2012年1月1日日曜日

120 時間の淘汰

明けましておめでとうございます。本年もご愛読をいただければ幸いです。毎年、年頭には、それぞれ希望や決意を新たにすることがあるでしょう。ただ、私のように齢を重ねると、「正月や年頭がそれほど特別なものではなく、ただ人為的区切りとして過ぎ去る時間境界にすぎない」などという無常な思いを抱いてしまいます。そんな時間区切りであっても、ついつい淡い希望を抱いてしまうのが、風習として身についている正月なかもしれません。ただし、今年は少々違う思いをもった年頭になりました。前置きが長くなりました。私の年頭の思いのエッセイです。

 新たな年がはじまりました。新年が新しい年のはじまりであるがゆえに、新たなスタートラインに立って、すべてをリセットできるかのように思えてしまいます。日本にとって過酷な年であった2011年が終わり、2012年のはじまりに、私の年頭の思いを伝えたいと思っています。
 2011年のあまりに大きな出来事は、いまだに暗い影を残しています。この思いは、私だけではないでしょう。被災された方はより以上に、被災しなかった人たちも晴れ晴れした気持ちになれないでしょう。
 時間はめぐり、とどまることはありません。社会生活をする人は、時間に遅れないように、急かされて生きなければなりません。つらいけれども、それが社会人としての生き方でもあります。
 でも、時間に流されることなく、忘れてはいけないことや教訓として心に留めておくべきことがあります。今年の正月は、そんな思いを特に強く感じます。時間に流されながらも、人として、科学の発信、好奇心の発露をどのように持つべきかを考えていきます。
 人の行動において、好奇は、大きなモチベーションを生みます。好奇心がなければ、やる気も起きず、長続きがしません。一方、好奇心さえあれば、幾多の困難も乗り越えられます。科学でも、好奇心は不可欠な動機となります。ところが、実際の科学には、好奇心以外にも、いろいろなモチベーションがあります。
 例えば、社会の要請によって、科学や技術が果たすべき課題があります。そんな使命感によって科学が営まれることがあります。1950年代から60年代にかけての発生した公害によって環境問題解決のための技術が、1970年代のオイルショックにより省エネの家電製品が大きく発展し、社会的課題を果たしました。あるいは、時代や政治や軍事の要請もあるでしょう。権力の強い主導によって、科学者もその行動が左右されます。武器となりうる数々の技術は戦争や軍事が牽引してきました。コンピュータやインターネット、原子力、宇宙技術などは、軍事や政治がらみの創世記をもっています。企業としての要請もあるでしょう。営利を目的とする企業は、他者との熾烈な競争があり、それに勝ち抜かなければなりません。企業内の科学者や技術者は、営利を最終目標とし凌ぎを削ります。卓上電子計算機(電卓)や携帯電話、パソコンの発展は、ライバル会社との激しい競争があり、経済原理に基づいた要請がありました。時には、富や名誉などの利己的な欲もあるでしょう。一歩でも先に自分の成果を公表したい、人より良い成果を知らしめたいなどの要求は、純粋な好奇心とは少々違うものです。科学論文における同じ結果に対する優先権の激しい争いは、明らかに利己的な欲でしょう。科学の推進にもいろいろな動機があります。
 幸いなことに、科学の成果や結果には、研究動機による色はついていません。いい結果、役に立つで成果あれば、多くの人が利用し、広まります。悪い結果、役に立たない成果であれば、無視され、消えていきます。不純な動機、目的であっても、結果さえ有用なら、受け入れられるのです。研究動機ではなく、時間が科学の結果を淘汰するのです。
 科学の成果だけでなく、ありとあらゆるものに、時間の淘汰は働きます。時間の淘汰は、地質学を学ぶとよくわかります。時間の淘汰に打ち勝てるかどうかは、人知を越えています。時間の淘汰への人としての対応策は、ただひたすら結果を公開して、蓄積していくしかありません。多数の記録を残せば、そのうち一部のいいものが、時間の淘汰に耐えることがあります。そう、成果を公開し、残すことだけが、人としてなせることになります。
 もしそうであるなら、多様な場面で、多様な立場からの、多様な意見や成果を、できるだけ公開したほうがいいはずです。量が質を生むことになるはずです。多様性があれば、健全な選択ができる可能性が上がります。幸い、現代は、だれでも、意見を公開する場がインターネットと通じて各種あります。こんな便利な道具を利用しない手はありません。
 突然ですが、話は私事になります。私は、大学生、大学院生(修士課程と博士課程)、研究生、特別研究員、そして博物館学芸員、大学教員して、30年以上の長きにわたって、地質学を専門としてきました。しかし、博物館では、専門外のことでしたが、必要に迫られて科学教育の研究をはじめました。大学に移ってからは、さらに地質にかかわる哲学的思索(私は地質哲学と呼んでいます)を進めています。私は、地質学を常に中心に据えてはいますが、専門外の領域にも興味を持ち、研究を進めてきました。私がいくつもの分野に転身してきたのは、それに好奇心をもったからです。
 10年もその分野で研究を継続していれば、専門家の末席に入ることができることも体験できました。私の地質学以外の科学教育や地質哲学の成果も、学会や研究雑誌などで公表してきました。ある程度実績をつめばもともとの専門以外のことについては、それなりの専門性を持てることを体験しました。
 ただ、これは、専門家のコミュニティにおいての話です。その専門性を、外(市民)に対して公開するのには、慎重になるべきです。多くの専門家も同じように考えていると思います。不用意に専門外の問題に対して、意見を述べるべきでないと思っています。それが社会的に影響を持つことであれば、なおさら慎重であるべきだと考えています。専門分野であってもそうなのですから、自分の専門外の分野において、市民への意見の表出は、科学者の多くはしないはずです。
 今まで、専門外の地球温暖化問題、地震や異常気象などの自然災害などでも、深入りすることなく、意見もほとんど述べてきませんでした。もちろん、私にも、他の人たちと同様に、それなりの考え方や意見はあります。多くの人の目に触れる場で、意見を述べるのは、混乱を招く恐れがあります。私は、地質学や科学教育、地質哲学などいろいろ専門を持っています。ですから、専門ではない立場での意見であっても、知らない人にとっては、専門家の意見にみえるかもしれないからです。慎重にならざるえませんでした。
 では、専門家なら、本当に公平な、正確で、正当な判断かできているのでしょうか。専門の知識、経験、データをもっているのが専門家ですから、その意見は誰より説得力のあるものでしょう。しかし、専門家の意見だから、正当な判断、社会的に健全な意見であるとは限りません。人は、そのような過ちを繰り返しています。
 記憶に新しいものでは、裁判員制度でしょう。裁判の判決が社会常識に大きく反することがあり、それを是正するために導入された制度です。司法(裁判所)は、立法、行政、そして社会からも独立しなければならないという宿命をもっていました。ゆえに、裁判所という専門家集団のコミュニティが狭くなり、生じた問題でしょう。
 科学の世界には、社会制度に組み込まれた組織がないため、そのような制度を導入することはできません。そんなことをしなくとも、時間の淘汰が十分な役割を果してきました。
 科学も複雑化して、分野や専門が細分化されてきています。必然的に小さなコミュニティが多数形成されてしまいます。そこに、危うさが生じます。例えば原子力のように、小さなコミュニティとして、明らかに政治や社会制度に組み込まれているような科学もあります。そのような科学のコミュニティが、不全に陥ったとき、誰が諌めるのでしょうか。本来であれば、コミュニティ外の原子力の専門家が意見すべきでしょう。ただ、原子力のようにコミュニティが小さい場合、コミュニティ外の専門家はあまりに少数派です。
 コミュニティ外のその他多数が、意見を述べるべきではないでしょうか。たとえトンチンカンでも非常識でも、多様性が必要なのではないでしょうか。どうでもいい意見は、科学の成果のように、時間が淘汰してくれます。インターネット上の情報は、時間淘汰のスピードが速いです。まずは、だれでもいいから、人目に触れるところで意見を自由に述べ、それが誰かが見て、考え、必要なら関連した議論を発信すればいいのです。そんな自由さがインターネットの世界にはあります。
 ところで私ですが、科学者として結果への責任をどう果たすべきか、まだ判断できていません。発信者の個人責任で済むのであればいいのですが、一人の出した結果が、インターネットなどの早い媒体によって、被害が大きく、多くの人に影響をあたえるものであったとしたら、個人の責任では済まない問題になります。重要な内容ほど、発言を控えたくなります。専門性を持つほど慎重にならざるえません。意見があるのに言わないのは、奥ゆかしさ、謙虚さなのでしょうか。それとも、責任の放棄でしょうか。極端な例はわかりやすいのですが、その境界は不明瞭です。判断に迷うところです。
 今のところ、まだ自分の確たる立ち位置は決まっていませんが、自分の専門外のことでも、立場を示しながら、慎重に意見を述べるようにしていきたいと思っています。多様性の一翼を担っていきたと思います。それが、思わぬ議論を湧き起こすこともあるでしょう。それが、人々への刺激となれば、いいと思います。少しずつでもいいから、3.11からの教訓を活かしていけばと思っています。
 以上が、私の今年のいつもと違う年頭の決意です。

