました。その意味するところは、言葉通りのものでありません。時代の背景、またニュートンなりの意味も意図ももった言葉でした。
今回の話題は、ニュートン(Isaac Newton、1642.12.25-1727.3.20)の「われは仮説をつくらず」という有名な言葉です。
ニュートンは、イギリスのウールスソープ(Woolsthorpe)に生まれました。貴族の出身でもなく、恵まれた家庭でもなかったのですが、周囲の理解とアルバイト(今風の言葉ですが)や奨学金などによって大学に通い、良き師との出会いもあり、学問の基礎を身につけることができました。
当時、ヨーロッパは、ルネッサンスが起こり、コペルニクスが地動説を唱え、ガリレオやケプラーは、天体を運動をかなり詳細に追いかけていました。イギリスではベーコンが経験主義を、フランスではデカルトが合理主義を唱え、科学的精神が整ってきました。そんな時代にニュートンは生きました。にニュートンと同時代に、ドイツでは万能の天才、ライプニッツが、微積分を開発していました。
ベーコン(Francis Bacon、1561.1.22-1626.4.9)は、法則を導く帰納法が重要であることを示しました。実験や観察などの「経験」が知の源泉となるとしました。それを「知識は力なり」(Ipsa scientia potestas est)と表現しました。これが、いわゆる経験論の提唱になります。フランスでは、デカルトが合理主義を確立し、正しい推論方法として演繹法を提唱しました。また、デカルトは太陽系の形成を渦動説によって説明をしていました。
イギリスで、ベーコンの帰納的法を最大限に活かしたのは、ニュートンではないでしょうか。ニュートンは全3巻からなる「プリンキピア」(自然哲学の数学的諸原理、Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica)で、引力の法則(いわゆる古典力学)を提示しました。ニュートンは実際に光や運動にかんする実験をしています。また、先人の多くの天体観測のデータを利用して、規則性を導きだしています。リンゴが木から落ちるのを見て万有引力をひらめいたという逸話も、観測から規則を見出す一例として象徴的ともいえます。本当は作り話のようですが。
「プリンキピア」では、運動の3法則を公理として、そこから物体の運動や天体の運動、抵抗のある媒体内の運動などを命題として提示して、証明しています。証明のほとんどが、幾何学的になされています。微積分を部分的には使っていたり、事前に微積分で答えを得たものを幾何学的に証明しているふうもありますが、基本は幾何学的な証明で構成されています。
「プリンキピア」の出版は、1687年、ニュートン45歳の時のことですが、実際の研究は、1665年、23歳のときになされています。この頃、ヨーロッパでペストが流行ったため、大学は閉鎖され、故郷のウールスソープに1年半ほど帰省していました。大学での雑事から開放されて、じっくりと思索を深めることができました。
その時に、「プリンキピア」の内容、光の実験、二項定理、微積分などの素晴らしい業績をつくりあげたようです。いくつもの体系を構築するだけでもすごい能力なのですが、23歳の若いうちに、1年ほどの短期間に、独力でこれらの偉業をすべてを成し遂げてしまっているのです。素晴らしい集中力をもって研究に取り組みました。やはり、ニュートンは天才だったのでしょう。
「プリンキピア」の初版にはないのですが、第二版(1713年)に「一般的注釈」が新たに付け加えられています。「一般的注釈」では、渦動説への反論がありました。渦動説は、太陽系形成のモデルとして、デカルトが提唱し、大陸では有力な説となっていました。「プリンキピア」の本文中でも万有引力では説明可能な現象が、渦動やらせん運動では説明できないことを証明しています。
この注釈では、渦動説の批判をしているのですが、真空の宇宙空間で渦動は何によって伝えらるのかわかっていないという、ごく当たり前の疑問を提示しています。ところが、渦動を形成する媒体が不明であるという批判は、引力を何が媒介しているかという疑問にもつながります。現在でも、力を伝える「もの」は見つかっていません。多くの科学者が「重力波」や「重力子」などの存在を信じて、観測しています。
ニュートンは、重力が質量に比例し、距離の2乗に比例して減少していくことは証明しました。ところが、重力は、不思議なことに、あらゆる物質の内部に減少することなく入り込み、あらゆる方向に、そしてどこまでも及びます。その理由は不明のままでした。さらに、惑星が同一平面上を、同一方向に運動し、衛星も惑星とほぼ同一平面上を同一方向に運動しています。これらは運動の法則から導き出せるものではありません。
このような「壮麗きわまりない体系」が、「至知至能の存在」によって生まれたと考えました。ニュートンは、このような運動の法則で規定されない規則性を「至知の意図」や「唯一者」などという「神」に起因させたのです。そこで、有名な「われは仮説をつくらず」(Hypotheses non fingo)ということを述べました。
ニュートンは、経験や現象から導き出せないものを「仮説」と呼びます。ニュートンのいう「仮説」とは、根拠のない前提、規則という意味です。そんな「仮説」はつくらないということです。これは、ライプニッツへの反論でもありました。
運動の法則は、天体現象や物理現象から帰納によって一般化されたものです。観察や実験に基づいた事実からの帰納されたものは、確たる「法則」であり、「仮説」はないというのです。事実から帰納的「法則」であり、真理だと考えたのです。その意味で「われは仮説をつくらず」なのです。
現在、私たちが使っている「仮説」とニュートンの使っている「仮説」では、意味合いが少々違っています。論理学や数学で証明されたもののみが法則たりえます。一方、自然科学における規則や法則は、やはり「仮説」になります。自然科学において確かさが保証されるような「法則」はほとんどなく、法則とと呼ばれているものも「現段階でもっと正しく見える」仮説にすぎないのです。それを前提として「法則」という用語は使われているはずです。ニュートンの力学の法則も、アインシュタインによって「よりよい法則」である相対性理論に書き換えられました。自然科学においては、これからもこのような改善、改革、革命は続くでしょう。これが自然科学の進歩でもあります。
歴史の流れや他の学説、反論に影響されて、「プリンキピア」は改訂していきました。天才ニュートンも、時代の流れの中に生きていたのです。
・成功の鍵・
ニュートンは、23歳の時に
一気に多くの偉業を成し遂げました。
その時期に考える時間がたくさん持てたという
幸運さもあったのでしょうが
やはり才能が一番でしょう。
その才能こそが、
一番の成功の鍵になったのではないでしょうか。
・微積分学・
ニュートンのライプニッツの微積分に関する
優先権争いをしたことは有名です。
時代として基礎的な部分はできていて、
二人は、個別に微積分の手法を見つけ出したようです。
ニュートンは物理法則を解くために必要に応じてつくり、
ライプニッツは現在使われている表記法を開発しました。
いずれも二人の天才の努力によって
現在の数学や科学が発展させられてきました。
・YOSAKOIソーラン祭り・
いよいよ6月です。
北海道の一番いい季節でもあります。
ライラック(別名リラ)も咲きました。
「リラ冷え」も何度かありました。