・今年の年頭は・
新年における私の決意を述べました。
多分、見かけ上はほとんど変わらないでしょう。
ただ、今後のエッセイで扱う内容も深め方も
少々変わってくるはずです。
今まで、東日本大震災に関してエッセイの話題にするのを
意図的に避けてきました。
私自身がまだ消化しきれないこともあったのですが、
専門が近傍なので、無責任な発言は、
関係者に迷惑をかけるかもしれないという配慮がありました。
今後は、慎重にではありますが、
専門の近傍、あるいは専門外でも
発言をしていきたいと思っています。
今年の年頭は、こんなことを思いました。

・快適さと意味・
別のエッセイでも書きましたが、
年末に自宅の書棚をすべて壁付けにする改修をしました。
もちろん専門の大工さんに入っていただいて、
1週間かけての作業をしていただきました。
収納ではあるのですが、耐震性を出すためのことでした。
しかし、一番重要なことは、棚を見るたびに、
家族全員が地震の怖さを忘れないためでもあります。
大人だけでなく、子どもたちにも、
なぜ、あちこちにあった棚を
壁付けにしたのをかを話しています。
それを覚えていれば、いくつになっても、
棚をみれば、3.11の記憶に結びつくはずです。
我が家の2011年の総括として棚があります。
もちろん、改修ですので、いい棚で、収納力もアップしました。
快適さも増しました。
快適さと棚の意味を忘れることなく、
よくよく味わって、これからも記憶していこうと思います。

・雪の違い・
今年の冬は雪が多いです。
昨年は正月は自宅で過ごしましたが、
ほとんどは愛媛での冬でした。
愛媛も山奥だったので、雪が結構降りました。
しかし、北海道の雪は、愛媛と違います。
雪の質から、北国を感じます。
今年の冬は雪が多いので、
除雪の大変さを痛感させられます。
そんな北国での越冬をかみしめています。

2011年12月1日木曜日

119 独学者

autodidactという単語をご存知でしょうか。多分、知っている方は少ないと思います。独学あるいは独学者という意味です。大学では、学問を身につけるために、多くの教員がいます。しかし、教えてくれる先生がいなくても、独学はある程度は可能だと思います。近年ほど、独学のチャンスは増えているように思えます。私の体験を交えて紹介していきます。

 先日、旧友と飲んだ時のことです。ある友人が、「もし戻れるなら、大学生時代に戻りたい」といいました。その時私は、「いまさら大学で学びたいことはない」といいました。話が噛み合っていないのは、友人と私の考えている立場の違いだと思います。友人は、大学時代のノスタルジーにかられて、そのような発言をしたと思います。現在大学の教員をしていますから、私にとって大学は身近な存在です。しかし、学問や学ぶことにおいて、大学だけがすべてではなく、自力で学ぶことは可能だということを主張したかったのです。酔っぱらい同士の会話ですから、たわいもないことなのですが、それをふと思いだして、エッセイをしました。
 新しい技術や学問などの知的体系を習得するには、学校で先生(師匠)について学ぶのが普通です。時には、それが最短コースにもなります。習得にかかる時間はいろいろですが、学校教育では、所定のプログラムに基づいて、所定で年月をかけておこなれていきます。小学校6年、中学校3年、高等学校3年、大学4年、16年間という学びの期間を経ることが普通になりました。研究者を目指す人は、さらに大学院(博士課程まで)5年が追加されます。なんと長い学びの期間なのでしょうか。
 現在の若者は、9割以上が高校へ進学します。そして5割ほどが大学へと進学します。高校卒業までの12年、大学卒業までの16年という期間をかけて学ばなければ、現代生活が営めないのでしょうか。そんなことはないと思います。大学で学んだスキルを活かしている卒業生は、果たしてどれくらいの比率になるでしょうか。案外少ないような気がします。
 現代社会において、新しいことを学びたいときは、学び方さえ身に付けていれば、案外独学をすることは可能です。そのために、高等学校や大学の学びが必要なのかもしれません。技術や道具を要するものは別として、基礎を学ぶのには、入門書のたぐいは多数ありますし、専門書も出まわっています。今では専門書もネットを使えば、高価ではありますが、簡単に入手でききるようになっています。時には、ネットに存在する情報だけでも、基礎から専門的内容まで学ぶことも可能かもしません。
 一人で学ぶことを「独学」といいますが、独学をする人を独学者といいます。英語で独学あるいは独学者は、autodidact(autodidacticismともいいます)といいます。autoとは「自身の」、「独自の」、「自己の」という意味で、didactとはギリシャ語を語源とする「教えるのが上手な」という意味の名詞「didactics」に由来する言葉で「教える」ということです。自分自身で教える、つまり先生なしに学ぶということから、独学や独学者になります。
 独学には、2つレベルがあると思います。先人の知識とまったく交わることなく、まったく独自に体系だったものを構築する場合です。これのレベルを「第一レベル独学」と呼びましょう。稀ですが、前例はあります。古代の思想家や芸術家には、独学者というべき人は何人か思いつきます。まったく新しい学問体系、思想体系、芸術体系などを構築した人たちも、このレベルの独学者というべきでしょう。
 大多数の人は、先人の知恵や知識、技術に依存して、新しい分野を開拓していきます。それが次のレベルで、先生につくことなく、独力で学問体系を身につけて、一人前になっていく独学です。もちろん、その時、先人の知識の体系である書籍は利用しています。このような先達から教わることにない独学は「第二レベル独学」となります。「第二レベル独学」は、多くの人が経験していることでしょう。
 いろいろな独学があるでしょうが、体系を身につけることから、それを活用してモノになるレベルに達し、やがては先生として人に教えることができるでしょう。なかなかそこにまで達するのは難しいでしょうが。なかりそのようなことを達成されている人もいます。
 私にも独学の経験があります。現在専門としている科学教育や科学哲学は、先生について学んだことはありません。私は、理学部で、地質学の専門教育を受けたのみで、「教育学」や「哲学」を教養科目として学んだことはありますが、その時の内容は、まったく頭に残っていません。ですから、後年、そのような分野に転身するときは、学問体系は独学で身につけることとなりました。
 また、一時的に取り組んだ廃棄物に関わった研究での独学もそうでした。あることがきっかけで、廃棄物処理の関係者から焼却灰を高温にして溶融したものができたので、調べて欲しいという依頼がきました。固まったものは、石のように固く、結晶が多数形成されています。その石と結晶の化学分析をしました。まったく知らない世界ですが、溶融と固結は、マグマと岩石の関係に類似しています。岩石学の知識を利用すれば、焼却灰の溶融から結晶の過程を復元することが可能であることがわかりました。相図というものを示しながら廃棄物学会で発表をして、論文も投稿して査読も通過しました。引用している文献も、廃棄物関連のものは少なく、岩石学や冶金などの文献です。しかし、発表ではそれなりの反応もあり、手応えを感じました。非常に面白い経験でした。ただ、その後は廃棄物に関わることはなさそうなので、論文を公表して1年で脱会しましたが。
 私が独学をする時、多数の入門書、教科書、専門書、データなどは、利用しました。今では、多数の本や情報があるため、なんらかの学問体系を独自に学ぶことは、昔よりずっと楽になりました。そして必要に迫られて学ぶ時が、一番身につくときでもあることを身をもって体験しました。そしてなにより大事なことは、独学が可能であるという自信を持ったことかもしれません。
 科学教育も科学哲学も人文科学です。もちろんそれぞれに深みある学問内容がありますが、私が今まで専門としてきた地質学をバックボーンとして取り組んでいけば、新しい視点が導入できることも体験しました。独りよがりではなく、廃棄物や科学教育の学会での発表や査読のある論文公表を通じて、それなりの成果があげられることがわかってきました。
 地質学という独自のアプローチだからかもしれませんが、他分野からの独学での参入もできることを体験的に知ることができました。ただし、学問の正統派としての参入は、なかなか難しいでしょうが。私以外の研究者でも、一つの学問に専念しているつもりでも、他の分野との交流、境界領域への参入は当たり前に行なうようになっていると思います。そんなとき、独学をしながら境界領域へ歩んでいきます。
 現代の多様化、高度化した科学技術に立脚した社会では、本当の意味の「第一レベル独学」は、もはやありえないかもしれません。でも、「第二レベル独学」の可能性は、広がっているようにみえます。むしろ必要に迫られているのではないでしょうか。飲み屋のたわいのない会話から、独学について考えました。