5月下旬にはライラック祭りもありました。
6月になるとYOSAKOIソーラン祭りがはじまります。
今年は、10日~14日で開催されます。
大学でも、サークルがチームを作っていますので
出陣式が行なわれはずです。
昼休み時間なので
時間があれば見学したいものです。
今回の話題は、ニュートン(Isaac Newton、1642.12.25-1727.3.20)の「われは仮説をつくらず」という有名な言葉です。
ニュートンは、イギリスのウールスソープ(Woolsthorpe)に生まれました。貴族の出身でもなく、恵まれた家庭でもなかったのですが、周囲の理解とアルバイト(今風の言葉ですが)や奨学金などによって大学に通い、良き師との出会いもあり、学問の基礎を身につけることができました。
当時、ヨーロッパは、ルネッサンスが起こり、コペルニクスが地動説を唱え、ガリレオやケプラーは、天体を運動をかなり詳細に追いかけていました。イギリスではベーコンが経験主義を、フランスではデカルトが合理主義を唱え、科学的精神が整ってきました。そんな時代にニュートンは生きました。にニュートンと同時代に、ドイツでは万能の天才、ライプニッツが、微積分を開発していました。
ベーコン(Francis Bacon、1561.1.22-1626.4.9)は、法則を導く帰納法が重要であることを示しました。実験や観察などの「経験」が知の源泉となるとしました。それを「知識は力なり」(Ipsa scientia potestas est)と表現しました。これが、いわゆる経験論の提唱になります。フランスでは、デカルトが合理主義を確立し、正しい推論方法として演繹法を提唱しました。また、デカルトは太陽系の形成を渦動説によって説明をしていました。
イギリスで、ベーコンの帰納的法を最大限に活かしたのは、ニュートンではないでしょうか。ニュートンは全3巻からなる「プリンキピア」(自然哲学の数学的諸原理、Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica)で、引力の法則(いわゆる古典力学)を提示しました。ニュートンは実際に光や運動にかんする実験をしています。また、先人の多くの天体観測のデータを利用して、規則性を導きだしています。リンゴが木から落ちるのを見て万有引力をひらめいたという逸話も、観測から規則を見出す一例として象徴的ともいえます。本当は作り話のようですが。
「プリンキピア」では、運動の3法則を公理として、そこから物体の運動や天体の運動、抵抗のある媒体内の運動などを命題として提示して、証明しています。証明のほとんどが、幾何学的になされています。微積分を部分的には使っていたり、事前に微積分で答えを得たものを幾何学的に証明しているふうもありますが、基本は幾何学的な証明で構成されています。
「プリンキピア」の出版は、1687年、ニュートン45歳の時のことですが、実際の研究は、1665年、23歳のときになされています。この頃、ヨーロッパでペストが流行ったため、大学は閉鎖され、故郷のウールスソープに1年半ほど帰省していました。大学での雑事から開放されて、じっくりと思索を深めることができました。
その時に、「プリンキピア」の内容、光の実験、二項定理、微積分などの素晴らしい業績をつくりあげたようです。いくつもの体系を構築するだけでもすごい能力なのですが、23歳の若いうちに、1年ほどの短期間に、独力でこれらの偉業をすべてを成し遂げてしまっているのです。素晴らしい集中力をもって研究に取り組みました。やはり、ニュートンは天才だったのでしょう。
「プリンキピア」の初版にはないのですが、第二版(1713年)に「一般的注釈」が新たに付け加えられています。「一般的注釈」では、渦動説への反論がありました。渦動説は、太陽系形成のモデルとして、デカルトが提唱し、大陸では有力な説となっていました。「プリンキピア」の本文中でも万有引力では説明可能な現象が、渦動やらせん運動では説明できないことを証明しています。
この注釈では、渦動説の批判をしているのですが、真空の宇宙空間で渦動は何によって伝えらるのかわかっていないという、ごく当たり前の疑問を提示しています。ところが、渦動を形成する媒体が不明であるという批判は、引力を何が媒介しているかという疑問にもつながります。現在でも、力を伝える「もの」は見つかっていません。多くの科学者が「重力波」や「重力子」などの存在を信じて、観測しています。
ニュートンは、重力が質量に比例し、距離の2乗に比例して減少していくことは証明しました。ところが、重力は、不思議なことに、あらゆる物質の内部に減少することなく入り込み、あらゆる方向に、そしてどこまでも及びます。その理由は不明のままでした。さらに、惑星が同一平面上を、同一方向に運動し、衛星も惑星とほぼ同一平面上を同一方向に運動しています。これらは運動の法則から導き出せるものではありません。
このような「壮麗きわまりない体系」が、「至知至能の存在」によって生まれたと考えました。ニュートンは、このような運動の法則で規定されない規則性を「至知の意図」や「唯一者」などという「神」に起因させたのです。そこで、有名な「われは仮説をつくらず」(Hypotheses non fingo)ということを述べました。
ニュートンは、経験や現象から導き出せないものを「仮説」と呼びます。ニュートンのいう「仮説」とは、根拠のない前提、規則という意味です。そんな「仮説」はつくらないということです。これは、ライプニッツへの反論でもありました。
運動の法則は、天体現象や物理現象から帰納によって一般化されたものです。観察や実験に基づいた事実からの帰納されたものは、確たる「法則」であり、「仮説」はないというのです。事実から帰納的「法則」であり、真理だと考えたのです。その意味で「われは仮説をつくらず」なのです。
現在、私たちが使っている「仮説」とニュートンの使っている「仮説」では、意味合いが少々違っています。論理学や数学で証明されたもののみが法則たりえます。一方、自然科学における規則や法則は、やはり「仮説」になります。自然科学において確かさが保証されるような「法則」はほとんどなく、法則とと呼ばれているものも「現段階でもっと正しく見える」仮説にすぎないのです。それを前提として「法則」という用語は使われているはずです。ニュートンの力学の法則も、アインシュタインによって「よりよい法則」である相対性理論に書き換えられました。自然科学においては、これからもこのような改善、改革、革命は続くでしょう。これが自然科学の進歩でもあります。
歴史の流れや他の学説、反論に影響されて、「プリンキピア」は改訂していきました。天才ニュートンも、時代の流れの中に生きていたのです。
・成功の鍵・
ニュートンは、23歳の時に
一気に多くの偉業を成し遂げました。
その時期に考える時間がたくさん持てたという
幸運さもあったのでしょうが
やはり才能が一番でしょう。
その才能こそが、
一番の成功の鍵になったのではないでしょうか。
・微積分学・
ニュートンのライプニッツの微積分に関する
優先権争いをしたことは有名です。
時代として基礎的な部分はできていて、
二人は、個別に微積分の手法を見つけ出したようです。
ニュートンは物理法則を解くために必要に応じてつくり、
ライプニッツは現在使われている表記法を開発しました。
いずれも二人の天才の努力によって
現在の数学や科学が発展させられてきました。
・YOSAKOIソーラン祭り・
いよいよ6月です。
北海道の一番いい季節でもあります。
ライラック(別名リラ)も咲きました。
「リラ冷え」も何度かありました。
5月下旬にはライラック祭りもありました。
6月になるとYOSAKOIソーラン祭りがはじまります。
今年は、10日~14日で開催されます。
大学でも、サークルがチームを作っていますので
出陣式が行なわれはずです。
昼休み時間なので
時間があれば見学したいものです。
2015年5月1日金曜日
160 時間は本当に存在するのか
時間を哲学では、非常に難しい対象として研究されています。私は、地質学でどう扱っていくべきかを、重要なテーマととして取り組んでいます。時間は、自然科学でも地質学でも、難しい対象なのです。
私は重要なテーマのひとつとして、地質学の素材を用いて、過去の時間をどのように、どこまで復元できるかなどを考えています。地質学的なアプローチとして、各種の地層に時間がどのように記録されているのかを、体系化、抽象化を試みています。
日本列島によくみられる地層は、もともとは陸地から土砂として河口付近にたまったものが、地震や洪水をきっかけにして、大陸斜面を海底土石流として流れ下って、大陸斜面から海溝付近にたまってできたものです。海底を流れていく土石流はタービダイトと呼ばれています。水中を密度の違う物質が流れていくため密度流と呼ばれたり、いろいろな堆積物が混じっているため混濁流とも呼ばれています。
タービダイトによって形成された地層はタービダイト層といいます。タービダイト層は、「タービダイト」がそのまま使われることもあり、混乱するので、ここでは地層を指す場合には「層」をつけることにします。
日本列島でよくみられる地層の典型ともいうべきタービダイト層の形成は、上で述べたような成因を持つので短い時間で終わる現象です。小学校の理科で地層のでき方を、実験をしたことがあると思います。ペットボトルに土砂と水を入れて、よく振ります。しばらく置くと、濁りがとれて、土砂が大き粒から小さい粒へと整然とたまっています。これは、地層のできる様子を模擬実験(シミュレーション)としておこない、観察するものでした。
タービダイトでは、これの作用が大規模に起こったものです。タービダイトは、ペットボトルと比べて大規模ですが、物理的現象ですから、水中での物質の移動がはじまり、混濁し物質の流れが形成され、重力流となり、やがて傾斜がゆるくなると、粒子が沈降します。ペットボトルと実際のタービダイト比べると、移動も、堆積も、何桁も違うものですが、時間としては、地質学的には大きな違いはありません。形成に要する時間は、タービダイトが発生してから、数時間、せいぜい数日で終わる現象になります。
短時間でできたタービダイト層は、大陸斜面のくぼみや麓、海溝に付近にたまります。そこは、沈み込む海洋プレートが列島側に付け加える付加作用が起こっているとこでです。付加作用によってできたものを、付加体と呼んでいます。
付加体の主要構成物は、陸側からはタービダイト層、海側からは海洋地殻の岩石や海洋底の堆積物、海山の残骸などがあります。付加作用は、プレートの境界域で起こる激しい地質現象なので、地層はひどく乱れたもの(メランジュと呼ばれます)から、整然としたものまで、同し岩石でも見かけの違ういろいろなものが形成されます。ですから、同じタービダイト層でも、陸地にある付加体では多様な見かけになります。
このタービダイト層を体系化して、時間記録がどのようになされ、どのように変容するかということを整理しています。このとき私が着目しているのは、地層に記録されている時間が、地層という物質に置き換えられているという点です。過去の時間を直接観察しているのではないのです。地層には、物質という側面と、ある空間を占めているという側面もあります。地層は、過去の時間を空間に置き換えていると読み替えることが可能です。変ないい方に聞こえたかもしれませんが、実は普遍的な見方にも通じるものでもあります。
物理学の重要な体系である相対性理論では、時間と空間は同じもの、変換可能とされています。時空という渾然一体化したものとみなされます。
さらに、相対性理論では、光の速度が絶対不変のものになっています。光速度はどのようは状態で観測しても、一定であることは実証されていることから前提とされているものです。ですから、光速度一定の立場でみると、時間も空間も区別がなくなり、過去も未来も存在しないことになります。
例えば光速で移動している光子からみると、空間は無限に縮み、時間も無限に縮みます。つまりビックバンのときに誕生した光子が現在に残っていたとしたら、我々には137億年もたっていたとしても、その光子には「時間は経過はしない」ということになります。あるいは質量を持たない素粒子(未発見の重力媒体素粒子の重力子、グラビトンなども同じ)の移動は、時間や空間は絶対的存在ではなく、速度こそが不変のものとなります。
ところで速度は、長さを時間で割った次元を持ちます。長さは空間の単位でもあります。つまり速度とは、空間と時間の比、対応関係を意味しています。質量をもたない、物質ではない存在からすると、時空間を関係を速度で代表できることになります。
一方、私が研究対象としている地層は、物質です。物質には質量があります。速度と質量を結びつける関係として、相対性理論では、
E=mc^2
という関係があります。ここでEはエネルギー、mは質量で物質を意味し、cは光速度です。別の表現として、ニュートン力学では、
F=1/2・mv^2
とも表現されます。Fは力で、mは質量、vは速度です。
両式は記号は違いますが、形式が同じです。質量に着目すると、質量とは力もしくはエネルギーと速度の2乗との比を表していることになります。別の表現をすれば、エネルギーと質量の比、力と質量の比は一定、あるいは時空の比になるという関係です。
時間は、光速、速度の中に現れますが、それは時空の比であって、質量を持たないものには単なる定数になります。これはいったい何を意味するのでしょうか・・・・。
難しい問題です。物理的に考えても、複雑です。物理の実験では時間を観測しますが、それは時計の針の運動やデジタル表示(結晶の発振による)などの規則的に繰り返される運動を、時間と見立ているわけです。本当の時間ではなく、規則的、周期的運動をみているにすぎないのです。物質の運動の周期を数えているだけではなのです。そんな不連続な数、カウントを、時間とみなしているのです。私たちが扱っている時間は、離散的であって、決して連続した流れではないのです。
時間について、いろいろ考えていると、人は本当に時間を認識すること、まして科学的に扱うことができるのか、過去を知ること、未来を予測することができるのか、などの疑問を感じてしまいます。
・サクラの開花・
サクラが咲きました。
一気に咲き誇るサクラは見応えがあります。
北海道だけではないかもしれませんが、
雪に閉ざされた冬から、春へ。
雪解けのあとに訪れる春の陽気とサクラ、
そして背景の春の青空。
北海道の青空は、本州のように霞んだものではなく
すっきりとした澄み切ったものです。
毎年のことなのですが
サクラの春はいいです。
日本人だからでしょうかね。
・リフレッシュ・
皆さんは、ゴールデンウィークは、いかがお過ごしでしょうか。
カレンダー通りで、5連休でしょうか。
我が大学は、29日を平常授業の日とし、
5月7日、8日を休講にしています。
そこは、大学の教職員は休みではないですが、