・現代風の学び・
私のような世代になると
師事した先生が
他界されることも多くなります。
直接の師弟関係であれば
どこからか連絡が届きます。
しかし、師弟関係が薄い時や
こちらが恩師だと思っているだけだと、
訃報が遅れて届くこともあります。
そんなときは、離れた地で恩師のことを
一人追悼することになります。
独学には、そのような心の通った師弟関係が欠如します。
独学とは、もしかするとドライな
現代風の学びの様式なのかもしれませんね。

・師走・
今年も残すところあと1月となりました。
大学の講義も半分を終えました。
まだまだ先は長いのですが、
大学での通常のペースを保って
過ごせるようになって来ました。
とはいっても、12月にはひとつの区切りなので
締め切りに追われていきます。
これも師走の風物詩と言いたいところですが、
12ヶ月間、いつもで走り回っているような気がするのは
私だけでしょうか。

2011年11月1日火曜日

118 不便さの中の一貫性:経験の断絶

 ひとつのことを、最初から最後まですることは、今ではあまりないのかもしれません。ことが複雑になればなるほど一貫した経験は、減ってくるのだと思います。ものづくりだけでなく、実験や研究でも起こっています。最初から最後までの一貫した経験は、ばらばらの経験では得られない何かを与えれくれるのではないでしょうか。途絶する経験の問題を考えていきます。

 肉体的な経験、リアルな経験は、人間が生きていく上で重要な素養です。しかし、時代が進み技術が発展してくると、機械やコンピュータに任せることが多く、実体験が減少してきます。その結果、どのような問題が起こるのでしょうか。会社や教育現場での問題は、多くの識者がすでに指摘するところでしょうが、あまり顕在化していませんが、研究の場で起こりつつあるのでないかと危惧しています。はっきりとした統計は示せないのですが、感じていることを紹介します。
 もう、30年ほど前になりますが、私が学生や修士課程の大学院の時代の話です。映画に出てくるような昔風の怪しい実験室のごくと、ビーカーやフラスコ、ガスバーナーなどが並んでいるところで、実際に実験をしていました。今では研究室も綺麗になったのですが、一昔まえの実験室は昔の映画のセットそのままのようでした。また、地質学特有の作業ですが、グラインダーや岩石用カッターなどが並んだ作業場で薄片製作をすることも、重要な研究の一環でした。昼間は、そのような場で肉体的作業をして、夜になるとデータから考えたり、薄片の記載をしました。研究にかかる時間が長く、研究室や大学にこもる時間が生活の体部分を占めることになりました。それが研究にのめり込む環境にもなっていました。
 研究者を目指す学生や大学院生は、その分野特有の手法、あるいはその研究室の保有する各種装置の操作法や実験方法を身につけることが、重要な基礎素養となります。それらの素養は、研究者になるための手順として必要なのですが、実験プロセス自体は研究成果には直接関係があるものではありません。欲しいのは、実験結果というべきデータなのです。
 私は、昔ながらの実験室で分析の仕方、薄片の作り方を、習いました。授業でもざっとはやりますが、自分の研究としてデータが欲しいときは、先輩の大学院生に手取り足取り教えてもらっていました。厳しい先輩、優しい先輩、頼りになる先輩、それぞれの特技と共に個性を持っておられました。先輩を選り好みできることなく、ある技量はある先輩に習うことになります。そして気の合う先輩とは、親しい付き合っていくことになります。
 自然科学のデータは、技術や熟練を要することが多く、肉体的にも疲れる修練を積まなければ、精度の良いデータを出すことはできませんでした。多数の薄片を短時間で失敗することなく作成したり、精度のいい分析値を出したりする先輩は、尊敬に値するものでした。自分自身が熟練する頃には、後輩ができて、彼らにその技術を伝承することになります。こんな繰り返しが伝統として、それぞれの大学にはありました。多分、今もあるのでしょう。
 時代と共に実験室も変化してきました。大学院生の頃当たりから、高価な分析装置が急速に導入されはじめます。分析装置も、当初は手動で操作するものが多く、それなりの熟練を要するものでした。分析装置の精度や操作性は著しく向上し、コンピュータの進歩や普及と相まってコンピュータ・コントロールされた分析装置につぎつぎと改良されていきました。
 大学院からOD(博士の学位取得後にまだ職がなく研究生として大学に滞在している人たちのこと)、学術振興会の特別研究員の時代へと、そのような革新的な進歩が次々と起こりました。時代はバブル景気で、高価な分析装置も大学に多数導入できるようになりました。その変化は、激しいものでした。
 多くの大学の研究室に分析装置が普及し、操作さえ間違わなければ、だれでも同じ精度のデータを大量に出せるようになったのです。若手の頃の私は、そのような変化の渦中にいて、激動を目の当たりにしました。私より若い世代の研究者は、苦労した時代を知ることなく、分析装置の出す結果やデータを、簡単に手にすることになります。一方、年配の教授たちは装置の進歩やコンピュータには適応しきれませんでした。しかし、能力ある教授たちは、大学院生や若手研究者と組んで、実績を積み上げていました。時には若手を手足のごとく使いこなす人もいます。教授のデータを出すことに専念する若手研究者、コンピュータやそのプログラミングにのめりこ込んでいく若手研究者もいました。
 理想からいえば、研究者は、装置の操作を知らなくても、必要なデータを手に入れれば、研究自体は成立します。私が駆け出しの頃、欧米の恵まれた研究室で修行された先輩の話を聴きました。設備の整った欧米の研究室では、テクニシャン(技術補佐員)が多数いて、装置の維持管理、時にはデータも出してくれることもあるということなどを聞いて、羨ましく思ったことがありました。研究者は、試料の採取、吟味をして、必要なデータは指示すれば得られる環境があるというのです。それなら、研究者は簡単に論文を多産できるだろうと思っていました。
 時代と共に、分析装置や実験装置の完成度が上がり、高機能化、高精度になりながらも操作性は良くなってきます。データも昔と比べれば、大量にそれも熟練度に関係なく精度の保証されたもの、精度も格段に上がったデータが得られるようになります。もちろんプログラムも進化していて、初心者でも簡便に操作でき、精度のいいデータが出せるようになってきました。それなりの訓練も必要でしょうが、マニュアルを読めば、だれでも操作が可能になりました。
 かつてデータを得る作業自体が大変だったころは、試料を渡したらデータがでてくればどんなに楽だろうと思っていました。それが技術の進歩のお陰で達成されつつあります。古い時代の研究風景を知るものからみると、データの理想郷の出現です。
 では、今の若手の研究者は、大量のデータを出して、良質の論文を量産しているでしょうか。どうもそうではなさそうです。確かに論文一編当たりに使用されるデータは大量です。そして、一人あたりの論文数も増えました。論文数の増加は、社会状況からの要請によるもので、質の低下は否めないでしょう。さらに、データの理想郷が出現したから、成果が増えたわけでもなさそうです。
 多分、一流と呼ばれる研究者は、データの桃源郷の住民になることは可能だと思います。彼らも一流になるために、さまざまな修行や経験をしてきたはずです。調査、試料採集、試料選択、分析、考察という一連の経験によって、得たデータの重要性や有用性を体感できるから、データの桃源郷で論文が書けるのではないでしょうか。彼らも生まれながら住人ではないから、データの桃源郷のありがたさや危なさも知っているのだと思います。
 現在の科学は、何十人もメンバーによる巨大な実験装置や複雑な分析装置の開発や運用をすることも増えました。地質学でも、専用の調査船や先端施設に付属する分析装置なども利用します。先端で研究している人は、装置の開発やプログラム自体の作成もおこなっているので、創造性は遺憾なく発揮できるでしょう。
 一方、普及した装置を使って分析をしているその他多数の研究者は、データを出すことが簡単になった分、それ以外の部分に創造性を発揮しなければなりません。創造性は、どのようなデータを出すか、何のためにデータが必要かなどの分析以前の場に求めるか、データをどう使うのか、データで何を証明、検証するのかなど、分析後に発揮することになります。しかし、創造性の発揮は、だんだん困難になってきているのではないかと思えます。簡便化が、経験の断絶を生み、生産性を妨げているのではないかと感じています。
 データをだす作業は簡便にこしたことはありません。しかし、ブラックボックスのような簡便な分析装置を導入することになります。本来データを得るためにすべき経験が欠如していきます。このような経験の断絶が、研究の生産性に影響を与えているのではないでしょうか。もし、野外調査とき見えている試料から欲しいデータが取り出せたら、あるいは試料を入れて欲しいデータのキーを押せばデータが出てくるとすると、どうでしょう。ベテランの熟練した研究者にとっては、それは桃源郷になるでしょう。しかし、初学者にとって、それは経験を奪い、試行錯誤を繰り返しを奪い、苦労の末結果を得る喜びを奪い、データの貴重さの実感を奪うことになります。データの桃源郷はこんなチャンスをすべて奪ってしまったのです。便利さを追求していった究極にたどり着いたデータの桃源郷は、不毛の地になりかねません。
 これは、私がいた地質学のだけの世界の話ではありません。経験の断絶だけではなく、経験自体の不足が警告不足を招くこともあるのではないでしょうか。人類が快適さ便利さを求める本能と、それを満たしてきた文明が、時間と共に創り上げた桃源郷なのです。桃源郷では消えてしまった、快適さや便利さの背景にある危険、不安、不便から学ぶことがあったはずです。いや、それらのマイナス面からこそ、私達人類は学んできたはずです。昔の戻れとはいいません。不便になれとはいいません。でも、手作業やゆっくりさ、不安定さなど、マイナス面をもったものを愛し、大切にする心が、そしてなによりもそれを経験することが必要ではないでしょうか。そのような経験こそが、桃源郷を味うために必要なものではないでしょうか。
 地質学では、幸いながら今もまだ、泥臭い野外調査、非効率な試料収集や、手間のかかる試料の前処理が、分析にいたるまで必要です。まだまだ手作業で修行のような繰り返しがあります。そこでは経験を積み上げています。ところが、データを得た後の処理は、昔は手作業でしたが、今ではすべてコンピュータでおこないます。データを十分吟味していく経験が途絶しそうです。特に初学者には危険な落とし穴になりそうです。考えるという作業は継続してありますが、あちこちで経験の途絶が進行しています。このような経験は、論文に書かれない、研究者自身の心に関わる問題ですが、それが致命傷にならないことを願っています。

・象徴の事件・
地質学は野外調査をしながらも、
研究室では高度の分析装置を駆使して
データを得て論文を書きます。
しかし、最近では一人の人間が
あれもこれもすることがだんだん大変になってきました。
野外で調査をして論文を書く研究者。
野外では試料採取だけをして
分析に主眼を置く研究者。
それぞれの得意な面を持ちながら
研究を分業していかねばならない時代になったのかもしれません。
しかし、人からもらった試料を高精度の分析をして、
最古の生命の痕跡を発見をしたという論文が書かれ、
話題になったことがありました。
しかし、その試料はマグマが固まった
火山岩であったことが後に判明して、
その結果が否定されたことがありました。
どのような経緯があったかは知りませんが、
分析の複雑化、高度化などがあり、
一人の研究者があれもこれも出来ない時代になったことを
象徴する事件なのかもしれません。
しかし、その背景に経験の断絶があるのかもしれません。

・冬間近・
いよいよ11月になりました。
今年の残すところ2ヶ月なりました。
とはいっても、大学では後期が始まって
1月少々しかたっていません。
ですから、まだまだ後期はこれからという思いです。
でも、北国では、もう冬が間近にせまっています。
里でもいつ初雪があっても不思議ではありません。
北国の短い秋が終わろうとしています。

2011年10月1日土曜日

117 科学の再現性と歴史性:因果律の尻尾

 科学では、いいえ人間の考え方において、因果律は当たり前の前提として受け入れられています。ところが、因果律は、科学的に検証もされていませんし、論理的にも正しさを証明することは、なかなか困難なようです。科学は、そんな因果律の尻尾を捕まえる挑戦をしています。

 先日、光速を越えたニュートリノが観測されたというのニュースが流れました。その真偽のほどは、今後検討されていくでしょうが、もしこれが本当であれば、物理学だけに留まらない大きな課題を提供することになります。因果律が敗れる可能性があるのです。
 このニュースを聞いて、因果律と科学の方法について考えが及びました。
 因果律とは、過去の原因によって結果が生じるという因果関係が成り立つという考え方です。当たり前すぎてだれも疑問を感じないほどのことです。因果律とは、非常に一般化された概念で、常識ですし、一種の信念ともいうべきものになっているのかもしれません。ところが、少なくとも科学の世界では、因果律は検証された論理ではありません。今のところ、因果律を破るものはないという経験則によってのみ、保証されているものです。今回の実験によって、覆される可能性があというのが、このニュースの重要性です。
 以下のエッセイでは、因果律は一般的な概念に対して用い、因果関係は個々の事象に起こっている原因と結果を関係を示すものとして、区別して記述していきます。
 人は、因果律を前提にしてすべての物事を考え、生活しています。逆に、因果律を破るような考え方は、できないようになってます。それほど、因果律は、私たちの考え方において不可分で絶対性をもつものです。自然科学の研究も、因果律のもとに営まれています。
 自然科学とは、個々の事象に見え隠れする因果律を、それぞれの因果関係として方程式や法則、規則などに、個別に定式化することといえます。
 科学のある分野では、実験が非常に重要になります。今回のニュースも実験によるものです。実験にもいろいろなものがありますが、その目的は、ある事象間における因果関係を、定性あるいは定量的に実証することだといえます。あくまでも個々の事象の因果関係であって、因果律総体を検証、論証するものではありません。
 自然現象には、固有の時間に制限を受けない因果関係もあります。物理現象や化学現象の多くは、それにあたります。物理学や化学では、ある因果関係を見出した実験結果が提示されると、その検証のために、別の実験装置(場)、別の研究者(人)、別の条件(環境)による再現実験が非常に重要な役割を持っています。ある時、ある所で、ある人だけが見出した因果関係は、普遍化できません。もしかしたら、その研究者の思い違いやミスかもしれません。そのような誤謬が混入することを、再現性の確認実験によって排除できます。再現実験によって検証された現象は、時空を越えた因果関係によるものと保証されます。このような自然科学を、このエッセイでは再現的自然科学と呼びましょう。
 抽象的な話しばかりですから、例を上げておきましょう。
 振り子を考えましょう。だれもが小学校や中学校の実験でやった思いますが、振り子の周期(一往復の時間)は、振り子の長さだけに依存しています。正確には長さの平方根だけに比例(周期=2π√(長さ/重力加速度)という公式)します。振り子時計を思いうかべていただければ、理解できるのではないでしょうか。
 ある再現性が、ある因果関係によって「実証」されれば、原因を人為的に変化させ、さまざまな条件でその因果関係が成り立つことを「検証」できます。二番煎じではありますが、科学における「検証」という重要な役割となります。再現的自然科学では、因果関係の「実証」が重要な目的となります。
 振り子の例でいえば、振り子の錘の重さや、振れ幅を変化させても周期は一定であることがわかります。振り子の等時性と呼ばれているものです。一見常識に反するようにみえますが、実験すれば、だれもが同じ結果を得られます。
 因果関係の証拠をいくら大量にそろえても、因果律の正しさを証明することは、残念ながらできません。そこには、帰納法の論証と同じ困難さがあるのです。因果律を証明するためには、すべての事象における因果関係を調べていき、因果律が破られていないことを検証するしかありません。現実的には不可能な検証です。因果律の破綻は、たった一個、確実な反例が示せればいいのです。今回の光速を越えるニュートリノの発見は、その因果律の反証になりえるのです。重要な報告なので、再現性を検討する必要があるのです。
 一方、歴史性のある現象では、因果律に則ってはいるのでしょうが、再現性が原理的に検証できません。例えば、生物の進化や地球の歴史などは、実験不可能ですから、因果関係を抽出することは困難でしょう。このような不可逆な時間の流れよる事象における科学を、ここでは歴史的自然科学と呼びましょう。
 歴史的自然科学では、どのような研究手法がとられているのでしょうか。いくつかのアプローチがありますが、最近、高速のコンピュータを用いた計算機実験(シミュレーション)がいろいろおこなわれています。要素還元的に抽出した初期条件を前提に、デジタル空間での擬似的な計算機実験を行うことになります。まさに仮想実験です。要素還元的ではありますが、因果関係を推定するには、有効な研究手法であります。しかし、シミュレーションでは、現実の現象を再現しているわけでもなく、「検証」したわけでもありません。あくまでも、仮想です。
 もう一つの歴史的自然科学のアプローチとして、過去の生物起源物質や岩石や鉱物を分析や記載する方法があります。特別な化学成分の分析をすれば、形成年代や変化を受けた年代などを調べることも可能です。歴史的自然科学では、時間ラベルは非常に重要です。時間ラベルは因果関係の前提となるものだからです。ところが現実には、時間分解能はそれほど高くなく、古い時代(地質時代)の因果関係の時間差を示すほどの精度はありません。
 ただ、地層の上下関係で、順序を読み取ることができます。それにより、順序に基づいた事象の配列ができます。順序は、因果関係を保証するものではありませんが。
 さらに、分析データから、その物質の属性を詳細に記載することができます。それらの属性から、因果関係を限定したり、推測することになります。しかし、その物質を形成した事象を、再現して再構成することは不可能です。
 振り子と同じように、貝化石を例としましょう。
 ある種類の貝の化石がたくさん産出する地層があるとしましょう。地層の上下関係が判明したら、下位ほど古い時代に形成され、上位ほど新しくなります。地層ごとに出た化石を並べていけば、順序に基づいた配列になります。似た化石で形態に系統的変化が見られたら、そこに因果関係があった可能性があります。もし同時代の近隣地域でも、同じよな結果がみられたとすれば、因果関係があるという傍証になりそうです。
 歴史的自然科学では、真実は藪の中です。もし別種なのに、たまたま似たものが混じっていたとすれば、誤認が必然的に生じます。意地悪に考えれば、別種が混入する条件が常に存在するというようなことがあれば、決して取り除けない間違いが出現します。極端な例かもしれませんが、歴史的自然科学では、そんな不確かさは常につきまといます。
 因果関係の保証されない事象における規則性は、論理的に正しいという保証はありません。これは、いくら記載データを増やしても、正さにはたどり着けませ。時間は不可逆な流れなので、その流れの中で起こった現象は、再現することができないからです。簡単にいえば、過去の事象は二度と繰り返されない、ということです。
 今まで述べてきたことから、歴史的自然科学が目指すべきものは、「再現性のある因果関係」の追求ではなさそうです。では、何を目指しているのでしょうか。
 歴史的自然科学のどの結果も、因果律や因果関係を否定するものではありません。再現的自然科学では因果関係が検証できますが、歴史的自然科学では検証できません。歴史的自然科学では、因果関係を保証するものすらほとんどありません。時には、因果関係がない似た事象が混入しているかもという不安もあります。ただ順序だけが確かな事象があるだけです。
 徹底した分析、順序のある膨大な記載によって、「見かけの因果関係の連続」が見出せるでしょう。「見かけの因果関係の連続」から、あわよくば「因果律の尻尾」が発見ができるかもしれないという希望です。
 うまいいい方はできませんが、ぱたぱたマンガを高速でみると、動くアニメーションとして連続的な動きに見えるように、長く延びる破線も遠くから見れば実線にみえるように、因果関係が浮き出るのではないでしょうか。多数の記載を並べ、遠目でみると、過去の一連の事象にストーリー(見かけの因果関係の連続)があるかように見えるのではないでしょうか。そのストーリーを確認するのが、シミュレーションです。
 さまざまな時代、さまざまな地域のストーリーに乱れがないのなら、その歴史絵巻(因果律の尻尾)は成立していると見なせるかもしれません。そのストーリーを読み取り、シミュレーションによって仮想検証を振り返すことが、歴史的自然科学の役割ではないでしょうか。順序だった大量の事象を、今よりもっともっと大局的に眺めると、歴史の必然性と偶然性、そして因果律の尻尾が見えるのではないでしょうか。
 ニュートリノの超光速のニュースから、こんなことを考えてしまいました。