多くの職員は休みをとることでしょう。
学生は9日間の連休となります。
私は、この連休を知って、急に思い立ち、
7日から11日まで調査に出ることにしました。
本当なら6日にでたかったのですが、
運賃がかなり違うので平日に出発することにしました。
4泊5日ですが、移動に2日ですから、
賞味3日間を調査に当てます。
今回は、以前いったところばかりですが、調査としてきます。
なにより野外調査で、リフレッシュできればと思っています。
私は重要なテーマのひとつとして、地質学の素材を用いて、過去の時間をどのように、どこまで復元できるかなどを考えています。地質学的なアプローチとして、各種の地層に時間がどのように記録されているのかを、体系化、抽象化を試みています。
日本列島によくみられる地層は、もともとは陸地から土砂として河口付近にたまったものが、地震や洪水をきっかけにして、大陸斜面を海底土石流として流れ下って、大陸斜面から海溝付近にたまってできたものです。海底を流れていく土石流はタービダイトと呼ばれています。水中を密度の違う物質が流れていくため密度流と呼ばれたり、いろいろな堆積物が混じっているため混濁流とも呼ばれています。
タービダイトによって形成された地層はタービダイト層といいます。タービダイト層は、「タービダイト」がそのまま使われることもあり、混乱するので、ここでは地層を指す場合には「層」をつけることにします。
日本列島でよくみられる地層の典型ともいうべきタービダイト層の形成は、上で述べたような成因を持つので短い時間で終わる現象です。小学校の理科で地層のでき方を、実験をしたことがあると思います。ペットボトルに土砂と水を入れて、よく振ります。しばらく置くと、濁りがとれて、土砂が大き粒から小さい粒へと整然とたまっています。これは、地層のできる様子を模擬実験(シミュレーション)としておこない、観察するものでした。
タービダイトでは、これの作用が大規模に起こったものです。タービダイトは、ペットボトルと比べて大規模ですが、物理的現象ですから、水中での物質の移動がはじまり、混濁し物質の流れが形成され、重力流となり、やがて傾斜がゆるくなると、粒子が沈降します。ペットボトルと実際のタービダイト比べると、移動も、堆積も、何桁も違うものですが、時間としては、地質学的には大きな違いはありません。形成に要する時間は、タービダイトが発生してから、数時間、せいぜい数日で終わる現象になります。
短時間でできたタービダイト層は、大陸斜面のくぼみや麓、海溝に付近にたまります。そこは、沈み込む海洋プレートが列島側に付け加える付加作用が起こっているとこでです。付加作用によってできたものを、付加体と呼んでいます。
付加体の主要構成物は、陸側からはタービダイト層、海側からは海洋地殻の岩石や海洋底の堆積物、海山の残骸などがあります。付加作用は、プレートの境界域で起こる激しい地質現象なので、地層はひどく乱れたもの(メランジュと呼ばれます)から、整然としたものまで、同し岩石でも見かけの違ういろいろなものが形成されます。ですから、同じタービダイト層でも、陸地にある付加体では多様な見かけになります。
このタービダイト層を体系化して、時間記録がどのようになされ、どのように変容するかということを整理しています。このとき私が着目しているのは、地層に記録されている時間が、地層という物質に置き換えられているという点です。過去の時間を直接観察しているのではないのです。地層には、物質という側面と、ある空間を占めているという側面もあります。地層は、過去の時間を空間に置き換えていると読み替えることが可能です。変ないい方に聞こえたかもしれませんが、実は普遍的な見方にも通じるものでもあります。
物理学の重要な体系である相対性理論では、時間と空間は同じもの、変換可能とされています。時空という渾然一体化したものとみなされます。
さらに、相対性理論では、光の速度が絶対不変のものになっています。光速度はどのようは状態で観測しても、一定であることは実証されていることから前提とされているものです。ですから、光速度一定の立場でみると、時間も空間も区別がなくなり、過去も未来も存在しないことになります。
例えば光速で移動している光子からみると、空間は無限に縮み、時間も無限に縮みます。つまりビックバンのときに誕生した光子が現在に残っていたとしたら、我々には137億年もたっていたとしても、その光子には「時間は経過はしない」ということになります。あるいは質量を持たない素粒子(未発見の重力媒体素粒子の重力子、グラビトンなども同じ)の移動は、時間や空間は絶対的存在ではなく、速度こそが不変のものとなります。
ところで速度は、長さを時間で割った次元を持ちます。長さは空間の単位でもあります。つまり速度とは、空間と時間の比、対応関係を意味しています。質量をもたない、物質ではない存在からすると、時空間を関係を速度で代表できることになります。
一方、私が研究対象としている地層は、物質です。物質には質量があります。速度と質量を結びつける関係として、相対性理論では、
E=mc^2
という関係があります。ここでEはエネルギー、mは質量で物質を意味し、cは光速度です。別の表現として、ニュートン力学では、
F=1/2・mv^2
とも表現されます。Fは力で、mは質量、vは速度です。
両式は記号は違いますが、形式が同じです。質量に着目すると、質量とは力もしくはエネルギーと速度の2乗との比を表していることになります。別の表現をすれば、エネルギーと質量の比、力と質量の比は一定、あるいは時空の比になるという関係です。
時間は、光速、速度の中に現れますが、それは時空の比であって、質量を持たないものには単なる定数になります。これはいったい何を意味するのでしょうか・・・・。
難しい問題です。物理的に考えても、複雑です。物理の実験では時間を観測しますが、それは時計の針の運動やデジタル表示(結晶の発振による)などの規則的に繰り返される運動を、時間と見立ているわけです。本当の時間ではなく、規則的、周期的運動をみているにすぎないのです。物質の運動の周期を数えているだけではなのです。そんな不連続な数、カウントを、時間とみなしているのです。私たちが扱っている時間は、離散的であって、決して連続した流れではないのです。
時間について、いろいろ考えていると、人は本当に時間を認識すること、まして科学的に扱うことができるのか、過去を知ること、未来を予測することができるのか、などの疑問を感じてしまいます。
・サクラの開花・
サクラが咲きました。
一気に咲き誇るサクラは見応えがあります。
北海道だけではないかもしれませんが、
雪に閉ざされた冬から、春へ。
雪解けのあとに訪れる春の陽気とサクラ、
そして背景の春の青空。
北海道の青空は、本州のように霞んだものではなく
すっきりとした澄み切ったものです。
毎年のことなのですが
サクラの春はいいです。
日本人だからでしょうかね。
・リフレッシュ・
皆さんは、ゴールデンウィークは、いかがお過ごしでしょうか。
カレンダー通りで、5連休でしょうか。
我が大学は、29日を平常授業の日とし、
5月7日、8日を休講にしています。
そこは、大学の教職員は休みではないですが、
多くの職員は休みをとることでしょう。
学生は9日間の連休となります。
私は、この連休を知って、急に思い立ち、
7日から11日まで調査に出ることにしました。
本当なら6日にでたかったのですが、