・本来の姿に・
もう10月です。
大学の夏休みもの終わり、
校内に若者のざわめきが復活してきました。
大学の後期の授業のスタートです。
同じよう見える学生群も
個々にみれば言動に違いがあり、
個性があることがわかります。
一方、学生の経年変化を教員は語りがちです。
それも、上の例でいうと歴史的事象の大局になるのでしょうか。
それとも、因果律の外のことでしょうか。
まあ、いずれにしても学生で賑わうキャンパスが
本来の姿なのです。

・北国の秋・
いよいよ北海道の秋も深まってきました。
初雪の便りも聞きます。
里の木々も少しずつ色づいてきました。
深まる秋の中で、北海道では
今年最後の収穫の季節を迎えます。
東北の被害を補えるような収穫があのでしょうか。
そんな不安要素を伴う秋です。

2011年9月1日木曜日

116 崇高なる深みを目指して

 今回のエッセイは、前身から数えてちょうど10年目にあたります。10年というのは、10進法で数るえから意義があるのであって、他の進法では、全く意味を成さないものでしょう。でも私たちは10進法を採用しているので、10年目はひとつの区切りになります。10年目を迎えるにあたって、このエッセイの目指すものを再確認しておきます。こんな区切りの利用は行こうではないでしょうか。

 スティーヴン・ジェイ・グールド(Stephen Jay Gould、1941年9月10日生まれ)は、月刊「Natural History」誌にエッセイ"This View Of Life"(1974年1月からスタート)を連載していました。グールドのエッセイは、発刊から25年目の2001年1月に300回(10冊のエッセイ集になっている)の最終回を迎えました。
 その最後のエッセイが掲載された待望の翻訳「ぼくは上陸している:進化をめぐる旅の始まりの終わり」の上下巻が、2011年8月15日に発行されました。これで、グールドのエッセイ集は、10冊に達しました。8月初旬に発刊のアナウンスを聞いたので、早速予約しました。オリジナル版のエッセイ集は、2002年に発行されています。それが約10年の期間を経て、やっと日本語で読めるようになりました。手元に届いたので、さっそくいつもの長い「はじめに」を読みました。すると「はじめに」のはじめに、「はじめにの前置き」がありました。
 現在、感慨深く、この本を読み始めました。まずは1章だけ「ぼくは上陸している」を読みました。一気に読むのがもったいなくて、じっくりと時間をかけて味わいながら読んでいこうと決めています。もう、グールドの著作は、これ以上増えそうもないからです。以下で、グールドとこのエッセイの関係について述べて、志を新たにしたいと思っています。
 2001年は、9.11の事件が起こった年としてアメリカ合衆国だけでなく世界中の人にとって重要な意味があるはずです。9.11はテロでしたが、グールドにとっては、2001年は別の意味がありました。彼の祖先が移民としてアメリカに上陸したのが1901年でした。ですから祖先がアメリカに移民してきて、ちょうど100年目にあたる年でした。さらに9.11は、移民当時14歳の祖父が、英文法の教科書に最初に書き込んだ言葉が「1901年9月11日、ぼくは上陸している」(I have landed. Sept. 11th 1901)というものでした。その100年後、同じ日に、9.11が起こました。また、孫のグールドが、25年間続けてきたエッセイの300号、最終号のタイトルを「ぼくは上陸している」(2001年1月号)にしました。そしてエッセイ集も同じタイトルでした。
 300、100、25などというキリの良い数字は、10進法を採用しているためであって、7進法や11進法を採用していたら、半端な数字になっていたことでしょう。また年月の符合も偶然でしょう。しかし、多くの人は、キリの良い数字を何らかのきっかけにするのは、よくあることでけっして悪いことではないでしょう。ですから、私もグールドのキリの良い数字にあやかって、この文章を書くことにしました。
 さて、このエッセイ「地球のつぶやき」は、今回で116号となります。2002年2月7日が第1号の発刊ですから、9年6ヶ月が経過したことになり、キリの悪い数字です。でも、私にとっては、あるキリのよい数字になるのです。
 「地球のつぶやき」が月刊メールマガジンとしてスタートしたのは2002年ですが、2001年9月20日から発行していた非公開のエッセイがありました。それがこのエッセイの前身となります。非公開だったのは、限定100名(当時使用していたプロバイダーのメールマガジンの機能が100名まででした)に対して、特別に書いたエッセイを発行していました。2000年9月20日から発行しはじめた週刊「地球のささやき」の読者向けのものでした。メールを下さった方に対する私の感謝の気持ちとして始めたものでした。「地球のつぶやき」は、不定期の発行でしたが、7号まで発行しました。半年後の2002年2月からは、月刊として公開の場で発行してきました。そして現在に至っています。ちなみに、それらのバックナンバーは、ホームページで見ることができます。
 ですから、2011年9月は、エッセイ「地球のつぶやき」がスタートして10周年にあたります。そんなとき、グールドの最後のエッセイ集の翻訳版が、出版されました。
 週刊「地球のささやき」は、地質学のトッピクスを短かい文章(原稿用紙2、3枚程度)でわかりやすく紹介することが目的でした。一方、「地球のつぶやき」は、グールドの連載エッセイを多分に意識してました。グールドは私が尊敬する科学者です。幸いなことに、彼は地質学者(古生物学や進化生物学を専門としている)であったので、彼の書く題材は、私にとっても身近なものが多々ありました。しかし、その内容は高度で、地質学の範疇を越えた非常に広い教養、博識の上に成り立っているものでした。「地球のつぶやき」では、グールドにはおよばないまでも、グールドを目標にして、少々長め(原稿用紙10数枚程度)で、地質学のテーマを少々掘り下げたものを書くことにしていました。グールドを目指して。
 2002年、10冊目のエッセイ集と共に、グールドのライフワークともいえる「進化理論の構造(The Structure of Evolutionary Theroy)」が同時に発行されました。原書で1500ページにもなる大著でした。さすがグールドです。このようなライフワークが、私に書けるのでしょうか。私のライフワークの目標だけはできています。
 何度か書いたことがあるのですが、つぎのような経緯でライフワークの目標はできました。私は、大学と研究所から地質学で研究者人生をスタートしました。博物館では、地質学に加えて科学教育へも興味をもちました。
 博物館時代、父の死を契機にして、理性と感性の兼ね合い、自分にとって仕事や研究とはなにか、などなど、いろいろなことについて悩み、将来についても考えるようになりました。それは父の残した宿題として深く考えるきっかけになりました。
 その結論の一つとして、自分の理想の研究者像についても考えるようになりました。理想の研究者像として考え至ったのが、三位一体の必要性でした。三位一体とは、一人の研究者に、研究、教育、哲学の3つが融合しながら内包されているのが理想ではないかというものでした。私の場合なら、地質学を中心に、科学的な探求をしながら、そこで得た地質学の知見や素材を科学教育として活用し、地質学が取り扱う特徴的属性を哲学のテーマとして掘り下げ地質哲学としようと考えました。そして、いずれの分野でも一般化できれば、成果(論文)になるではないかと考え実践してきました。非常に大胆で大きなテーマですが、これは自分「ひとり」で行うライフワークと位置づけました。
 そんな思いをもって、2002年4月に、現在の大学に転職しました。大学では地質学と科学教育、特に地質哲学に力をそそぐことになります。世界中で私が考えているような地質哲学をおこなっている先達として、グールドがいました。当然、地質哲学においても、グールドが目標になりました。
 グールドの著作はよく知っていましたが、面識はなかったので、知り合いの先生に紹介を頼もうと思っていました。大学の研究休暇を利用して、あわよくばグールドのところに、1年間滞在させてもらおう考えていました。
 その矢先、2002年5月20日、グールドは脳まで転移した肺線腫によってこの世をさりました。訃報を知った時、私は大きなショックを受けました。手持ちの彼の書籍を整理しました。何度もの引越しで手放したり、博物館の図書館に大量の書籍を寄贈してたので、かなりの著作は欠けていました。改めて買い集めしました。翻訳書がないものは、原書でも集めました。エッセイで翻訳されたものは大部分読んていたのですが、まだ読んでいないものもありました。読んでないエッセイを読み始めました。そして、やはりグールドが偉大であることを再確認しました。
 グールド亡き後、私にとって「地球のつぶやき」のエッセイは、地質哲学のアイディアを展開する上で、非常に重要な場となりました。今では、インターネットのメールマガジンを利用することで、自分のエッセイを発表の場を持つことできます。さらにありがたいことに、メールマガジンの購読者という明確な読者を持つことができます。そんな場や人は、私にとっては、非常に有効なものとなっています。
 私のこの「地球のつぶやき」は、内容も深みも、グールドの足元にも及びません。グールドは、すべての論拠やデータを一次文献にあたっています。そして、「一般向け」でありながら、「専門書でも一般書でも概念上の深みに差があるべきではない」という妥協しない姿勢で、エッセイを書き続けました。それは、崇高なる「深み」のあるエッセイでした。知性に妥協しない姿勢は見習うべきものでした。
 私の「地球のつぶやき」も、それを目指していますが、まだまだ「深み」が足りません。それでもグールドの「深み」を目標として、10年間続けてきました。内容はかなり劣りますが、継続に関しては25分の10にやっと届きました。長ければいいというものではありません。しかし、継続は努力なくしてできません。少なくとも目標に向かって、努力を怠りなくやっているという証にはなるでしょう。グールドまでは、まだまだ先は長いですが、継続もさることながら、よりよき崇高なる「深み」を目指して、心新たにエッセイを続けようと考えています。
 私の歩みはのろいですが、一応進み続けています。「ひとり」ですので何かと大変ですが、苦労も成果もすべて自分のものです。失敗しても誰にも迷惑をかけないという気楽さもあります。そして、なんといっても、誰もいったことない「深み」への興味は尽きません。そんな「深み」が、このエッセイで今後も紹介できればと思っています。

・科学エッセイ・
グールドに考えが至った理由は
エッセイ集の発行の他にもありました。
それは、9月1日おこなわれる2時間ほどの講演会での話しで、
自分の研究を振り返ることにしました。
そのとき、地質哲学を目指した背景には
グールドの一連の著作がありました。
また科学エッセイについては、
アシモフの科学エッセイシリーズ、ガモフ全集、
米山正信の「化学のドレミファ」シリーズ
ロゲルギストの「物理の散歩道
ブルーバックスなどの本
からいろいろと影響を受けました。
本は、重要な影響力があります。
娯楽やスキル養成だけでなく、
時には人生の指針や指南書となます。
癒しや慰めにも、励まし、活力源などにもなります。
本は一生の伴でしょうか。

・グールドの著作・
以下ではグールドの著作をまとめておきます。
・エッセイ集
01 Ever Since Darwin (1977)/ダーウィン以来:進化論への招待 (1984)
02 The Panda's Thumb (1980)/パンダの親指:進化論再考 (1986)
03 Hen's Teeth and Horse's Toes (1983)/ニワトリの歯:進化論の新地平 (1988)
04 The Flamingo's Smile (1985)/フラミンゴの微笑:進化論の現在 (1989)
05 Bully for Brontosaurus (1991)/がんばれカミナリ竜:進化生物学と去りゆく生きものたち (1995)
06 Eight Little Piggies (1993)/八匹の子豚:種の絶滅と進化をめぐる省察 (1996)
07 Dinosaur in a Haystack (1996)/干し草のなかの恐竜:化石証拠と進化論の大展開 (2000)
08 Leonardo's Mountain of Clams and the Diet of Worms: Essays on Natural History (1998)/ダ・ヴィンチの二枚貝:進化論と人文科学のはざまで (2002)
09 The Lying Stones of Marrakech: Penultimate Reflections in Natural History (2000)/マラケシュの贋化石:進化論の回廊をさまよう科学者たち (2005)
10 I Have Landed: The End of a Beginning in Natural History (2002)/ぼくは上陸している:進化をめぐる旅の始まりの終わり (2011)
・単行本
1 Ontogeny and Phylogeny (1977)/個体発生と系統発生(1998)
2 The Mismeasure of Man (1981)/人間の測りまちがい差別の科学史(1990)
3 Time's Arrow, Time's Cycle: Myth and Metaphor in the Discovery of Geological Time (1987)/時間の矢・時間の環(1987)
4 Urchin in the Storm (1987)/嵐のなかのハリネズミ(1991)
5 Wonderful Life: The Burgess Shale and The Nature of History (1989)/ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (1993)
6 Full House: The Spread of Excellence from Plato to Darwin (1996)/フルハウス 生命の全容―四割打者の絶滅と進化の逆説 (1998)
7 Questioning the Millennium: A Rationalist's Guide to a Precisely Arbitrary Countdown (1997)/暦と数の話 グールド教授の2000年問題 (1998)
8 Rocks of Ages: Science and Religion in the Fullness of Life (1999)/神と科学は共存できるか? (2007)
9 The Structure of Evolutionary Theory (2002) /(邦訳未刊)

2011年8月1日月曜日

115 時の流れを漂う因果律

 原因と結果の密接な関係、因果律は、日常的に当たり前として使っています。しかし、因果律が成立するためには、時間の存在や属性が前提となっているようです。そこには不思議な関係が存在します。少し長くなりますが、因果律と時間の関係を考えていきます。