運賃がかなり違うので平日に出発することにしました。
4泊5日ですが、移動に2日ですから、
賞味3日間を調査に当てます。
今回は、以前いったところばかりですが、調査としてきます。
なにより野外調査で、リフレッシュできればと思っています。
2015年4月1日水曜日
159 普遍を目指して:大きな知性
研究をしている人間はだれもが、自分の成果が、より普遍的なものになるように望み、そのために弛まぬ努力をしています。しかし、日々の歩みは、苦渋に満ちています。そんなジレンマを紹介します。
新しい年度がはじまりました。私は、2015年に入ってから、校務が急増してきました。つぎつぎと仕事に追われて、なかなか気の休まることがありません。手を抜きたいのですが、大事な仕事だとわかっているので、やるしかないと思い、こなしています。それでも、隙間時間をみて、自分の研究はしなければと、研究にしがみついています。すべてを投げ捨てて、野外調査にでも出たいものですが、なかなか行けません。今年度の学内の研究費に応募していて、今年度には2回の野外調査に出る申請をしています。当たるかどうか、また当たったとしても出れるかどうかが問題ですが、現状からの開放が調査によって必然的に生まれます。それを期待している日々です。
愚痴はこれくらいにして、研究の普遍化について考えていきます。私にとって研究が一番興味があること、そして最優先すべきことです。2番が学生に対する教育、3番が給料分としての校務の順です。現在の研究は個人でおこなっています。一方、教育も校務の相手や組織があることなので、他者への対応、他者との面談、組織人としての会議、締め切りなど、個人の事情を斟酌しない強引さがそこには存在します。そんなとき、どうしても研究が犠牲になります。これが、サラリーマンでもあり、研究者でもあり、教育者である、といういくつものワラジを履いている現代人のつらさでしょう。
またまた愚痴っぽくなってきました。研究をしている人間にとって、研究は自己満足的、自己完結的なところがあります。研究には、最終的にその成果を公表、公開し、学界や世間の評価を受けるところで、一つのサイクルが完結するはずです。ですから、テーマや内容、そして成果の重要性も重要なことになります。ただし、成果の重要性は即座に判断できるとは限りません。基礎的、あるいは画期的であれはあるほど、評価は後の時代になることも多いでしょう。
評価はさておき、研究者は、自分の成果を普遍化することが重要だと考えています。普遍化は成果公表時に重要になります。普遍化によって、個別の成果が、汎用性を持ったものになります。普遍化には知性が必要です。個々のデータ、地域の記載、個別の現象から、「見えない何か」、「いままでにないもの」を見出すことが普遍化です。そこには、知性によってのみ普遍化がなされます。優れた知性による大きな普遍化が起こると、それは人類に大きな福音を与えてくれます。
普遍化の評価は、時代が決めます。科学の成果には、ある時代には非常に役立っても、それが利用され尽くされ、より優れたものがでてくれば、その普遍化の成果の役割が終わることもあります。
このような減少は科学技術にはよくあることです。例えは、真空管やブラウン管などは、ある時代、多くの人類に恩恵を与えました。しかし今では特別な用途をのぞき、ICやLSI、液晶ディスプレイなどにほとんど置き換わってきました。従来の技術を超える新技術が生まれ、その必要性が高くなると、需要が大ききくなり、経済原理で低価格化が進み、庶民に普及し「枯れた」技術となっていきます。やがて新たな技術への大転換が起こるのでしょう。そんな繰り返しが科学にはあります。
個別の問題、局所的問題、地域性的問題の解決に用いるための成果にも、真空管とブラウン管と同じような運命になるものも多いのでしょう。いや大部分はこのような末路をたどるはずです。
ところが科学の成果には、古びないものもあります。それは、普遍化の大きな原理や法則などです。そんな原理、法則も、個別、局所、地域の問題解決から抽出されることも多々あります。それを成しとげるのは、やはり研究者の知性に負っています。個別から普遍へという転換は、大きな知性が必要です。普遍性が大きいほど、その法則は長く生き残るでしょう。そして、法則には、人類の知性として永久保存される原理のようなものもあります。
中には、だれもが無意識に利用しているものもあります。例えば、ギリシア時代に構築された三段論法などの論理、近世にはそれまで無意識に利用されてきた帰納法と演繹法などが体系化されました。これらは、考え方自体は多くの人が使っていたものですが、それを意識的に抽出して、体系化することによって、無意識による利用以上の使い道があることもがわかってきました。それが古典的論理体系となって今も活きています。日常の考え方から普遍性を抽出したという点で、偉大な知性が導いた業績となります。このような原理、法則を導いた、プラトンやアリストテレス、デカルト、ベーコンなどの知性は、人類を代表し、時代を超えるものといえます。
ある研究者、あるグループが、今まで誰も気づかなかったものを、独自に構築していくこともあります。弁証法、唯物論、構造主義などの考え方、ニュートンの古典力学、ダーウィンの進化論、アインシュタインの相対性理論やシュレーディンガーやハイデルベルグなどの量子力学など学問も、普遍化された体系です。大きな知性によって普遍化されたものです。普遍性の大きな考え方、学問体系は、時代を越えて残るものでしょう。それを生み出した知性は、偉大な人物として、歴史にいつまでも刻まれているでしょう。
基礎科学に携わる研究者の多くは、普遍を目指して研究しているはずです。地域や個別の素材、試料、題材を扱いながらも、自分の研究を進め、小さいながらも成果を普遍化をています。大きな普遍を生み出すのは、稀なことですが、小さいな一歩一歩の積み重ねから、少し大きめの普遍が生まれることもあります。校務や雑用に追い詰められながらも、研究を諦めることになく、日々進めています。進めているテーマ自体も個別で、ささやかなものであることも、多くの研究者は自覚しています。でも、何年かに一度は、ささやかですが普遍化された成果が出ることもあります。そんな喜びを糧に、次なるテーマへと歩を進めていく日々です。
愚痴からはじまったこのエッセイですが、どこもで似たような不平不満、愚痴をいっている研究者がいることでしょう。日々の生活、仕事から生まれる不満は、そこには普遍化に時間を費やせない苦しみが反映されているのかもしれません。もしかしたら、その不満には自分才能のなさの嘆きも含まれているかもしれませんね。
・春には・
今年の北海道は、雪解けが早かったです。
12月や1月の積雪は、例年を上回っていたようですが、
繰り返しの暖気が、早めの春を呼んだようです。
北海道の人間にとって、
春が一番待ち遠しく、嬉しい季節です。
そこに卒業や入学が重なるので、
春はひとしお、思い出深くなります。
・入学式・
我が大学は、昨年から4月1日が入学式になりました。
今年度から学科長になり、
新入生の前で挨拶をしなければなりません。
ストレスがたまります。
年齢的に、そして組織の人員構成上、
仕方がないことも理解できます。
だから、どこにもいえない、訴えられない
不満が生まれてくるのでしょう。
しかし、学生は可愛く思えます。
いろいろ問題を起こす学生も多々います。
でも、彼ら、彼女らが卒業すれば、
過去のトラブルもすべて帳消しになり
すべて思い出になっていきます。
そんな卒業式もだいぶ前に思えてしまいます。
まだ、2週間もたってないのですが。
新しい年度がはじまりました。私は、2015年に入ってから、校務が急増してきました。つぎつぎと仕事に追われて、なかなか気の休まることがありません。手を抜きたいのですが、大事な仕事だとわかっているので、やるしかないと思い、こなしています。それでも、隙間時間をみて、自分の研究はしなければと、研究にしがみついています。すべてを投げ捨てて、野外調査にでも出たいものですが、なかなか行けません。今年度の学内の研究費に応募していて、今年度には2回の野外調査に出る申請をしています。当たるかどうか、また当たったとしても出れるかどうかが問題ですが、現状からの開放が調査によって必然的に生まれます。それを期待している日々です。
愚痴はこれくらいにして、研究の普遍化について考えていきます。私にとって研究が一番興味があること、そして最優先すべきことです。2番が学生に対する教育、3番が給料分としての校務の順です。現在の研究は個人でおこなっています。一方、教育も校務の相手や組織があることなので、他者への対応、他者との面談、組織人としての会議、締め切りなど、個人の事情を斟酌しない強引さがそこには存在します。そんなとき、どうしても研究が犠牲になります。これが、サラリーマンでもあり、研究者でもあり、教育者である、といういくつものワラジを履いている現代人のつらさでしょう。
またまた愚痴っぽくなってきました。研究をしている人間にとって、研究は自己満足的、自己完結的なところがあります。研究には、最終的にその成果を公表、公開し、学界や世間の評価を受けるところで、一つのサイクルが完結するはずです。ですから、テーマや内容、そして成果の重要性も重要なことになります。ただし、成果の重要性は即座に判断できるとは限りません。基礎的、あるいは画期的であれはあるほど、評価は後の時代になることも多いでしょう。
評価はさておき、研究者は、自分の成果を普遍化することが重要だと考えています。普遍化は成果公表時に重要になります。普遍化によって、個別の成果が、汎用性を持ったものになります。普遍化には知性が必要です。個々のデータ、地域の記載、個別の現象から、「見えない何か」、「いままでにないもの」を見出すことが普遍化です。そこには、知性によってのみ普遍化がなされます。優れた知性による大きな普遍化が起こると、それは人類に大きな福音を与えてくれます。
普遍化の評価は、時代が決めます。科学の成果には、ある時代には非常に役立っても、それが利用され尽くされ、より優れたものがでてくれば、その普遍化の成果の役割が終わることもあります。
このような減少は科学技術にはよくあることです。例えは、真空管やブラウン管などは、ある時代、多くの人類に恩恵を与えました。しかし今では特別な用途をのぞき、ICやLSI、液晶ディスプレイなどにほとんど置き換わってきました。従来の技術を超える新技術が生まれ、その必要性が高くなると、需要が大ききくなり、経済原理で低価格化が進み、庶民に普及し「枯れた」技術となっていきます。やがて新たな技術への大転換が起こるのでしょう。そんな繰り返しが科学にはあります。
個別の問題、局所的問題、地域性的問題の解決に用いるための成果にも、真空管とブラウン管と同じような運命になるものも多いのでしょう。いや大部分はこのような末路をたどるはずです。
ところが科学の成果には、古びないものもあります。それは、普遍化の大きな原理や法則などです。そんな原理、法則も、個別、局所、地域の問題解決から抽出されることも多々あります。それを成しとげるのは、やはり研究者の知性に負っています。個別から普遍へという転換は、大きな知性が必要です。普遍性が大きいほど、その法則は長く生き残るでしょう。そして、法則には、人類の知性として永久保存される原理のようなものもあります。
中には、だれもが無意識に利用しているものもあります。例えば、ギリシア時代に構築された三段論法などの論理、近世にはそれまで無意識に利用されてきた帰納法と演繹法などが体系化されました。これらは、考え方自体は多くの人が使っていたものですが、それを意識的に抽出して、体系化することによって、無意識による利用以上の使い道があることもがわかってきました。それが古典的論理体系となって今も活きています。日常の考え方から普遍性を抽出したという点で、偉大な知性が導いた業績となります。このような原理、法則を導いた、プラトンやアリストテレス、デカルト、ベーコンなどの知性は、人類を代表し、時代を超えるものといえます。
ある研究者、あるグループが、今まで誰も気づかなかったものを、独自に構築していくこともあります。弁証法、唯物論、構造主義などの考え方、ニュートンの古典力学、ダーウィンの進化論、アインシュタインの相対性理論やシュレーディンガーやハイデルベルグなどの量子力学など学問も、普遍化された体系です。大きな知性によって普遍化されたものです。普遍性の大きな考え方、学問体系は、時代を越えて残るものでしょう。それを生み出した知性は、偉大な人物として、歴史にいつまでも刻まれているでしょう。
基礎科学に携わる研究者の多くは、普遍を目指して研究しているはずです。地域や個別の素材、試料、題材を扱いながらも、自分の研究を進め、小さいながらも成果を普遍化をています。大きな普遍を生み出すのは、稀なことですが、小さいな一歩一歩の積み重ねから、少し大きめの普遍が生まれることもあります。校務や雑用に追い詰められながらも、研究を諦めることになく、日々進めています。進めているテーマ自体も個別で、ささやかなものであることも、多くの研究者は自覚しています。でも、何年かに一度は、ささやかですが普遍化された成果が出ることもあります。そんな喜びを糧に、次なるテーマへと歩を進めていく日々です。
愚痴からはじまったこのエッセイですが、どこもで似たような不平不満、愚痴をいっている研究者がいることでしょう。日々の生活、仕事から生まれる不満は、そこには普遍化に時間を費やせない苦しみが反映されているのかもしれません。もしかしたら、その不満には自分才能のなさの嘆きも含まれているかもしれませんね。
・春には・
今年の北海道は、雪解けが早かったです。
12月や1月の積雪は、例年を上回っていたようですが、
繰り返しの暖気が、早めの春を呼んだようです。
北海道の人間にとって、
春が一番待ち遠しく、嬉しい季節です。
そこに卒業や入学が重なるので、
春はひとしお、思い出深くなります。
・入学式・
我が大学は、昨年から4月1日が入学式になりました。
今年度から学科長になり、
新入生の前で挨拶をしなければなりません。
ストレスがたまります。
年齢的に、そして組織の人員構成上、
仕方がないことも理解できます。
だから、どこにもいえない、訴えられない
不満が生まれてくるのでしょう。
しかし、学生は可愛く思えます。
いろいろ問題を起こす学生も多々います。
でも、彼ら、彼女らが卒業すれば、
過去のトラブルもすべて帳消しになり
すべて思い出になっていきます。
そんな卒業式もだいぶ前に思えてしまいます。
まだ、2週間もたってないのですが。
2015年3月1日日曜日
158 理と質:学問の本質
自分が研究している学問分野が、どのような視座をもっているのかは、研究者には暗黙知となっています。研究者は、そんなことに疑問を感じないかもしれません。新たな分野で研究をスタートする時、学際的共同研究をする時など、視座の違いは不協和音を生むかもしれません。