 原子力発電所に続き、北海道や中国の列車事故、航空大学校の飛行機墜落事故など、つぎつぎと事故が報道されています。事故が起これば、警察やメーカーなどによって、原因究明がおこなわれます。原因が究明されることによって、再発の防止や、責任追及がおこなわれます。事故の原因が、一つのこともありますし、複数のことも、あるいは複雑にからみあった原因によるものもあるでしょう。
 いずれにしても、なんらかの原因があり、その原因によって事故が引き起こされたとして事故処理は進められます。原因がわかれば、責任の所在が明らかになり、賠償や処罰も客観的にできます。さらに、対処しなければ、同じ条件がそろえば同じ事故を起こすはずです。だからこそ、原因究明は必要なことです。
 原因究明をするということは、原因と事故が密接に結びついているという前提があるからこそできることです。普遍化して考えると、何らかの結果(事故)が起こったならば、必ず原因が存在すると考えています。また、原因が出現したら、必然的に結果が生じることになります。原因と結果は必然性によって結びついています。
 そこに必然性がないと、結果から原因を追求することができません。法則や規則も一種の原因とみなせ、初期条件から結果を予測できるのです。そこにも必然性が保証されないと、研究や技術の成り立ちません。その必然性が保証されないと、研究や技術を進める動機すら湧かないかもしれません。
 科学や技術において、何らかの目標を設定したとします。例えば、ある火山活動を起こしたマグマの成因を探る、あるいは鉱物内の極微量の成分を精度よく測定できるようにすることを目標にしたとしましょう。今までなかった知見や技術を見出すことが目標です。
 マグマが固まったものが火山岩ですから、マグマの多様性を網羅するために火山岩が採取しなければなりません。採取した火山岩で必要な化学分析をしなければなりません。それらがすべて満たされたとしましょう。あとは、岩石学で今まで蓄えられてきた知的資産を使えば、マグマの成因を見極めることができます。
 こういう手順で進めれるる研究論文が多いのですが、個々の論文の評価として、その火山のそのマグマにおける新知見かもしれませんが、科学的な貢献度は低く、実例が一つ増えたという程度にしかなりません。ただし、量が質を生むことや、基礎データは科学の進歩には不可欠ですので、このような地道な研究も必要なものです。一人前の研究者への訓練として、このような過程を多くの人は経てきています。私もそうでした。ですから、地道な研究を否定するものではありません。必要な研究だと思います。しかし、今までにないマグマの成因や特徴、特異性などを見つけたり、それが広く敷衍できるものであれば、ひとつの研究成果の重要性が増します。つまり、オリジナリティのある研究成果といえます。
 その点、今までできなかった鉱物内の微量成分を分析できる技術、あるいは今までより一桁精度の高い分析ができるという技術は、汎用性、普遍性が大きくなります。高精度の分析ができるようになるためには、成分抽出過程の改良、新しい装置の開発、検出器の改良、標準試料の更新、測定プログラムの改善、補正計算の改良など、さまざまなアプローチがあるでしょう。今まで誰もできなかったものにチャレンジすることになります。いろいろなアプローチで一番効果のあるところから手がけられていくはずです。もしその技術が達成されれば、重要な成果となります。技術はいったんできると、多くの人が恩恵を被り、いろいろな応用もできるようになり、利用価値は高くなります。
 科学や技術を進める上で、原因を突き止めれば、結果を得、目標を達成できる、できそうだ、という予測を背景にしています。目標を達成するために、必要な試料やデータの入手、クリアーすべき技術的問題などが見極められていくはずです。試料やデータが入手不能、技術的問題が解決不能ならば、その目標は早々に諦められるはずです。多少困難であっても解決の見込みがあれば、努力しだいで目標を達成できることになります。それはチャレンジする価値あるものとなります。
 このようなプロセスは見方を変えると、原因(問題解決)と結果(目標達成)という関係が存在するはずという前提をおています。その前提があるため、研究や技術開発に取り組むことができるのです。原因と結果が存在するという前提が、研究動機を支えています。この前提による動機が、目標を達成するというかけ声のもと、科学や技術は進められてきましたし、そして、多分これからも進んでいくでしょう。
 原因と結果の関係を、因果律、因果関係、因果性と呼びます。
 科学や技術は、因果律のもとに進められています。因果律を前提とするのは、なにも科学や技術の世界だけではありません。私たちは因果律を、無意識に常識として受け入れています。多くのモチベーションは、因果律を前提にできています。
 しかし、よくよく考えると、因果律は、本当にすべての事象において存在するのでしょうか。また、因果律に組み込まれている必然性の存在は、本当に確実なものなのでしょうか。そもそもそのような因果律の存在は、証明されているものなのでしょうか。因果律は、もちろん誰も証明していません。多分、証明は難しいでしょう。では、因果律を用いることなく、科学的論証を進めることができるでしょうか。それも、難しいでしょう。
 そんな不確かさの上に現在の科学、あるいは現代社会は成立していることになります。あるいは私たちの文明は、因果律の上で展開、発展できたものだけから成り立っている楼閣なのかもしれません。
 因果律の成立には、いくつかの前提が必要です。その前提に基づいて因果律は構成されています。因果律の前提をみていきましょう。
 まず因果律は、時間の存在を前提とします。もちろん時間の存在を否定する人はいないでしょうが、時間の属性を完全に把握することはなかなか難しく、古くから哲学の重要課題として扱われてきました。ここで議論するには紙面がたりません。時間が存在するとしましょう。
 時間には、流れがあり、一方向に、途切れることなく連続しているということ、そしてその連続の中に「現在」が設定できるという前提も必要です。「現在」が設定できれば、「現在」を基準に時間を「過去」と「未来」に区分できます。
 次に、時間の流れにおいて、「原因」は前(先、上流)に、「結果」は後(下流)に起こるという前提が必要です。当たり前のようなことですが、原因と結果の前後関係も、因果律における重要な前提となります。この前提も存在しないと、因果律は成り立ちません。
 ただし、私たちが何かをしたり、認識できるのは「現在」という微分的な時間においてだけです。「過去」は、「現在」に残留する記録、記憶にのみに内在されます。残留の痕跡は、時間ととも薄れていきます。記録は古いものほど減って行きます。岩石や地層でも同様です。もちろん、「現在」は「過去」の多大な影響の基に存在します。「過去」の積分的総体が「現在」といえます。
 「未来」は「現在」の延長でありながら、不確実、未確定なものです。深くていながら、明らかに「過去」や「現在」にも影響されます。「現在」にしか存在できない私たちは、「未来」をすごく意識します。夢とは「未来」を想像ことです。よき「未来」を望むから、「現在」の苦労に耐えられます。「未来」の目標を達成するために、つらい努力もできます。それらはすべて「未来」が私たちに与える影響です。まだ来ぬ「未来」を見つめて、私たちは「現在」を生きているのです。それこそが「未来」が私たちに与える影響、属性といえます。
 私たちは、「現在」のみに存在します。「過去」も「未来」も私たちに直接関与できません。「過去」をいじったり、「未来」を事前に知ることことはできません。それをすることは、因果律を破ることになります。タイムマシーンは、因果律を破る存在になります。過去も未来も、概念上、頭の中だけの存在ない泡沫(うたから)の存在なのかもしれないという気もします。
 因果律は時間の流れの中に存在します。
 もし因果律が正しければという仮定に立てば、ほとんどの物理法則も成り立ちます。たとえば、ニュートンの運動方程式やマクスウェルの電磁気方程式(いずれも微分方程式)によって記述できる世界は、すべて決定論的に結果を予測できます。それらの微分方程式を、ある時刻の初期条件を決めて解けば、ある時刻の状態を解くことができます。時間に制限はありません、過去や未来の状態さえも知ることができます。
 ただし、熱力学は統計学的な要素、量子力学ではそれに加えて観測者の影響なども加味しなければならないため、古典的物理学に比べると不確実性が混入しています。しかし、その不確実性は、因果律を破るものではありません。因果律の確度を変動させる程度の範疇に収まるものです。
 因果律を認め、物理法則を認めると、過去の原因によって導かれる現在の結果はすべて決定論的に知ることができます。物理法則には、過去や未来などとういう時間の制限はつきませんから、未来も一義的に予測可能となります。どんなに複雑なものであっても、法則性が解明されていれば、遠くの未来を見通すことができるのです。因果律によって、未来が保証されているのです。
 私は、ここに不可思議を感じます。時間の流れの中で、未来は確定されたものではないはずです。なにの因果律は、未来を予測可能にし、未来の結果を保証します。時間の流れの上に因果律は成立しています。しかし、因果律は、時間の流れを先取りするのです。
 因果律による未来予測に基づき私たちは、行動を律していきます。そして、望ましい未来を出現させる努力します。結果として、未来の結果を左右させることになります。流れに漂っているのにその行き先を知っているのです。考えると頭が無限ループに飲み込まれそうです。

・地質学的素材・
研究の方法や研究者になるための
修行について書こうと
エッセイを始めました。
前回もこのようなパターンでした。
書きはじめると因果律について話が進んでいきました。
実は時間と因果律については興味があり、
以前から論文にまとめようと考えていました。
まだ考えが整理されていなかったので
少しずつ文献は集めていました。
ですから、論文にはまだ着手していませんでした。
今回このエッセイを書きすすめる過程で
少し方向性が見えてきた気がします。
なぜ、地質学者が因果律や
時間について考えるのかというと、
素材がそれらと深い関係があるからです。
地質学とは、過去に形成された地層や岩石を素材します。
素材の中に時間軸を見出し、素材の属性を記載します。
素材の持つ時間軸にそって
過去の変化や変遷を記述していきます。
広域が対象の地質や、
微小部分の鉱物内が対象になることもあります。
しかし、地質学とは、過去に形成された属性のうち
現在に残された過去の記録の断片を読み取っていくことです。
そこから過去を復元していきます。
その復元では因果律は不可欠です。
因果律は時間の流れの中を漂っているのです。

・夏休み・
8月、夏休みです。
皆さんの予定はどうでしょうか。
我が家は、2泊3日で旅行に出かけます。
田舎です。襟裳岬周辺の海岸で遊びます。
磯に行きたという子供たちのリクエストです。
天気次第ですが、
もちろん私が見たいとろこがありますが、
天気次第でどうなるかわかりません。
いつもよく行くところですから
宿泊施設も何度も泊まっています。
そんな行きつけのところをのんびりとまわります。

2011年7月1日金曜日

114 心のビタミン:数学的論理不足

 人にはそれぞれ心にちょっとした満足感を与えてくれるビタミン剤のようなものが必要なのかもしれません。長期にわたってビタミンが不足すると、いつしか心に不調や飢餓感が生まれてくるのかもしれません。そんなときビタミンが欲しくなります。私とってビタミンは、「数学的論理」なのかもしれません。