現在の科学は、非常に細分化されています。その欠点を補うために、領域横断的な学問の必要性が唱えられ、実践もされています。それでも、先端で進められている研究になると、少し分野の離れた研究者には内容や進捗を知り得ないことも往々にして起こります。特に最新の技術や手法、装置などを利用する分野では、顕著だと思います。
これは、最先端の科学の話です。学問には、非常に基本的な原理や原則と呼ぶべきものがあります。その学問、あるいは対象に対する原理のようなものがあり、その理解なくしてはその学問や自然科学を進められないような内容があります。たとえば、物理学では、古典力学や電磁気学などの分野が基礎をなし、もっと本質に遡れば、元素や原子などの特性、性質、解析するときの数学的手法、議論を進める上での論理学などは、さらなる基本的な原理となります。
原理以上に重要だと考えられるものがあると、私は思っています。それぞれの学問体系に固有の研究手法、考え方ともいうべきものが、それに当たるのではないでしょうか。少々わかりに言い方かもしれませんので、説明しなければなりません。
物理学と哲学、地質学をとりあげてみていきましょう。学問の考え方、進め方にどんな違いがあるのでしょうか。そのとっかかりは、学問の名称、漢字の意味の違いにあらわれている気がします。文字から、含蓄をもった背景が見えてきます。
物理学の「理」は「り」と読みますが、「ことわり」とも読みます。「理」とは、世界大百科によると、もともとは璞(あらたま、掘りだしたままでまだ磨いてない玉)から、美しい模様を磨きだすとの意味だそうです。その後、「鄭(てい)人、玉のいまだ理(みが)かざるものを謂いて璞となす」(戦国策)のような使用から、「ととのえる」あるいは「すじ目をつける」という意味が生じてきたようです。さらに後には、中国思想の中心的な道徳的規範として、抽象化された秩序、理法、道理などの意味として使われるようになってきたようです。
学問体系の用語として「理」は、物理学の他にも、広く「理学」から、「地理学」や「心理学」などにも使われています。地理学は地(地球)の理を、心理学は、心の理を調べる学問であるということになります。理とは、なかなかいい言葉ではないしょうか。
理(こわり)とは、璞(今まで知られていないものごと)から、有用なものを磨きだした(見出したりした)玉(体系)なのです。物理学という言葉は、「物」(ものごと)の「理」(こわり)を調べる「学」問となります。物理学を表すのに、非常に適切な用語だといえます。ただし、「物」あくまで実態のある自然、あるいは自然を成り立たせている作用、現象など、自然に直結している対象となります。これが、物理が自然科学である所以でもあります。
一方、私が今興味をもって進めている哲学も、今まで取り組んできた地質学は、理の文字を用いていない学問です。これは、少々気になるところであります。
哲学の「哲」は、「あきらか」と読むこともあります。「哲」は「折」と「口」が合わさってできた字です。「折」は断ち切ることで、「口」が合わさって「哲」になると、言動が明快に断ち切れる、適切であるという意味になります。そこから物事の筋道が通っている様や人に対して用います。「哲」は、「理」よりもっと筋を通している、より抽象化しているような語感があります。やはり、これも哲学という学問の本質を表しているように見えます。哲学では、対象はものから概念、人の思考まで、なんでもありで、そこから筋道、道理など、より本質的なものを抽象していくことを目的している学問です。
次に、地質学の「質」です。「質」は、「しち」、「しつ」、「たち」などの読み方があります。「しち」は、本物・本人の代わりで、同等の機能、価値をもつもので、「身代」(むかわりとも読む)という字が与えられることもあります。「しつ」と読めば、内容や中味のことで、ある対象を他と区別する特色という意味です。「たち」と読めば、人やものごとの性質や特徴を意味します。いずれの「質」においても、ある対象の本質を全体的、総体的、大局的、包括的にとらえることを意味しています。
哲学は、対象を限定することなく、道理、真理を追求することに重きをおています。極限まで抽象化していくことで残ったものが哲学の原理となるります。一番の本質のみを求める学問が、哲学の本来の姿なのかもしれません。
理(ことわり)とは、自然のままの璞(あらたま)から、いらないものを、磨いて捨て去ることでもあります。これは、還元主義的手法を象徴しています。物理学がおこなっているような学問は、本質に関わらないものをそぎ落とし、中核となるものだけを抽象していく作業です。ただし、対象は自然です。見える自然だけでなく、磁気や電気、電波、力、熱、エネルギー、エントロピーなど見えないものでも、自然を構成し、科学の俎上に乗るものであれば、すべて対象となります。ただし、抽象化することを究極の目的としています。求めるているのは、すべてから抽出された究極の原理(統一場理論などと呼ばれています)です。まだまだ、先は長いようですが。
地質学は、何ものも削り取ることなく地(球)全体の質を探る学問です。もちろん、その手法として物理学や数学、化学、生物学など多様な手法を適用しています。物理学や数学を導入するときには、還元的に処理を進める必要があります。ただし、還元的手法でえた結論の成否は、対象である地(球)に照らし合わせていくことになります。広い地域(空間)、長い時代(時間)になればなるほど、原理原則より大局的、包括的な整合性が重要になります。
今回とりあげた3つの学問体系は、ぞれぞれ目指す方向、用いている手法は違っています。もっとも抽象化の著しい哲学と、還元化されていますがあくまでも自然を対象にしている物理学、そして自然を包括化という方向性をもった地質学がありました。物理学と地質学の間に、化学と生物が位置します。もちろん生物学の方が地質学よりです。
それぞれの学問の中には、質的(総合化、包括化)な部分と理的(還元的、抽象化)な部分が混在しているでしょう。たとえば総合的な地質学においても、モデル実験や合成実験、化学分析を中心手段にしているような分野は、抽象度の強いものとなります。物理学でも、天文学など観測を中心にしている分野は、理論より観測事実の探査、現象を捉えることに主眼をおいている分野もあります。天文学のような観測分野は、抽象化より総合化、包括化が強くなります。物理学や地質学と学問を大括りにするのは、少々乱暴かもしれません。しかし、これまで述べてきたように、学問の言葉が表している中味には、それなりの真理はありそうです。主たる専門として地質学を進めてきた私としては、地質学が理の学問でないことには、それなりの意義を見出しています。
・次なるテーマへ・
いよいよ3月になりました。
2月中にすべきことがあったのですが、
ほとんどできませんでした。
ただし、空いている時間があれば、
少しでもいいから進めることはしていました。
それは面白いテーマや作業になることは
少し進めておかげてわかってきました。
ただし、もはや時間切れです。
3月には別のテーマの仕事を進めなければなりません。
・卒業・
3月は卒業のシーズンです。
私の所属する学科でも、
例年より多くの卒業生が巣立ちます。
それぞれの思いを持って社会に旅立ちます。
寂しい反面、喜ばしい思いもあります。
卒業式はまだ少し先ですが。
それまでは4年生は在学生です。