 小学校で習う算数。そして中学校からの数学。小学校や中学校の間に、苦手意識をもってしまうと、以降、あるいは一生、数学アレルギー、あるいは数字にすら嫌悪感を持つ人もいるようです。幸いなことに、私は苦手意識を持つことなく、数学の問題を解く楽しみ、解けたときの快感などを感じることができ、好きな科目となりました。そして、大学入試でも、数学は得意な科目でした。ただし、数学を専門にするほど興味も能力もないことも、その途上で感じていました。
 その後私は、地質学を研究する道を選んだのですが、野外調査や分析に多くの時間を割くようになり、数学を用いる機会はかなり減りました。ただコンピュータを用いてプログラムを作成する時期が何年かありました。当時は今のように便利なアプリケーションなどない時代で、BASICで必要な計算を自作をプログラムでする時代でありました。
 電卓ではすぐにはできないよう標準偏差や回帰直線を求める計算でも、ササッとプログラムを組んで、即座に結果をみて、検討するようになっていました。ただし、大量のデータ処理や複雑な処理は、多くの時間をかけてプログラムを作成していました。岩石や鉱物の化学分析値を処理したり、年代測定値の計算、重みをつけた最小二乗法や線形計画法による計算、対数軸のグラフや三角図などへのプロットの作画など、ややこしい計算をしなければならないプログラムも作成をしていました。
 複雑な処理において、計算式自体はどんなにややこしくても一度で書き上げて完成してしまえば、プログラム上ではまったく修正することはありません。ただ、コンピュータを操作する上で、データ入力や画面表示、印刷形式などの別の部分のプラグラム作成や修正、改良に多くの時間と労力を割くことになりました。ただプログラム自体は論理的で、0(ゼロ)とO(アルファベットのオー)の間違いや、小数点の位置、入力間違いなど、少しでもミスがあると、正常な動きはしません。複雑になればなるほど、そのデバック作業に多くの時間を費やしました。そして、プログラムがうまく作動したときには、数学の難問を解いたときと同じような快感を得られました。
 しかし、プログラムも、ほとんど作成しなくなってきました。そんなデータ処理作業が減ってきたこともあるのですが、なによりアプリケーションの性能がよくなり多くのことが処理できるようになってきたこと、パソコンの性能もよくなりアプリケーションでも大量処理が可能になってきたこともあります。
 私が作成した最後のプログラムは、もう6年ほど前になります。地形の数値標高データの用いて計算するものです。計算自体はそれほど難しくありません。ただ大量の処理することと、久しぶりのプログラム作成作業だったので手間どりましたが、なんとか仕上げました。そして実際に処理をしました。作業は大量のデータファイルを繰り返しで処理していくので、全部を処理するのに、パソコンを動かしっぱなしで数日ほどかかりました。サブのパソコンに処理をさせていたので、余計に時間がかかりました。
 データ処理を終わって感激はありましたが、それほどではありませんでした。むしろプログラムの完成の時の方が、感動が大きかった覚えがあります。そのデータは一度できると、同じ処理はもうしなくてもよくなります。ですから、そのプログラムは二度と使うことはないでしょう。
 研究者が作成するプログラムというのは、明確な目的があります。プログラムによる結果が欲しいのです。プログラムとは、その結果を得るための手段にすぎません。そのプログラムで得られた結果、私の場合は処理された地形データが必要なのです。研究の目標は、その先にあるのです。ところが、その先の目標達成を達成しても、満足感が少ないのです。時間をかけて、議論して文章を書き進めれば論文という成果は得られます。なのに満足感が少ないというのは、どういうことなのでしょうか。目標への手段作成に感動し、目標達成にはさほど満足感を得られないという主客転倒の状態は、少々不思議な気がします。これは、私だけの問題でしょうか。
 今では、プログラムを作成して計算をすることもなくなりました。今後もあまりなさそうです。データの管理は専用データベースのアプリケーションで、データ処理は表計算アプリケーションで、グラフの作成はグラフ用アプリケーションで、作図は作図用アプリケーションがあります。表示も印刷もそれぞれのアプリケーションで自由自在に、そしてきれいに処理できてしまいます。
 そのような目的毎のアプリケーションの使用によって、今まで苦労していたプログラム作成の作業から開放されたわけです。喜ぶべきことなのでしょう。今や研究上の作業を、手作業でもどるには、もはや不可能なほど、アプリケーションに依存した複雑な作業をこなしています。明らかに生産量は増えています。
 プログラム作成における計算式以外の部分は、本来の研究からすると、枝葉末節の部分だったはずなのですが、実際には多くの時間を割いていました。その完成に、なぜか快感を覚えていました。今やそんな不要な労力はなくなりましたが、その感動も同時になくなりました。
 今まで接したことない画像処理でも、その原理も手法、計算法もよくわからない分野の方法論でも、結果だけ見て納得のいくものであれば、よしとして利用するようになりました。深入りするにはあまりに複雑な世界です。ですから、アプリケーションの中身は、ブラックボックスですませて、結果だけを客観性のあるデータとみなして利用しています。デジタル写真画像は、本当に現実を記録しているのでしょうか。あるいはすべてデジタル化された仮想の世界なのでしょうか。私が用いている画像には、どの程度の仮想が侵入しているのでしょうか。ブラックボックスとなっているため、現実と仮想の割合も分からなくなりました。
 地形データを処理して、景観に反映されている地質や、地形の由来などを題材にしてエッセイを6年以上書き続けて発行しています。かつてプログラムを作成して処理したデータも、この目的のためでもありました。もちろん何本かの論文にも使用しましたが。現在では計算やプログラムもすることもなく、以前処理したデータを地図用ソフトで表示し、いい画角の画像を切り取り、画像の形式変換するだけでルーティン化してしまっています。なん日もかけて大量のデータ処理をした時代が、6年ほど前が、大昔のように感じてしまいます。
 私には今や個人レベルでプログラムする機会はほとんどありません。これからもないでしょう。私が得ていた満足感の根源は、数学的なあるいは論理的な問題に接っし、対峙し、解消することで得られるものだったのでしょう。そんな機会が現在では極端に減った、あるいはなくなってしまったのが現状です。あの快感はもう得られないのでしょうか。その満足感の不足が、潜在的な飢餓感になっているのかもしれません。
 先日、中学2年生の長男が数学検定を受けて、その問題をもって帰りました。数学検定には、計算問題(1次検定)と数理応用と呼ばれる証明や幾何学の問題(2次検定)があります。長男がもって帰った問題を答え合わせを兼ねて解いていきました。計算問題は簡単に解けるのですが、証明問題の方がなかなか手ごわい問題があります。証明問題の途中で疲れて投げ出しましたが、久しぶりに数学を解く苦労と快感を味わいました。
 ここ数年、プログラムをしなかったせいか、どうも数学や論理的問題を解く快感に飢えているようです。一種の頭や心の栄養失調のようです。その快感は私にとっては、体におけるビタミンのようなものでしょう。
 ビタミン補給のために、数学、趣味として数学の勉強をしようかと考えました。そこで、高校数学や整数論、巨大数などの本をデジタルで入手しました。ところが、どうも正面きって取り組む気持ちが湧いてきません。デジタルのせいかと思い、手元にある紙の本を見てみましたが、それなりの興味があるのですが、続けて読み進める気になりません。やはり必要性がないと、なかなか時間をかけて、心を傾けて向き合えないようです。それらの本は開くことはなくなりました。
 数学の問題以上に、私にはこの「論理不足」がなかなか難問です。どう対処していいかは、まだ未解決なのです。

・夏・
いよいよ7月です。
北海道も暑さを感じるようになりました。
例年の夏とは違いますが、
こんな夏もあるのでしょう。
ただここ数日は、湿度が高く
少々蒸し暑い日々が続いています。
大学では、7月一杯が授業で、
8月はじめに定期テストです。
一番暑い時期に定期テストをするのは
いかがなものでしょう。
北海道の大学教室には冷房などありません。
本末転倒のような感じもしますが。
定期テストの後、学生は授業からは解放されます
夏休みは、9月下旬まで続きます。
ただし、教員は定期テストの直後から
採点と成績評価をしなければなりません。
お盆前後は忙しくなります。
まあグチをいっても始まりません。
淡々と与えられた仕事をこなしていきましょう。

・本末転倒・
このエッセイは、当初
ゲーデルの不確定性原理について書くつもりでした。
それについてデータも集め、読み込んでもいました。
しかし、実際に書き始めていくと、
前書きのつもりで書き始めた文章が
ついつい違う方に話が進みだして、
止まらなくなりました。
気づいたら、前書きの何倍もの分量になっていました。
そこで、前書きを本論にして
今回のエッセイを仕上げてしまいました。
これも本末転倒の例なのでしょうね。