現在の科学は、非常に細分化されています。その欠点を補うために、領域横断的な学問の必要性が唱えられ、実践もされています。それでも、先端で進められている研究になると、少し分野の離れた研究者には内容や進捗を知り得ないことも往々にして起こります。特に最新の技術や手法、装置などを利用する分野では、顕著だと思います。
これは、最先端の科学の話です。学問には、非常に基本的な原理や原則と呼ぶべきものがあります。その学問、あるいは対象に対する原理のようなものがあり、その理解なくしてはその学問や自然科学を進められないような内容があります。たとえば、物理学では、古典力学や電磁気学などの分野が基礎をなし、もっと本質に遡れば、元素や原子などの特性、性質、解析するときの数学的手法、議論を進める上での論理学などは、さらなる基本的な原理となります。
原理以上に重要だと考えられるものがあると、私は思っています。それぞれの学問体系に固有の研究手法、考え方ともいうべきものが、それに当たるのではないでしょうか。少々わかりに言い方かもしれませんので、説明しなければなりません。
物理学と哲学、地質学をとりあげてみていきましょう。学問の考え方、進め方にどんな違いがあるのでしょうか。そのとっかかりは、学問の名称、漢字の意味の違いにあらわれている気がします。文字から、含蓄をもった背景が見えてきます。
物理学の「理」は「り」と読みますが、「ことわり」とも読みます。「理」とは、世界大百科によると、もともとは璞(あらたま、掘りだしたままでまだ磨いてない玉)から、美しい模様を磨きだすとの意味だそうです。その後、「鄭(てい)人、玉のいまだ理(みが)かざるものを謂いて璞となす」(戦国策)のような使用から、「ととのえる」あるいは「すじ目をつける」という意味が生じてきたようです。さらに後には、中国思想の中心的な道徳的規範として、抽象化された秩序、理法、道理などの意味として使われるようになってきたようです。
学問体系の用語として「理」は、物理学の他にも、広く「理学」から、「地理学」や「心理学」などにも使われています。地理学は地(地球)の理を、心理学は、心の理を調べる学問であるということになります。理とは、なかなかいい言葉ではないしょうか。
理(こわり)とは、璞(今まで知られていないものごと)から、有用なものを磨きだした(見出したりした)玉(体系)なのです。物理学という言葉は、「物」(ものごと)の「理」(こわり)を調べる「学」問となります。物理学を表すのに、非常に適切な用語だといえます。ただし、「物」あくまで実態のある自然、あるいは自然を成り立たせている作用、現象など、自然に直結している対象となります。これが、物理が自然科学である所以でもあります。
一方、私が今興味をもって進めている哲学も、今まで取り組んできた地質学は、理の文字を用いていない学問です。これは、少々気になるところであります。
哲学の「哲」は、「あきらか」と読むこともあります。「哲」は「折」と「口」が合わさってできた字です。「折」は断ち切ることで、「口」が合わさって「哲」になると、言動が明快に断ち切れる、適切であるという意味になります。そこから物事の筋道が通っている様や人に対して用います。「哲」は、「理」よりもっと筋を通している、より抽象化しているような語感があります。やはり、これも哲学という学問の本質を表しているように見えます。哲学では、対象はものから概念、人の思考まで、なんでもありで、そこから筋道、道理など、より本質的なものを抽象していくことを目的している学問です。
次に、地質学の「質」です。「質」は、「しち」、「しつ」、「たち」などの読み方があります。「しち」は、本物・本人の代わりで、同等の機能、価値をもつもので、「身代」(むかわりとも読む)という字が与えられることもあります。「しつ」と読めば、内容や中味のことで、ある対象を他と区別する特色という意味です。「たち」と読めば、人やものごとの性質や特徴を意味します。いずれの「質」においても、ある対象の本質を全体的、総体的、大局的、包括的にとらえることを意味しています。
哲学は、対象を限定することなく、道理、真理を追求することに重きをおています。極限まで抽象化していくことで残ったものが哲学の原理となるります。一番の本質のみを求める学問が、哲学の本来の姿なのかもしれません。
理(ことわり)とは、自然のままの璞(あらたま)から、いらないものを、磨いて捨て去ることでもあります。これは、還元主義的手法を象徴しています。物理学がおこなっているような学問は、本質に関わらないものをそぎ落とし、中核となるものだけを抽象していく作業です。ただし、対象は自然です。見える自然だけでなく、磁気や電気、電波、力、熱、エネルギー、エントロピーなど見えないものでも、自然を構成し、科学の俎上に乗るものであれば、すべて対象となります。ただし、抽象化することを究極の目的としています。求めるているのは、すべてから抽出された究極の原理(統一場理論などと呼ばれています)です。まだまだ、先は長いようですが。
地質学は、何ものも削り取ることなく地(球)全体の質を探る学問です。もちろん、その手法として物理学や数学、化学、生物学など多様な手法を適用しています。物理学や数学を導入するときには、還元的に処理を進める必要があります。ただし、還元的手法でえた結論の成否は、対象である地(球)に照らし合わせていくことになります。広い地域(空間)、長い時代(時間)になればなるほど、原理原則より大局的、包括的な整合性が重要になります。
今回とりあげた3つの学問体系は、ぞれぞれ目指す方向、用いている手法は違っています。もっとも抽象化の著しい哲学と、還元化されていますがあくまでも自然を対象にしている物理学、そして自然を包括化という方向性をもった地質学がありました。物理学と地質学の間に、化学と生物が位置します。もちろん生物学の方が地質学よりです。
それぞれの学問の中には、質的(総合化、包括化)な部分と理的(還元的、抽象化)な部分が混在しているでしょう。たとえば総合的な地質学においても、モデル実験や合成実験、化学分析を中心手段にしているような分野は、抽象度の強いものとなります。物理学でも、天文学など観測を中心にしている分野は、理論より観測事実の探査、現象を捉えることに主眼をおいている分野もあります。天文学のような観測分野は、抽象化より総合化、包括化が強くなります。物理学や地質学と学問を大括りにするのは、少々乱暴かもしれません。しかし、これまで述べてきたように、学問の言葉が表している中味には、それなりの真理はありそうです。主たる専門として地質学を進めてきた私としては、地質学が理の学問でないことには、それなりの意義を見出しています。
・次なるテーマへ・
いよいよ3月になりました。
2月中にすべきことがあったのですが、
ほとんどできませんでした。
ただし、空いている時間があれば、
少しでもいいから進めることはしていました。
それは面白いテーマや作業になることは
少し進めておかげてわかってきました。
ただし、もはや時間切れです。
3月には別のテーマの仕事を進めなければなりません。
・卒業・
3月は卒業のシーズンです。
私の所属する学科でも、
例年より多くの卒業生が巣立ちます。
それぞれの思いを持って社会に旅立ちます。
寂しい反面、喜ばしい思いもあります。
卒業式はまだ少し先ですが。
それまでは4年生は在学生です。
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